王道を走れば:幻想にて
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第三章、その5の1:昔語り ※エロ注意
前書き
試験的に、後半の一定部分において一人称視点の地文を大目に執筆しております。また、「5の2」につきましても同様の予定です。予めご注意下さい。
プレイ一覧:熟女、NTR、騎乗位、膣内射精
からからとした夏の陽気が昼夜問わず王都に振り降りている。而して暑さは余り感じられない。石造りの街路や石木混合の街並みは夜の帳に沈む込むと同時に、まるで冷風が吹いたかのようにひんやり冷たくなるのだ。コンクリートやアスファルトとは打って変わって熱を篭らせないために、夏になっても熱帯夜という事態にはありえない。よって人々は安心の上に営みを重ねられるのだ。
その営みの音は、気品と豪奢の芳しい貴族達の館林と無骨な風体が良く似合う軍隊の兵営林、その間に位置する『コンスル=ナイト』の兵舎において奏でられていた。といっても、今の兵舎には人気の数は限られている。兵員の大半は同騎士団所属隊員であるミルカ同様に、ある者は警邏に、またある者は先の事件によってか夜分の教会警護に当たっていた。残る者は居残りの警備員の中年騎士、ただ一人である。而してその兵舎には、到底一人の男では奏でられぬ音が協奏していた。
音の正体は水であった。水差しから喉へ通すためのものでも無く、まして用を足すものでも無い。生活の中に潜在する不埒さを嗅ぐわせるそれは弾けるような水の音と、叩き合うような肉の音、それに加えて熟れた淫猥さを前面に押し出した女の嬌声で構成されていた。
「っぁああっ、ぃぃあっ・・・はああっ、ああああん!!!」
石壁の内から聞こえるのは紛いようの無い、男女の同衾の音であった。寝台ががちがちと揺れて、その上で性器同士が互いに足りぬ所を補うように、睦の激しさを繰り広げている。厚みと膨らみのある臀部は女体が熟れた証拠であり、其処には男のがっしりとした手が這わされて肉の熱さを愉しみ、そして菊座の皺を擦っては悦楽を与えている。女体は嬌声を遠慮もなしに轟かせ、身体を上げては下ろして、下方に組み敷いた男根の逞しさを味わっていた。
行為の激しさを物語ってか、掌から僅かに毀れるほどの豊胸が上下に揺れ、桜色に色付いた突起を淫らに揺らしていた。既に性の奔騰を飲み込んだ口元からは涎が垂れており、それが身体を伝う珠の汗と混ざり合い、全身の艶を更に増すものとなっている。体躯に走るしなやかな稜線からは欲情を誘うような色気が込み上げており、組み敷かれている男も夢中になって腰を振りたくっている。
「ぃぃっ!!あっはぁ、凄いっ!あああああ、ああああっ!!」
淫らな液が先走りの精液と混ざり合い、まるで泥のような音を立てて陰部を濡らし合う。薄く生やした陰毛は濡れそぼっており、抽送の度にそれが互いの恥部にぬめついた感触を与えていた。雨の滴を思わせる水色の長髪がゆらゆらと、女体の背中で汗を輝かせるように踊っている。男の両手が眼前げ揺れ動く大きな双丘へと伸び、その豊満さを味わうように腰の動きに合わせて揉み、そして捏ね繰り回す。
「ああっ!!いくっ・・・これぇっ、すごい・・・っ!駄目っ、いっくぅっ!!」
胎内から込み上げるどうしようもない熱に浮かされてか、それに繋がる肉の壁がひくひくと痙攣し始める。血筋を浮かせた陰茎を締め付ける強さも一段と高まり、締め付けの頻度もまた増えていく。男の突きに合わせるかのように女性は高らかな嬌声を吐いて全身をびくりと震わせている。男の下腹部に当てられていた手から力が抜けて、女性は己の肉付きの良い体躯を男に倒した。陰部から泡立つ蜜音に耳を刺激され、より密着しあう互いの体躯からとろとろに溶かされた淫蕩な熱を感じ合った。
両者は一先ずの余韻に浸って平常の息を取り戻していく。陰茎の先端は子宮の手前で留まってその鉄のような硬さを伝え、無意識に更なる抽送と快楽を切望している。男は躊躇いがちに女を見遣り、そして口を閉ざした。女性が今にも貪りかからんとする獣のような瞳で、己を見詰めているのだ。彼女は懇願するように淫らな声を出した。
「はっ、早く!早く動かしてぇっ!私のっ、お、おまんこをっ、いっぱいっ、いっぱい食べてぇぇ!!」
品の良さを感じさせる顔をだらだらと爛れた欲情に歪ませて言う台詞に、男は胸の奥にぐっと来るような征服感を催しつつも、同時に依然とした躊躇の気持ちを抱いたままであった。だが男根をひくひくと、まるでその奥から放出される白濁を本能で嗅ぎ取っているかのように収縮する膣肉を思いやってか、むんずとばかりに女性の臀部を掴み取り、乱暴にそれを上下させた。
大きさを誇るわけでも無い極めて一般的な剛直が女性の秘所を激しく抉り、肉の締め付けを解いていく。今まで以上の挿入の早さであり、互いに汗を飛ばして貪り合う様は人間としての理性を感じさせない、獣欲のままの意地汚い性交であった。女性は急速にその絶頂へと誘われるのを悦び、がくがくと背筋を震わせて男にしがみ付いた。
「あああああっ、あああああっ!!!またぁっ、またいぐっ!!!いくいくっ、いぐっ!!!!」
艶かしく淫蕩な兆しを全身で顕しながら、女性は咆哮のような嬌声を高らかに漏らした。石壁越しにでも誰かに聞かれてしまいそうな叫びであるが、たった今法悦の絶頂に至った二人に如何してその浅慮な忠言が届こうか。女性ははらはらと目の前を掠っていく己の髪に表情を隠し、赤く出来上がった素肌を水色に隠していく。膣の奥に受ける強烈な奔騰が女性の意識を揺らしていた。泥濘のように粘つき、溶岩のように熱い液体は熟れた果実の如き身体には、その肉体の淫靡さに更なる華を添えるものであった。
対して男も背筋に稲妻のようなものを通して、鈴口から噴出す白い溶岩の熱と、その呆れるような多さに瞠目していた。愛液溢れ出す蜜壷に精液の波が駆け抜けていき、いとも容易く子宮口へと達して中に飲み込まれていく。避妊を考えぬ浅ましき行為は二人に背徳的な悦楽を与える。
「はぁ・・・はぁ・・・ああっ、ああ・・・」
「なぁ、ミントさん・・・あんた如何して、そんなにやる気なんだよ?」
組み敷かれていた男は絶頂の余韻に浸りつつも、そう問うた。まるで子供が駄々を捏ねるかのような執拗さで肉槍を銜え込んで断続的に刺激を与えつつ、男に圧し掛かった女性、ミントは髪束の中でそれを聞いていた。
「もう充分金は払っただろ?旦那さんもでかい仕事が回ってきたって言っていたじゃないか・・・。家庭は安泰だ。なんで今晩も、俺の所にーーー」
男の言葉がミントの唇で塞がれる。上唇を啄ばむかのように口元を動かし、そして舌先で軽く愛撫する。男は静かな瞳のままそれに優しく応え、ミントの髪の毛をさらさらと撫でていく。
「どうして、俺なんかに執着する?」
「・・・こういうのは、秘めるが花というものです」
「・・・花にしてはあんまり良い色には見えないぜ。少なくとも俺には、さ」
「どんな色に見えますか?」
「・・・家への愛情と、雌としての本能に揺れる、葛藤の紫色さ」
ふっ、とミントは儚げに笑みを浮かべた。官能を漂わせる頬の紅潮に手を当てながら、男は諭すように言う。
「もう、帰った方がいい。こんな事を続けるなんてあんたのためにもならない」
「・・・いいんです」
「どうしてだい?」
「・・・あの人があんな風な態度を取るなら、私はこれでいいのです」
ミントは消え入りそうな声でそう呟き、静かに男の肩口に項垂れた。肩幅の広い男の肩に彼女の柔らかな頬が乗っかり、そして汗とは違う細やかな滴が垂れるのを感じた。何が滴ったたのか、それは問うまでもなかった。
「涙なんて零しちまって、結構辛い思いをしているんだな・・・旦那が浮気でもしているのかい?」
男の問いを無視するように、ミントは肢体の間に愛情を込めた力を注ぐ。高みに届いた高揚感に浸っていた肉壁が蠢き、しな垂れかかった肉槍を強引にでも勃たせてしまう。
「・・・さぁ、まだ夜は長いのですから・・・せめて、沢山私をーーー」
『くそっ!一体何処へ消えたっ、あのトカゲ野郎!!』
『まだ近くに居る筈だ!お前等はそっちの路地に行け!俺はこっちだ!』
『言っとくけどっ、先に捕えた方が明日の昼食奢りな!』
『なに!?ふざけるなっ、そんな寒い思いは御免だぜ!!』
睦言を裂いて飛んできた声にミントは眉を俄かに顰めた。いたく野蛮極まりない蛮声であり、人々の安眠を妨げ、同時に淫蕩の気分を邪険に扱う声であった。
「・・・なんでしょう、この騒ぎは?」
「昼に教会の方で騒ぎがあったろ?強盗に火事に、それに聖鐘を落としたりと・・・とんでもない悪党達のお陰で国はてんやわんやさ。で、そいつ等の一人が仲間から離散してさ、こっちの方まで逃げていったらしい」
「・・・物騒ですわね」
「興が殺がれたか?」
「・・・いいえ」
ミントは頭を振って男の首筋に顔を埋めながら、再び己の腰を揺すり始めた。肢体の奥から走り出すのは陰部同士が肉を貪り合う快楽の波。まるで過剰な印象すら受けるかのような高らかな喘ぎをミントは零し、男の獣欲を誘おうと肉体の艶美を体躯に押し付け、その恥部を晒していた。
(・・・・・・今晩は冷えて眠らずに済むな)
男は息を吐きたくなる心境を抑えつつ、女の頭を己へと向けてその唇を舌を絡め取り、女の動きに合わせて己の腰を突き上げ始めた。再びがっちりと硬直した剛直が女の蜜壷を深く深くへと穿っていき、女の悦びの声を外界へと招いていた。男は自然と高まる熱にまどろむように、己の快楽を追及していく。
一人の男がとある建物の二階部分、その窓辺から身体を出し、上に聳える庇目掛けて勢い良く跳躍した。月光を受けた鱗肌を光らせながら男は屋根へとよじ登る。
「っと・・・」
男はそっと傾斜のある煉瓦造りの屋根に足を着いてゆっくりと立ち上がり、水晶のように煌く星空を見上げた。今宵はとても空気が澄んでいる。遥か遠くで、平原の叢中に身を隠す虫のように小さな星でさえ、きらきらと命を輝かせているのが見えるほどだ。風も清清しく、夜に静まり返る暗き王都の街中を裂く、憲兵達の足音と声が聞こえるほど。無論その様子とて屋根の上より、その爬虫類のような暗視の瞳によって観察出来た。
鱗肌の男、ビーラは周辺を窺い、そして一人の男の姿を視認した。昼夜の疲れも知らずにあちこちへ視線を向かわせて歩いている、ユミルの姿であった。ビーラは一つ息を吐いて、胸に手を当てる。赤黒い光が掌で仄かに瞬いていく。
(『我が従僕に命令する。我が古き友を我が元に通すべし。それ以外の何人たりとも通すべからず。命を懸けて果たせ』)
光は消え失せ、ビーラは鋭き眼光をユミルに注いだ。互いの間には、直線距離にて200メートルほどの間隔しかない。ビーラは胸を膨らませて、そして大きな声を張り上げた。
「ユミルっ!!!!!」
「っ!!!!」
声は雷鳴のように宙を駆け抜けていった。遠路を歩くユミルがぱっと顔を上げ、闇の中でも雰囲気で分かってしまうくらいにはっきりと表情を歪めて、ビーラが立つ建物へと疾走して来た。同時に、憲兵達もビーラの存在に気付いて駆けつけてくるようだ。
『居たぞっ!!あの建物の屋上だっ!!!』
『弓兵を早く引っ張って来い!!大至急だっ!!』
『っしゃああっ!飯の奢り回避だっ!!』
憲兵達の声と共にどかどかと道を駆け鳴らす憲兵達は、ビーラが現れた建物へと向かって駆け寄ってくる。念願の獲物を見定めた猟師の如き様であり、いたく野蛮で品性の無い姿であった。
ビーラは屋根の縁に立ち、建物の二階部分に戻ろうと身体を窓辺に滑らせる。そして窓際に立ちながら、視界の隅で一人の男が己が居る建物へと入っていくのが見えた。血塗れた剣を保持したままの洗脳を受けた憲兵の男、即ち己の忠実無垢な傀儡の姿であった。
「・・・果たシテ、何人無事に来れるカナ」
ビーラは床に腰を落として鋭き視線を階段の方へと向ける。家具の類の無い、埃が煌く殺風景な部屋の中で、ビーラはひしと覚悟を決めてその方向を見詰めていた。
こつこつとした静かな足音が王都内縁部の南西地区、即ち商人や低級貴族等の館が集う地区に鳴っている。祭りの疲れで静かに眠りたいのに街中を騒がせる憲兵達とは打って変わり、その足音は実に温厚なものであった。それもその筈、街を歩く目的が両者の間では大きな乖離があるのだから。
片や残虐非道な殺人犯を追うために、片や迷子の連れ人を探すために。後者においては更に、散策気分の世間話も混じっているがためによりゆったりとした気分で歩いているようだ。まるで銭湯帰りのような気楽さで、慧卓は同行するミルカに話し掛ける。
「にしてもさ、思うんだよ、俺」
「藪から棒にどうなさいました?」
「こんな大規模の祭事でさ、宮廷側はなんか得する事でもあるのかなって」
「・・・貴方の事だ、分かってて聞いてますよね?」
「え、俺そんな頭回るような人間に見える?」
「にやけながら言わないで下さい、憎らしい」
暗闇の中のにやけ面にミルカは情の篭った罵詈を返した。慧卓は笑みを静めて続ける。
「商人達が金目を嗅ぎ付けてくれるから、金銭が沢山出回って経済が活性化。祭事に際して売る側として参加したいと申し出たなら、許可出す代わりに税金徴収すればお小遣いも稼げると」
「商人達の人物像も把握できるため行動の抑制も可能、危険人物は裏で始末出来る。功績を稼ぐにはまたとない機会だから、憲兵達も喜んで手を貸します。治安の安定が担保されるも同義」
「王都に秩序を形成すれば、それは政治家達の点数に与すると・・・まだまだ利点は沢山ありそうだが、思いつくのはこんぐらいだな。それでもかなり効果的なイベントだ。もしかしてあの国王、結構な切れ者か?」
「如何でしょうか・・・会った事が無いので分かりかねます。・・・私としては、執政長官殿の献策に思えてならないのですが」
「・・・まっ、俺もなんとなくそう思うんだけどね。なんとなくだけど」
慧卓はそっと後ろを振り返る。浮かない表情を浮かべたままに、パウリナは暗い影を身体に帯びた建物の波を見遣っていた。何処となく居心地の悪い空気を感じて慧卓は口を開きかけ、瞬間、男の声が夜を駆け抜けた。
『ユミルっ!!!!!』
声は空を通り、石壁の街並みに反響していく。その声に端を発してか、彼方此方で警邏をしていたのであろう憲兵達が駆け足を向かわせるのが響いていく。
「今の聞こえたよな?」
「ええ、中々に通る男の声でしたね」
「・・・呼んでいた」
「はっ?」
「あの声、御主人を呼んでいた」
「御主人って・・・貴女が探している方、でしょうか?」
パウリナは強い瞳で確りと頷いた。慧卓はミルカに訝しげな視線を向かわせる。
「もしかして、ユミルって人は貴族?ユミルって名に心当たりは?」
「知りませんよ。騎士として働いてますけど、そんな名前の貴族、会った事も聞いた事もありませんって」
「ふーん。・・・ってかお前騎士だったのかよ。そんな歳なのに」
「悪いですか?私、これでも執政長官殿直属の騎士なのですよ。どうです?敬いたくなりましたか?」
「可愛げのない年下の男は嫌いだね。見た目が良いほどむかつく」
「はっ!負け犬の遠吠えですね。私より劣悪な容姿をしている男は皆そう言うのですよ」
「腹立つ事言うな、お前。この機に鉄拳制裁でもしてやろうか?・・・あ、無言で剣を抜かないで。御免なさい」
慧卓が謝罪する傍ら、ミルカはきらりと僅かに見せた刀身を鞘に収めて、声が走ってきた方向へと目を向けた。
「・・・声は向こうから聞こえてきましたが・・・む?拙いですね。二人とも、此方へ」
「ん?どしたよ?」
「早く!」
ミルカの強い声に押されるように慧卓ら二人は彼の後へついていき、建物の間に立ち込める細い物陰へと身を隠した。幾秒か経った後、彼らが身を隠した方向へ急ぎ足の音が近付いてきた。鋼鉄の鎧ががちゃがちゃ擦れ合い、粗暴な口調でその音の主達は言う。
『こっちだこっち。あのトカゲの産廃野郎が叫んでた所だ』
『わぁってるわ。ちゃんと賞金は山分けだぞ?中抜きも無しだ』
『知ってるさ。ちゃんと正しい方向に使えよ?塵の掃溜めみたいな慈善に金銭を落とすなんてのはナシだ。俺達はもっと正しい使い方を知っている』
『おお!飯をかっ喰らい、酒を飲み、女を抱く!・・・そういやこの前抱き心地の良い売女が居る店を見っけたんだ、一緒に来るか?』
『いいねぇ。最近は餓鬼相手ばっかりで飽きていたんだ。久しぶりに大人のあのぷにっとした肉を抱きたいもんだ』
『よぉっし。そうとくりゃぁちゃっちゃと愚民を殺しに行きますか』
聴くに不愉快な念以外の何物をも催さない会話を続けながら、男達は慧卓らが潜む物陰を横目に走り去っていく。慧卓はひょいと顔を出してその背を睨み付けた。口調の無教養ぶりから察するに、顔つきも容易に想像出来そうな連中である。
「今のはなんだ?穏やかな会話じゃなさそうだったが」
「ああいうのを、悪徳憲兵というのですよ。多分昼の事件の首謀者に賞金が掛かったのでしょう。小遣い稼ぎに来たに違いありません」
「あの、憲兵って普通は決められたルートに従って街を警邏しているんじゃないんですか?」
「だから悪徳なのです。彼等にとって何処をどう警邏しようが自由。宿舎に戻る事さえ守ってしまえば、途中でなにやってもいいんですよ」
「・・・そういう事。ま、万が一出くわしてもお前が居るからな、心配無いって」
「貴方達が見つかったら面倒なんですよ、説明が」
悪徳というけったいな形容詞を何の躊躇いもなく付けられるような連中である。もしかすると一般臣民が普通は歩かぬ時間帯に関わらず自分らが居る事に、濫(みだ)りがましい欲求すら抱いて難癖を付けてくるのかもしれない。ミルカの懸念も最もなのだろう。
「少し遅れてから行きましょう。面倒事は御免です」
「そうした方が良さそうだね。すみません、パウリナさん。少々時間を食っちゃいそうです」
「いえいえ、どうかお構いなく・・・」
パウリナは手をぶんぶんと振って、慧卓らの提案を受け入れた。提案してきた二者はそれぞれ油断なく剣に手を置いて油断無く周囲を警戒したり、壁に背凭れをついて胸元の宝玉と似た輝きを放つ夜空を鑑賞したりしている。パウリナは二人にばれぬよう、小さな息を吐いた。
(ああ・・・どうしよっかなぁ・・・もう途中で抜けられないよなぁ・・・)
なんだかんだと旅の道連れのよう若き王国の騎士と異界人を侍り街中を歩く現状は、それはそれで貴重な体験であり歓迎すべき事態なのかもしれない。だがパウリナは盗賊稼業に身を窶|(やつ)して来た女性であり、彼らとは正反対の勢力に居る人間だ。いざ己の正体が露見してしまったら、一体何が起こるか予想できたものではない。かといって此処で離脱するというのも不自然であり、パウリナは唯息を吐くしかなかったのである。
一分かそこらの時間、夜陰で潜んだ後にミルカが顔を上げた。
「そろそろ行きますか」
「そだな」
「・・・分かりました」
三者は頷き合って、再び声の下に向かって歩いていく。俄かな緊張感を抱きながら歩いていくと、それらしき大き目の建物が見えてきた。その建物は隙の無い、即ち無骨な石造りの二階立ての建物であり、今は売りに出されているのか文と数字を刻んだ立て看板が門前に立て掛けられている。そして今ではその価値を完全な無に帰すかのような、血生臭い鉄が噛み合う高調子を鳴らしていた。セラムに顕現して以来大分聞き慣れて来た、剣戟が交わる蛮声であった。
「・・・剣呑な音ですね」
「どうしよう。俺武器持ってないや」
「憲兵の死体から奪えば良いのでは?」
「え。死んでる前提で行っちゃうんですか?」
「死んでも別にいいんですよ。あいつら、元盗賊ですから」
「それを憲兵として雇うって・・・しかも死んでもいいとか・・・はぁ、世の中怖いですね」
「え、ええ。本当、末恐ろしいですね・・・」
パウリナの引き攣り気味な笑みを背後に、ミルカと慧卓は勇み足で近付いていく。それを妨げるかのように、激痛に歪み悶える金切り声が響き渡った。
『ああ'ああ'ああ'ああ'っっ!!!』
「・・・こりゃ酷いな」
「気を引き締めましょう」
ミルカが静かに抜刀して自然体に剣を構えながら、速足で建物へと向かっていく。そして閉ざされた戸口に近付いて顔を顰めた後、慎重に戸を押して開いてやった。ミルカは中の情景を数秒凝視して、不快げな表情を浮かべて慧卓らを招き入れる。
慧卓も屋内へと入って、彼と同様の表情を浮かべてしまった。眼に入れる光景、そして鼻を突く誇張無しの夜光に照らされて顕となった建物の一階、其処は間取りを仕切る幾枚もの壁を全て取り払い柱と二階への階段だけが聳える、殺風景で温かみの無い広間であった。そしてそこいら中に視線を向かわせれば必ずあると言うほどに、憲兵達の凄惨な亡骸と夥しい流血の痕、そして壁や床や柱には斬り飛ばされた肉片がこびりついていた。
「・・・血の海、か」
「・・・これ、皆死んでるのか?」
「でしょうね。・・・凄まじい腕だ。こいつを見て下さい。ほとんど抵抗が無いくらいに頸が裁断されています。チーズみたいです」
「・・・そうなのかよ?」
「うっぷ・・・げぇぇ・・・」
意識を汚染するかといわんばかりの吐き気を催す圧倒的な生臭さにやられたか、パウリナは頭を返して屋外へげぇげぇと息絶え絶えに戻し始めた。慧卓もすっかりと青褪めた顔付きであり、死体を幾度か過去に見ていなければ彼女と同じような境遇に陥ったであろう。
ミルカは皺一つ動かさぬ、冷水のような面持ちで彼女を見遣った。
「こういう光景に免疫が無いのは分かりますが・・・介抱は出来ませんよ」
「・・・俺も吐いていいかな?」
「あれが許してくれそうな顔してます?」
ミルカはそっと階段の方へと頸を振ってみせる。上階の方よりこつこつと、階段を踏み鳴らして何者かが降りて来た。冷徹な外観を主軸に置いた鋼鉄の鎧には幾筋の刃傷が走っていると同時に鮮血が点々と付着し、握られた鉄剣は血脂と肉片でぬめついていて歯毀れの部分から鈍い光を放っている。
その男、洗脳を受けて赤黒い眼光を放つ憲兵の成れの果ては剣閃を受けてぱっくりと開いた右頬から血を流しつつも、それを全く気にせぬ薄氷の仮面でぼつぼつと言う。
「・・・任務を続行・・・」
「・・・こわいなぁ。もう少し人間味のある顔したら良いのに」
「それ、本気で言ってます?」
「・・・接敵次第・・・速やかに・・・排除する」
男は剣を両手で握るとそれを上段に構える。いたく挑発的な対応であり、是が非でも此方を切伏せたいという強い願望が窺えるものであった。願望を抱けるような状態であるかは疑わしいが。
「あいつ、『やれるもんならやってみろ』って言ってるよ」
「ならばやらせていただきましょう。血の池に無様な骸を晒せ、怪物」
「ついでに俺等の命の糧になってくれ、木偶人形」
凛然と剣を正眼に突きつけるミルカの傍ら、慧卓は脂のような滑らかさを柄に乗せた鉄剣を血池から拾おうとする。途端に、相対する男が剣を片手に持ち直してそれを顔の横に地面と平行に掲げた。慧卓が危機感を覚えて血池に身体を投げ出すのと同時に、男はほとんど無反動なまでの動態で剣を投げつけた。
「ちょおおおおっっ!?」
悲鳴を漏らす慧卓の後頭部、その直ぐ上を凄まじき勢いで剣が通過する。そして真新しさを残す綺麗な石壁に砕かれる事無く、その切っ先を鋭く埋めた。物理に対する認識を凌駕する、人並み外れた膂力である。
「ごめん、俺仕事放棄していいかな?」
「働きやがりなさい」
「はい」
慧卓は傷一つ負わずに血塗れとなった身体を起こし、改めて剣を男目掛けて正眼に構える。対する男も、床に伏した死骸から新たに剣を引き抜き、それを得物として上段に構え直した。
(さってと・・・いっちょ奮起しますか)
鮮血で赤く染まった頬に透明の汗を垂らしながら、慧卓は静かに深い呼吸をした。場に篭っていく刺々しい空気に心臓が早鐘を打っていき、慧卓の頬は熱を帯びていった。
慧卓等が建物に到着するよりも幾分か過去に遡る。早々に到来した憲兵達は件の傀儡兵に相対し、その剣戟の蛮声を階下に高らかに鳴らしていた。ビーラはそれを眉一つ動かさず静かに聞いている。男に対しては洗脳の魔術と同時に、一種の付呪を刻み込んである。人体に本能的に掛かっている力の制御を、強制的に、そして肉体に限界が来すまで半恒久的に外す呪いである。限界の到来は肉体の瓦解、即ち男の死に直結し、洗脳が解けた場合でも押さえ込んでいた負荷が一気に帰来し、矢張り男は死するものである。
階下に貫く断末魔と共に、階段をこつこつと登っていく音が響いた。ビーラは己の手をちらりと見遣り、二度、三度と握っては開く。階段を登っていた音が、段々と明瞭になってくる。ビーラが徐に其処へ目を向けると同時に、フード姿の大男が現れた。男は階段を登ったあたりで止まる。
「・・・・・・漸く来タナ、ユミル」
「・・・随分と手の込んだ用意だな。お陰で憲兵に追いつかれかけたぞ」
「追われてイル訳でも無イだろうニ。余程隠したい過去ガあると見受ケル」
「それはお互い様だぞ、ビーラ」
男は被さっていたフードを取っ払う。狼のような強い眼光を垂れた黄金色の瞳に宿した男、ユミルは不動に直立し、床に座ったままのビーラを見据えた。
「改めて言おうか、十年ぶりの再会だ。お前と最後に別れてから俺は獣のように山林を駆け巡り、日々の艱難を乗り越える、険しく、辛い生活を送っていた。一日一日がまるで天災に遭ったかのように、俺に痛みと苦しみを運んできた。・・・それもこれもあの日のお陰だよ、ビーラ」
「・・・懐かしイな。あの日の事ハ朧のようダガ、少しは覚えてイル。今日ノような満月が出ていた気がスル」
「・・・いや、少し欠けていたな」
「そうだッタか・・・」
ユミルは一歩二歩と近付いていき、ビーラまで数メートルほどの間隔を空けて立ち止まった。そして忸怩たる思いを胸に話し掛ける。
「お互いまだ若かったよな?俺もお前も、あの糞野郎に扱き使われていた・・・。人類の汚物、王立高等魔道学院名誉教授、マティウス=コープスに」
「・・・そうだったナ。毎日のように艱難辛苦ノ命令ヲ強制されてイタ。北へ南へ、東へ西へ」
「そうだ。思い返すだけで忌々しいあの日を、今日、此処で語ろうか。罪を量るために」
ユミルはそう言って静かに息を吐く。そして一段と強くなった階下の悲鳴を背景に、ゆっくりと己の血塗られた過去を話し始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
話は10年前、北方の魔道学院本部に務めていた頃に遡る。魔術学院の任務で俺は湖周辺での生態調査を手伝っていた。そしてその調査の途中、マティウスの出頭命令を下されて急遽奴の研究室に赴いた。覚えているか?学院の別館、その地下に奴の辺鄙な研究室がある。松明の明かりしか無い暗い部屋だ。学院に伏せて死霊術の研究をしていたのか、閉塞感と嫌悪感を催すような薄暗さだったよ。
それに沢山の調度品が在ったよな。人が寝そべられる程の大きさの机に、天井の彼方此方に何かを吊るすような大きな鉤、得体の知れない液体を入れた薬品棚、大学教授にのみ渡される樫とダイヤの錫杖。だがそれでもあいつと比べて印象が劣る。あの血に汚れた灰色のローブ、短く刈り込んだ白髪に黄土色の穢れた瞳、冷淡さを映し出したかのような侮蔑的な視線、そして鳩のような人を食った顔付きにはな。
『やぁ。湖では満喫できたかい?』
『清清しい思いで過ごせたさ。だがその余韻をたった今、貴方の出頭命令で吹き飛ばされた気分だ』
『それは失礼。しかしどうにも無視できぬ仕事があってね、片暇といってはなんだが、君を頼らざるを得ない状況なのだ』
奴は気の触る枯れ声でそう言ってのけて、俺に書状を手渡したんだ。
『私が職務の性質上、いや、使命と言った方がいいな、表立って顔を見せては困ってしまうような方と会ったりするのは知っているかな?』
『ああ、知っている』
『今回もそれに類するものだ。とある低俗な商人と取引をしてね、彼が所有している特別な魔術品を譲ってもらえれば、その頸に着せられた賞金を無きものにしてやろうと取引をしたのさ。所謂、司法取引だね。難しい話かな?』
『俺でも理解できるぞ、それくらいは』
『よかった。君の学識の至らなさには昔から随分と困っていたからね、難解な言葉は避けて言っているのだよ』
俺が無学の輩と知っていて尚、奴は挑発するかのように口端を歪めて言ってな、腹が立って仕方が無かった。奴は机に乗ってこう言った。
『商品の受け渡しは明日に行う。まぁ私が出向いても問題は無いのだが、仕事があるし、職務上面子の問題もある。其処で君だ。実に簡単だろう?』
『・・・そうだな。貴方が作成した魔獣の後始末や実験の後片付けに比べれば、いたく容易な問題に見える』
『おいおい、問題にすらならない幸せな事だろう?何せこれを終えた暁には、君を解雇する予定なんだからね』
『本当か!?』
俺は飛び上がって喜んだよ。何せ奴の命令は常に唐突で、そして残虐なものだったからな。学院に雇われていた唯の助手に過ぎなかった俺にとっては、何度も己の道徳観や信念を踏み躙り穢すかのようなものでな、命令を果たす度に懊悩したものだ。だがその苦難の日々とおさらば出来るとあってそれこそ有頂天になったんだ。
あいつはにやけ面のままで言ったよ。
『嘘は吐かないさ。私は気に対して一度たりとも虚飾を交えなかったが故に、今回も嘘は言わん・・・これを機に浅慮で浅薄な君ともお別れさ。寂しくなるね?』
『清々するさ!休暇の時よりも気分が良い!!』
『素直なのは宜しい!今渡した書状に場所と詳しい時間が記載されてある。早々に準備するが良い』
俺は直ぐに踵を返して出て行ったが、振り向くべきだったんだろうな。奴が最後に浮かべていた笑みの意味を、あの日に至るまで露とも考えた事が無かったんだから。
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「その後、お前と最後の会話を交わしたよな?別れの言葉を」
「・・・そうだナ。微かダガ、覚えているヨ。厩舎の近くだったカ?」
「そうだ。秋は紅葉が咲き乱れる綺麗な場所だ。俺達は其処に居た」
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『ソウか・・・明日デお別レか』
『そういう事だ。これであのいけ好かない下種男に会わなくても良いってぇなると、清々するさ』
『・・・俺は寂シイぞ。マダあいつニハ世話ニなるだろうカラ』
『仕方ないだろ?お前の、里親なんだからよ』
そうだ。二人で樹木に背をついて世間話をしていたんだった。俺もあの時は髪が長かったな・・・、髪を横にぶわっと流して額を見せて、後は適当に肩辺りまでぼさついてただけの髪だった。お前は昔も今も大して変わってないがな。
『終わっタラ、如何する気なんダ?』
『そうさな・・・。悔しいけどよ、俺に学識が足りないのは分かってる。今更役人とか、教授を目指すってのは無しだ。だから此処を辞めたら精々、農民か大工に落ち着くだろうな』
『・・・案外悪くナイ選択ダ』
『だろ?』
『容易に想像デキル姿ダカラな』
『それって普段からそう思っている事じゃないか・・・』
『力仕事以外の事ヲヤルお前ナド想像デキン』
そんな事言ったかだと?間違いなく言ったよ。それにお前に言われなくても自覚があったさ。湖での生態調査でも俺は道中で障害物を取り除いたり、荷物を持ち運んだりとかしていないんだからな。
『取引は直ぐに終わるようだ。書にもそんな事が書いてある』
あの時、書状の中身を見せるべきだったよ。そうすればお前の事だ、何かと察してくれて俺に助言を言ってくれたのかもしれない。それが本当に助けになるかは別としてだ、書状にはこんな風に記載されていたよ。何度も読み返したから覚えている。
「当取引における相手方、以降甲と称す、との取引は南方の森林地帯、タイグース樹林にて行われる。甲の到着時間は明日の未明の予定。甲から品物の譲渡を完了次第、学院までそれを持参して帰参せよ。尚、甲の心身の安全に対する保障をする責任を、取引当事者は負わないものとする」、と。奴らしい狡いやり方だ。
『・・・あいつは相変わらずえげつないな。取引が終了したら商人を殺す心算らしい』
『それが俺の里親ダ。諦めタクなる』
まさかそんな事まで忘れてる訳は無いよな?奴が拾ったという半人半魔の雄蜥蜴、それがお前だぞ。俺が学院に雇われるよりも前から、お前は奴の下で生活を営んでいた。正直同情したよ。あんな奴のために年がら年中常に従事しているんだからな。
『お前も一緒に来るか?これで最後の仕事なんだ。一緒にやろうぜ?』
『・・・そうダナ。それもイイかも知レンーーー』
『ビーラ様っ!!ビーラ様は何処にいらっしゃいますか!?』
『ああ、小間使イか・・・。此処ダ。ドウかシタか?』
『マティウス様がお呼びです。急ぎの仕事があるとの事で』
『・・・残念ダ。お前と最後の仕事を出来ナイとはナ』
『気にするな、そういう日もあるさ。じゃぁ、次は仕事が終わったらだ』
『アア。無事に戻って来いヨ』
そう言ってお前は奴の研究所に消えて行った。それが俺達が学院でかわした最後の会話だった。
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「その後だよ。予定が仕組まれていたものだと気付いたのは」
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予定通り俺は日が沈んで満月が昇るのを待ってから、タイグース樹林の待ち合わせの場所に行った。霜が降りた針葉樹の樹林を通る街道から少し逸れた、獣道の半ばあたりにそいつは居た。鬱蒼とした暗闇の中であっても目印の大きな切り株に場違いな馬車と来れば、先ず見間違いようが無かったさ。
『物は何処だ?』
『此処だ。荷台に乗っけてある』
俺は馬車の荷台に乗っかり、そして物を確認した。奴の指定通りの品が置いてあったよ。小さな木箱に収まった裁縫用の針と鋼の糸の束が、ぽつんとな。俺が荷台を降りた時、商人の男が不安げに話しかけてきた。
『・・・なぁ、あのマティウスってのは信用できるのか?なんか物凄く嫌な予感がするんだが』
『・・・性格は最悪だが、仕事は出来る男だ。心配は無い』
『そういう意味じゃねぇよ。なんかこう・・・矢が刺さるような・・・刺々しい視線が感じるんだよ』
『?そんなの感じんぞ』
『俺には分かるんだよっ!!ほら、あそこの木の陰とかーーー』
男がそう言おうとした瞬間、そいつが目を向けた方向から一矢の矢が飛んできて男の頸に突き刺さった。
『っっ!!!なんだと!?』
俺は慌てて荷台の木箱を回収しようとしたんだが、次々に降りかかる矢雨に見舞われて如何にもならなかった。俺は任務の断念を決意して、切り株を越えながら樹林の中を駆け抜けていった。
『逃がすなっ、追え!!!』
後ろから聞こえて来る男達の声に苛立ったよ。何が如何なっているのか全くわからなかったんだからな。文句の一つも出るさ。
『くそっ、一体なんなんだっ!!』
俺は倒れ込んだ大木の影にあった窪地に身を潜めた。俺を見失ったんだろうか、男達がいきり立った声を出していたな。
『まだ近くに居るぞ!枝が踏み倒されている』
『逃がすなよ。マティウス様が報酬をたんまりと用意してくれるそうだ』
『ああ。たっぷりの金貨を俺らに授けてくれるんだってな?』
『期待できそうだ。役人の寝首を刎ねるよりもずっと楽な仕事だしな』
其処に至って俺は漸く事態を理解できた。俺の存在に嫌気が差したマティウスが、悪徳の商人諸共殺そうとしたという事実にな。・・・後から考えればマティウスの立場に立てば、心情も分からなくは無かったさ。知識の研鑽と魔術の発展に貢献する建前の癖に、それを支える助手は全く使い物にならぬ筋肉漢だったんだからな。長らく一緒に居るうちに殺意も沸くというものだ。だが当時の俺も、今も俺もそうではなかった。
(マティウスっ・・・裏切ったなっ・・・!!)
どんな形であれ、俺が奴に長らく貢献していたのは事実だ。奴が一人では解決出来ないと判断した問題を俺が代わって解決した。研究による副産物が環境に甚大な被害が出ると分かれば、率先してその駆除に当たったさ。だが奴はそれを無視する形で俺を嵌めたんだ。俺を仕留めて己の心の満足を得るためだけに、商人までも闘争に巻き込んだ。無関係な人間まで殺害した奴の性根が気に入らん。
『・・・居タゾ、其処の大木の後ロダ』
『ちっ!!!!!』
結局居場所を突き止められて俺は更に奥へと逃げ出した。追跡を振り切れたのはそれから数刻後、昼間の太陽が昇る頃合だった。今更学院に戻れないと悟った俺は、そのまま当ても無く樹林を彷徨い、狩人のような生活に身を窶し始めた。今までの人生とは比較の使用もない程の、先行きが見えない不安な日々の始まりだ。
・・・待てよ。そうだ、あの時の声は・・・。
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「・・・ビーラ。もう一つ思い出した事があるよ」
「なんダ?」
「あの時・・・俺が大木の陰に潜んでいると看破した男の声・・・あの訛りのある声は正しく、お前の声だったな・・・!」
ユミルは長い語りから帰来して、己の腰に挿していた剣を一気に引き抜いた。鈍い光が煌くそれはただ一度の血脂が被ったのみで切味は全く落ちていない。況や、目前の男を斬殺するに支障を来す事があろうか。
「聞かせろ、ビーラ。どうしてあそこに居た?どうして俺に弓を射るような真似をした!?」
「・・・・・・少し、長くナル」
ビーラは頭を垂れて、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始める。ユミルはその一言一句を聞き逃さぬよう、それでいて下手な動きを見せれば何時でも切伏せられるように一層の注意を払っていく。階下の剣戟と断末魔の協奏は収まっていたが、ビーラの語りと共に再び木霊し始めた。
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