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雲は遠くて

作者:いっぺい
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51章 2014年、たまがわ花火大会

51章 2014年、たまがわ花火大会

 8月23日。午後4時過ぎ。曇り空で、雨に降られることもなく、
夏の風物詩、世田谷区たまがわ花火大会が始まろうとしている。

 5時45分から、ステージ・イベント、オープニング・セレモニーの、
都立深沢高校、和太鼓部の演奏や、地区の合唱団による合唱がある。

 そのあと、花火打ち上げ直前の、みんなとのカウント・ダウンが、
夜空を見上げながらの、恒例(こうれい)となっている。

 今年も、世田谷区の下北沢に本社のあるモリカワでは、約300名分の
テーブル席やイス席やシート席の、有料席のチケットを確保していた。

 モリカワの社員や仕事の関係者や顧客に、多摩川の水辺での、花火という、
壮大な音と光の芸術を、楽しんでもらいたい、そんな思いから、毎年企画している、
モリカワの行事であった。

「モリカワも、おれたちを花火大会に招待してくれるって、なかなかイイとこ
あるよな、ともちん」

 草口翔(くさぐちしょう)が、水谷友巳(ともみ)に、そういってわらった。
水谷の隣を、高校1年、15歳の木村結愛(ゆあい)が寄り添うように歩いている。

「モリカワ・ミュージックの森川良さんが気を利かせてくれたんだよ。
翔や正志(まさし)元樹(もとき)には気の毒なことをしたって、
良さんは思っているらしくって」

 水谷は草口をちらっと横目で見ると、わらった。

「まぁさぁ、おれたち、ドン・マイの実力が、イマイチだってことで、
それはそれで、しょうがないことだからな。誰のせいってわけでもないんだし。
なあ、正志!元樹!」

 そういって、草口は、うしろを歩いている、正志と元樹を見る。

 草口翔と山村正志と下田元樹は、水谷友巳の高校の同級生で、
4人は、ロックバンド、ドント・マインド(don`t mind)のメンバーだった。

 草口翔は、リーダーで、ベースギターをやっていた。山村正志はドラム、
下田元樹はリードギターだった。水谷友巳はヴォーカル。

 水谷友巳のメジャー・デヴューの話が出たときには、ドン・マイのみんなで、
デヴューできるものと、早合点し、飛び跳ねて(よろこ)んだのだった。

 しかし、ドン・マイは、モリカワ・ミュージックのオーディション(選考の審査)に、
落とされてしまったのだった。

そんな5人は、小田急線の成城学園駅南口を出て、花火の打ち上げ場所で、
会場の玉川緑地運動場へ向かって歩いている。会場まで、徒歩で約30分かかる。

「おれたち、ドン・マイなんだから、その名のとおり、気にしない、気にしない!」

 下田元樹は、わざと、ふざけた裏声でそういうと、大声でわらった。

 みんなも、声を出して、高らかにわらった。

「まあ、森川良さんも、ドン・マイのデヴューも考えてくれているんだし、
おれたちも、やっていくしかないだろう!なあ、みんな」

「そう、そう、ドン・マイでいくしかないね!」

 どちらかというと無口な山村正志がそういった。

「なにがあっても、気にしないのが、ドン・マイ精神さ。しかし、いい名前の
バンド名だよな。ロックンロールバンドらしくって。あっはっは」

 水谷友巳が、曇り空に向かって、高らかにわらった。

「しかし、ともちんに()わる、ヴォーカル探すのがちょっと大変そうだぜ」

 草口翔がそういった。

「ヴォーカルなんて、たくさんいるって。だいじょうぶ、ドン・マイだよ。
たとえば、女性ヴォーカルとしたら、ゆあ(結愛)ちゃんだって、
かなりなもんだよ。ちょっとボイトレしたら、完璧さあ」

 水谷友巳は、そういいながら、木村結愛(ゆあい)の手を握る。

「わたしでよかったら、いつでも、ヴォーカル、オーケイです!」

 結愛(ゆあい)は、マジメな顔をして、そういいながら、草口や
みんなを見わたして、微笑んだ。

「ゆあ(結愛)ちゃんか、頼もしい、ヴォーカルだな。あっはっは」

 草口翔がそういって、わらうと、みんなもわらった。

 水谷友巳たちが会場に着くと、すでに、多摩川(たまがわ)水辺(みずべ)の、
緑地運動場は、人々(ひとびと)であふれいる。

 しかし、水谷友巳たちが、川口信也や森川良や森川純たちを見つけることは、
打ち上げ場所付近に向かって歩くだけなので、簡単であった。

 カメラを持つ雑誌の記者や、テレビ局の取材の記者たちも、招待されていた。

 浴衣姿(ゆかたすがた)の清原美樹と大沢詩織が、とびきりの笑顔で、
20歳になったばかりの水谷友巳たちのテーブルに、
缶ビールやつまみものを用意してくれた。木村結愛は、コカコーラをもらった。

 5時45分。オープニング・セレモニーの、高校生たちによる和太鼓が、
雄大な河川敷や、夕暮れの空に、響きわたる。

 みんなは、独特の高揚感(こうようかん)の中で、自由気ままな会話を
楽しんでは、わらい合った。

 『みんなの夢』がテーマでのある、この花火大会にふさわしく、
みんなは、いつしか、それぞれの夢や希望を語り合ったりしている。

 そして、カウントダウン・コールのあとの、7時。

 オープニングを(かざ)る、1発目は、華やかな、芸術性の高い花火、
10号特玉が、夜空に向かって打ち上げられた。

 そして、連発仕掛(しか)け花火の、何十発もの、スターマインが、
テンポよく打ち上げられて、夜空に、つぎつぎと、色鮮(いろあざ)やかな、
花が咲き、消えてゆく。

 ドン、ドドドーンと、炸裂する、その心地よい音は、からだの奥や、腹にもしみた。

・・・・ 最近の大雨の、土石流で亡くなったりする人もいるのに、おれたちは、
こんなふうに、花火も楽しめて、幸せだよな、ゆあ(結愛)ちゃん ・・・・

 打ちあがる花火の明かりが、木村結愛の横顔を照らすのを見ながら、
そんなことをふと思い、水谷友巳は、結愛の小さな手を握りしめる。

≪つづく≫ --- 51章おわり ---
 
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