永遠の空~失色の君~
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EPISODE37 姉妹
「おはよう、オルコットさん」
「ごきげんよう、蒼月さん」
「・・・な、ヘンだろ?」
食堂での一コマ、それが醸し出す違和感はとてつもないものでありこの二人の会話はその場にいる誰もを驚愕させるにはうってつけのものであり話のネタとあればこれほどうってつけのものはない。どのテーブルでもヒソヒソと話していたりチラチラと視線を送る者もいる。その中に彼らの姿はある。
「確かにそうですね。二人はたしか親密な仲だったはずですが」
「それが今日は呼び名を変えてる・・・・あだ名とかならともかく態度も余所余所しいし、喧嘩でもしたのかな?」
一夏、シャルロット、モニカの三人。騒動の原因はセシリアとライだ。態度も余所余所しくいつもは過激なほどのセシリアのアピールも微塵も見られないことからこれはなにかあったと考えるのは自然な流れであり、しかも女子の噂の伝達速度は尋常じゃない程速い。ISのハイパーセンサの処理速度をも凌ぐのではないかと軽く驚く一夏ではあるがそんなことはどうでもいい。今はこの二人の関係がどうなってこうなったのかが知りたいとうずうずする。
と、此方の視線に気が付いたライが手をあげ昼食の盛りつけられたトレイを持って歩いてくる。青いジャージ姿に白地のシャツを見るとどうやら自主訓練をしていたらしい。
「ライ、セシリアとなんかあったのか?」
「なにが?」
「なにがって、さっきのやり取りだよ。なんだか急に距離感空いてるし・・・・なにかあった?」
シャルロットの心配そうな顔をみてライは怪訝そうな顔を浮かべる。それにモニカは疑問を持ち勘繰るように問う。
「しばらくお二人は学園を留守にしていたようですが、なにかあったのですか?」
「いや、特になにもないよ。オルコットさんにイギリスを案内してもらってたくらいかな。“初めて逢った僕にすごく親切にしてくれて。優しいね、彼女は”」
またも驚愕。完璧に素の表情と態度だ。これは間違いなく喧嘩によるようなものではないと、モニカは直感する。彼の身に、なにかあったと考えるのが妥当だろう。だが怪我をしたような様子はないし、ましてやそんなことなら訓練などできようはずもないのだからこの線はない・・・・のだろうか?嘘や装いではなく本当の蒼月ライのリアクションにモニカは違和感を持った。
「これはやっぱ喧嘩か?」
「そう、なのかな?だとしても随分と素っぽいけど」
一夏とシャルロットのヒソヒソ話に首を傾げるライ。と、何かに気が付いたようで「あ」と声をあげた。その視線がシャルロットが着ている服に向けられていることに気が付くまで時間を有することはなかった。それに気づいたシャルロットが微笑ながら言う。
「・・・・どう?女子の制服似合うかな・・・・?」
「すごく似合ってるけど、でもいつ?」
「ライがいない時にな。突然教室に来てみんなの前で実は女の子でした、だもんな」
案外あっさりとカミングアウトしたことにライはどうしてと訊う。それに答えようとした時、彼女の笑顔が少し陰った。
「・・・・ボクも自分の力で何とかしたくなってね。色々と思うことがあったってことかな」
様々な感情を含んだ言葉がシャルロットの口から出てくる。彼女の身になにかあった、それもかなり重大なことがと直感したライは少し表情を引き締める。
「モニカ、あとでちょっといいかな?」
「私、ですか?シャルロット様ではなく?」
「相談があるんだ。どうしてもモニカじゃないと答えがでないみたいで。シャルロット、少しだけモニカを借りてもいいか?」
「うん。たまには僕以外と出かけたりしていいんじゃない?」
後半はモニカに向けたものでそれを受けた彼女は「はあ…」と渋々納得してくれたようでライも席に着く。一夏の隣、普段は箒で埋まっているその席だが今回は紅椿の手続きやらなにやらで朝からいないらしい。
サンドイッチと紅茶を交互に口にしながら一夏とシャルロットの会話に加わる。
いつもなら、“彼が注文しない食事内容”にモニカは強い違和感を募らせる。会話に笑うその横顔に、光る滴が見えたのは多分気のせいだろうと言いきかせながらモニカはその綺麗すぎる笑顔に見入った。
◇
ライに誘われ来た場所は屋上。現在夏休みの為生徒も部活動の所属生徒と一部以外は帰国しているせいで普段よりも静かに感じる。風が吹き抜けるその場所でライは手すりに手を添えながら遥かに続く水平線に目をやっている。その後ろで、ベンチにはモニカが座っていた。
「・・・・お話とは、シャルロット様のことですね」
最初からそのつもりで来ていたようである程度のことはもう決意してきているらしい。話題がシャルロットのことということで、かなり重要なそれでいて慎重に扱わなければならない案件だ。だからこそ誰にも聞かれるわけにはいかないと、ライはC.C.に指示して周囲の人的気配からカメラ、音声に至るまでありとあらゆる気配を検索し、なにもないことに息をつく。
そしてそれがア合図になったかのようにモニカが口を開く。
「・・・・ヴィクトリア・デュノアに、デュノア社の権利が全て掌握されました」
それが意味することと、今回彼女のカミングアウトのタイミング。この二つが意味することをライは彼女の話を聞きながら結び付けていく。
「ドゴール氏も、今は行方知れずで。表向きは視察途中の事故で連絡が付かない状況であり生きているとされていますが・・・・それも真実かどうかは不明です。シャルロット様にも少なからず危険が…」
「この学園に侵入してくる、と?」
モニカが頷き言葉を紡ぐ。
「・・・・私は彼女の娘です。ですがそれ以前に私はあの方の姉妹です。シャルロット様を――――あの子を護れないのなら、私に存在する意味はありません」
存在する意味はないとハッキリ言いきるモニカ。それほどまでに彼女にとってのシャルロット・デュノアという存在は大きく絶対的なものなのだろう。モニカ・クルシェフスキーという女の子は少なからず淑女で、慈しみがあり、それでいて凛としている。何ものにもとらわれず自らの考えをしっかりと持ちそれを実行する強い信念を持った子だ。そんな彼女が今内に秘める物はたった一つ。
愛する妹を、守ること。ただそれだけだ。
「・・・・本当に、来るだろうか」
「来ます。必ず、ヴィクトリアは此処へ」
この学園のセキュリティレベルは世界トップクラスを誇る。ましてや許可さえあれば出撃可能な教師陣のISはどれも量産機とはいえパイロットはかなりの人材。そうでなくとも此処にはブリュンヒルデという大きな抑止力もある。それに靡かないだけの力と策略があってのことなんだろうが、それでもあまり信じたくはない可能性でもある。特に、それが実行された場合に出る被害や波は相当なものだ。国家レベルでの法律違反に偽造行為、デュノア社に信用問題はもちろんのこと、全てが丸く収まるとは考えにくい。
そうなった場合、それを背負って風下に立つのはシャルロットだ。彼女はその後のものも全て背負わなければならない。そんな覚悟がいったいいつできようか。そう考えたところで、ライは今朝の彼女を思い出して納得する。あの急なカミングアウトはこの事の現れだったのかと合点がいった時ライはモニカに振り返る。始めて視界に収めたレモンイエローの髪をなびかせる少女は普段の雰囲気とは反対に小さく小刻みにその手を震わせていた。その震えをなんとかして鎮めようと握りしめる片方の腕の力で制服に皺がよる。覚悟はできていると言っても相手は実の母親。モニカにとっては相当な覚悟と想いがあってのことだろう。
誰にだって、仕方がないからと言って割り切れるものとすでないものくらいある。“自分がそうであるように”。
「・・・・僕も全力で協力する。できる限り穏便にいくようにもね。でも、もしもの時は・・・・」
「・・・・ええ。わかっています。その時は、ヴィクトリアを――――母を殺すつもりです」
守る為に、斬り捨てる。それがたとえ実の母親だったしても、たった一つの笑顔を護る為にならこの手を汚すことも厭わない。あの子が笑っていられる世界を護れるのなら、それでいい。モニカを熱い使命感が満たす。
一方、ライは自分の言葉をつづけたモニカの言葉に一瞬眉を寄せた。こんなになるまでして守りたいものがある。それはわかる。でも、その果てに斬り捨てるものが家族というのはどうしても納得がいかなかった。だから、それを言葉にはせず心の中にしまっておくことにする。
僅かに過ったビジョンが、ライにそう語りかけた。
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