魔法少女リリカルなのはINNOCENT ~漆黒の剣士~
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第10話 「星光の殲滅者」
八神堂の地下アリーナに到着した俺達を出迎えたのは、バニーガールの姿をしたアリシアだった。何やら円盤のようなものに乗って司会を行っている。
アリシアの説明によると、イベントデュエルが行われるようだ。競技は2ndステージとも呼ばれる『ゲートクラッシャーズ』。競技内容はプレイヤーが一本道の端と端からゲートを壊して進み、真ん中にあるターゲットを先に破壊したほうが勝ちという簡単なものだ。
「何やってるのお姉ちゃん……何か飛んでるし」
「いや~、さっきT&Hさんのデュエル見とったらうちもやりたくなってなぁ。飛んでる原理は企業秘密や」
普通に考えればグランツ博士が絡んでいるのだろう……いや、もしかすると俺の叔母が関わっているという可能性も。身の回りに技術者が多いと余計なことを考えてしまうから困ってしまう。
「せっかくやからこの特等席で見てってーな」
ここで断る理由もない俺達は、イベントデュエルを観戦することにした。
行われる競技は分かっているが、それを誰が行うのかはまだ分からない。八神堂のイベントなのでひとりは八神家の一員である可能性が高いが、もうひとりは一体誰だろうか。
『さて、ここで参加選手の紹介です。八神堂の常連さんはご存知、鉄槌の騎士ヴィータ選手!』
『今日こそ負けねぇかんな』
紹介と同時に客席から歓声が沸き起こった。ヴィータは全国ランキングで上位に入る実力者であり、はやて曰く近所の小学校の人気者らしい。まあ人気者なのは前者のことが理由かもしれないが。
『続きまして、ロケテスト時個人戦全国1位! ダークマテリアルズ、シュテル選手!』
ヴィータの対戦相手の名を聞いたとき、俺は思わず声を詰まらせた。
ロケテストでの勝率が五分五分であったことから、俺達は互いのことをライバルとして認識している。これはシュテルからライバル宣言のようなことを言われたことがあるので間違いないだろう。
ただ俺がロケテストのランキングを決める個人戦に出なかったことが原因で、シュテルとは今仲違いをしている。
彼女もディアーチェ達と同じ学校、つまり俺と同じ学校に通っているため、嫌でも顔を合わせてしまう機会がある。視線が合うだけで顔を背けられてしまったりするため、非常に気まずい。ディアーチェ達が言うには別にもう怒ったり拗ねたりしていないらしいのだが……。
『ぶっつぶせぇぇぇっ!』
ヴィータの気合の入った声によって意識がデュエルへと戻る。どうやら彼女はデバイスの形態を推進力を得られる形態に変えて、直接ゲートを破壊して行く方法でターゲットへ向かっているらしい。
『これはすご~い! ヴィータ選手、分厚い門を物ともせず先に進んでいく!』
「ヴィータちゃん、すごい」
「うん、これなら……」
「甘いね」
「ああ、この程度では揺るがんな。我らが槍は無敵だ」
ディアーチェが口を閉じるのとほぼ同時に、デバイスを構えていたシュテルの周囲から光弾が飛んで行き、ゲートの中心部を捉えた。
『屠れ、灼熱の尖角……』
放たれた集束砲撃《ブラストファイア》は、一瞬にして全てのゲートを走り抜けた。
あまりの威力に煙が立ち込めてターゲットが見えなくなっていたが、晴れていくと近くにヴィータの姿が見えた。ただターゲットを撃ち抜いた砲撃に巻き込まれたようで、衣服がボロボロになっている。少しの間の後、気絶してしまったのは言うまでもない。
「ダメやったか~」
「一回の攻撃であんな威力なんて……」
「今のは誘導弾との合わせ技と言ったところだ」
「ビームの道を小さな穴で開けてドドーンって感じ!」
レヴィの説明は擬音語があったりして分かりづらくもあるが、まあ今回は実際に光景を見ているので少女達も理解できただろう。
「一直線上に誘導弾を当てて……そこに直射砲を通す精密射撃」
「どれだけやればそんなことができんのよ……」
「それを軽く魅せるが我が槍、我が臣下!」
「人呼んで星光の殲滅者、シュテル・ザ・デストラクター!」
凛と佇むシュテルの姿には、まさにデュエリストの頂点とも言える貫禄がある。ロケテストのときよりも格段に腕を上げていると窺えるほどに。今の彼女に勝つためには、俺の持てる全ての力と技を用いて挑むしかない。それでも勝てるかどうかは分からないのが現実だが。
デュエルが終わって間もなく、ヴィータがシュテルに納得いかないと文句を言い始めた。それを見たはやては、すぐさま現場へと向かう。
「何だよ今の。卑怯だもっかいやれよ、このむっつりメガネ!」
「勝ちたければもう少し柔軟な思考を養ってきてください。私はイノシシを苛める趣味は持っていませんので」
何を言っているかまでは分からないが、ヴィータの気に障るようなことを言っているのは長年の経験から理解できる。
顔を真っ赤にさせたヴィータが動こうとした瞬間、はやてが彼女の頭を撫でながら話しかけた。実にナイスタイミングだ。
「まぁまぁヴィータ」
「は……はやて~」
「はいはい、おしかったなぁ……どうやろシュテル、武士の情けや思ってリターンマッチのテイク2とか」
「動物愛護の精神によりお断りいたします」
「あたしをイノシシ扱いすんじゃねぇ!」
あいつも年下相手に容赦がないな、と思っていると、アリシアがシュテル達の元へと飛んでいくのが見えた。もしかするとデュエルが予定よりも早く終わってしまったのかもしれない。アリシアと会話したシュテルはしばし考える素振りを見せ、返事をした。
「そういうことでしたら……仕方ありませんね」
「越後屋……おぬしもやりおるのぅ」
「いえいえお代官さまほどでは……」
周囲の反応を見る限り、八神堂にとってプラスのものだったと思われる。
ただ……アリシアとはやては何をこそこそと話しているのか気になる。ふたりの性格が性格だけに、良くない話をしているんじゃないだろうか。
「その代わり……」
「その代わり?」
「次の対戦相手には、タカマチナノハを入れていただきましょう」
俺達の存在に気が付いていたのか、シュテルは振り返らずにこちらを指差した。
対戦の指名を受けた高町が最初驚愕したものの、すぐにわくわくしているような素振りを見せ始めた。全国1位から指名される経験は大抵の人間ができないことであり、ブレイブデュエルを始めたばかりの彼女にとってはまだ見ぬ世界を見れるチャンスなのだから当然といえば当然だと言える。
「なのはちゃんを入れるって言い方からしてチーム戦ってことやな?」
「そのとおりです」
「ヴィータはリターンマッチしたいやろうから入れるとして、あとのメンバーはどないする?」
「そうですね……」
シュテルは考える素振りをしながら視線を這わせる。高町達の近くに立っていたこともあって、俺も彼女と目が合ったのだが、すぐに視線を外されてしまった。
これまでに何度も謝ったし、ランキング戦の埋め合わせはいつでもするとも伝えた。だがずっと今のような反応をされてしまう。全く話しかけないと「あなたの誠意はその程度なのですか?」といった目を向けられるのだが……シュテルは俺にどうしてほしいんだ?
「タカマチナノハの近くにいるふたりとあなたでどうでしょうか?」
「別に構わへんよ。そっちのチームはどないする?」
「ディアーチェとレヴィだけで構いません……と言いたいところですが、ちょうど暇にしている人物もいるようですし、彼を加えることにしましょう」
どうやら両チームのメンバーが決まったようで、シュテル達がこちらへと足を運び始めた。ただ、俺はおそらく選ばれていないだろうから客席で観戦しようとその場を離れ始めると、すぐに呼び止める声が発せられた。
「どこに行くつもりですか?」
声の主はシュテル。予想していなかった人物だけに俺は戸惑ってしまった。だが返事をしないわけにもいかないため、頭をフル回転させてどうにか言葉を紡ぐ。
「ど、どこって客席だけど……何か問題があるのか?」
「問題があるかないかで言えばあります。あなたはこちらのチームメンバーですから」
あまりにもさらりと言われたために理解が遅れてしまった。
いつの間に俺はシュテルと同じチームになったのだろう。いや、その前にこちらの意思を確認せずに決定するのはどうなのだろうか。
というか……シュテルは俺のことを避けてるんじゃなかったのか。前から時々何を考えているのか分からないときはあったが、最近はより神がかっている気がしてならない。
「それで、これがシュテルご指名のパーティー編成ってわけだね」
考えている間にチームごとに別れていたようで、こちらのメンバーはダークマテリアルズ+俺。対戦チームは最近ブレイブデュエルを始めたばかりの小学生組にはやてとヴィータとなっている。
「チーム名は……ダークマテリアルズ+漆黒の剣士と、あるじと愉快な仲間達ってところかな」
「そのへんはどうでもいいけど、なんで他のショップの奴らと組まなきゃならねぇんだよ。はやてとふたりで充分だ!」
「不服ならやめても結構ですよ」
「うぐっ……」
八神堂側からシュテルに頼んでいる以上、立場は彼女の方が上だ。ヴィータは戦うためには指示に従うしかないだろう。
あちらのチームはヴィータを除いて楽しそうだが、こっちは……レヴィ以外は何とも言えないな。シュテルは無表情だし、イスに座っているディアーチェは無気力そうな顔をしている。シュテルからチームメンバーに選ばれた俺は、言うまでもなくこの状況に落ち着けるわけがない。
「あれれ~? 王サマ、何だかやる気がないね」
「あー……我はそろそろ夕餉の支度に帰りたいのだが」
ディアーチェの言葉に腕に着けていた時計で時間を確認すると、確かに夕食の準備をし始める時間帯だった。
俺もディアーチェと同様に食事の用意をしなければならない立場にある。
作るのが遅れたからといって叔母から文句を言われたりすることはないだろうが、彼女は何日も平気で徹夜で仕事に没頭できる人なのだ。その間はまともに食事を取らなかったりするため、これまでに何度も倒れられたという話を聞いたことがある。
叔母の健康管理も兼ねて日本に戻ってきた以上、俺が責任を持ってきちんと彼女に食事を取らせなければならない。倒れられるのは正直に言って困る。
「王……お願いできませんでしょうか?」
シュテルはディアーチェの前に跪き、メガネを外した状態で懇願した。先ほどまでの彼女と違い、今の顔には感情が溢れている。
見つめられているディアーチェは、おそらくシュテルを無下に扱うことはできない。言動とは裏腹に昔から彼女は近しい人間には甘いのだ。
「ぐぬぬ……ええい、分かった。だが一度きりだ、よいな!」
「王さまって結構甘いわね」
「あっ、分かる~?」
「見てれば大体ね」
先輩という呼び方がいいと駄々をこねていたはずだが、今ではすっかりいつものレヴィに戻っている。もしかして一瞬とはいえ先輩と呼ばれていたことを忘れてしまったのだろうか。彼女は子供のように目先のことに集中してしまうので、ありえない話では決してない。
「その代わり、夕餉の支度を手伝うのだぞ」
「喜んで」
「あ、あの……私はどうしたらいいのかな?」
シュテルにそう問いかけたのはフェイトだ。彼女はどちらのチームメンバーにも選ばれていないようなので、行動としては当然だと言える。可哀想なことにシュテルからは顔を背けられてしまったが。
ショックを受けたフェイトは両膝を抱えた状態で座り込んでしまった。そんな彼女を見たアリシアは、頬を掻きながら話しかける。
「フェ、フェイトはお姉ちゃんと一緒に解説でもしよっか。シュテルも考えがあるんだろうし」
「それは……分かってるけど」
高町を対戦相手に指名したことからもシュテルに何かしらの考えがあるとは思う。ただチーム戦は5人一組で行うものだ。こちら側にはあとひとり分の余裕があるのだから、こちらのチームに加えてもいいのではないだろうか。
単純な戦力で考えれば俺を加えてる時点で過剰になっているだろうし、フェイトが入ったところでそう問題はないはず。でも待てよ、彼女の性格を考えると色々とアドバイスをしそうな気もする。それをされたくないからシュテルはフェイトを外した可能性も……。
「……あれ? フェイト達はどこに行ったんだ?」
「ん、ふたりやったらお色直し中や。服装もきちんと揃えてたほうがええやろうし」
確かにそのとおりだとは思う……が、アリシアがバニーガールの格好をしていただけに嫌な予感しかない。恥ずかしがり屋のフェイトは大丈夫なのだろうか。
「あなたはずいぶんと妹氏のことを気にかけているようですね」
「え……別にそこまで気にかけてるつもりはないけど。でもアリシアと違って内気な性格をしてるから心配になることは多いさ」
「それは気にかけているのと同義だと思いますがね」
「そう言われると……」
否定できない、と言おうとしたときにふと気が付いた。今俺は前のようにシュテルと会話してしまっている。決して悪いことではないがこれは俺からすればの話であって、シュテルからすればどうなのかは分からない。
「どうかしたのですか?」
「いや、その……」
「……こちらから話しかけてもそのような反応をするのですか」
いや、むしろシュテルから話しかけてきてるから今みたいな反応をしていると言えるんだが。
「いい機会ですから言っておきますが、私はランキング戦のことをとやかく言うつもりはありません」
「え……でも」
「あなたの言いたいことは分かりますが、最近はあなたが私と目が合うと気まずそうな顔をしていたから会話をしようとしなかっただけです」
……つまり、シュテルは俺のことを気遣って素っ気無い態度を取っていたと。それを俺が違う解釈をしてしまって今までのことが起きていたというのか。
「あのなシュテル……」
「何です?」
「そういうことは……言ってくれないと分からないんだが。ずっと怒ってるんだとばかり……」
「私とあなたは昔ながらの付き合いです。冷静に考えれば、あなたが理由もなく参加しなかったとは思えません。正直に言えば、ずっとあなたとデュエルしたかったのですよ」
穏やかな微笑を浮かべるシュテル。そんな彼女を見た瞬間、俺の中にあったもやもやしたものが消えていくような気がした。
「俺だってずっとお前とデュエルしたいと思ってたよ」
「何でしょう……謝罪ついでに言われていたせいか心に響きませんね」
「……上げて落とすのやめてくれないか? 怒ってないんだろ?」
「とやかく言うつもりはないと言っただけで、思うところがないとは言っていません」
「は? ……なのに一緒にデュエルするのか?」
「あれはあれ、これはこれです」
ドヤ顔を浮かべるシュテルに対して、やっぱり俺とこいつは似ていないと思った。だがその一方で、前にも似たようなやりとりがあったことを思い出す。
そういえば昔からシュテルのお茶目な一面には度々困らされてきたっけ……。
ここ最近も似たようなことを考えていた気がするが、改めて考えると何となく笑えてきてしまった。そんな俺を見てシュテルは首を傾げている。
「やれやれ、ようやく仲直りしたか」
「今ので仲直りできたのかは分からないけど改善はできた気がする。心配かけて悪かったな」
「ふん……心配などしておらんわ」
素っ気無いが、ディアーチェが素直に心配したと口にするとは思えない。というか、俺が本気で悩んでいたときにシュテルのことを教えてくれたのだから心配していないというのは嘘だろう。心配していないのなら、そのような行動を取るわけがないのだから。
とはいえ、ここで茶化すのはディアーチェに悪い。これ以上は何も言わないでおこう――と思った瞬間、誰かが急に抱きついてきた。
「っと……レヴィか。脅かすなよ」
「みんな仲良くが一番だね」
こちらの言葉に対する返事にはなっていないが、レヴィの言葉は最もだ。ただ抱きつくのだけはやめてもらいたい。現状だと周囲に面倒な人間が多すぎる。
「……ディアーチェ、ここは私達も行くべきなのでは?」
「――っ、真顔で何を言っておるのだ貴様は! 普通はレヴィを引っぺがすところであろう!」
「とか何とか言って、王さま本当は行きたいんやないの?」
「それは貴様のほうであろうが!」
「え、行ってええの♪」
「ダメに決まっておる。というか、いい加減にせんかこのうつけ共!」
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