Ball Driver
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第四十二話
第四十二話
「目のまぁ〜え〜をぉ〜〜さ〜え〜ぎ〜る奴はぁ〜♪自分〜の〜拳でブッ飛ばせ〜♪」
南十字学園は運動部は週三回、文化部は週三回と決まっている。つまり、週に一度は部活が何もないオフがあるという事だ。若者は遊べるうちにしっかり遊べという事だろう。……普通学校としては高校生を自由に遊ばせといてもロクな事にならないので、部活や補習やで学校に縛り付けたがるのだが、やはり南十字学園はフリーダムだ。
「ふぅ〜〜……ドリンク持ってこよ」
権城はこのオフを生かして、カラオケに来ていた。……1人で。断じて友達が居ないわけではない(と権城は思っている)のだが、ジャガーに断られてしまい仕方なく1人でやって来たのである。(ジャガー1人に断られただけでヒトカラになるとは、やはりぼっちなのでは……?)
1人でヤケクソになって歌っているうちにハイになってしまった権城は、上機嫌でドリンクバーに行く。
(発声練習のおかげで声が高く伸びるようになったなぁ。次の文化祭、姿のバンドに混ざろうかな。そろそろ俺もキャーキャー言われたいしなぁ)
勝手な事を考えながらコーラを注いで、口笛を吹きながら自室に帰る。
「うぉーい!お待たせぇーい!スーパースターのお出ましだぜぇーい!」
誰も待って居ない部屋のドアを勢い良く開ける権城(酔っ払っているのだろうか)。
しかし次の瞬間、権城は固まった。
「なっ……」
そして、その部屋の中に居た人物も固まった。1人部屋を独占して、ポーズまで決めて熱唱していたのは、
佳杜だった。一年ほど前に、化学部の部室を訪れた際にも、同じようなシチュエーションを経験した気がする。
「…………」
権城はそのままドアを閉め、部屋の中のソファにドカッと座った。
「……何、勝手に居座ろうとしてるんですか」
佳杜が、いつも通りの冷たい態度で権城に言う(ちなみにまだ冷や汗は収まっていない)
「佳杜も1人だろ?俺も1人なんだよ、どうせなら一緒が良いだろ?」
「私は良くありません」
「俺が良いったら良いんだよ!」
権城はソファに足を組んで、コーラをストローで啜った。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「触〜れ〜た〜らっ♪壊れるっ♪
終〜わ〜り〜をっ待ってる♪」
「……」
踊り付きで熱唱する佳杜。権城はそれをコーラを啜りながら見て、キョトンとした顔をしていた。
「……何でそんな顔するんですか。歌えって言ったから歌ったのに」
佳杜が不機嫌そうに口を尖らせた。
権城は苦笑いしながら答えた。
「お前、歌う声は可愛いな、おい。てっきり中島○ゆきみたいなドスの効いた声かと思ってたのに」
「……失礼な」
佳杜はため息をついて、権城の隣に座った。
「なぁ、佳杜」
「何ですか?もう歌いませんよ、一回きりです」
「お前、和子と何かあったの?」
先日の反省など生かさずに、権城が単刀直入に尋ねた。しかし、また単刀直入な物の言い方をしたのには一応理由があって、冷たいが正直にモノを言う佳杜ならば、誤魔化されはしないだろうという計算に基づいていた。
「……まぁ、何も無かったと言えば無かったですが、あったと言えばありますね」
「どういう事だよ、それ」
権城が更に突っ込むと、佳杜は含みを持たせた笑みを見せた。
「良いでしょう。どうせ、その話が聞きたくてこの部屋に居座ったのでしょうし、思い当たりを話してみましょうか。」
佳杜は淡々と語り始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
佳杜と和子、そして姿は3人で良く遊んでいた。幼馴染の関係だった。
佳杜も和子も、二人とも歌うのが好き。
将来は2人でアイドルになると、そんな事も言っていた。おたまなんかをマイクに見たててポーズを決める2人の写真が残っている。
その2人の間に居たのが姿。姿は幼少期からあのパーフェクト人間ぶりを発揮していたらしい。佳杜も和子も、いつしか姿に惹かれていた。が、姿を奪い合うような事は無かった。あくまでも3人で。3人で居る時間が心地よかった。
その3人の関係に亀裂が入ったのは、幼少期の姿の怪我からだ。今でも右肩に後遺症が残った大怪我だったらしいが、そこで、佳杜は和子との差を、それまでに無いほどに強く感じた。絶対安静の姿に対して、佳杜は面会が許されなかったが、和子は許された。その理由は、和子が姿の許嫁だったから。姿と和子が親の決めた婚約者同士の関係で繋がっているというのはそれまでも知っていたが、幼い佳杜には、この時初めて、自分が立ち入れない領分というものが実感された。自分ではどうにもならない事がある、それを初めて知った。
それ以降、佳杜は和子と姿から離れていった。その2人と一緒に居ても、自分には越えられない壁があると思ったから。
「……恐らく、和子も私が何故離れていったのか、薄々感づいているのでしょうね。……私が何をしたって得られない関係を、和子は既に与えられている。その事に、和子は負い目があるんじゃないですか?明らかに私に遠慮していますからね。」
「……分かってんだったらさぁ……何か声かけてやれよ、いつも怖い顔してないでさぁ……」
佳杜は権城をキッと睨んだ。
「……実を言うと、私自身、和子が羨ましいと思う所があります。あの2人から離れたのは、私1人だけ取り残されるのが……いや……姿くんが自分のモノにならないのに、その傍に居るのは辛いから」
佳杜はその目つきの鋭さの割に語り口は穏やかだった。が、権城は息を呑む。言い方を変えてはいるが、要するに、今佳杜は和子が妬ましいと言った。自分に気兼ねして生彩を欠く和子の様子に気づいていて、それを楽しんでいるのでは……
「私から和子に声をかける事は無いと思います。……こんな私がチームに居たら迷惑ですよね。辞めて欲しかったら、いつでも言って下さい。すぐにチームを出ていきます。」
「え?」
「そもそも、和子と姿くんと一緒の部活に入るつもりは無かったんです。権城さんが去年、練習を手伝ってくれて、高等部で待っていると言ってくれたから、また野球をしました。権城さんが必要ないと一言言えば、すぐに辞めます。遠慮せずにどうぞ。……私はバイトの合間に遊んでいただけなので、そろそろ仕事に戻ります。では。」
佳杜は権城に背を向けて、一度も振り返らずに部屋を出て行った。権城は隣が居なくなったソファにだらしなく寝転がってため息をついた。
(許嫁とかいうこの島の因習に、色恋沙汰に、そんな所まで絡んだ話なら俺がどうこう言ってどうにもなる問題じゃねぇよなぁ。あの2人の関係は当分の間このままか。)
チームの主将として、後輩同士の関係を何とかしてやろうと動いた権城だったが、今回に関してはどうにもならなさそうである。権城は無力感を感じた。
(色々考えても、俺一人にできる事なんて知れてるか。)
権城の体から力が抜けた。
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