永遠の空~失色の君~
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EPISODE40 デッド・オア・ライフ
人は平等ではない。生まれつき足の速い者、遅い者。頭のいい者、悪い者。容姿の整っている者、そうでない者。強者と弱者、富豪と貧民。数世紀に渡って続く長い人類の歴史の中でこの不平等という事実だけはいつまでたってもなくなることはない。
なら、平等は存在するのか。これだけのものが並んでいる中ですべての命に等しく与えられるもの、それは――――死だ。死だけがすべての命に等しく訪れる。
スローモーションの世界で必死に手を伸ばす。届け、届けと心のうちで何度も叫びながら血の赤い斑点を散らしながら倒れ行く少女に向けて呼びかける声だけが唯一スローでないことが聞き取れた。高笑う声は酷く響き、ライの内を揺らす。背中から倒れるシャルロット。意識を失ったことで機体が粒子となって消え、華奢な躰が夏の日差しで熱を持ったコンクリートの壁に倒れる。白いタイル状に敷き詰められた地面の上を鮮やかな赤が広がる。
「シャルロット!」
ようやくスローの世界から抜け出て弾かれたようにライはシャルロットの傍らに寄り何度も名前を呼ぶ。普段の冷静な彼とは全く想像つかないような姿にまだ意識のあるシャルロットはこんな表情もするんだとなんだか嬉しそうに笑った。
撃たれたというのに、だ。それはとても不謹慎なことだが、彼女の傍らで涙を浮かべている少年の存在が彼女に言い知れる安心感を与えてのことだった。
「シャルロット!」
名前を呼んでもらえることがこんなにうれしいと感じたことがあっただろうか。自分の名前がこんなに愛おしいと思ったことがあっただろうか。ああ、これが好きということなんだと気がついた時にようやく自分の状態を把握する。
「油断、しちゃったかな・・・・」
「喋るな。C.C.、リヴァイブにアクセスして生命維持処置を最優先に!」
〔わかっている!〕
誰に話しかけているんだろう?薄れゆく意識を何とかつなぎとめながらシャルロットは必死に尚も叫び続けるライに視線を向ける。
「シャルロット、死ぬなシャルロット!」
叫ぶ彼の右目が赤く血走って変わる。それを見て、聞いた時自分の中に何かが入ってくるのを感じた。温かい・・・・まるで、彼の腕に抱かれているかのように安心できる。自分の中に彼がいる。そう思うだけで不思議な充実感で一杯になった。
「キレイな目・・・・」
「頼む・・・・頼むから死なないでくれ・・・・!」
「…ライにそんな顔されちゃ、死ぬなんてできないよ・・・・」
赤く染まる目を見ながらライは自分のギアスがシャルロットにかかったことを理解する。絶対遵守の力を使えば、死のうとしている彼女を救えるかもしれない。何故かそんな確率にいつの間にか縋っていた自分に驚きつつ、ライは何度も死ぬな、と命令を与える。まるで、王が家臣にするがごとく。
だが、それも信用ならない。血は止まったものの、いまだバイタルが安定しない。一刻も早く適切な処置が必要とされる中でふと、ライは自分の手につくぬめりとした生暖かい液体を見た。
血。生命の色。この世に存在するほとんどの生き物が流している生の証。それが本来の器から溢れる時は、人体になんらかの被害があった時のみ。そしてそのほとんどが表面を傷つけられた時が多い。
頭が痛む。世界が変わる。気が付けば、そこは別世界だった。
雄叫びを上げる兵士。命の奪い合いをする中で、先頭に立って指揮するのは――――自分自身の姿だ。向かってくる敵を次から次へと切り伏せながら進むその姿はまさに鬼神がごとく。衣服は血により汚れ、辺りは命の抜け殻の山で埋め尽くされ地面も変色した血でおおわれ、空は本来の青を淀んで黒い。煙はあちこちから上がり、死臭をどこまでも運んでいく。これが・・・・自身の一番古い記憶。かつて置かれていた自分の世界。本来あるべき、そして存在しない世界。滅んだ世界。
(そうか、僕は――――)
そうやって、すべてを手に入れてすべてを失くした。仲間も、母も、たった一人の妹さえも。全てを自分の手で壊したんだ。
世界が元に戻る。響くは笑い声と、戦闘が続いているであろう爆音。聞こえる笑い声の主をライは睨む。
憎い。許せない。なら、どうするか。
殺す。
ころす。
コロス。
「・・・・え?」
女の声が聞こえた。その時には機体を展開し、赤く輝く刀身の剣を手に駆け抜けていた。下を見れば切り飛ぶ女の片腕。まるで噴水のように散る血しぶきがシルエットとなり映し出されそれに歓喜を覚える。
手ごたえを確かに感じながらライは涙をぬぐうことすらせずにその顔を仮面で隠したまま振り返る。悲鳴か、はたまた断末魔か。どちらとも取れる叫びを聞きながら心のなかが満たされていくのを感じる。これだ、これが自分の本性だ。
「ライさん!」
レモンイエローとコバルトブルーの機体が駆けつける。片方は驚愕し、片方は目を見開き此方を見ている。惨劇ともいえるその光景を目の当たりにし、コバルトブルーの少女がこみ上げるものを堪えるように顔をしかめ、レモンイエローの少女が主へと寄る。何とか保てる僅かな理性という名の楔をしっかりと握りつつライは二人に指示する。
『彼女を連れて、安全な場所で治療を。生命維持を最大起動させてるけど、それもおうきゅうにしかなってない。だから・・・・はやく』
「ライさんは・・・・?」
『・・・・敵を、排除する』
言い知れぬ恐怖と冷たさにセシリアは戦慄する。これが人間の放つ狂気だというのなら、そうなのだろう。だが普段の温和な彼からは想像など微塵もできない姿に彼女は戸惑う。言葉で、ただ後姿だけでコレなのだから相対している片腕の女は相当なものだろう。
抑揚のない冷たい声に、セシリアはただ従うしかなかった。この光景を、どこかの小説で見た気がする・・・・ああ、そうだ。たしかこれは――――
(まるで、狂王の悲劇・・・・)
かつて存在したという人物の伝記だ。それを物語とし、何巻かにわたって販売された一時期話題となった作品で本国では彼の生涯をもじった映画も公開されたほどの人気作品。その主人公に、目の前の彼がダブって見えた。
「・・・・」
言葉を発することができず、ただ背中を見つめることしかできないでいると再びライの声が聞こえた。
『・・・・頼む。こんなことを、君たちに見せたくはない』
その声に、かつての笑顔の少年を思い出してようやく躰が動いた。パニックになっていたモニカもようやく冷静さを取り戻しつつあることにセシリアは彼女に促しシャルロットを丁寧に運びながらその場を離脱していく。離れ行く間際、拡大されたホロウィンドウに移る剣を握った手を見る。僅かに、震えていた。それに少なからず安堵しながら心の内で願う。
どうか、彼が彼らしくありますよう。
何故こんな願いをしたのか。それはセシリアもわからなかったがこんな姿を見たらそう願わずにはいられなかった。
後書き
それは、王の帰還
蹂躙し、薙ぎ払い、全てを壊していく
次回 永遠の空~失色の君~
EPISODE41 狂王
生まれ落ちた罪、生き残る罰。それは、許されぬ命
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