IS【インフィニット・ストラトス】《運命が変わった日》
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【第539話】
夜、場所はとあるホテルのロビー。
行き交う宿泊客を気だるげに眺める赤い髪の男――カーマインだ、ホテルに似つかわしくない出で立ちが目立つも、カーマイン自身は気にもせずに待ち人を待っていた。
「……済まない、待たせたなカーマイン」
「あぎゃ、構わねえよボス」
「……カーマイン、せめてスーツぐらいは着なさいよ」
シルバーは唇を尖らせてそう告げる。
ウィステリア、シルバー共々タキシード及びドレスを着用していた、無論スレートもタキシードを着ていてずれた眼鏡を指で直しつつ――。
「全く……貴方はもう少し――」
「あぎゃぎゃ、それよりもだ。 既に役者は揃ってるぜ?」
スレートの言葉を遮り、告げるカーマイン――ウィステリアは小さく笑みを浮かべると。
「そうか。 では行こうか……カーマイン、案内を頼む」
「任せな――って言っても、スコールがいる場所は地下レストランのVIP専用ルーム、迷うこともねぇさ」
そう言い、エレベーターへと向かう四人は会合の開かれているVIPルームのある地下へと移動した。
時間は少し遡る、地下レストラン、VIP専用ルームの真ん中で食事をしている篠ノ之束。
「うん、うん。 このお肉おいしいねえ。 あ、わいーん」
テーブルマナーも考えず、遠慮なしに用意された食事類に手をつけている彼女に、レストラン店員も苦笑いしつつ、やはり有名人という事もあってか粗相のないように細心の注意を払っていた。
そして、きらびやかなドレスを身に纏い、各種宝石がちりばめられたアクセサリーを着けたスコールが姿を現す、それを合図に店員はVIPルームから退室した。
「お気に召しまして? 束博士」
がっつく様に食事を摂る篠ノ之束に、僅かに笑みを溢しながらそう問い掛けると。
「んー? そうだねー。 そこの睡眠薬入りのスープ以外はね~」
そう返す篠ノ之束に、スコールは顔色を変えなかった、企みが暴かれるのは想定済みだ。
だがそれよりも――薬物入りスープを飲み干しても全く調子を変えない篠ノ之博士に内心驚いていた。
篠ノ之束の向かい側の椅子に座り、両肘を立てて笑顔を絶やさず、本題を切り出した。
「それで、束博士。 あの話は考えて頂けたでしょうか?」
「どの話ー?」
首を傾げ、きょとんとした表情を見せる束に、小さく笑みを溢しつつ話を続けた。
「我々、『亡国機業』に新造ISを提供する話です。 勿論、コア込みで」
そう告げたスコールに、屈託のない笑顔を向ける束。
「あははー。 嫌だよー。 だってめんどくさいじゃん」
そう言い食事を再開する束に食い下がるスコール。
「そこを何とかお願いします」
「お断りしまーす。 あー、ケーキちょうだーい。 後ね、ハンバーグとカレーと冷やし中華」
スペアリブにかじりつき、メニューを眺めて追加注文をする篠ノ之束――無論冷やし中華は地下レストランには存在しない。
スコールは自身の髪を弄りながらため息を吐き――。
「ふう……。 どうしても、ですか?」
「うん。 君たちに作る義理はないもーん」
「ならば……これで少しは色好い返事を頂けると思うのですが」
そう告げ、指を鳴らすと奥の天幕がするすると上がり、スポットライトがつけられ、舞台の中心を照らす。
そこには拘束されたクロエとその首筋にナイフを当て、笑みを浮かべているオータムが居た。
かじりついたスペアリブを皿の上に置く束に、スコールは腕組みしつつ言葉を紡ぐ。
「色好い返事を頂けないのであれば、この子鹿ちゃんのステーキを用意しますけど、如何かしら?」
スコールはこれでISが手に入ると確信した、何故手元に自身の弱点となり得る少女を置くのかはわからなかったが、それによりコアとISが揃って手に入るなら――更に、このままコアの生産を続けさせれば、亡国機業を再び裏の世界の一番に――。
「……せ」
「はい?」
何かを呟いた篠ノ之束に、スコールは聞き返すと笑顔を向けたまま言い放つ。
「離せ」
そう告げた瞬間、テーブルの上に並べられていたナイフとフォーク全ての投擲がスコールを襲撃する。
「!?」
咄嗟に部分展開し、払い除けるスコール――ふわりと舞う黒い影が、部分展開した装甲を踏みつけ、空中へと躍り出るや、天井を蹴り、オータムの懐に潜り込む篠ノ之束。
「ちぃっ!?」
クロエの首筋に当てたナイフを振るうオータム、そこで束にではなくクロエに押し当てていれば要求も通った――だが、篠ノ之束の身のこなしが無意識に自身の防衛本能を働かせた。
だが手首を折り曲げられ、振るったナイフの刃の先端が右肺に刺さる。
「かは――」
呼吸が出来なくなった隙をつかれ、左肩から左胸、左腹部へと掌打を叩き込まれ、大きく蹴り飛ばされたオータムはワインセラーへと突っ込み、崩れ落ちる。
「くーちゃん、大丈夫かにゃー?」
「は、はい……束様」
拘束具を素手で千切り、束は優しくクロエに微笑んだ。
そしてその笑顔のままスコールへと視線を移す。
「あのねぇ、私ってば天才天才って言われちゃうけどねー、それって思考とか頭脳だけじゃないんだよー」
クロエを後ろから抱き締めながらスコールに告げる。
「肉体も、細胞単位でオーバースペックなんだよ」
その言葉にスコールは戦慄が走ったその瞬間――。
「あぎゃぎゃ、肉体も細胞単位でオーバースペック? 俺様には止まって見えたぜ?」
突如現れた赤い髪の男の横やりに、スコールは一瞬驚くも直ぐにニヤリと唇の端を吊り上げる。
一方の篠ノ之束は笑顔を絶やさずに――。
「誰かにゃー? ……止まって見えたって言うならさぁ。 ――ちょっと本気、出しちゃうか」
抱き締めていたクロエを離し、右斜めへと跳躍、着地と共に入り口に居たカーマインへと肉薄――オータムにしたように掌打を叩き込もうとするのだが。
「あぎゃぎゃ♪ 遅い遅い♪」
高速スウェイで掌打を避け、更に束の放つ右、左のストレート、頭部へのハイキック――くるりと空中で姿勢を変えてのローリングソバット、それら全てを笑いながら避けるカーマインに、スコールは手放された弱点であるクロエを見ると同時にカーマインに感謝した。
これで篠ノ之束は私たちの思いのまま――。
だが――。
「済まないが、君の思惑通りに事は運ばないのだよ、スコール・ミューゼル」
「……貴方は!?」
奥歯を噛み締めるスコール――目の前に居るのは亡国機業の上に君臨するイルミナーティ総帥であるウィステリア・ミストだった、イルミナーティの下部組織に今はおさまっている亡国機業の最重要暗殺ターゲット。
幾度となく刺客を差し向けるも、その命をとることがかなわなかった――だが、目の前にそのターゲットが居る。
クロエとスコールの合間に立つウィステリアに、クロエは――。
「……束様!」
「くーちゃ――」
「あぎゃっ、隙を見せたな?」
カーマインはにやりと笑う――意識がクロエに向いていた束は、カーマインに腕を取られ、首筋に腕を巻かれて首を絞められる事態に陥った。
「あぎゃぎゃ、何がオーバースペックだよ。 俺達【イルミナーティ】幹部には到底敵わねぇぜ? 何せ俺様達は死線を潜り抜けてきたんだ、動きは確かにはえぇが……お前の動きは所詮、実戦経験の無いド素人の動きさ」
「わ、私に生身で負かせる何て……!」
完全に拘束された束、スコールとしてはカーマインを自身の身体で意のままに従わせれると思っていたため、今はウィステリアの事を忘れて目的を達成させようとした。
「よくやったわ、カーマイン。 このまま束博士に――」
「あぎゃっ? ……何を偉そうに上から目線で言ってるんだ? 要求がこの女にあるならてめぇで拘束しな、スコール」
言って篠ノ之束を解放するカーマイン――その行動に、束自身も驚く。
「ウィステリア様、この者はどうなさいます?」
「……ッ、離せ!」
入り口から聞こえてきたのはスレートの声だった、そしてその傍らには拘束されたエム――織斑マドカが居た。
ウィステリア達四人が地下レストランに着いた時、外で待機していた彼女だがカーマインが誰とも知れぬ輩を連れてきた為に拘束しようとした。
だがそれをスレートに阻まれ、先に三人を地下レストラン内へと入れさせてから生身での戦闘――そして拘束された結果だった。
「その女は【ロストチルドレン】計画の人間だ、そのまま拘束しろ」
「あぎゃぎゃ、エム……スレートにやられてる様じゃまだまだだな」
「…………ッ!」
カーマインにそう言われて睨み付けるエム、一方のスレートは――。
「カーマイン、その言い方だとまるで僕が弱いみたいではないですか」
「あぎゃっ? 違うのか?」
「違います。 ……全く、何れ君とも決着を着けねばなりませんね」
スレートの言葉に、シルバーは眉を吊り上げて告げる。
「こら、貴方達。 今はそんな場合じゃないでしょ?」
「……けっ」
「申し訳ありません、シルバー様……」
大人しくなる二人のやり取りを呆気に取られながら見るスコール――状況整理をすれば、オータムが戦闘不能かつ早く救急車を呼ばないと不味い事態。
エムに関してもスレートと呼ばれた緑髪の眼鏡をかけた青年が拘束、その隣には白銀の長髪を結って纏めたシルバーと呼ばれた女。
ターゲットの篠ノ之束は現在カーマインが拘束から開放されているものの、不穏な動きを見せれば直ぐ様捕らえるだろう。
後はその弱点であるクロエの前にはイルミナーティ総帥ウィステリア・ミストが立ち塞がっている。
ISを展開して今この場でウィステリアだけでも殺せば、亡国機業が――そんな考えが過った矢先、絶対零度の冷徹な声が聞こえてくる。
「止めなさい。 今貴女が考えてる事を実行に移すのなら……」
振り返るスコールの瞳に映ったのはシルバーだった、その瞳はいつもの紅蓮に燃える紅い色ではなく、双眸共に、まるで大空の様に澄みきった蒼い瞳へと変わっていた。
シルバーから放たれるプレッシャーに、表情を表に出さないクロエは無意識下で恐怖を感じ、スコールは背筋が寒く、悪寒が走る。
束はそれを見、小さく唇の端を吊り上げて笑みを溢した。
「シルバー」
ウィステリアだった、自身のコードネームを呼ばれ、シルバーは瞼を閉じる――次に開かれた時にはいつもの紅い瞳へと戻っていた。
「さて、済まなかったねスコール・ミューゼル。 大切な会合を邪魔して」
「…………」
小さく奥歯を噛み締めるスコール、そしてウィステリアは篠ノ之束へと近付いた。
「初めまして――と言っておきましょうか、ミス束」
「……変な物言いをするねぇ、君。 その物言いだと、君は私と『初めまして』じゃないんじゃないのかなぁ」
「フッ……。 そんな些末な事など、問題では無いのだよ」
「ふーん。 まあ良いけどさ、それよりも君、さっき面白い事を言ってたよね?」
屈託のない笑顔を見せ、ウィステリアの横まで歩いていく――。
「【ロストチルドレン計画】――君は一体何処まで知っているのかにゃー?」
「さて、な」
「……ふーん、まあ良いや。 追々わかることだし。 ……一応、君たちの用件も聞いておこうかな。 って言っても、コアは作らないよ、面倒だし、最近いっぱい作ったしさ」
「……私の用件、それは彼女の機体の事だ」
そう言いウィステリアの指差す先に居るエム――。
「ふぅん……織斑――マドカ、の機体?」
ぎょっと目を見開くマドカとスコール――篠ノ之束に本名を知られていた事実が内心小さな焦りを見せる。
「彼女の機体を――どうすれば良いのかにゃー、うぃっち?」
「フフッ……それは貴女にお任せしますよ、ミス束」
「そっかぁー。 うぃっちは放任主義なんだねー。 でもでも、束さんはその方が好きだな。 ……じゃあまどっち、君の為だけの専用機、用意してあげるね? あー、久しぶりだぁ、このワクワク感!」
「ま、まどっち……」
エムは唖然とした表情でそう呟き、カーマインはそんなエムを見て笑い転げている。
スレートは既にエムを開放し、救急車の手配をしていた。
一方のシルバーはウィステリアに近付くと。
「……兄さんの用件って、結局あの子の――」
「あぁ、これ事態は私達が介入しなくても篠ノ之束がやっていただろう。 ――だが、ここで私達が介入したからこそ、歯車が動き出す」
「……ん」
小さく頷くシルバー、一方のスコールも唖然としつつも、新たな機体が手に入るという事実に、安堵をついていた。
そして――荒れた店内の中、篠ノ之束はクロエ、マドカの両名と共に食事を続けるのだった。
後書き
もうちょいで八巻終わりかな
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