8月20日 鹿島第1024鎮守府
寮棟 赤城・加賀寮室
エインヘリアル艦隊が横浜鎮守府へ向かう前日、早朝。
寮棟の一室で項垂れる1人の艦娘が居た。
第1024鎮守府の空母艦隊を指揮する歴戦の正規空母、加賀である。
「はぁぁぁ……」
寮棟の一室…赤城と加賀に割り当てられている寮室の2段ベッドの下の段に腰掛け、1人項垂れている。
いつもはサイドテールに縛っているセミロングの髪を下ろし、寝間着にしている薄手の白い浴衣姿で項垂れるその姿は、普段の(定晴提督の言う処の)クールビューティーとは遠くかけ離れていた。
「……なんで断らなかったのかしら…」
「Zzz……ぼーき……ぼ〜〜きぃ〜〜……Zzz…ぐぅへっへっ………かゆ…うま…Zzz…」
ボソりと呟いた言葉は、2段ベッドの上の段で寝言を言いながら熟睡する、この寮室のもう1人の住人、赤城には届かず、赤城の寝言が支配する静かな寮室に消えた。
そもそも何故加賀がこんなにネガティブになっているのか。
それは昨晩、寮棟の消灯前まで遡る。
◉◉◉
昨日 提督執務室
それは鎮守府内の艦娘達が眠りに着く頃。
提督執務室に呼び出された赤城と加賀、第1024鎮守府の主、神宮司定晴提督が向き合っていた。
「私が…彼等の護衛艦隊の指揮を…ですか」
「ああ、正式な辞令は明後日になるが、彼等と大本営が正式に協力関係を締結する方針で固まった。
それで彼等に艦娘を一隻、提供することになったんだが、受け渡しの指定地が横浜鎮守府に決まった。
君達も知ってるだろうが、横浜鎮守府では22日から国際観艦式を執り行う予定で、各国代表を含めた調査会が行われる予定だ。
だが今の太平洋沿岸はいつ深海棲艦に襲われるか分からない程戦線が不安定だ。
其処で太平洋沿岸の各鎮守府に、〝これ〟が発令された」
提督が隣に立つ秘書艦の鳳翔に分厚い紙の束を手渡し、鳳翔がそれを赤城と加賀に手渡した。
「これは……」
「そうだ、〝大本営発、連合艦隊命令第1024号作戦司令書〟。
作戦内容は太平洋沿岸に徘徊する深海棲艦のピケット艦(哨戒艦)を撃滅し、彼等の横浜鎮守府行きの航海と、横須賀鎮守府の国際観艦式の護衛だ。
護衛艦隊は、横浜鎮守府までエインヘリアル艦隊を護衛し、その後は同鎮守府の警備を担当する」
加賀と赤城は手渡された書類を捲り、日本近海の戦略図を見つけた。
「……無理をして海上を行く必要は無いのではないかしら?
彼等は空を飛べるのですし、陸上を進んだ方が安全だと思うのだけど……?」
「俺も大本営にそう提案したんだがな……却下された。
一葉達に帝国海軍の力を見せつけたいんだよ。
海軍にもメンツがあるんだとさ。
それに一葉達の兵器は特殊な燃料を使うらしくてな、この世界じゃ碌に補給が出来ないんだと。
だから最短距離の海上を行きたいんだとさ」
提督は机の引き出しから煙草を取り出し、一本咥えて火をつけた。
「本来ならうちの艦隊の総旗艦である長門が請け負うべき任務なんだが……。
長門はこの第1024号作戦で深海棲艦に対する囮艦隊の旗艦として、一葉達が出航する直前に鎮守府近海の深海棲艦に対する作戦行動を取る手筈になっていてな。
長門に継ぐ実力を持つ艦娘となると鳳翔か加賀になるが、鳳翔は航続距離が短い。
そこで加賀、君に頼もうと言うわけだ」
「あの………私は…その……」
「ま、無理にとは言わない。
この頃は連戦続きで、君も疲れてるだろうし…。
無理なら伊勢か日向か、金剛か…あるいは扶桑辺りにでも……」
「…ッ⁉︎」
扶桑の名が出た瞬間に加賀の表情が一変し、物凄い勢いで提督に喰いついた。
「やります、やらせていただきます」
「そ、そそ、そうか…よかったよかった……。
では、明日の昼までに加賀、君を含めた6隻を護衛艦隊に選抜してくれ。
選抜が終わったらすぐに工廠で艤装を実戦装備に換装して待機だ。
赤城は加賀の留守中、空母艦隊を指揮してくれ、いいな?」
「「了解ッ‼︎」」
◉◉◉
「はぁぁぁ……あんな事言って置いて……今更どんなを顔して会えば……」
一葉達が第1024鎮守府に来て直ぐの時、空母精錬場での一件を思い出し、加賀は自己嫌悪に陥っていた。
あの時は戸惑いもあり突き離したが、今では確信を持って言える。
彼は間違い無く神宮司一葉であると。
彼が手渡した髪飾りは間違い無く飛行甲板から削り取った唯一無二の品であるし、ここ数日の間の彼の行動、仕草は、若干大人びているものの、幼い頃の彼の仕草そのものであったからだ。
この鎮守府で1番長く一緒に居た加賀だからわかる理由であった。
1年前の幼かった頃の一葉とは違う、男としての風格を備えた一葉の姿が脳裏に映り、加賀の顔が真っ赤に染まった。
「〜〜ッ‼︎」
ボンッと枕に顔を埋めて悶える。
(な、なぜ私が…こんな…ッ‼︎)
考えないように思考を別の方向へシフトする。
提督に選別しておくように言われた護衛艦隊の艦娘達を決めなければ。
まずは艦隊の前衛として、戦艦の霧島。
航続距離と速力、装甲や火力の高さから見て、金剛型は外せない。
金剛と比叡は囮艦隊に選抜されて居る。
最近配属された霧島は経験の浅さから選ばれなかったので、手が空いているはずだ。
次に重巡洋艦の利根と筑摩。
速力と航続距離、火力も申し分無く、水上偵察機の運用を前提に開発された為、索敵能力も高い。
火砲や雷装も充実している為、またとない戦力となるだろう。
軽巡洋艦の木曾。
明日の近代化改修で重雷装巡洋艦に改良される木曾は、この鎮守府では古参の艦娘だ。
無類の戦闘狂でもあるが、状況把握や他艦との連携も卒無くこなす。
護衛艦隊でも期待出来る働きをしてくれるだろう。
水上機母艦の千歳。
水上偵察機母艦には主要な武装は無いが、小型魚雷艇の甲標的や燃料を積載出来る。
護衛艦隊の命綱と言っていいだろう。
明日の早朝から皆を集め、彼の艦隊と顔合わせをしなければならない。
(もう寝よう…)
加賀は次第に睡魔に襲われ、眠りに就いた。
後にこの編成が珍事件を巻き起こすとも知らずに……。
◉◉◉
翌日 PM12:05
第1024鎮守府 エインヘリアル艦隊旗艦
リンドヴルム
エインヘリアル艦隊と第1024鎮守府護衛艦隊の面子が顔合わせをした直後、事件は起こった。
「一葉は俺に乗艦するんだッ‼︎」
「何を言っておるッ‼︎ 一葉は吾輩が運ぶのだッ‼︎」
「一葉君は私に乗艦します、これは決定事項です」
「わ、私が……」
「「筑摩は黙って(いて下さい/おれ/ろ)ッ‼︎」」
「ひ、酷い…利根姉さんまで……」
「み、皆さん落ち着いて…」
エインヘリアル艦隊の代表面々の目の前でいきなり口喧嘩を始める利根、木曾、千歳。
その3人に否定され泣き崩れる筑摩と、3人を止めようとする霧島。
私はその光景を見て絶句した。
すっかり忘れていたが、利根、木曾、千歳は一葉を大層気に入っていた艦娘の一部だ。
利根や千歳に至っては自作のぬいぐるみを作る程。
そもそも何故こうなったか。
実はエインヘリアル艦隊から、参加艦艇をリンドヴルム(と言う名前の戦艦)のみにしたいと提案があったからだ。
燃料関係から、無駄に艦隊を動かすことが出来ず、尚且つ戦力を維持するには、搭載しているMS(と言う艦載機)を私達艦娘に搭載するしか無いという話だ。
それを聞いた3人が……
「吾輩が水偵のカタパルトを降ろす、そうすれば一葉の艦載機は搭載可能だッ‼︎」
「一葉1人載せるなら俺にだって出来るぞッ‼︎」
「あらあら、私だって今回は補給が主任務だから水偵もカタパルトも載せませんよ?
構造上から見ても私が適任です」
と言って聞かないのだ。
「ね、姉さん達落ち着いてくれ。
どう考えても姉さん達に搭載は難しいと……」
「こうなったら一葉に決めてもらおうじゃないか」
「え〝っ?」
「ふっふっふ…吾輩を選ぶに決まっておろう?」
「あらあらあら、利根さんは自意識過剰で困るわ。
私に決まっているじゃない」
「お前等じゃ役不足だ、俺に決まってるだろ」
「い、いや、あの…」
ジリジリと彼を追い詰める3人。
「皆、いい加減に……」
「お、俺はッ‼︎」
私の言葉を遮り、彼が声を張り上げた。
「俺は、加賀姉さんに乗艦するッ‼︎」
後半へ続ク