夫婦蕎麦
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6部分:第六章
第六章
「それだ。俺の蕎麦が完璧じゃないって言ってくれたな」
「じゃあ今回は完璧なのかな」
「完璧になったぜ」
彼は胸を張って告げてみせた。
「今度はあんたも脱帽するぜ」
「髪の毛はもう脱帽してるんだけれどね」
「いや、それはいいからよ」
今の客の自虐した冗談には彼も思わず吹き出してしまった。
「それはな。髪の毛の話はしないに限るぜ」
「ははは、まあ自分でもそれはわかってるんだけれどね」
右手のそのてかてかと光る頭を撫でながら話すのだった。
「ついつい言わずにはいられないんだよ、これが」
「言ってそれで髪の毛が戻るのかい?」
「いや、全然」
しかも全然戻らなかったりする。当然と言えば当然だが。
「それで戻ったら苦労はしないからね」
「じゃあまずはうちの蕎麦食え」
「ここの店の蕎麦食ったら髪の毛生えるのかな」
「さあな」
忠義はその問いには半分冗談めかして、半分本気の顔で首を捻ってみせた。
「それはどうかな」
「ないんだね、やっぱり」
「蕎麦で髪の毛が生えたら凄いぜ」
彼も話に乗ることは乗っていた。
「とにかくだよ。これまでより美味くなったうちの店の蕎麦な」
「うちの店のかい」
「そうさ。食ってみな」
こう話すのだった。
「で、頼むのは前と同じかい?」
「うん、かけとざるね」
やはりこれであった。これしかなかった。
「その二つ。いいね」
「あいよ」
忠義は明るく彼の言葉に頷くのだった。
「それじゃあその二つ。すぐ出すな」
「待ってるよ」
こうして忠義はすぐにその二つの言葉を受けてそのかけとざるを作るのだった。その傍には女房の和栄がいて二人で蕎麦を茹でてそのうえで薬味を入れてだしやつゆも入れていく。それは忠義一人でやるよりずっと早くしかも的確であった。そうして瞬く間にまずはざるを彼の前に出すのであった。
「お待ち」
「あっ、もうかい」
「どうだい。遅いかい?」
「いやいや、早いね」
驚いた顔で忠義に述べるのだった。
「だから驚いているんだよ」
「おお、そうかい」
「そうだよ。早いんだよ」
このことをまた言ってきたのだった。
「前よりもずっとね」
「二人でやると早くなったんだよ」
このことを話す忠義だった。
「一人でやるよりずっとな」
「そうだよね。何でも一人でやると限界っていうのがあるからね」
客はにこにことした顔で箸を取りつゆの中に醤油や山葵を入れながら彼に述べた。
「だから二人でやる方が早くなるんだよ」
「そうだな。それがわかってきたんだ」
「それで味は?」
その蕎麦を箸に取ってそのうえで口に入れてみる。すると。
「これは」
「どうだい?」
「いいねえ」
客は満足した顔で頷くのだった。
「この味は。前にも増していいね」
「そうかい。いいかい」
「完璧だね」
そしてこう評するのだった。
「この味な。完璧になったよ」
「完璧か」
「ああ、もう完璧だよ」
満足した顔で微笑んで忠義に言うのだった。そうしてそのうえで彼に尋ねてきた。
「やっぱり一人で作るより二人で作った方がいいね」
「二人の方がか」
「それにお店の中も回りも」
彼はそうしたところも見ているのだった。
「前よりもっと奇麗になったね」
「前よりもか」
「旦那さんそっちもやるようになったのかい?」
「ああ、そうだよ」
笑顔で客に答える。
「最近ね。俺もね」
「それがいいんだようね」
客はここまで話を聞いたうえで述べた。
「そうやって二人でやるのがね」
「それがかい」
「だから一人でやるのには限界があるんだよ」
彼はこのことをまた話した。
「それよりな。二人でやってるのなら二人でな」
「やるのがいいってか」
「そういうことなんだよ。夫婦なら何でも手分けして」
彼はさらに話していく。
「それがいいんだよ。蕎麦を作るのも店をやるのもな」
「そういうことだったのかよ」
「だからあの時だけれど」
話は過去に遡る。
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