歳の差なんて
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第八章
第八章
「それでもね。今は」
「おられないのね。離婚とか?」
「離婚じゃなくてね、これが」
奈緒の顔が曇った。
「あれなのよ。死別ってやつ」
「奥さん亡くなられたのね」
「交通事故でね」
曇った顔になった理由はこれであった。
「それでなのよ。それで今は」
「独身なのね」
「ええ、ずっとらしいわ」
そしてこうも言った。
「ずっとね。もう何年もね」
「そうなの」
「子供さんもおられるけれど男手一つで育てられているし」
「凄い人みたいね」
「だから立派なのよ」
ここでまた言う奈緒だった。
「あの先生は。皆尊敬しているのよ」
「そんなになのね」
「もっとお話してみればわかるわ」
こうも言う奈緒だった。
「あの先生とね。機会があればだけれど」
「そう、機会があればね」
「話してみればいいわ。美香の為にもなるし」
「そんなになの」
「ええ。これは保障するわ」
もう昼のワインは完全に消えていた。カラオケにプールにその後のサウナで完全に消え失せていた。若いにしろかなり無茶な酒の抜き方ではある。
「これはね。絶対にね」
「そうなの、そんなに」
「そうよ。それ考えたら」
奈緒はふと美香を見つつ言葉を変えてきた。
「美香も大学入ればよかったのに。八条大学」
「ああ、それはいいわ」
しかしそれは断る美香だった。
「それはね。別にいいわ」
「大学には興味ないの」
「どうもね」
首を傾げて奈緒に答える。
「それについては。だから」
「そうなの。じゃあこっちももう言わないけれど」
「悪いわね。それでも」
だがそれでも言うことはあるのだった。
「あの先生とはね。またお話してみたいわ」
「機会があればになるわね」
奈緒は考えつつ述べた。
「やっぱりね」
「そうね、まあ縁があればまた会えるわね」
「そういうことね。それじゃあ今日はこれで終わりね」
「いい骨休めになったわ」
美香は今度はにこりと笑っていた。
「本当にね。何かとね」
「身体はともかく心にはよかったわよね」
「ええ、そういうこと」
彼女が言うのはこのことだった。
「美味しいものを食べて飲んだし」
「カラオケに水泳にサウナ」
奈緒もこれに続く。
「本当にいい気持ちでやらせてもらったわ」
「帰ったら後は寝るだけね」
「そういうことね。じゃあまたね」
「ええ、またね」
美香は自分の家の最寄の駅のところで立ち上がった。奈緒は笑顔で手を振ってその彼女を見送る。二人はこうして心地よい休日を楽しんだのであった。
それから暫く経って。この日美香はあのパートのおばさんと一緒に外に出ていた。外に出ている理由は簡単なもので昼食を食べに外に出たのである。それだけである。
「そのおうどんだけれどね」
「はい」
「これが凄く美味しいのよ」
美香はもうおばさんの説明を受けていた。既に和風の店の中で木造りの椅子とテーブルに腰掛けている。そこに向かい合って座って話をしているのだ。周りには他の客達もいる。皆めいめいそれぞれのうどんを食べている。中には蕎麦や丼を食べている者もいる。
「こしがあって味もよくて」
「そんなにですか」
「特にきし麺」
きし麺も話に出て来た。
「これがまたいいのよ」
「そんなにいいんですか」
「そうよ。きし麺好きかしら」
「はい」
おばさんの言葉にこくりと頷いて答える。
「結構。好きです」
「実は私ね」
おばさんはここでくすりと笑ってきた。
「名古屋生まれなのよ」
「そうだったんですか」
「面白い街よ」
楽しげに笑っての言葉だった。
「名古屋はね。本当に」
「そんなに面白いんですか」
「遊ぶ場所もあるけれど特に」
おばさんはさらに言う。
「食べ物なのよ、やっぱり」
「食べ物ですか」
「ここまで言えばわかるわよね」
美香の顔を見て楽しそうに笑ってきた。
「名古屋の食べ物と言えば」
「きし麺ですね」
「そうよ。それがすぐに出て来るなんてかなり筋がいいわね」
「筋がいいですか」
「しかもここはね」
楽しそうな話が続く。
「天麩羅の海老もいいし」
「海老も」
名古屋は海老も有名なのである。非常によく食べる。
「味噌も勿論ね」
「赤味噌ですね」
「味噌煮込みうどんね」
やはりこれであった。
「止めにお菓子まであって」
「ういろうですか」
「そういうこと。そこもわかっているのね」
「はい」
にこりと笑っておばさんに答える。美香もこのことはよくわかっていた。彼女も名古屋の味覚についてはもう把握しているのである。
「名古屋といえばそれですね」
「そういうことよ。だから頼むのは」
「味噌煮込みうどんですね」
「勿論きし麺でね」
やはりまずはこれであった。
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