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大魔王からは逃げられない

作者:月下美人
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第三話



 ダンジョンの入口から指輪のあった場所――広間までは一本道となっている。そのため道の中腹辺りで分かれ道を作ることにした。


「ん、ちゃんと不滅の松明があるな」


 通路に等間隔で設置された松明を『不滅の松明』といい、炎は決して消えることはなく松明も折れることがないダンジョンの必須アイテムだ。マスター登録を済ませると同時にダンジョンの通路の各所に設置される。


〈テラーバイト〉で十字路を作り、左右の道を繋げて輪にした。道は掘り下げているため開通することはない。


「んで、後は広間に続く道と出口に繋がる道を幻術で壁に見せ掛ける、と」


 床と天井、左右の壁に魔方陣を刻む。


 広間に繋がる道の魔方陣を起動させると土の壁が通路を塞いだ。手を入れると手首から先が壁の中に埋まる。上位の冒険者でないと一見して見抜くことは難しいだろう。それほど精巧な作りになっている。


 そして、出口に繋がる道に刻んだ魔方陣は一定距離を進むと起動するようにした。侵入者は一度道を違えると無限通路に陥り迷子になること必須だろう。


「応急措置は一先ずこれでよし。んじゃあ、次は配下を増やしに行きますかね」


 地上に出た俺たちは早々に別れた。シオンは人里に、俺は森の奥へと足を向ける。


〈探索〉(サーチ)


 俺を中心に無色透明の魔力が波紋のように広がる。有効範囲である十キロ圏内の構造や生命体を感知する魔術だ。


 脳裏にサーチによって得られた情報がマップとなって投影される。そして、少し離れた位置に魔物の反応があった。近くに人間の反応もあるが。


「早速引っ掛かったか、これは行幸だな」


 しかも魔物の反応は十以上ある。人間の反応は三つ。


「人間の方が劣勢だろうな。もし女なら助けてやるか」


 霞むような速さで走りつつ風系統の魔術でさらに速度を上げる。地面を蹴る度に景色が流れ、跳ぶように地を駆けた。


 距離はそこまで離れていないため、ものの数十秒でたどり着いた。


「おや? これはまた……」


 意外なことに優勢なのは人間たちのようだった。冒険者と思わしき男たちは三人しか居ないにも関わらず抜群なコンビネーションで魔物――ゴブリンたちを蹂躙している。


 ゴブリンの屍を数えると、当初の頃は五十匹は居たと推測される。それが今では半分にまで減らされていた。


 一人は大剣を振り回している筋骨隆々の剣士。見た目相応の剣士のクラスだろう。長身の彼は自身の身長程の大剣を軽々と振るい、群がるゴブリンを一掃している。


 もう一人の男は短剣を両手に把持して、小柄な体躯を活かし攪乱している。すれ違うたびにゴブリンの体から血しぶきが舞った。


 そして最後の一人は黒いローブを纏った魔術師の男。手にした杖を掲げて浪々と呪文を唱えている。掲げた杖の先から一メートル程の火球を生み出して援護している。


(先衛と後衛、そして遊撃……なかなか息の合った動きをしている。名のある冒険者かな?)


 しかし、このままゴブリンたちを全滅させるわけにはいかない。彼らは大事な戦力に成り得るのだから。


(彼らには悪いけど、ちょっと死んでもらいましょうかね)


 そうと決まれば木陰から素早く大木の枝に跳躍する。


(まずはサポーターから。後方支援は何かと面倒だからな)


 上方から戦況を観察しながら、タイミングを見計らって飛び降りた。


 厳かな声音で朗々と呪文を唱えていた魔術師の肩に着地すると同時に、頭頂部を肘で打擲する。全体重に加えて落下速度も加算され、男は潰れた蛙のような声を洩らし息絶えた。


「なっ――アッシュ!?」


「くっ、なんだ貴様は!」


 突然現れた俺に警戒した冒険者たちは険しい目で睥睨してきた。俺とゴブリンの双方を視界に収められる位置に移動し剣を構える。


「いやー、失敬失敬。ちょっとそちらのゴブリンたちに用がありましてね。みすみす死なすのはこちらとしても都合が悪いので邪魔をさせてもらいました」


 帽子を目深く被って口元に笑みを刻み、外向きの口調で話す俺に剣士の男が声を掛けてきた。


「貴様もゴブリン討伐の依頼を受けた冒険者か? 生憎その依頼は俺たちが先に受けたんだ。横取りするのは規則違反だぞ!」


「いえ、冒険者ではありませんよ。先程も言った通りちょっとした用事がありましてね、彼らに死んでもらっては困るのですよ。しかし、そうですか……討伐の依頼をお受けになったと。これはますます――」


「テメェ……よくもアッシュをっ!」


 仲間が殺されて激昂した双剣の男が飛び出してきた。身を屈めながら地を這う蛇のように迫ってくる。


 下段から迫る凶刃を首を傾けて回避した俺は滑るように音も無く背後に回り、


「――死んで貰わないといけませんねぇ」


 その細い首を勢いよく捻った。コキッと小気味の良い音とともに頚椎が砕ける振動が手に伝わり、男は糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。


「シェファード!」


「いけませんよ、今は仲間の心配より自分の身の心配をしないと」


 剣士の視線が俺から足元で倒れている双剣使いに移ったのを見計らい、音も無く背後に忍び寄った。


 十メートル以上はある距離を一瞬で潰し、気配を悟らせることなく背後を取った俺に背筋を凍らせた。冷や汗を垂らす男の首に手を回す。


「さようなら」


 双剣使いと同じように首を捻り、男の意識とともに命を絶つ。ゴキッと鈍い音を鳴らしながら、男は声も無く崩れ落ちた。


「うえー、脂っこい……!」


 一応、手はレザー手袋で保護しているが、手袋超し男の肌触りが伝わり顔を顰めた。剣士の男は見た目相応に脂っこい体質の様だ。


『た、助かったのか……?』


『馬鹿っ、人間が助けてくれるわけないだろ! この後襲われるんだよ俺たち!』


『あんな化物みたいな人間を軽々と殺す人間に敵うわけないよ!』


『に、逃げるならすぐに逃げようっ』


 ゴブリンたちが互いに顔を見合わせながら思い思いに言葉を吐く。傍目には「ブギッ、フギッ!」と聞こえるが、魔王になった特典の一つであるスキル『千の言語』の恩恵により、俺の耳は彼らの意味する言葉が理解出来た。


「こちらは君たちを害する気はありませんから、安心してください」


 にこやかに営業スマイル全開で接すると、一番手前に居たゴブリンが仰け反った。


『うわっ! 喋った!』


『馬鹿っ、人間なんだから喋るに決まってるだろ! それより早く逃げよう!』


『無理だよ! 逃げられっこないよー!』


(なんか面白いなコイツら。漫才みたい)


 まるでコントのようなやり取りを交わすゴブリンたちに思わず吹きそうになるのを堪えながら、なんとか笑顔を絶やすことなく言葉を続けた。


「いえいえ、重ねて言いますが私には君たちを害するつもりは微塵もありませんよ。その気なら君たちはとっくの昔に屍を晒しています。こう言っては失礼ですが、君たち程度の魔物を葬るなど私にとっては造作もないことですので」


 それまでギャーギャーと騒いでいたゴブリンたちだが、急にピタッと動きを止めると恐る恐る俺を見上げてきた。


『もしかして……俺たちの声が聞こえてたり、する?』


「ええ。バッチリと」


 ピシッと固まったゴブリンをニヤニヤと笑みを浮かべながら見下ろす。人の身では魔物の言葉を理解することは不可能。それが可能なのは種族の垣根を越えた存在である魔王だけだ。大方、俺の正体が分かったのだろう。


『……よもや、今生で魔王様をお目にするとは、夢にも思いませんでした』


 奥から一回り大きいゴブリンが姿を見せた。


 瞳の奥に知性の光を宿したゴブリンは俺の前に跪くと、他のゴブリンたちも慌てて頭を垂れた。


「長ですか?」


『左様です。それで、わたしたちに御用があるとのことですが……』


 恐る恐るこちらを見上げる長に手っ取り早く要件を伝える。


「ここから少し進んだところにダンジョンがあるのをご存知ですか? 実は私、そこのダンジョンマスターを務めることになりまして」


『しかし、あのダンジョンにはケルベロスが陣取っているはずですが……』


「ええ、確かにいましたね。今は私の忠実な部下ですが」


『なんと! あのケルベロスを降したと!?』


 くわっと目を見開く長さんとざわめくゴブリンたち。


「これでも魔王の名を冠していますからね。まあそういうことで、ダンジョンマスターとなったので只今部下を募集しているところなんですよ。ゴブリンの皆さんには是非、私の傘下に加わって欲しいのです」


 恐らく長はこの話に乗るだろう。冒険者や他の魔獣の影に怯え、死と隣り合わせの生活を送るよりダンジョンに居を構えた方が生存率は大幅に変わる。また、洞窟暮らしといった生活環境が著しく改善される上に、傘下に加われば俺という後ろ楯が出来る。これ以上ない好条件だろう。


『……配下に加われば、我々を保護していただけるのですか?』


「約束しましょう。しかし、知っての通りダンジョンには頻繁に冒険者たちが訪れますので命の保証は出来かねます」


『それはわたしたちも百も承知です。わたしたちの同胞は人間に殺されましたが、日常的には魔物に殺される場合が多いのです。彼らから保護していただければわたしからは言うことはありません』


 確かにブラックドッグに噛み殺されたゴブリンはよく見かけるな。


 魔物たちの社会はまさに弱肉強食。強い者が優遇される世界だ。それは人間を含めた動物たちにも当てはまることだが、魔物たちはさらにシビアな世界で生きている。


 ゴブリンはそんな魔物たちの中でも劣等種と揶揄されるくらい底辺の位置にいる種族だ。個体の戦闘力は人間を辛うじて上回る程度。知性はあまりなく、ただ繁殖能力に優れただけの種族だ。弱肉強食を旨とする世界では真っ先に狙われる種族でもある。


 そんな彼らからすれば、他の魔物に襲われないというだけで意味のあるものなのだろう。


「私の傘下に加わる魔物たちは皆が仲間です。配下の者たちが君たちに手を出すことはないでしょう。外から魔物が訪れることも滅多にありませんが、その時は他の配下の者とともに行動させますのでご心配なく」


 キングオーガなどのB級ならいざ知らず、その辺の魔物からすれば強者がうようよしているダンジョンはまさに魔の巣窟に見えるだろう。危険を犯してまでダンジョンに入ることはまずない。


 そういう意味ではダンジョンは彼らにとっての安住の地だ。


『……わかりました。わたしたちは魔王様の傘下に加わります』


 その言葉を聞いた俺は唇の端を吊り上げた。


「交渉成立。これからよろしくね」


 元気よく喚声を上げるゴブリンたち。普段の口調に戻った俺は長に他に魔物が居ないか問いかけた。


『それでしたら、ここから向こうへ進んだところにブラックドッグの巣があります』


 長の指した方角は北西。サーチで知覚範囲を広げると、三キロほど離れたところに生体反応があった。


「じゃあ、そっちにも顔を見せに行くかな。ああ、君たちは先に戻っていいよ、送ってあげるから。向こうにはケルベロスがいるけど、襲い掛からないように言ってあるから心配しないで。んじゃ、また後で」


 腕を振るうとゴブリンたちの足元に青白い幾何学的な模様が描かれた魔方陣が展開された。ゴブリンたちを転移法陣に納めた俺は彼らをダンジョンに向けて転移させる。


「さて、スカウトに行きますかね」


 帽子を目深く被った俺は一息で跳躍し、忽然とその場から姿を消した。後に残ったのは白目を剥いた屍が三つ――。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 
 

 
後書き
【称号解説〈シオン〉】

 氷の女王:全てを凍てつかせるスケイラに認められし者に与えられる称号。水系統魔術の消費魔力、運用効率および威力上昇。

 主従の契約(従):主と契約した者に与えられる称号。『魂の同調』を収得。互いは魂の底から信頼と愛の絆で結び合っている。片方が死亡、および主の意向によって契約は破棄される。主からは常に魔力供給を受ける。

 超越者:レベルが一〇〇〇を超えた者に与えられる称号。不老となる。幸運以外のステータス一段上昇。

 魔王の寵愛を受けし者:魔王からの寵愛を受けし者に与えられる称号。恋人の立場を獲得。

 魔王の妻:魔王の妻となった者に与えられる称号。

 魔王の専属メイド兼秘書:娯楽の神エンディーヌが面白半分で与えた称号。

 愛の性奴隷:愛の女神リオンに認められし者に与えられる称号。この称号を所有する者は大抵、異性に対し一途な想いを寄せている。



【ギフト解説】
 精霊の加護:四大精霊のうち一柱の上位精霊に認められし者に与えられる加護。このギフトを所有している者は一部上位精霊および全系統の下位精霊の恩恵を受ける。

 魔王の加護:魔王風間八雲により与えられる加護。系統魔術の適用力上昇。魔に属する者の言葉が何となく理解できる。生命維持の危険に陥った場合魔王に知らせが走る。このギフトを所有している者に対して危害を加えた者は魔王の換気に触れる。

 戦女神の加護:戦女神シルヴィアに認められし者に与えられる加護。『戦を司る女神の戦歌』を収得。戦女神シルヴィアを召喚することが可能となる。

 恋の女神ミオラの好敵手:恋の女神ミオラに認められし者に与えられる加護。このギフトを所有している者はミオラの恋の好敵手である。
 
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