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他人は占えても

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第一章


第一章

                   他人は占えても
 秋山由佳里は困っていた。困っている理由は自分でもわかっていた。
「どうすればいいのかしら」
 自分の仕事場所で商売道具をあれこれおいじりながら溜息をついている。彼女の商売道具はカードである。ついでに言うならば商売は占い師である。
 占い師はよく恋愛を占う。彼女はよく当たる、アドバイスが上手いということで評判の占い師である。その彼女が困っていたのだ。
「言うべきか言うまいか。それなのよね」
 黒い髪もいじりだした。彼女はロングのストレートでまあ普通の背丈とスタイルによく合っている。顔立ちは穏やかで目元が特に優しい。肌は白く幼く見える顔立ちでもある。服はわざとアラビア風の独特の雰囲気にしている。コレも仕事用である。
「何でこんな気持ちになったのかしら」
 また呟く。
「自分でわからないっていうか。本当に」
 誰もいない仕事場で客が来るまであれこれと考える。それは仕事が終わってからも同じだった。
 仕事が終わるとよく飲みに行く。アラビア風の仕事着を脱げば白いシャツに青いスラックスといった素っ気無い服装に変わる。実は服装にはあまり興味がない。
 この日はバーで飲んでいた。カウンターでカクテルを一人で楽しんでいる。
「お悩みですか」
 その彼女に黒いベストと赤い蝶ネクタイのマスターが声をかけてきた。
「最近静かですが」
「悩んでないとこんなふうにはならないわよね」
 由佳里は薄い苦笑いを浮かべてそう言葉を返した。
「ええ。悩んでいるわ」
「理由は?」
 マスターは今度はそう尋ねてきた。
「宜しければお話下さい」
「仕事でよく聞く話のことだけれどね」
 そう述べてきた。
「よくある話。それもあちらこちらに」
「お金のことですか?」
「いいえ」
 その質問には首を横に振った。それと共に手にグラスを持つ。小粋な洒落たグラスである。そこに紅いカクテルが入っていた。ブラッディ=マリーである。
「それなら困っていないわ」
「左様ですか」
「少なくともここで飲む程度にはね」
 軽くジョークを飛ばした。実際に彼女は金には困ってはいない。そこそこ売れている占い師だからだ。だから今もここで飲んでいるのだ。
「あるから。安心して」
「それに関してはですね」
「そういうこと」
 また笑って言葉を返した。笑みはまだ苦笑いのままである。
「また別のことよ」
「では人間関係のトラブルで」
「まあそんなところね」
 そう述べる。
「ちょっと。気になるのよ」
「気になることですか」
 マスターはその言葉でおおよそのことがわかった。その表現ですぐに思い当たることは一つである。彼もそうなるだけの人生経験は積んできている。
「御相手は」
「ここによくいる人よ」
 由佳里はそう答えた。
「カウンターにね。今日はいないけれど」
「カウンターにですか」
「ほら、いるじゃない」
 ちらりと右の方を見て述べる。
「サラリーマンっていうか銀行員風の。あの人よ」
「ああ、あの方ですか」
 マスターはそこまで聞いて納得したように大きく頷いた。それから述べた。
「あの方がお好きなのですか」
「ええ。名前は」
「袴田様ですね」
「名前知ってるの」
「勿論です」
 にこやかに笑って答えてきた。その物腰は洒落てダンディであると共に穏やかであった。その動きが実にバーに合っていた。
「あの方もこの店の常連ですしね」
「そうね。だから気になってきているのよ」
 由佳里はまた寂しげな笑みを浮かべて述べた。
「顔も声も」
「いい感じですよね」
 マスターはそう述べた。その袴田という客はすらりとした長身で細面の眼鏡が似合う知的な顔に黒い髪をオールバックにしている。端整な男だった。
「あの方は。実際に」
「いい人なの?」
「人としてもよくできた方ですよ」
 マスターは笑って言葉を続ける。
「真面目で。しかも穏やかで」
「人に嫌われる性格じゃないってことね」
 占い師の顔になっていた。その顔で話を聞いていた。
 
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