雲は遠くて
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10章 信也の新(あら)たな恋人 (4)
10章 信也の新たな恋人 (4)
川口は、「ほんとうは生ビールがいいんだけど」といいながら、
グラスのアサヒスーパードライを、うまそうに飲んだ。
まだ未成年の、詩織と岡は、ふたりとも、ノンアルコールの
ジンジャーエールを飲んでいる。
ランチ・コースは、3人、それぞれに違ったコースだったが、
テーブルには、華やかなバリエーションの料理がならんだ。
オーブンで、蒸し焼きにしてある、白身魚・ホタテ貝
・車エビのポワレ。
生クリームで仕上げた、パンプキン(かぼちゃ)のポタージュ。
玉ねぎの甘味がおいしい、オニオン・グラタン・スープ。
牛フィレ肉のステーキやイベリコ豚ロースのロースト。
リンゴとブドウの、フルーツのコンポート。
スタードプディングと似たデザートのクレーム・ブリュレ。
そして、≪Happy 15th Birthday Shiori!≫
(詩織、19歳の誕生日おめでとう!)
とチョコレートで書かれた、ショートケーキを、
「詩織さん、お誕生日、おめでとうございます」といって、
ウェイトレスが、笑顔で運んできた。
「わたしね、なんで、川口さんのことを、こんなに
好きになっちゃったのか、自分でもよくわからないの」
長い髪をかき分けると、詩織が、ささやくような小さな声で、
ビールに酔って、上機嫌の川口に、そういった。
「恋っていうか、恋愛感情って、突然のように芽生えるからね」
そういうと、詩織と岡に、わらって、「ああ、おれ、酔ってるな」
といって、わらって、天井から下がる、
アンティーク(古美術工芸品)のような照明を、川口は見つめた。
「おれって、不器用な男なんですよ。詩織ちゃん。
女の子にも、ふられっぱなしの人生で・・・」
「そんなことないはずです。川口さんって、すてきだと思います」と詩織。
「川口さんは、もてますよ。性格はさっぱりと男らしいし」と岡がいう。
「けど、岡ちゃん、おれの恋愛って、長続きしたことないんだ。
その点、岡ちゃんと、なんか似てるよな。おれも、岡ちゃんも、
不器用なタイプってことで、きっと、似てるんだ。だから気もあう」
そういって、川口が、腹から声を出してわらった。
「そうなんだあ。わかった、きっと、わたし、そんな川口さんの
不器用なところが、大好きなのかも。
だって、わたしも、どちらかといえば、かなりな不器用なんですもん。
男女も、似ているところに惹かれ合うらしいです。
わたしって、器用に、世の中を渡る人よりか、不器用な人のほうが、
絶対に、いいと思います」
「ありがとう、詩織ちゃん、詩織ちゃんって、やさしくって、
とてもいい子だね。おれも、今度こそは、詩織ちゃんと、
うまくやっていけそうな気がしてくるよ。
詩織ちゃんがいうように、不器用な人ほど、真面目に
努力もするしね。だから、不器用って、欠点ではなくて、
長所だと、考えたほうがいいのかもしれないよね。
不器用なおかげで、わりと、ひとつのことに、粘り強いし、
執着するし、失敗や努力型は成功のもとってね。
ね、岡ちゃん」
「そうですよ、川口さん。ロッカーの斉藤和義が、
やっぱり、野球が好きでも、あまりうまくならないから、
ミュージシャンになれたとか、テレビで語ってましたよ。
ミュージシャンって、スポーツ音痴
が多いんじゃないかって、いってました、たしか・・・。
いまも、仕事の合間に、好きな野球はやっているらしいっすけど。
そんなところ、あの人も、不器用なのかもしれないし、
川口さんと、おれとに、似てるかもしれませんよね。」
「おれたちも、斉藤和義みたいに成功する夢を
あきらめちゃいけないよな。
そうかあ、おれも、岡ちゃんも、高校のとき、
バスケットが、大好きで、夢中だったけど、
へたっぴだったって、ところ、斉藤和義さんにも、
どこか似ているのかもなあ。スポーツ音痴かあ、
痛いところ、つかれるって感じだよな、岡ちゃん」
「はい」
川口と岡がわらった。
「川口さんと岡くん、バスケットに熱中してたんですか!
それも、すてきです」
そういうと、詩織は、川口に惚れなおしたようであった。
フレンチ・カフェ・レストランでの、誕生パーティのあと、
3人は、歩いて5分くらいの、ライブ・レストラン・ビートへ向かった。
今夜の公演の、女性・ポップス・シンガーの、
白石愛美と、
ピアニストの松下陽斗との、
コラボ(共演)は、チケット(入場券)も、
ソールドアウト(完売)という感じであった。
6時半の開演前、すでに、1階フロア、2階フロア、
あわせて、280席は、ほぼ満席、人だらけであった。
川口たち3人は、ステージ近くの席を予約できた。
クラッシュ・ビートの仲間の3人、
森川純、高田翔太、
岡林明、も会場に来ていた。
川口に、うまくやれよ!とでもいった、エールを送る。
≪つづく≫
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