Ball Driver
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第二十八話 主将の背中
第二十八話
「ボールフォア!」
「……チッ」
織田は紅緒に対してはストライクを一球も投げなかった。敬遠気味のフォアボールに、紅緒は舌打ちしながら一塁へ歩く。
(品田だけは弱点が分からなかったからなぁ。どこに投げても打つ、凡退するとしたら品田自身のミスショット、そしてどのコースでもホームランがあるとなれば、勝負なんてできねぇよ)
織田は紅緒からの視線をガン無視して、次の打者に向かう。
コツン!
「ファースト!」
紗理奈は四球で貰ったランナーをバントで送る。一死二塁となり、打席には譲二を迎える。
(遠藤も怖いバッターだけど、送ってくれて助かったぜ。何せこっからの下位打線こそウンコだからな。)
この都築の見立ては間違っていなかった。
ブンッ!
「ストライクアウト!」
6番の譲二は左右の変化球の揺さぶりに惑わされ、ボール球の変化球を振って三振。
カーン!
「ファースト!」
7番の月彦は微妙なボールの動きに対して振り回したが為に芯に当たらずファーストフライ。
「ナイピッチ!」
「何、予定通りよ」
相手にくれてやったピンチを抑え、バッテリー同士ハイタッチしてベンチに戻る。
「……何か雲行きが怪しいぞ」
ベンチに居る権城はそろそろ、気づき始めていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
試合は0行進のままで終盤まで進んでいった。
大山台・織田の前にランナーは出せども、中々一本が出ない。安打を放ったのは茉莉乃、紗理奈、ジャガーだけ。抜群のコントロールと七色の変化球を持つ織田の前にチャンスらしいチャンスは4回一死からの茉莉乃ツーベース、紅緒敬遠、紗理奈ヒットで作った満塁だけ。そのチャンスも、譲二と月彦の連続三振で逃した。クリーンアップ以外は確立された攻め方に完全にしてやられ、そして攻め方が見つからない紅緒は徹底的に勝負を避けられた。
しかしもっと凄いのは紅緒。こちらは織田とは対照に豪速球で三振を取りまくる。大山台打線相手には小細工など必要なく、ズバズバと勢いで投げ込んでいった。出したランナーは二つの四球と、哲也のエラーの三人だけ。終盤までノーヒットノーランを続けていた。
しかし、そういう快調なピッチングほど、唐突に途切れてしまうものである。
8回の裏、三つ目の四球で出たランナーをバントで二塁に進めた大山台。二死二塁で、打順はピッチャーながら1番の織田。
カキィ!
140キロ台のストレートにも、織田の目は段々慣れてきていた。振り遅れながらも芯で弾き返したゴロが、サードに飛んだ。
「!!」
スイングの方向と打球の方向が一致せず、それでいて芯で捉えている分だけ打球は速い。
そのギャップが譲二の反応を鈍らせた。
「回れ回れーっ!」
「嘘だろ……」
真正面の打球だったが、三塁ファールゾーンに大きく弾いてしまった。二塁ランナーがサードを蹴って帰ってくる。打った織田は一塁ベース上で飛び上がってガッツポーズした。
「よっしゃーっ!!ついに一本出たぜー!都築ィー!この一点守って完封だぁー!」
織田の言葉に、ベンチの都築もガッツポーズで応える。譲二はサードのポジションに立ち尽くし、紅緒は何も言わずにマウンドを蹴った。
(まさか、今年も4回戦で……?)
ベンチで見ている権城も顔を青ざめさせる。
打たれたヒットはたったの一本。それもエラーかどうか怪しい強襲安打だが、8回裏に来て先制を許してしまった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「権城くん、バット振って準備しといて」
8回裏の守備から帰ってくるやいなや、紗理奈が権城に声をかけた。権城は既にヘルメットをかぶり、打撃用手袋をはめて防具もつけていた。
「もう準備はできてますよ。で、どこの打順っすか?」
「私の後ろ。頼んだよ。」
短く言って、紗理奈は自分もネクストに行こうとする。9回の打順は4番の紅緒からである。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
しかし、代打を出される譲二が紗理奈に食い下がった。
「この回どうせ紅緒は敬遠だ!同点のランナーが出る!チャンスが来るんだ!もう一度俺に任せてくれ!このまま終われるか!」
「あんたなぁ、いい加減にしろよ!今日ここまで一球たりともタイミング合ってねぇだろーが!」
懇願する譲二を権城が一喝するが、譲二は引き下がらない。紗理奈は譲二をジッと見た。
「確かに、品田さんはこの回も敬遠で同点のランナーは出るけど……もしかしたら私がゲッツー打つかもしれないよ?それとも私、バントした方が良いかな?」
「ウッ……」
言葉に詰まった譲二を見て、紗理奈は笑顔を見せた。
「……分かった。本田くん、そのまま次も行こう。権城くんは、坊くんのところで。」
「えぇー!?」
譲二の意向を聞いた紗理奈に、権城は目を剥いて声を上げた。譲二は「よっしゃー!」と喜び勇んで打席の準備を始める。
「……ケッ」
代打を出される事が決まった月彦は、ベンチにどっかと座って、白けた顔をしていた。抗議などはしなかった。譲二ほど、月彦は諦めが悪くなかった。
「ボールフォア!」
ちょうどその時、紅緒が敬遠された。
同点のランナーが出て、紗理奈がベンチから急いで打席に向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
(何考えてんだよ、キャプテン。そんな希望聞いてたらキリがねぇだろうがよ。おまけに譲二の意地だなんだって、そんなもん信用できたもんじゃねぇよ)
ベンチから、不満たっぷりに権城が紗理奈を見た。紗理奈は、そんな視線を寄せ付けないかのように一切ベンチに目をやる事なく、背筋を伸ばした自然体で構えていた。
(温情かよ?まぁ、気持ちは分からんでもないけど……)
カァーーン!
権城が内心でブツブツ言ってるその時、紗理奈が初球を捉えた。しなやかな体をフルに使って、振り上げたその打球は高々と舞い上がり、あっという間にフェンスの向こうまで飛んでいった。
「マジか……」
土壇場に飛び出した逆転ツーランに、マウンド上の織田は呆然と立ち尽くす。紗理奈は涼しい顔を崩す事なく、淡々とダイヤモンドを回った。
権城は、ため息をついた。
(……確かに、代打は必要ねぇや。代打を出す前に自分で決められちゃあな。)
権城は苦笑いした。
ベンチは土壇場に出た一発に大きく湧き上がっていた。
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