| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

男女美醜の反転した世界にて

作者:黒色将軍
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

反転した世界にて7

「私、赤沢さんに告白するわ」

 昼休み。飢えた生徒たちでごった返す学食の端の方で、昼食を囲んでいる一つのグループの姿があった。
 ――その一角にて、声を潜めながら、しかし堂々とした風情と確固たる覚悟を決めた表情で、白上翔子は宣言した。 

「今日の放課後に、伝えるの」
「今週のジャ○プ読んだ?」
「まだー」
「ワンピだけ」
「富○ェ・・・」

 しかし、相席している四人の友人たちは、翔子の世迷い言に関心を寄せることはなく。
 優先度的には、今週号のジャ○プの話題よりも低いようだった。

「聞きなさいよ」
「……や。好きにすればいいんじゃないの?」
「応援してるわよ? 頑張ってね」
「残念会は、またカラオケでいいかな」
「そだね。最近行ってないし」

 既に翔子が撃墜したあとの予定を話し合う友人たち。あまりといえばあまりの言い草だったが、それも致し方がない。
 翔子のクラス内での評価は、まあ、オブラートに包んで述べるのであれば、『友人以上は生理的に無理』とか、そんなんである。
 持ち前の明るさとユニークさ(下ネタ主体)故に、その容姿から彷彿されるレベルで、忌み嫌われているというほどではない。……ではない、が。それでも、やはり大多数の男子からすれば、翔子は好んでお近づきになりたいタイプではないのであった。
 曰く、『近づくと妊娠されそう』とか。

「ふ、ふふん。あんたら、私がフラれることを前提にしているみたいだけれど。ふ、ふふ。今回ばかりは、そうはいかないんだからね」
「あー、やだやだ。これだから処女を拗らせた女って、救えないのよ」
「ちょっと優しくされると惚れちゃうもんね」
「まあ、今回はねえ。赤沢くんも、もうちょっと女心ってのをわかってくれればいいのに……」
「そうそう。お弁当なんか作ってきたら、そりゃ、翔子も舞い上がって勘違いしちゃうわよ」

 ここにきてようやく、翔子の方に話題を向け始める友人たちであったが、口々から飛び出す台詞は、悪意と憐れみと罵詈雑言で構成されたものだった。
 ――しかし、友人たちの言葉は客観的に見て、全て正論であると言わざるを得ない。――唯一反論できる存在がいるとするならば、よほどの物好きかブス専だけだろう。

「ま、舞い上がってなんかないやいっ!」
「舞い上がってたじゃん」
「HR中に弁当食べて廊下に立たされた女子、私、初めて見た」
「赤沢くんもドン引きしてたけど、翔子全然気づいてなかったよね」
「赤沢くんが、っていうか、クラス全員ドン引きしてたからね」

 ここぞとばかりに追い立てる友人たち。
 ――そう。今回と同様、これまで幾度か、翔子はひょんなことで異性に惹かれて惚れて、その思いの丈をぶちまけてやろうと友人たちの前で宣言をしたことがあった。 
 しかし、その一週間後には――早くてその日の放課後には、無残に打ちひしがれる翔子の姿を、友人たち全員は全員目撃したいだのだ。

「そ、それはまあ、いいじゃない。若気の至りっていうかさ……。っていう、たく……赤沢さんのお弁当なんて目の前に出されたら、誰だってああなるわよ!」
「今、赤沢くんのことなんて呼ぼうとした?」
「たく?」
「ろー?」
「マジで身の程って言葉を知らないよね、翔子って」

 散々である。流石の翔子も、そろそろ自分のメンタルを保つのが難しくなってきた。

 
「……あんたらに相談しようとした私が間違ってたわ。もういいもん。知らない」
「今度はいじけだしたよ」
「見苦しいよ」
「まあ、ほら。翔子が本気だってことは伝わったわさ。」
「なに、なんか手伝ってほしいとかって、のたまっちゃうわけ?」

 手伝ってほしいこと、なんて、特になかった。翔子は拓郎を自ら呼び出すつもりだったし、呼び出した先で、普通に自分の想いをぶつけるだけのつもりだったから。
 そこに奇をてらうつもりなんか一切なかったし、自分以外の手を必要とするようなプロセスは、翔子が考えうる限りでは、見つからなかった。
 
「い、いや。私の決意を聞いてほしかっただけ」
「頑張れー」
「負けるな―」
「ふぁいとー」
「もし成功したら写メちょうだいよ」

 如何にも適当な応援だったが、しかし、翔子はそれで十分だった。なんだかんだ言って、こいつらだって自分の不幸を望んでいるわけではないのだ。
 こんな容姿に生まれてきて、おまけにエロいことばかり考えているせいで、生涯恋人には恵まれなかったけれど。
 でも友達には恵まれていた。
 ――それだけで、翔子の胸はいっぱいだった――。


 
 ~FIN~
















「なに終わらせようとしてんの!?」
「なにが?」
 

 ◇


 
 白上さんが言うには、『放課後、屋上に来てほしい』とのこと。
 五限目が終わってからの十分休憩の際に、白上さんは僕にそれだけを伝えて、自分の席に戻っていった。
 僕はこの時、この瞬間だけは、『なんだろう?』と、首を傾げつつも、学校が終わっても白上さんのような美少女と会話をする口実が出来た事実に、ちょっとだけ浮かれたりもしていた。
 けれど、僕の逞しすぎる妄想は、そこで思考停止してしまうことを許さなかった。
 
 六限目。あとこのコマさえ乗り切ってしまえば、授業という拘束から解放されて、放課後という名の自由を得ることができる、そんな時間。
 僕のような微妙に不真面目な生徒は、こんな時間にまで集中力が続くことはあり得ない。授業を真面目に聞いているふりをしながら、僕は白上さんに呼び出された理由について、思いを巡らせていた。
 僕はムッツリスケベなんていう言葉からはほど遠い位置に存在する健全な男子ではあるけれど、でもやっぱり、思春期なのだ。
 ――まあ、ものっすっごい、期待しまくっていた。
 
 何を期待していたかなんて愚問、わざわざ言葉にする必要はないだろう。だろうけど、これは僕が僕の妄想に確信を得るために、敢えて明言をさせてもらいたい。
 ――もしかして、告白なんじゃない?
 なんつって、なんつって! 我がことながら、自分で自分が恥ずかしい。思春期ではあるけど中二は卒業したはずなのに。しかし、ただ女の子に呼び出されただけのことで、僕はこんなにも興奮を露わにしちゃっている。どんだけ恥ずかしい奴なんだよと。自分で自分をぶん殴りたい。授業中じゃなかったら、頭を机に打ち付けているところだ。

(告白? いやいやまさか、……でも、あり得ないとは言い切れない。言い切れないっていうか、あり得なくない。どころか、むしろそれ以外にあり得ない? なくなくない? だってただ話をするだけだったら、屋上になんか呼び出す必要ないわけだし、白上さんがわざわざ僕を屋上に呼び出した以上、それはつまりそういうことであって、そういえばあの時の白上さん、やけにギクシャクしてた気もするし、そもそも僕は白上さんのことを良く知らないから、あれがぎくしゃくしていたのか、素なのかは判別が難しいところだけど、でもあれがそうなってどうなって……)

 頭が沸騰しているというのは、今の僕のような状態を示す言葉なのかもしれない。
 ――正直、今の僕はあまりにも浮ついている。今まで生きてきた人生の中で、最も気持ちがはしゃいでいると言っても過言ではないだろう。
 だけど、それでも。普段ネガティブシンキングを拗らせまくっているこの僕が、これだけ調子に乗ってしまっているのには、当然、論理的な裏付けがあるからで。
 身も蓋もない言い方をしてしまえば、『この世界なら、白上さんが僕のことを好きでも不思議じゃないよな』、ってこと。
 この時すでに、僕は自分が自分の知らない世界に放り出されていた恐怖っていうヤツを、完全に見失っていた。それどころか、もう普通に、喜んでいたといっていいと思う。昨日まで――時間にすればほんの十数時間前までは、僕は何もかもが反転したこの世界で、どのように生きていくか、という命題に苦悩していたはずなのだけど。そんなことはきれいさっぱり忘れて、ただただ放課後の呼び出しについて思いを馳せて、一人で一喜一憂……いや、一喜二喜と心を躍らせている。
 ホント、どうしようもない。
 
 ――キーンコーンカーンコーン

 人生で最も長く感じた一限がようやく終わりを告げて、HRの時間がやってくる。
 僕はその間、すぐにでも屋上へと馳せ参じたくなる自分を抑えるのに、相当なエネルギーを浪費してしまうことになる。
 そのHRが終わる。いつもだったら、ゆっくりと支度を整えて、ある程度帰宅するクラスメイト達の波が引いてきた頃合いを見計らってから、教室から出ていくようにしていたのだけど。
 今日ばかりは、僕は帰り支度すらも疎かにして、誰よりも早く教室から飛び出して、屋上へと向かったのだった。
 ――僕の方が、白上さんを屋上にて待ちわびる羽目となる。なんというあべこべ。
 まあ、その甲斐あって、

 ◇

 僕たち、付き合うことになりました。
 

 ◇


 僕が白上さんからの告白を受け入れたその日を、交際期間一日目と称するとして。
 交際期間二日目。即ち翌日には、僕と白上さんの関係は、校内に知れ渡っていた。 

「赤沢に恋人が出来たって、マジ?」
「まじ」
「相手があの白上翔子って、正気?」
「正気」
「脅されたんじゃないの? なんか弱み握られたんだろ?」
「違うよ」

 噂の真偽を確かめるためか、他に何か目的でもあるのか、それは定かではないけれど。同学年どころか、上級生や下級生までもが野次馬に加わっったりしていたのは、どうなのだろうと思わなくもない。
 僕の元にやってきた全員が、一人ずつ僕に声をかけてきたわけではない。流石にそんな時間的な余裕が、朝のHR前という限られたタイミングで発生するはずはないわけで。

「赤沢くん、恋人が出来たって、嘘だよね?」
「嘘じゃないよ」
「そ、そんな。わたし、ずっと赤沢くんのこと……」
「そう」

 恰幅がいいと呼称することのできるレベルを悠々と超えた贅肉の塊(性別不明)が、何やらすごい勢いで教室から飛び出していった。そういえば、よく見るとアレって女子の制服だったかもしれない。横に伸ばされすぎてすぐに気がつけなかった。
 肉塊が去っても、僕に質問を投げかけてくる人たちの波が引くことはない。延々と続く野次馬根性丸出しな質問の嵐に、僕はほとほと疲れ果てていた。
 ――はっきり言って、とてもウザかった。コミュ力劣等生にして、人類史上稀にみるレベルのぼっち(流石に言い過ぎか)である僕が、このような思い上がりも甚だしい言葉を、心の中でとはいえ、人様に向けて呟いてしまうとは、自分でもびっくりだ。
 しかし、どうかわかってほしい。早くに学校に到着して、自分のクラスに一歩足を踏み入れた途端、彼らの質問攻めは津波のような勢いで僕の元へと駆け寄ってきたのだ。
 それから、ずっと同じ質問の繰り返し。初めの方こそ、僕も割と照れて苦笑いを浮かべながら応対していたものだけど。そのうち顔から力が抜けて、どんどん機械的に同じ返答をしていくだけになっていく。
 超つらい。僕がぼっちである原因として、持ち前の醜さと暗さに加えて、そもそも対人関係がとんでもなく苦手であるから故に。
 一日に数十人の他人と会話を試みるというイベントは、すなわち苦行以外の何物でもなかった。――でもそれだったならば、僕も"ウザい"とまでは思わない。精々"疲れた~"とか、"勘弁してくり~"とか。誰が聞いても眉を潜めない程度の、無難な感情くらいしか抱くことは、無かっただろう。

「あのもやし女と付き合うって、いや、意味わかんね」
「……あっそ」
「気持ち悪くないの? あのもやし女が笑った顔、見たことある?」
「……(#゚Д゚)」
 
 これだよ。
 どいつもこいつも、口々に白上さんのことを悪く言う。恋人の悪口を聞いて、心中穏やかでいられる奴はいない。いたとしたら、そいつらは恋人同士なんかではないってことだ。
 もう一つ、次いでとばかりにはっきりと心中を暴露させてもらうと、とにかくムカついた。カチンと、来まくりまくっていた。
 ――かといって、そんな、僕の彼女に対する聞き捨てならない暴言の数々を、確かに耳にしたにも拘らず。僕は言い返すことができない。聞き捨てならない言葉を聞き捨ててる、正真正銘のクズだということが判明してしまった。
 機嫌の悪さをあからさまにして、質問には機械的な受け答えを以て返す。その程度のことで反発するしかできない、臆病で矮小な人間。それが僕だった。
 
「赤沢さんに彼女が出来たってマジ?」
「まじ」
「その彼女が白上さんって聞いたんだけど、流石に冗談だよね?」
「嘘じゃないよ」
「あのもやしの女と? いやいやあり得ないって。相談になら乗るから、ホントのこと言った方がいいって」
「あっそ」

 そろそろ、質問をちゃんと聞かなくてもパターンで応対ができるくらいに慣れてきた。
 そんな頃合いになって、僕は人垣の隙間から、恋人――白上さんの方を盗み見る。
 彼女は彼女で、これまた学年クラスの入り混じった女子生徒たちから、僕と同じように質問攻めの試練に晒されていた。
 ――会話の内容は、がやがやとした雑音にかき消されて全く聞こえなかったけれど。白上さんは僕とは違って、笑いながら話していた。
 それだけでほっこりとしてしまうあたり、僕は臆病で矮小で、そして単純な人間だった。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧