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雪雨の中で

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第一章


第一章

                     雪雨の中で
 冬のある日。山口丈瑠は付き合っている伊藤優子と口喧嘩になってしまった。
「だからそれ違うじゃない」
 優子は一直線の眉にカマボコ形の目をした日に焼けた女の子だ。黒く長い髪をポニーテールにしている。格好は今の女の子にしてはやや地味で小柄だがテニスで鍛えたしっかりとした身体つきをしている。口も大きくその目と共に彼女の顔をしっかりとしたものに見せている。鼻も適度な高さでありいい顔である。
 その彼女が今丈瑠を見上げて。怒っているのであった。
「全然。駄目駄目よ」
「駄目駄目って何だよ」
 丈瑠はそのラテン系をいささか思わせる顔で優子に返した。眉は少し薄く髪を僅かに茶色を入れて長めにしている。あまり収まりがいいとは言えない髪だ。目が大きくはっきりとしている。それが眉が薄いにも関わらずその顔をラテンを思わせるものにしている。その顔で優子を少し見下ろして言うのだった。
「一体何が駄目なんだよ」
「だから言ってるでしょ」
 優子はさらに彼に言うのだった。
「何でそこでプールに行くって言うのよ」
「だって俺水泳部だから」
 だからだというのである。
「プールに行くのは当然じゃないか」
「駄目よ、テニスよ」
 しかし優子はこう言って聞かない。二人は教室の後ろで意固地になった顔で言い合いを続けている。二人は同じ高校の同じ学年でしかも同じクラスなのである。
「テニスに行くのよ、その日は」
「もう冬なのに外でテニスって?」
「じゃあ冬なのに泳ぐの?」
「室内の温水プールだからいいじゃないか」
 丈瑠の弁である。
「それは別に」
「寒いわよ。だからテニスよ」
「外で足だしてテニスなんかできないよ、冬に」
「動いていたらすぐに熱くなるわよ」
 優子はこう返して聞かない。
「すぐにね」
「駄目だよ。それまでが寒くて」
「水泳はもっと身体が冷えるじゃないの」
「冷えないよ。ずっと泳ぐから」
「いいえ、冷えるわ」
 優子はあくまで丈瑠に反発する。
「だからテニスよ」
「外でテニスの方が冷えるじゃないか」
「冷えないのよっ」
 あくまでこう言い合って譲らない。そのまま喧嘩になってしまった。しかも今クラスで喧嘩をしているカップルは彼等だけではなかった。
「あの二人は派手だけれど」
「向こうの二人は」
「完全に冷戦かあ」
 隣同士になっている席で顔を背け合っているのは菅生隆博と神埼敦子である。隆博は背が高く多少エラが張った顔の形をしており眉はしっかりとしていて黒い。眼鏡をしており髪型は何となく真面目に刈っている。外見を見れば非常に大人しそうなものである。
 敦子は黒い髪をショートにしており年齢に比べて幼そうな顔をしている。口は少し大きくはぱっちりとしている。その二人が顔を背け合っているのである。
「あの二人の喧嘩の原因って何だったっけ」
「何か菅生の奴があれだってさ」
「浮気でもしたとか?」
「違うよ。志賀直哉読んでいてさ」
 高校生が読む作家としてはオーソドックスであると言っていい。
「それを神崎の奴が見て怒ったんだって」
「何で志賀直哉読んでいて怒るのよ」
「神崎太宰好きだかららしいな」
 だからだというのである。
「太宰が志賀直哉を嫌っていたってことでな」
「何か下らない理由ね」
「向こうの二人と同じで」
 ここで皆相変わらず言い争いを続けている丈瑠と優子を見る。二人の喧嘩は熱戦である。
「どっちにしろ。クラスの中でカップルが二つも喧嘩してると」
「厄介だよなあ」
「全く」
 皆はあ、と溜息をつくのだった。とにかく喧嘩が終わらない。彼等はその日はずっと喧嘩のままでお互い熱戦と冷戦を繰り広げていた。
 
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