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第二十六話 夏のはじまり

第二十六話



「オーゥ、イッツァビーーチ!とっても綺麗な海岸だねェ!」

驚嘆の声を上げ、無邪気にはしゃいでいるのは、鋭く跳ねた赤い髪を持つ、背の高い野性味溢れる少年だった。腹筋が綺麗に割れ、自然で逞しい肉体美が、水着だとよく分かる。

「この島ならではだ。6月で既に海水浴できるというのはな。」

姿は、その赤い髪の少年とは対照に落ち着いている。いや、ビーチで遊ぶというのだから、この場面においてはむしろ落ち着いている方がおかしいかもしれない。姿の感情の起伏の方を疑ってしまう。

「……たまには、こういうのも良いか」

黙々と海の中を、水の抵抗に逆らって歩いているのは権城。波に煽られながら一定のペースで歩くのは、これはこれで良いトレーニングになるのである。

「権城さん、そんな事してないで、もっとハジけましょうよー!青春を謳歌しましょー!」

赤い髪の少年に言われて、権城はため息をついた。

「青春の謳歌青春の謳歌うるせぇよお前は……したい事勝手にやらせろって……」

権城を圧倒しているこの赤い髪の少年は十(つなし)拓人。
色々あって、6月になって突如姿を現した、美少年である。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



「よくあんなに遊べるわー。疲れないんかなぁ、あのテンション維持すんの。」

ビーチに設置したパラソルの下で、日陰に寝そべりながら権城は呟いた。視線の先には、演劇部の面々。姿、拓人、和子、瑞乃、タイガーにジャガーら。サーフィンやスイカ割りやビーチフラッグなどしていた。今日は演劇部の日曜練習。紗理奈の提案で、練習の息抜きにビーチで遊ぼうという事になったのだが、権城にしてみれば、ああやってハイテンションではしゃぎ続ける事の方が、演劇部の腹筋や声出しの基礎練よりも疲れる。それよりも……

(遠くから水着姿をガン見し続ける方が、俺としちゃリフレッシュだなぁ)

和子や瑞乃、タイガーの少し子どもっぽい可憐な体つきも愛くるしければ、ジャガーの少しムチッとした体型も実にけしからん。
6月とは思えない日差しの熱さにあくびをかきながら、権城はただひたすらに女の子の体を眺め続けていた。

「おーい」

そんな権城の元に、紗理奈がやってくる。
紗理奈は呆れたような笑顔を権城に向けていた。

「さっきから動きもせずに、ずっと女の子のお尻ばっかり見てる」
「ふぁ〜あ、好きなんですよね、お尻の曲線が。やっぱり和子や瑞乃はまだ一年だなぁ。ジャガーが一番エロいや。キャッチャーだからかなぁ。」

図星を突かれても悪びれもせず、あくびをかいて開き直って見せるくらいに権城は弛緩しきっていた。ある意味、一番息抜きしている。

「あのねぇ……ま、良いか。息抜きだし」
「ふぁ〜あ、そうです良いんです〜」

権城は遠くのジャガー達から、近くの紗理奈に目を移した。紗理奈もまた、今日は結構派手な水着である。
背もスラッと高く、均整のとれたお手本のような体をしている。さすがは、南十字学園野球部の美人すぎるキャプテンだ。演劇部の人気ナンバーワンだ。

「…………」

権城はある事に気づいた。
紗理奈の腹は腹筋がついている。力も入れていないのに、六つの割れ目がうっすら見える。
太ももの裏のハムストリングスが、くっきり見えるまでに鍛え上げられており、尻にはエクボがあった。女としてはビックリするほど脂肪が少ない、筋肉質な体をしていた。

「どうしたの?ジロジロ見て。いやらしいなぁ。」

紗理奈は自分から目を離そうとしない権城に、訝しげな顔をした。しかし、胸元も足も隠そうとせず、堂々と立っている辺りに、この少女の自信が透けて見える。

「……もしかして紗理奈キャプテン、実は凄く頑張ってる人ですか?」
「何を言うんだ、いきなり」

紗理奈はため息をついて、権城のそばに腰掛けた。頬に手をついて、水平線の向こうを見つめる。

「後少しで、君からもキャプテンとも呼ばれなくなるんだなぁ。」
「そうですね。“部長”になりますね。」

野球部の最後の夏は一ヶ月後だが、演劇部のラスト公演は二学期初めの文化祭である。紗理奈は一足早く、野球部の方を引退する事になる。

「……私ね、高校を卒業したら、都内の芸術系の大学に行くんだ。劇作家か、もしくはナレーターになりたいと思って。」
「島には残らないんっすね」
「うん。……元々、高校の三年間だけ、この島で過ごすつもりだったから。大学は家から通える所にするつもり。」
「……なんでわざわざ、こんな島に……」
「青い空と海、照りつける日差し、真っ白な砂浜……青春したかったからかな」
「拓人みたいな事言わないで下さいよ」

権城は笑ったが、紗理奈の水平線を見る表情はシリアスそのもの。遠い目をしていた。

「野球もできて、演劇もできて、両方で好き勝手仕切らせてもらったし、私、もう悔いないよ。」
「……それ、今こんなビーチで言っちゃうような台詞っすか?タイミング間違えてますよ、脚本家なのに。」

ブレずに突っ込み続ける権城に、今度こそ紗理奈は高笑いした。

「あはははっ!それもそうだなぁ。もっと、しかるべきタイミングはあるな。」
「そうですよ。野球も演劇も、後少ししか残ってないって思うかもしれませんけど、その後少しこそが一番大事なんっすから。終わった気になられたら困りますよ。」

それは権城の本心だった。
島中の注目を集める文化祭の公演にしたって、夏の大会にしたって、どちらも最高の舞台。終わったつもりで臨んで、そのまま終わらせるには惜しい。そして紗理奈に、そうやって終わらせて欲しくなかった。

「ねぇ、権城くん」
「んっ?…何すか?」

紗理奈は寝転んでいる権城の傍に自分も身を横たえて、顔を近づけた。端正な顔が、息がかかりそうな程に近づいて、権城の心臓がドキッと跳ねた。

「私が引退してからの野球部は、君に任せる。演劇部の方は、ジャガーに任せるから、お互い協力し合って、頑張ってね。」
「……それこそ、今言う事じゃ無いっすよ」

唐突な次期主将の指名を受けて、権城は苦笑いした。
紗理奈はカラッと爽やかな笑顔を見せた。

「言いたくなったから言ったんだ。前々から決めてた事だったし。」
「ま、両方とも2年が俺とジャガーしか居なけりゃそうなりますけど……」
「脚本と違って、その時々の気持ちに任せてモノを言ったって許されるでしょ?……人生は」
「そうっすけどねぇ……」

潮風が吹いてくる。磯の香りがして、どこか懐かしいような香りに、紗理奈も権城も目を細めた。








「この夏は、私自身が演じる、最後の劇」
「……ハッピーエンドにしましょうか」






 
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