【達幹】二人だけの土曜日【R-18】
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【達幹】二人だけの土曜日【R-18】
一一土曜日にショッピングモールの最寄り駅で待ち合わせよう
そう達也と幹比古は約束し、指折り数えて当日を迎えた。
幹比古はキャビネットからホームに降り立つと、大きく息を吸い込んだ。
時刻は指定の30分前。
はやる気持ちを押さえきれず、つい早く家を出てしまったのだ。
幹比古は内心で早過ぎたと思ったものの、達也が来るまでの時間を心の準備にあてればいいと思い直し、待ち合わせ場所の改札口へ向かった。
今日の服装はネイビーのショールカーディガンに、淡い水色のシャツ、ベージュのチノパンで、シャツはトリコロールボタンのものだ。
特に派手というわけではないが、シンプルな服装を好む幹比古にしてはかなり頑張ったコーディネートである。
(「大丈夫かな、おかしくないかな。達也は表面的なことにはとらわれないって言ってたけど……」)
気になるものはどうしても気になってしまう、女の子じゃあるまいし何故こんなにも服装に悩むのかと、幹比古はモヤモヤした気持ちで改札の向こうの柱を見た。
そしてモヤモヤが一瞬にして吹き飛ぶ光景が目に飛び込み、反射的に近くの柱へ身を隠した。
(「ななな、なんで! どうして今達也がいるの!?」)
大人びた顔つき、涼やかで揺るぎのない双眸、長身でがっしりとしていて、尚且つスラリとした体躯、身に纏う精悍な雰囲気。
見間違いのしようがなく、達也が既に改札の向こうで待っている。
(「なんで僕は隠れているんだろう……それに」)
幹比古はそっと柱の影から達也を盗み見、素早くまた隠れた。
(「なんか凄く格好よく見える、どうしよう、なんだか出ていきづらい!」)
達也は黒のテーラードジャケットに白のVネックのTシャツ、ストレートタイプのジーンズ姿だった。
日頃から鍛えていて体の引き締まっている達也に、そのシンプルな出で立ちはよく似合っているし、制服の時には見えない鎖骨が色っぽくも見えた。
(「ここでもたもたしてたらもっと待たせてしまうって分かってるけど、無理……」)
赤くなったり青ざめたり、幹比古がひとり百面相していると、聞き捨てならない会話が唐突に耳に入った。
「ねぇ、あそこの人イケメンじゃない?」
「あの黒いジャケットの人? 背も高いしなんかクールっぽそう 」
「そうそう、声かけて切っ掛け作っちゃおうよ」
行っちゃう? 行っちゃう? と女性二人がかしましく盛り上がっていて、幹比古は危機感を募らせた。
(「恥ずかしいとか言ってる場合じゃない、このままじゃ達也が、あれだ、昔風に言うと逆ナンされる!」)
(「達也ならちゃんと断るだろうけど、信じてるけど、黙って見ているなんて嫌だ」)
もはや躊躇している暇はないと、幹比古は走って達也のもとへ向かった。
一方の達也は、幹比古が改札の向こう側からなかなか出てこないことに気付いていた。
大方心の準備に時間がかかっているのだろうと考えて、急かさずにじっと幹比古を待っていた。
しかし達也の予想より早く、しかも慌てて幹比古が駆け寄って来るのを見て、何事かと達也は首を捻る。
「ごめん達也、待たせちゃったね」
「まだ約束の時間前だ、気にしなくていい。それよりどうかしたか?」
「え!? どうもしないよ!」
そう言って幹比古が浮かべた笑顔は引きつっていて、「どうもしない」という風には見えなかった。
しかし詮索しても仕方ないだろうと、達也はそれ以上幹比古の様子がおかしいことには触れず、少し歩こうと促した。
幹比古は「達也が女性にナンパされる所を見たくないから阻止しに来た」とはとても言えないと考えていたので、心中でほっと胸を撫で下ろして達也の後に続いた。
「幹比古、今日は洋服なんだな」
(「今日は?」)
「いつも洋服だよ……?」
達也の妙な問いの意図が掴めず幹比古が戸惑っていると、達也が大真面目な顔で言った。
「今時筆と紙でメモをとるくらいだからな、てっきり今日は和装で来ると思っていたんだが」
「そんなわけないだろ! ちょっと僕の趣味が古風なのは認めるけど、そこまで時代錯誤じゃないよ……もう」
からかわないでよね、と幹比古がやや拗ねたような口調で言うと、達也の口許が微かに綻んだ。
「ばれたか」
「最近隙あらばからかおうとしてくるんだからそりゃ分かるよ。
真面目な顔して言うから油断も隙もないよね、変な嘘つかれても一瞬信じそうになるし。なんでからかうの?」
「表情がコロコロ変わって見ていて飽きないからな、特に照れた顔が好きで見たくなるから、ついちょっかいをかけたくなる」
「……今もからかってる?」
「いや、何かおかしなことを言ったか?」
「自覚がないんだ……」
幹比古はいかにも「頭が痛い」といったていで額に手を当てて顔をそらした。
呆れた、というジェスチャーだが、横顔が赤いので照れているのが容易に分かった。
もっとも、変なところで朴念仁な達也は、幹比古が何故照れているのかについては全く分かっていなかった。
「からかったのは悪かったがそれは別として、幹比古の私服を見るのは今日が初めてだな」
「そ、そうだね、今まで制服でしか会ったことがないからね」
「こうして見るといいものだな」
「え?」
「今日の服装は幹比古の繊細な雰囲気に合っている」
似合っているぞ、と達也が仄かに笑った。
(「そこで笑うとか反則……!」)
深雪以外に向けられる達也の笑顔はレアなので、台詞の威力が倍増する。
実際、幹比古はトドメを刺されてよろめきそうになっていた。
しかし、寸での所で踏みとどまる。
(「負けっぱなしは嫌だ」)
「達也だって、格好いいよ! 今日の服だって似合ってる」
「そうか? 俺の容姿は普通だと思うが」
ここから幹比古の怒涛(注:彼にしては)の反撃が始まる。
今から言おうと考えている自分の台詞に赤くなりながらも、必死に達也の美点を訴えかける。
「達也はいつも隣に司波さんがいるから麻痺しちゃってるんじゃないかな……派手さはないかもしれないけど普通に格好いいよ、見た目だけじゃなくて振る舞いもね、例えば一一」
「切れ長で涼しげな目元とか」
「引き締まって無駄のない体つきとか、健康的な肌の色とか、今日の服装でそれが凄く引き立てられてる」
「どんな時も、誰が相手でも、いつも目線が真っ直ぐで揺らがない所とか」
「冷たいようで実はちゃんと温かい所とかね
……たまに笑った時なんて、それがすごく分かるよ。内面の温かみが滲み出てると思う」
「からかわれるのはちょっと困るけど、悪巧みしてる時の顔もいいなとか思ってるし、それに一一」
「幹比古、もういい、分かった」
「あ、ごめん……嫌だった?」
「嫌ではないが、どうもこそばゆい」
(「こそばゆい? それって……」)
達也でも照れることがあるのだろうかと、幹比古は達也の顔を見詰める。
はっきりとした変化は読み取れない、しかし、微かにではあるが確かに、達也の頬が紅潮していた。
決まり悪げに目線をそらされて、疑念は確信に変わった。
達也は確かに照れている。
達也の心が、感情が、今少しでも動かされたのだろうか。
そして、それは自分の言葉や行動によってなのだろうかと、幹比古は考える。
もしそうなのだとしたら、それはどんな言葉にも置き換えられないほどに、表現できないほどに、嬉しいことだと感じた。
人の言葉や行動に動かされることがあるのなら、そのひとつひとつが達也の心や感情の存在を証明する根拠になる。
そう考えて、幹比古は胸がいっぱいになった。
そして再び達也と目が合い、はにかんで笑う。
それを見た達也は、柔らかな日差しを受けてつぼみが綻ぶ光景を連想し、幹比古の笑顔を眩しいと感じた。
達也には何が幹比古を笑顔にしたのか、はっきりとは分からない。
ただ漠然と、幹比古が自分を思ってのことだということだけ、分かっていた。
誰かに思われることを幸せに思うのは、深雪以外では初めてかもしれない。
胸に微かに湧いた温かさを、今目の前にある笑顔を、大切にしたい、なくしたくないと、達也は切に願った。
[newpage]
二人は暫しの間、無言で歩みを進めた。
その沈黙は不思議と気まずさを感じさせず、むしろ心地が良かった。
人の行き来が多いショッピングモール近辺ということもあり、手を繋ぐ等のことはとてもできないが、並んで歩いているだけで二人の時間を過ごせている実感があった。
「幹比古、ここだ」
ある店の前で、達也が沈黙を破った。
達也の示した店を見て、幹比古は首をかしげる。
「看板がないね、見たところ和物雑貨店のように見えるけどそれにしてはなんというか……雑多な」
「まぁ雑多という言葉がよくあう店だ。和物に限らずマニアックな品がジャンルを問わずに、と言うよりジャンルを無視して気紛れに揃えられている。
この前武装一体型CADの掘り出し物を見つけてな、幹比古に見せたかったんだ」
鉄扇は使えるか、と達也に問われて幹比古は驚きも顕に目を見開いた。
「使えるも何も、鉄扇のCADは呪符の次に得意だよ。最近じゃもう自作するしかなくて、元になる鉄扇自体が作り手不足でとにかくなかなか入手できないんだ」
「まさかあるの……?」
「ああ、多分気に入ると思う」
幹比古の瞳が期待で『パッ』という擬音があいそうなほどに輝くのを見て、CADに目がない小柄な某上級生の姿が達也の中でダブった。
少し笑ってしまいそうになった達也だがなんとかそれを噛み殺し、幹比古を店の中へいざなった。
「本当にニッチな物が沢山あるなぁ、あっちには手漉きの和紙が……っと、目移りしたらいけないね」
「時間は沢山あるから自由に見てくれて構わない、CAD以外にも幹比古の気に入りそうな物が多いから連れてきたんだしな」
達也の言葉を聞いた幹比古がとんでもないとばかりにぶんぶん首を振った。
「そんなわけにはいかないよ、折角達也が見つけてくれたんだから、そのCADから見たい」
今日は幹比古がいつになく積極的に、力んで前のめりになっている。
どちらかというと内向的な幹比古が自分を出してくれていることを、達也はなんとなく嬉しく感じていた。
しかも先程から幹比古の周囲に前時代の漫画のようなキラキラとしたエフェクトが見えているような気がして、達也は自分の目におかしなフィルターがかかったかもしれないと思い始めていた。
我ながらどうかしていると思いながら、達也は幹比古を店の奥に誘導し、無造作に置かれていた黒い棒状の、閉じられた鉄扇型のCADを幹比古に示した。
「これなんだが、どう思う? 」
幹比古が息を飲む気配がした。
果たして咄嗟に言葉の出ない理由が、目の前の品が珍品故か、それとも全く役に立たないガラクタ故か。
達也はあまり古式魔法関連のCADの良し悪しについて知識がないので、一体どちらなのか分からない。
達也が黙って見守る前で、幹比古はそっとそのCADを手に取り、重みを確かめる。
まさか、と呟いたのが辛うじて聞こえた。
「これは凄いよ、元になっている鉄扇が開かないタイプの物で、しかも玉鋼から作られてる。重さも申し分ないね、1㎏くらいあると思う。
開かない鉄扇が新しく作られなくなって久しいのに、今こんな物が見られるなんて、それもショッピングモールの一角でだなんて、なんだか現実じゃないみたいだよ」
珍品故の驚きの方だったようで、達也は内心でほっとしながら問う。
「気に入ったか? 」
「うん、凄くね。ありがとう達也」
屈託のない笑顔を向けられて、達也は幹比古をこの店に連れてきて良かったと心の底から思ったのだった。
「ところで幹比古、頼みがあるんだが」
「なんだい?」
何でも言ってと幹比古が勢い込んで言うのを見て達也は苦笑した。
「そのCADを俺に調整させて欲しい。後学のために古式魔法関連の武装一体型CADのことも知りたいと考えていてな、調整がてら隅々まで調べたいんだ」
「それはいいけど何だか悪いなぁ……こんな掘り出し物を見つけてもらって、しかも調整までしてもらうんじゃ不公平じゃないか 」
「いや、本当に気にしなくていい。俺が望んだことだ」
「そうはいかないよ、お礼と言っては難だけど、何か僕に力になれることはないかな? なんでもするよ」
幹比古に上目遣いに言われて、心がぐらついた達也は邪な要求を考えた。
一一ということはなかった。
「少し時間をくれないか、折角『なんでもする』と言ってもらったのだからよく考えて決めたい」
達也がわざと人の悪い笑みをニヤリと浮かべてみせると、幹比古があからさまに狼狽えて後退りした。
「あんまり変な頼み事は聞かないからね!? 」
達也としては少しからかっただけだが、幹比古が面白いくらい青褪めているので『冗談だ』とは敢えて言わないことにした。
「今から何をしてもらうか楽しみだ」
「ほんっとーに変なことはしないからね!?」
念を押す幹比古の言葉をどこ吹く風とあしらい、達也は達也で気になっていた品を物色しに行く。
幹比古はまだ不安そうだが、諦めたように溜め息を吐いて自分も店内を見て回ることにした。
(「これは猫耳と犬耳のカチューシャ……か?前からそうだが本当にこの店は妙なものがあるな」)
数分後、幹比古が和紙を見ている横で達也はふと目に入った珍妙な品をまじまじと見詰めていた。
(「犬と猫……幹比古なら」)
「猫だな」
「何が?」
「いや、なんでもない」
(「思考が声に出てしまったか。
それにしても耳の厚みは薄く、被毛がビロードのように精巧に再現されている。本物の猫の耳のようだな、色は白・黒・茶トラか」)
隣の幹比古に視線を移し、絹のような艶めく黒髪を見て達也は考えた。
(「黒髪には白が映えそうだな。しかし黒髪なのに耳だけ白いのはおかしいのか? それでもやはり幹比古に似合うのは」)
「白だな」
「なにが!?」
「すまない、なんでもない」
(「待てよ、幹比古なら猫耳より白の狐耳があいそうだな。巫女のような装束で狐耳ならかなり似合うのでは一一」)
(「達也から邪念を感じるような。いやいや、気のせい気のせい達也に限ってそんなことはない……よね?」)
達也が邪念を抱かないことについて自信のなくなった幹比古は、達也が見ていたと思われる方向を注視し、先程の達也の発した言葉を思い出す。
(「『猫』と『白』……なんのことかな、猫の小物なら沢山あるし、達也は何を見ていたんだろう」)
「ん?」
そして幹比古の視線はとうとう猫耳カチューシャに行き着いてしまった。
目に飛び込んだ珍妙な品に眉をひそめつつ、幹比古の中でパズルのピースがはまっていく。
「な、な、な……まさか……達也はこれを僕につけさせたいの!?」
幹比古が猫耳カチューシャを手に取って、わなわなと震えながら達也に問う。
「似合うと思うが?」
またしても達也がわざと人の悪い笑みを浮かべると、やはり幹比古は狼狽し、慌てふためいた。
達也はただ単に似合いそうだと考えていただけであって、本当に幹比古に仮装をさせようとは思っていなかったのだが、面白そうだからという理由で意図的に誤解させたのだった。
真っ赤になっている幹比古を見て、よく赤くなって面白いものだと達也は他人事のように考えた。
「似合うわけないだろ! つけないからね! 絶対つけないからね! これをつけて『おかえりくださいませにゃんご主人様ぁ』とか言わないからね!」
「落ち着け幹比古、本当につけさせようなんて考えていない。
それと猫耳に何故更にメイド要素をつけた。
しかも『おかえりくださいませ』だとご主人様とやらを迎えるどころか追い返しているぞ」
「どうしても、なら」
「?」
「で、でも、どうしてもって言うならつけなくもなくなく……」
(「ダメだ、俺の言葉が聞こえていない」)
流石にからかい過ぎであったし、幹比古が本気にしてしまって、しなくていい無理な決意をしそうなのでなんとかしなければと達也は考えを巡らせた。
「幹比古、無理はしなくていいんだ。俺は飾らないそのままのお前が好きだ」
「へ!?」
そして達也の発した台詞は効果覿面で、幹比古は精神的にKOされて猫耳のことが頭から吹き飛んだ。
しかし羞恥で暫く言葉が出なくなってしまっていた。
何か言いたそうにしているが、思考が空回りして意味のある単語が全く出ないほどに。
レジで会計と配達の手配を済ませてから、達也は幹比古をどこかでクールダウンさせるために、その肩を抱き寄せて店を出た。
[newpage]
その後はカフェで食事を済ませ、二人で適当にショッピングモールをぶらぶらしているうちに日が傾いた。
途中、達也にぶつかった子供が大泣きしてしまい、達也がフリーズするというハプニングはあったものの概ね楽しい時間を過ごせたと言えた。
「達也って子供が苦手なんだね、完璧に固まってたからびっくりしたよ。達也にも苦手なことと言うか、どうにもならないことってあるんだね」
「幹比古は俺を何だと思っているんだ……」
幹比古にクスクス笑われて、達也が渋い顔をする。
「子供は扱い方が分からないから困る、特に泣かれるとどうしたらいいか全く分からない」
「多分大抵の人がそうだから、気にしなくていいと思うよ」
「そうか」
「そうだよ」
「幹比古は子供をうまく泣き止ませていたが」
「たまたまうまくいっただけで僕だって小さい子は苦手だよ、下に兄弟はいないし」
そう言って笑った幹比古の表情が僅かに曇っていた。
兄弟、という言葉で兄のことを思い出させてしまったのだと達也は考えた。
恐らく幹比古は兄との折り合いが悪い。
吉田家次期当主の長男と、次男でありながら兄以上の技量を持つ幹比古。
その二人の間に多かれ少なかれ、何らかの衝突がないとは思えなかった。
(「話題を変えるべきだな、それにそろそろ日が落ちて気温が下がる。風邪が治ったばかりの幹比古を夜の寒空の下を歩かせるのは好ましくない」)
それ以上の意図はなく、ごく軽い気持ちで達也は提案した。
「幹比古、そろそろ俺の家に来ないか」
「え!? そそそそうだよね、もう、もう夕方だもんねっ……」
幹比古の頭から兄弟の確執問題が消し飛んだようで、それは良かったがこれから達也の家に向かうことに過剰に反応していた。
明らかに緊張で精神が飽和している。
一一家に深雪がいないからそのつもりでいてくれ
先日自分で幹比古にそう言ったのを思い出した達也は少し迂闊だったかもしれないと考えたが、構わず幹比古の手を取ってキャビネットの駅へ向かった。
幹比古は心ここにあらずな状態なので、達也に手を握られていることを全く意識できていなかった。
[newpage]
「お邪魔します……」
司波家に到着し、緊張でガチガチの幹比古が恐る恐る玄関に上がるのを見ていた達也は、苦笑混じりに幹比古の肩をポンとたたいた。
「そんなに固くならなくていい、いきなり取って食いやしない」
(「まぁ後で取って食うのだから説得力はないが」)
「うん、ごめん。緊張しちゃって」
「とりあえずリビングでコーヒーでも」
「あ、あの、達也! 」
「なんだ? 」
「僕、達也の部屋を見てみたいんだけどダメかな? 」
と幹比古が照れ臭そうに笑った。
(「奥手なのか積極的なのか……」)
「構わないが別に面白い物はないぞ」
(「地下に行かなければな」)
「エリカじゃないんだから面白さまで期待してないよ」
エリカの名前が挙がって、達也はあからさまに顔をしかめた。
「もしもエリカを家に上げたら家捜しをされそうだな……」
「それはもう酷いことになるよ、子供の頃に僕の部屋に遊びに来て、その時はあちこちガサガサ引っ掻き回されて……そして日記が見つかって暫くネタにされたよ」
「そうか」
「そうだよ」
幹比古が遠い目をして苦い過去を思い出し、黄昏ている。
その隣で達也もその時の惨状を想像し、「災難だったな」と静かに幹比古の肩に手をおいた。
「……夢で見たままだね」
「まぁそうだろうな」
部屋を見渡す幹比古に、ローテーブルを置きつつ達也が答える。
きちんと片付いていていて、娯楽につながるような物の一切がなく、無駄がないというより寂しい部屋だった。
そんな部屋の中で、今時珍しい紙媒体の本がぎっしり詰まった本棚を見て、幹比古は目を丸くした。
(「達也は本当に勉強家だなぁ、多分貴重なんだろうなって感じの学術書や技術書が沢山……これも全部重力制御式魔法熱核融合炉のためなのかな」)
「どうした、何か気になる物でもあったか?」
「ごめんなんでもないよ、達也は勉強家だなって思っただけ」
「そうでもないぞ、そこの本は大体趣味で読んでいるものだ」
「趣味……趣味でこんなに勉強してるんだ……」
これでは学科試験で勝つどころか足元にも及ばないないわけだと幹比古がガックリ肩を落とし、達也はそれを見て首をかしげたのだった。
達也が持ってきた二杯目のコーヒーを飲みながら二人で談笑しているうちに、幹比古の緊張が大分解れてきていた。
それを見計らって、達也が切り出す。
「ところで幹比古」
「なんだい?」
「ちょっと脱いでくれないか」
「っ!?」
台詞を『ちょっとコンビニ行かないか』に置き換えても違和感がないくらい気楽な調子だった。
そんな調子で達也に脱いでくれ言われた幹比古が、コーヒーを吹きそうになってギリギリ堪えた。
少し咳き込みながらも達也の方へ向き直る。
「い、いきなりだね! 心の準備が……」
そう言いつつ震える手でカーディガンを脱ぎ始めた幹比古を、何故か達也が止めた。
「いやここでじゃない、地下の計測室で」
「地下、計測室? 」
「さっきCADが届いたんだ、すぐにでもフィッティングをしようと思うんだが」
「……カ……」
「?」
「達也のバカァアアア! 」
一瞬わけが分かっていなかった達也だが、一拍遅れて自分の失態に気付いた。
なので、眼前に迫っている幹比古の痛烈なチョップを敢えて避けずに甘んじて受けたのだった。
結果、達也は額も頑丈だったため幹比古の方が痛い目に遭ったのだった。
ちなみに達也にも多少のダメージはあった(額が少しヒリヒリする程度)ので全くの無駄ではない。
「幹比古、俺が悪かった。こっちを向いてくれ」
それから数分後。
体育座りで達也に背を向けて、すっかり拗ねてしまった幹比古を達也は宥めようとするが、幹比古は全く口をきかない。
多分幹比古も自分で引っ込みがつかなくなってしまっている。
(「無理もないが、まいったな」)
先週から今日に至るまで、幹比古は時間をかけて覚悟を決めてきたと思われた。
それを意図せずとはいえ台無しにしてしまったことを達也は分かっていた。
言葉で幹比古が動かないなら行動に移すしかないと考えて、達也は幹比古の背中に覆い被さるようにして、そっとその痩躯を抱き締めた。
「!?」
幹比古の肩がびくりと跳ねる。
達也は抱き締める力を少し強めながら、幹比古の耳元で名前を呼び、反応をじっと待った。
「……達也」
たっぷり10秒経過した頃に、幹比古がようやく口を開いた。
その声は不安の色の強くか細いもので、拗ねたり怒っているという風には聞こえなかった。
(「拗ねていたわけではないのか……ならば何故? 」)
「達也、僕のこと嫌になってない?」
「どうしてそう思う?」
「だって僕、最近達也の前だと泣いたり拗ねたり怒ったり、さっきなんてチョップまでしちゃったし……まるで子供みたいだから」
「全くお前というやつは……」
幹比古が拗ねていたのは最初だけで、その後から今に至るまでは落ち込んでいたのだと分かって、達也はそれを『アホか』と一刀両断した。
(「少し後ろ向きな所が出るのが幹比古の通常運転なのだと思うが、もう少し自信を持ってほしいものだ」)
「それは俺の前だと喜怒哀楽がそのまま出せるということだろう?
変によそ行きの態度でいられるより、そのままの素の幹比古でいてくれる方が俺は嬉しい」
「……よく平気でそういうことを言えるよね」
「嫌か?」
「ううん、嬉しい……かな、嫌じゃない。むしろ達也のそういうところが好き」
「もっと好きにさせるなんて、達也ってずるいよね」
「ずるいとは心外だな」
「ひゃ!?」
達也に左耳を舐められて、幹比古が小さく悲鳴をあげた。
「な、なに、からかってるの!?」
「本気だ」
達也の真剣な声を聞いて、その腕の中で幹比古が竦み上がった。
達也はそれを分かっていたが、それでももう止める気にはならなかった。
『いいか』と聞くこともしない、少し強引でも構わない、有無を言わせない、と考えてのことだった。
「幹比古、お前は俺がさっきのような些末なことで、幹比古のことを簡単に嫌になると思っているのか?」
随分見くびってくれるな、と達也が耳元で囁くと、その吐息が耳にかかって幹比古が思わず仰け反った。
「や、やめ……そんなつもりじゃ……」
「ならどんなつもりだったんだ」
幹比古がもがこうとするが達也ががっちりホールドしているため、ろくに動くことすらできない。
逃れようと抵抗することを、達也は許さなかった。
「うぁ……ちょっ耳元で喋らないで……くすぐったい」
「くすぐったいだけか?」
達也が幹比古の耳に息を吹き掛けて追撃する
「んんっ……」
先程から達也に執拗に嬲られている左耳からゾクゾクと未知の感覚が体に広がり、呻き声をあげそうになった幹比古は歯を食い縛ってなんとか耐える。
(「なんで……耳なんて普段はなんともないのに」)
腰の辺りからも未体験の痺れるような甘い疼きが背骨を伝って上へ駆け抜けていく。
自分の体に起きている変化に幹比古が戸惑っている隙に、達也が耳朶に歯を立てた。
「あああぁっ!」
鈍い痛みと、それを上回る鋭い快楽に、幹比古が耐えきれず悲鳴をあげた。
次は耳の上部、所謂耳輪上部と呼ばれる場所を達也が甘噛みする。
再び幹比古は悲鳴をあげ、それに自分で驚いて口を手で押さえた。
(「どうしてこんな声が出るの!?」)
混乱と戸惑いで幹比古の目に涙が滲む。
「……も、……やめて、許して達也ぁっ」
幹比古が涙声で訴えると、耳から唇を離し、あっさり腕の拘束も解いて達也が立ち上がる気配がした。
達也は呆然としている幹比古の前へ回り、膝をついて目線の高さを合わせる。
「すまない、怯えさせるつもりはなかったんだが、些か苛めすぎたな」
達也が苦笑しながら幹比古の頬に手を添える。
「今日はもう何もしないから安心しろ」
親指を滑らせて、幹比古の目から零れ落ちそうになっている涙を拭いながら達也が切なげに言う。
「あ……待って達也……違う」
幹比古が慌てて口を開くが、達也はいいんだと言わんばかりにゆるく首を振った。
「まだ早かったんだ、無理は一一」
『無理はしなくていい』と言い切る前に、幹比古が達也の首に腕を回して抱き付いていた。
「違う、違うんだ達也……少し驚いただけだから……嫌じゃないからっ……やめないで」
「幹比古……?」
「前に達也になら何をされてもいいみたいなこと言ったけど、ちょっと違った。『されてもいい』じゃなくて『してほしい』なんだ」
幹比古が少し体を離し、達也をまっすぐ見て言う。
「達也の全部が欲しい……から……しようよ……」
最後の方は勢いを失って蚊の鳴くような小さな声になってしまっていたが、幹比古は確かに『しよう』と言った。その前に『達也の全部が欲しい』とも言った。
「お前の気持ちはよく分かったよ、幹比古」
幹比古の気持ちに応えようと決めた達也が、そっと抱き締め返した。
「辛くなったら言うんだぞ、何度も言うが、変な無理はしなくていいからな」
「う、うん」
「好きだ、幹比古」
「うん……僕も好き」
抱き合っているので互いに相手の顔は見えない。
達也に『好きだ』と抱き締められて、幹比古が蕩けるような幸せそうな笑顔になったのを、達也は勿論見ることができない。
しかし、雰囲気や気配からそれを察することはできた。
[newpage]
床では冷えるからと、二人はベッドの上に移動して仕切り直すことにした。
改めてこれから行為を再開するのは気恥ずかしく、どうしようもなく照れ臭い。
それを振り払うように、どちらからともなく唇を重ね合わせた。
唇だけを重ねる口付けを何度も繰り返していたが、不意に達也が幹比古の口内にスルリと舌を滑り込ませた。
幹比古は一瞬躊躇ったものの、それに応えて自ら舌を絡ませる。
やがて二人の口付けは吐息すら余さず奪うような深く激しい物へと変わっていった。
絡めた舌を吸われて、幹比古がくぐもった声をあげて切なげに眉を寄せ、達也の背中に回した手の指先に、無意識に力を込める。
呼吸がままならず、酸欠気味になっているせいか、頭に霞がかかったように思考が鈍っていく。
一方、達也は冷静に様子を観察しつつ、口付けをやめることなく器用に幹比古の服を脱がしていく。
カーディガンを容易くベッドの上に落とし、シャツのボタンを全て外してから前をはだけさせ、そのまま肩から落とした。
そこで幹比古がポンポンと達也の腕を軽く叩いた。
達也が一旦唇を離すと、肩で息をしながら幹比古が申し訳なさそうにしていた。
「ごめん、息が苦しくて……」
「気にするな、苦しくなったら今のように教えてくれる方がいい」
そう言いながら、達也が顕になった幹比古の素肌をまじまじと見詰める。
首筋から鎖骨にかけてのラインは流麗の一言に尽き、男にしては白い肌は陶器のように滑らかだ。
鎖骨の隆起と窪みの陰影を見て、そこに歯を立ててみたいという欲求のようなものが達也の脳裏をかすめた。
幹比古はじっくり肌を見詰められる羞恥にカッと頬を染めて、耐えきれずに俯いた。
「僕の体なんか見たってそんなに面白くないだろ……貧相だし」
「そうでもない、俺にはとても魅力的に見える。こことかな」
言いながら達也が幹比古の首筋をツツ、と指でなぞった。
声は堪えたが、そのこそばゆい感触に幹比古は首をすくめた。
「首筋もいいのか?」
達也がイタズラっぽく笑うと、幹比古はますます頬を染めて身を固くする。
「バカ……」
「なんだ、聞こえないぞ」
「うるさい、知らないっ」
幹比古がふいと顔を背けると、達也の笑う気配がした。
しかし続いて衣擦れの音が聞こえて、背けたばかりの顔をあげて目を見張る。
「達也!? 脱ぐのは嫌なんじゃ……」
達也がTシャツを脱ごうとしていて、もう既に引き締まった腹部が見えていた。
「幹比古が脱いでいるのに俺が脱がないわけにはいかないだろう、それに、幹比古は俺の全てが欲しいと言った。
だったら今から見せるものを受け入れてもらわなければならないからな」
幹比古が固唾を飲んで見ている前で、達也は躊躇わずにTシャツを脱ぎ捨てた。
そして顕になる、達也の抱える秘密の一端。
それは傷
達也の壮絶な過去を思わせる
切り傷
刺し傷
火傷の痕
過酷、という一言では片付けられない、尋常ではない鍛練の作り出した、幾重にも重なる傷。
その傷の数だけ、斬られ、刺され、焼かれて、倒れたのだろう。達也はそれでもなお立ち上がり、前に進み続けてきた。
傷は達也の強さの証であり、その強さを手にするための代償でもある。
全ては、得体の知れない大きな何かに打ち勝つために一一
恐らくはそれが、達也に残されたたった一人の肉親を救うことになるのだろう。
そう、幹比古は考えた。
「あまり見ていて気持ちのいいものではないだろう?」
達也が仄かに笑ったが、それは珍しく自嘲の色が濃く滲むものだった。
「そんなこと言わないで達也、少しも嫌じゃないよ」
達也の胸の辺りに手を伸ばして、幹比古がそっと傷のひとつに触れた。
「この傷は、達也が戦ってきた証で……守るために鍛練してきた証で、どんなに辛くても前に進むことをやめなかった証だと思うから、僕は尊いと思うよ。大丈夫、ちゃんと受け入れられるから」
傷をなぞりながら、動揺の類いのものを一切感じさせない声で幹比古はゆっくり言葉を紡いでいく。
その穏やかな声音は、達也の胸にそっと染み込んでいく。それはさながら乾いた大地に落ちた雫の如く。
そしてそれは達也のスイッチを押してしまった。
「うわぁっ!?」
突然達也に押し倒されて、幹比古は思わず悲鳴をあげる。
達也の突然の行動に、しんみりしていた雰囲気がガラリと変わった。
「た、達也…… どうしたの?」
「……俺にもよく分からない」
「分からない……?」
「気付いたらこうしていた」
達也の目の色を見て、幹比古は悟った。
己が今、衝動のないはずの達也のスイッチに触れてしまったのだと。
自分の行動に困惑している達也を見上げつつ、幹比古は覚悟を決めたのだった。
[newpage]
「耳にもほくろがあるんだな……」
達也が幹比古の左耳をそっと摘み、ほくろを親指でなぞる。
再びゾクゾクとした感覚に襲われた幹比古が目をきつく閉じた。
(「さっきから思っていたが幹比古は耳が弱いのだろうか」)
達也はふと浮かんだ疑問を確かめたくなり、次は耳輪上部から耳殻にかけて(耳の外側のヘリの部分)を親指と人差し指の腹で上から下へなぞった。
産毛をそっと撫でる、触れるか触れないかの絶妙な力加減だった。
「あ……っ」
こそばゆさと、肌が粟立つような甘美な感覚が耳から広がり、幹比古は堪えきれず声を漏らした。
(「やはり耳がいいようだな」)
指でなぞったラインを次は唇で食み、続けて舌先で耳核(耳の穴の入り口付近にある突起)をチロチロと舐めた。
「あっ……ダメ……うぁ……っ」
その感触と、舌で舐められることによる湿った音の刺激が、幹比古の耳から徐々に体を犯していく。
幹比古が顔を背けて逃れようとするが、達也がすかさず幹比古の右頬に手を添えて逃がさない。
耳の窪みを舐めて一通り堪能した後、首筋を達也が舌でなぞると幹比古の口から小さく悲鳴があがった。
その様を冷静に観察しつつ、達也はある感覚に戸惑っていた。
自分のしたことで幹比古がよさそうにしているのを見ると、満足すると同時にもっと乱れさせたらどうなるのだろうかと好奇心が湧くのだ。
(「そろそろ下も……いや、もう少し慣れさせた方がいいのか? 首から下はまだ触っていないしな」)
先程のように怖がらせてしまう(厳密には違うが、達也は怖がらせたと認識している)のは達也の本意ではない。
達也が思考を巡らせていたのはほんの僅かな時間だったが、その目を見て幹比古は本能的に理解していた。
達也が次はどう攻めようか考えを巡らせていることを。
獲物を前にして、どこから喰らおうか見定めている目。
強い衝動も、情動もないはずの達也がそんな目で自分を見ていることに、幹比古は一瞬だが戦慄を覚えた。
同時に強く惹かれてもいたし、嬉しいとも感じていた。
(「達也になら<食べられてもいい>……違うな……<食べられたい>だ」)
一一肉も、骨も、最後のひと欠片まで、血のひと雫まで、残さず全て
「考え事か、余裕だな幹比古」
「え!? 」
「先程まではいっぱいいっぱいに見えたが気のせいだったようだ」
達也が剣呑な光をたたえた双眸を細めたのを見て、幹比古は身を竦ませた。
「ちょ……!違うよ余裕なんて……っ」
脇腹をゆっくりと撫で上げられて、幹比古は声をあげそうになるのを堪えるために言葉を切らざるを得なかった。
「違う? どう違うんだ」
達也は質問(尋問?)をしながらも片手で幹比古の体をまさぐるのをやめない。
やがて胸にたどり着いた指先で、小さな円を描くように突起の周囲をなぞり始めた。
「やぁあ……そんなところっ……さっきのは……達也に見惚れた……だけ、だから」
肝心なところには触れない焦らすような愛撫に呻きながら、途切れ途切れに幹比古が釈明する。
「あと……達也に……食べられたいって思って……っぁあ……も、焦らさないで」
「食べられたい? ……そうか」
ふ、と達也が笑って張り詰めていた空気が緩んだ。
「望み通り、食わせてもらう」
指での愛撫をやめて、達也は胸の突起を口に含み、舌先で舐め転がした。
焦らされ、硬くなっていた突起はすっかり敏感になっていたため、幹比古は我慢できずに喘いだ。
胸元からの快感が、腰や下半身の敏感な部分にも伝播していく。
もう片方の突起も達也が指先でなぞって硬くした後、ゆっくり捏ね回す。
「んぁあ……っ……はぁ」
右手でシーツを握りしめ、空いている方の手で口を押さえてなんとか声が出るのを防ぎたい幹比古だが、鼻に下かかった甘ったるい悲鳴がどうしても漏れてしまう。
達也にとってその光景はそれはそれでそそられるが、不満でもあった。
更に強く幹比古を刺激すべく、指で愛撫している方の突起を弾いた。
「やぁあ……だ、だめ……っ」
(「まだ足りないか……」)
次は口に含んだ突起に歯を立てる。
幹比古は、電気の走るような強い快楽が、薄い皮膚一枚の下を蠢き、広がる感覚に追い詰められていく。
「あぁあ……っ……」
達也は間髪入れずに幹比古の下半身の敏感な部分を、膝で緩く圧迫する。
「はぁ……っ……ん」
堪らずあがった幹比古の喘ぎ声の艶が増していて、僅かだがゾクリとした達也は、求めていたのはこれだと手応えを感じていた。
しかしふと幹比古は大丈夫だろうかと気になって胸元から顔を上げ、その表情を確かめた。
そして、本格的にゾクゾクすることになった。
幹比古の目は恍惚に潤んで、頬は薄紅色に染まり、息があがったせいで半開きの口から赤い舌が見え隠れしている。
まだ蕩け切ってはいないものの、その表情は甘く熟している果実を連想させ、達也を惹き付けた。
「達也……」
掠れたか細い声が達也を呼ぶ。
吸い寄せられるように達也は幹比古の唇に喰らい付いた。
柔らかく、甘い。
互いにその感触を、味を、確かめ玩味するような口付けから、貪り尽くし激しく求め合うものへと変わっていく。
達也から流れ込み、受け止めきれなくなった唾液が、つと幹比古の唇の端から流れ出て線を作った。
唇を離し、二人は見つめ合う。
言葉を交わさずとも、次にすべきことを互いに分かっていた。
達也は幹比古のベルトに手をかけ素早く外すと、下着ごとズボンを剥いだ。
一糸纏わぬ姿にされた幹比古は、羞恥を感じつつももう恥ずかしいとは言わなかった。
達也も同じく何も纏っていない状態になったのを見て、幹比古は既に高鳴っていた胸が更に心拍数を増すのを感じていた。
「これから慣らすが、痛かったらすぐに言えよ」
いつの間にか取り出したローションを手で温めながら、達也は念を押すように言った。
優しいのは嬉しいが、こんな時くらい強引になってくれてもいいのにと、幹比古は笑ってしまいそうになりながら頷いた。
「……んっ」
達也に丁寧に解された後孔に一本目の指をゆっくりと挿入され、幹比古はその瞬間の異物感を息を止めて耐えた。
「痛むか?」
「大丈夫……違和感はあるけど、痛くはないよ」
「なら、続けるぞ」
健気に微笑む幹比古に胸を締め付けられながら、達也は指をもう一本挿入し、その指を動かして内壁を探る。
しこりのようなある一点を見つけ、そこを重点的に指の腹で押して刺激してみる。
「ここは、何か感じるか?」
目をきつく閉じてひたすら耐えていた幹比古が、薄目を開けて息も絶え絶えに達也に答えた。
「他の場所より違和感が強い……気がする」
「そうか、すまないがもう少し我慢してくれ」
幹比古が頷いたのを確認し、達也はその一点への刺激を続けた。
(「ここが違うのならやり方を変えるべきか……」)
達也が思案していたその時、幹比古が突然悲鳴をあげた。
「どうした?」
「分からない……今、急に……」
もしやと達也がしこりを指で強く圧迫すると、幹比古の悲鳴が甘く響いた。
「ひ……ぁっ……なん、で……」
突然の、体を貫くような強い快感に幹比古は背中を弓なりに反らして悶える。
気づけば幹比古の感じやすい場所は、先走りの雫で濡れそぼっていた。
「あ……っあ……うぁああ!」
一際高い悲鳴をあげて、幹比古は果てた。
体を弛緩させて荒く呼吸しながら、直接その場所を触られたわけでもないのに吐精してしまったことに幹比古は羞恥を感じていた。
(「こんなの……恥ずかし過ぎる」)
もしも恥ずかしさでも死ねるなら自分はもう死んでいるかもしれない。
目を閉じたまま幹比古がそんなことを考えていると、不意に頬に温かい手のひらが触れた。
目蓋を開けると、達也が心配そうに覗き込んでいた。
「辛そうだな……大丈夫か」
達也がそっと頬を撫でる。
その手つきの優しさに、幹比古は泣きそうになった。
「大丈夫だよ……ねぇ、達也」
達也の手に、幹比古は自分の手を重ねる。
「ん?」
「……欲しい」
短い要求の言葉とともに、達也の背中に腕を回した。
「俺も幹比古が欲しいよ」
それだけで、十分だった。
達也は笑って幹比古の額に口付けると、幹比古の膝を持ち上げ、後孔に自身をあてがった。
「……っくぁ……」
体に押し入るそれに、幹比古は指と比べ物にならない圧倒的な熱さを感じた。
もはやそれは熱塊だった。
体を引き裂かれるような鋭い痛みに脳天まで貫かれながらも、幹比古は歯を食い縛って必死に耐えた。
達也の背中に回した手の指先に、無意識に力が入る。
「幹比古……!」
尋常ではない痛みに幹比古が苦しんでいるのを見て、達也は咄嗟に身を引こうとした。
それを幹比古が足を使って達也の腰をホールドすることで阻止した。
「幹比古、苦しいならここまでに一一」
「一一嫌だ」
絶え間ない痛みに苦悶しながら、幹比古は必死に言葉を紡いだ。
「痛くてもいい……痛くてもいいから、やめないで……最後まで……っ……して」
「幹比古……」
切れ切れになりながらの訴えを聞いて、達也は逡巡したが、その迷いを振り切って幹比古をまっすぐ見据えた。
「分かった、かなり痛むと思うが堪えてくれ」
せめて痛みの時間を短くしようと、達也は一気に自身を押し込んだ。
その一瞬に凝縮されたあまりの激痛に、幹比古は声も出せず頤(おとがい)を天井に向け、達也の背中に爪を立てる。
「幹比古……っ」
達也の動きが止まり、名前を呼ばれた幹比古が目を開く。
僅かに苦しそうな響きのある声を聞いて、そして苦痛に微かに眉を寄せる達也の顔を実際に見て、達也も同じように痛みを感じているのだと幹比古は思った。
「これで、全て入った」
「う、ん……」
「落ち着いてゆっくり、なるべく深く呼吸しろ」
すぐには動かずに、達也は静かに幹比古に指示を出す。
達也に言われた通りに、幹比古は大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。
すると、ほんの少しだが、痛みに強張り固まっていた体が緩んだ気がした。
「痛むか?」
「最初ほどは痛くないよ……、達也は今、どんな感じ……なの」
なんとか会話をする程度の余裕ができ、幹比古は気になっていたことを恐る恐る達也に問うた。
「締め付けがかなりきつい、正直に言うと理性が簡単に崩れてしまいそうだな」
全くオブラートに包むことをしない達也の言葉に、幹比古は一瞬で頭の天辺から足の爪先まで沸騰したように熱くなった。
「少しは……いいの……?」
「少しどころではない、かなりいい」
「良かったぁ……」
幹比古が安堵して微笑むのを見て、達也は苦笑した。
「幹比古を抱いているんだ、よくないわけがないだろう……少しでいいからもっと自信を持て」
「……うぁあっ!?」
言葉が終わらないうちに最奥をグリグリと達也自身で刺激されて幹比古は何度目か分からない悲鳴をあげた。
痛みに混じった甘美な快感が幹比古を貫いたからだった。
達也がすぐに動かず待っていたためか、幹比古の内壁は達也自身によく馴染んでいる。
そのため、それの硬度と大きさと、熱さがより鮮明に分かるようになっていた。
「動いてもいいか」
達也の問い掛けに幹比古が頷くと、緩く腰を動かして、幹比古の体を揺らし始めた。
最奥を突かれ、内壁を抉られて、そのたびに体を走る甘い痺れに幹比古の目は陶然とした色を帯び始めていた。
「達也……達也ぁ……」
荒く息をつぎながら、語彙がそれしかなくなってしまったかのように幹比古は達也の名を何度も呼び、達也もまたそれに応えて幹比古の名を呼ぶ。
達也は腰を動かす範囲を更に広げ、ゆっくりと、且つギリギリまで自身を引き抜き、再び最奥を貫くことを繰り返した。
そのねっとりとした感触と、グチュグチュと響く水音が幹比古を更に酔わせていく。
「た、つや……っすき……」
愉悦に呻きながら幹比古がやっと紡いだ言葉に達也は目を細めて、そっと耳元に唇を寄せて囁いた。
「俺もだよ……愛してる」
不意打ちで達也が返した『好き』以上の言葉に、幹比古は何も言えなくなってしまった。
自分も達也を愛していると伝えたくて口を開きかけた時、達也が速く激しく動き始めた。
待ってと言うこともできず、幹比古は再び押し寄せた快楽の波に翻弄されて甘い悲鳴をあげることしかできなくなった。
そして一気に絶頂まで登り詰め、一際強く最奥を突かれて、幹比古は甲高い悲鳴をあげて呆気なく果てた。
一拍遅れて自分の中に熱いものが注ぎ込まれるのを感じ、達也も達することができたことを知った幹比古は安堵と幸福を感じながら意識を手放した。
[newpage]
「う……ん……」
微睡みから幹比古の意識が浮上し、徐々にぼんやりした視界のピントが合っていく。
(「誰かの……顔……僕を見てる……?」
「幹比古、起きたのか」
心地いい低音を聞いて、幹比古の視界のピントが一瞬で整った。
「た、達也……!?」
達也が腕枕をして、気遣わしげに幹比古の顔を覗き込んでいた。
あまりにも顔が近すぎて動揺しながらも、幹比古は今の状況を整理した。
(「ああそうだ……達也として、気を失っちゃったんだ」)
気を失っている間に服まで着せてもらっていたようで、今更恥ずかしくなった幹比古は赤くなって口を噤んでしまった。
「大丈夫か幹比古? どこか痛むのか」
その沈黙を悪い方にとった達也が深刻そうな表情を浮かべたので、幹比古は大慌てで違うと否定した。
「どこも痛くないから! 大丈夫だよ」
「そうか、安心した……無理をさせてしまったからな」
安堵した達也が目を細めて、優しく笑う。
慈愛のこもった目差しを向けられて、幹比古は万感が込み上げて胸がいっぱいになった。
その一瞬で目に涙が浮かび、大粒の玉となってそれが次々と頬を滑って落ちていく。
「あ、あれ……なんで……」
達也とひとつになれたことが嬉しかったのに、幸せだというのに、何故か涙が溢れて止まらない。
達也は何も言わずに幹比古の頭に腕枕にしていた方の手を添えて、そっと自分の肩口へ抱き寄せた。
水晶のようにどこまでも透き通る涙が、達也のTシャツにひとつ、またひとつと吸い込まれて染みを作っていく。
「達也……ごめん……幸せだなって思ったら涙が、止まらなくて」
しゃくりあげながら、幹比古が切れ切れに紡ぐ言葉を達也は静かに聞いている。
「夏休みに……僕が、一方的に思いをぶつけて……達也に、辛い事情を話させてしまって、凄く後悔した……先週は……一緒に確かめて行こうよなんて、強引に押し切って……僕は自分勝手だなって思った……でもね」
「今、そうして良かったって思ってしまったんだ……僕は自分の幸せばかりを優先した、これじゃ達也のこと、全然考えてないことになる……だから、自分を女々しくて酷い人間だと思った……ごめん、僕、こんなんで……」
幹比古がその先の台詞を口にする前に、達也がきつく抱き締めた。
そしてそっと耳元に唇を寄せる。
「アホか」
シンプルで、短い、それ故に効果の大きな台詞だった。
その語調は柔らかで、確かな温かみを感じるもので、幹比古は更に涙が込み上げてもう何も言葉を紡ぐことができなくなってしまった。
「本当に俺のことを考えていなかったら、自分の行いに自分で傷付いたり、そんなに沢山の涙を流すことはできないと思う。
何よりお前が行動に移してくれなかったら、俺はずっと幹比古への思いをしまったまま生きることになっていたし、自分の心に確信を持てるようにもならなかった」
「幹比古が自分を信じられないのなら、俺がお前の分まで信じる。幹比古のしたことは誤りではないと何度でも言う。
俺が偽物だと断じた俺自身の心を、お前が信じてくれたように」
達也の穏やかな声が、その腕に抱き締められる感覚が、心地いい温もりが、幹比古の体と心の両方を温めて解きほぐしていく。
涙の止まった幹比古が、達也の肩口に顔を埋めたまま『ありがとう』と言ったのを聞いて、達也は満足げに笑った。
[newpage]
落ち着きを取り戻し、風呂を勧められた幹比古だったが、腰砕けで立てなくなってしまったために結局達也と一緒に入浴することになった。
そして押し問答の末に俗に言うお姫様抱っこで運ばれたうえ、体の隅々まで洗われてしまい、その羞恥でヤケになって達也と風呂場でじゃれあっているうちに自然と笑顔になった。
その後は部屋の灯りを間接照明だけにしてから達也のベッドに二人で入り直し、密着したまま一緒に眠りに落ちた。
数時間後、ふと目が覚めた幹比古は隣で眠っている達也の寝顔を見詰めていた。
意外なことに達也の眠りは深く、幹比古がそっと手を伸ばして髪を撫でても身動きひとつせずにぐっすりと寝入っている。
(「寝顔、可愛いなぁ……」)
思わず幹比古は顔を綻ばせた。
普段は大人びていて引き締まった表情の多い達也だが、流石に寝顔は無防備で年相応に見えた。
(「魔法事故で強い情動が消えてしまったと言っていたけど、悪戯心や好奇心は年相応にあるんだよね、だけど」)
幹比古は、達也が子供相手にフリーズしてしまった事件を思いだし、考える。
(「あまりにも子供のことを分かっていない反応だった、原因は多分一一」)
達也が子供らしい子供時代を送れなかったせいだろうと、だから子供のことが全く分からないのだろうと幹比古は推測した。
デート中に達也フリーズ事件のことを話していて、幹比古が顔を曇らせたのはその推測のせいだった。
(「達也が少しでも年相応でいられるように、これからは隣で笑っていよう。達也が大きな何かと本格的に戦う時が来たら、力になろう」)
「達也……僕、強くなるよ、君に置いていかれないように強くなるから<その時が>来たら一緒に戦わせて」
『頑張るから』と言って、幹比古は再び眠りについた。
幹比古が完全に眠ったと同時に、達也が目を開く。
「お前なら置いていかれることはないさ幹比古、お前は強い」
起こさないようにそっと幹比古を抱き締めながら、達也は微笑んだ。
そして翌朝、達也に腕と足でガッチリホールドされ、抱き枕状態の幹比古が起き抜けに真っ赤になりながら慌てふためくことになるのだった。
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