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大魔王からは逃げられない

作者:月下美人
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第一話



 コルドヤードという地域はここから約百三十キロほど離れた場所に位置する。普通に歩いて行ったら六日は掛かる距離だ。しかも地上では俺たちの顔は知れ渡っているため、人里に近づけば騒ぎになる。それは面倒だ。


「ではどうするのですか? コルドヤードはバルハルト国の向こうにありますから、どうしても人目につきますよ」


 ソルに【迷宮の指輪】を渡し、仲間たちと別れを告げた俺たちはアリアードの入り口付近を歩きながら、どうしようかと話し合っていた。


 意外だったのがダンジョンを抜けると言った時の仲間たちの反応が快く見送ってくれたという点だ。とはいってもその多くが男たちで女たちは別れを惜しんだが。


 なんでも俺なら仕方がないとのこと。どう仕方ないのかじっくり聞きたいところだが、俺自身妙に納得しているところがあった。フェリスを始めとした女たちには一息がついたら招待状を送るということで一応の納得をしてもらった。


 斜め後ろに控えたシオンがもっともな意見を言う。


「うーん……ここは空から行きますか」


「あら、久しぶりにご主人様のアレが見れるのですね」


 どこか嬉しそうに微笑むシオンに離れてもらう。十分に離れたことを確認した俺はその場で服を脱ぎ全裸になった。……別に露出狂の気はありませんよ?


「ではいきますか。――形態変化、モデル【ドラゴン】」


 骨格が歪み、鈍い音とともに姿を変えていく。視線は一気に高くなり、シオンの姿がミニチュアサイズへと変貌した。否、変貌したのは俺だ。


 一八〇センチの身長を持つ人間が今では四メートルオーバーの赤い鱗を持つレッドドラゴンに様変わりだ。


「……相変わらず惚れ惚れするほどの変身魔術ですね。完全変化を行える者がこの大陸上に一体何人いるやら」


 この変身魔術は消費する魔力が膨大な上に習得が難しいため使い手はあまりいない。全身を変化させることが可能、かつ質量も変化できるほどの技量を持つ者は俺が知る中でも五人だけだ。まあこの大陸は広いから俺の知らない使い手がいるかもしれないが。


 人間のような声帯がないため念話で話し掛ける。


【ほら、乗って。直ぐにここを発つよ】


 脚を屈めて乗りやすいように伏せる。


 俺の衣服を丁寧に畳み手提げカバンに仕舞ったシオンは跳躍して背中に飛び乗った。過去に何度か乗ったことがあるため直ぐに体を固定しやすい位置である翼の付け根付近に陣取る。


「いいですよ」


【ん。じゃあ行きますか】


 翼を大きく広げて大空へと羽ばたく。まだ陽は登っているため自身の回りに認識阻害と防風の結界を張った。


 流れる景色を見下ろしながらシオンが口を開く。


「この調子でしたら夜までには着きますね」


【そのくらいだね。大体八時間のフライトか。途中で休憩を挟みながら向かうとするよ】





   †     †     †





 途中に小川があったため、そこに降り立ち遅めの昼食を取ることにした。


 人型に戻った俺は『倉庫』から肉と野菜、バーベキューセットのような器具と皿を取り出す。


 ついでに熊が鮭を取るかのように素手で魚を弾き食料を確保する。食料はあって困るものでもないしね。


 テキパキと食事の支度を済ませるシオンは俺の皿に焼けた野菜を置いた。


「ご主人様、肉だけでなく野菜も食べてください」


「えー、野菜嫌いだもの」


「子供ですか……ほら、あーん」


 やれやれと肩を竦めたシオンは箸で人参を掴むと差し出した。ご丁寧に手を添えて『あーん』などされたら俺に抗う術なんてないじゃないか!


 渋々固く閉ざしていた口を開ける。うぅ、苦い……。


「よく食べましたね。いい子いい子」


「……子供じゃないんだけど」


「好き嫌いがあって自分勝手なんですから、大きい子供のようなものです」


「むう……」


 何も言えなくなった俺は大人しく箸を動かすことにした。


 食事を終えた俺たちは一服も兼ねて近くの木陰で昼寝をすることに。シオンの膝を枕に眠る俺の髪をメイドさんの指が優しく撫でた。





   †     †     †





 一時間ほど睡眠を取った俺は再びドラゴンに変身して大地を飛び立った。


 蒼天の空を飛び続けること四時間、ついに目的地であるコルドヤードへ辿り着いた。


 魔力を探ると、直ぐにダンジョンを見つけることができた。


「ほう、ここか」


 ダンジョンの入り口は洞窟の中にあるらしい。ぽっかりと闇に覆われた洞窟の中へと入り凹凸のある地面を踏みしめながら先に進む。


「おや? これはまあ、なんと」


「ケルベロス? 地獄の門番がなぜこんなところに……」


 ダンジョンの入り口となる階段は洞窟を入って五十メートルほど先にあった。


 元々、古代遺跡だったのか太い二本の石柱が天井へと伸び、石柱を挟むように階段が存在していた。


 そして、まるでここが俺の住み処だとでもいうように三つの頭を持つ巨大な体躯のケルベロスが階段の前で横たわっていた。俺たちの気配に気がついたのか頭を持ち上げたケルベロスは低い唸り声を上げてこちらを威嚇している。


「さて、どこかで次元が繋がって地獄から流れ着いたのかもしれないな。いやー、それにしても大きいねぇ」


 見上げるほどの巨体は優に三メートルはある。


 たまにこの世界と別次元が繋がり色々な道具や魔物が流れ着くことがある。その現象は非常に稀なのだが三百年ほど前に異界のラビットホビットという魔物が流れ着いたという文献があった。ウサギのような愛らしい見た目とは裏腹に魔王級の力があって当時は大参事になったとか。


「そんなことを言っている場合ですか。私が相手をしますのでご主人様はお下がりください」


 俺を庇うように前に出るシオン。標的を俺からシオンに変えたケルベロスはメイドを睨み付けながら、今にも襲い掛かってきそうだ。シオンの肩に手を掛け引き留める。


「こんな場所で暴れたら洞窟が崩壊しちゃうよ。俺がやろう」


 グルルゥ……、と牙を剥いて低い唸り声を上げるケルベロスの前に立った俺は番犬の目を真っ直ぐ見つめた。


「俺たち、その奥に用があるのよ。通してもらえませんか、ねっ」


 魔力を解放し威圧を発するとビクッと震えたケルベロスは目に見えて怯え初めた。


 逃げようにも出口は塞がれ背後は行き止まり。高まる魔力は瞬く間にケルベロスの保有する魔力の倍に達した。


 悲鳴にも似た咆哮を上げたケルベロスは股の間に尻尾を入れるとその場で附せた。クゥン、と甘えるような声を出したその姿はもはや番犬としての面影はない。


 服従のポーズを取る番犬に近づき真ん中の頭の鼻を撫でる。


「流石はご主人様。矛を交えることなくケルベロスを制圧しましたね。ところでそのケルベロスはどうするのですか?」


「そうだねぇ……。この子がここにいるということはシオンの言う通り、まだダンジョンを踏破した者はいないと見ていいだろう。戦力は確保しなければならないから、このまま俺の配下に加えますか」


「それがよろしいかと」


「どうかな。俺に着いてくる気はあるかい?」


 ケルベロスは一声上げると、その大きな舌で私の頬を舐めた。


「おっとっと……ふふっ、これで決まりだね。さて、ではまず体を小さくすることは出来る?」


 高位のケルベロスは自身の体を小型犬のサイズまで小さくすることが出来る。『解析眼』で視たところ、この子のレベルは五三四のため恐らく可能だろう。


 コクンと頷いたケルベロスは体を縮めていき、瞬く間にチワワサイズに変化した。


 ちなみにケルベロスの頭の内の二つは魔力で形作ったものである。実態はあるが本体ではない、いわば質量を伴った魔力といったところだ。宮廷魔術師たちの話によると威嚇のようなものらしい。俺はこんなに恐ろしいんだぞと言いたいのだろう、タコが墨を吐くように。あれ、違ったっけ?


 今は警戒を解いてくれているのだろう。頭を構成していた魔力を霧散させているためケルベロスの頭は一つだ。こうしてみると、本当にただの犬にしか見えない。しかも意外と可愛い。ソフト〇ンクのCMに出演できるのではないだろうか? お父さん犬の息子的なポジションで。


「あら可愛い」


 確かに今のケルベロスはぬいぐるみのような愛嬌がある。ミニケルベロスは大きくジャンプして俺の肩に乗っかった。まったく重くないのですが、質量保存の法則とかどうなっているのだろうか。まあ、それを言ったら俺の変身魔術も大概だけれども。


「ところで、その子に名前は付けないのですか?」


「名前? うーん、ケルベロスだからケロちゃんなんてのはどう?」


「却下です。どことなくカエルを彷彿させます」


「むぅ……ならダーシュなんてのは?」


「ダーシュ、ですか。どこらか出てきた名前なのかは知りませんが、ケロちゃんよりは幾分マシですね。それにしましょう」


「なんで上から目線……」





   †     †     †





 ダンジョンの中は暗闇に支配されており光源は一つもなかった。


「まあ、生まれたばかりだから明かりなんてないよね。〈ライト〉」


 三十センチほどの光球を出現させた俺は足元を照らしながら無音の中を進んだ。壁は土で出来ており、通路の幅は二メートルにも満たない。


 道は一本道。途中で分岐することもなく直線がいつまでも続いていた。


「光……」


 目を細めるシオン。その視線の先には確かに光が射し込んでいた。五百メートルほど暗闇の道を進み、ようやく開けた場所に出る。


 ドーム上の空間は天井から光が溢れている。見上げると所々に水晶のような物体が生えていた。


「魔光石ですね」


「だね。天然物は久しぶりに見たね」


 魔光石というのは鉱石の一種であり、大気中の魔力に反応して発光する特徴を持つ。通常は水晶玉のように加工して特殊な術式を刻むことで電球代わりに使用する。


 ダンジョンにある魔光石は大抵地下深くに眠っているケースが多いため、第一層で目にするのは珍しい。


 採石する必要もないし、幸先が良いな。


「ご主人様」


「ん? おっ、やっぱりあったか!」


 シオンが指差す先には円上に窪んだ壁の中に淡い光を放った指輪が浮かんでいた。迷宮の指輪だ。


 指輪を手に取り右手の中指に嵌める。


【指輪所持者を確認。マスター情報を登録します】


 どこからともなく機械的な女性の声が聞こえてきた。一度は行った過程なので難なく情報を登録する。


【マスターのお名前を登録して下さい】


「狭間八雲」


【次にダンジョンの名前を登録して下さい】


 名前か。率直にラビリンスでいいか。


「ラビリンス」


【最後にマスター識別情報を登録します。登録が終わるまで指輪を外さないで下さい。……登録完了。マスター情報を登録しました。ダンジョンの説明をしますか?】


「頼む」


【わかりました。現在、ダンジョン『ラビリンス』は全一階層、レベルは一となっております。これはダンジョン内で外敵である冒険者などを撃退することにより得られる経験値によって変動します。経験値が一定数を越えることによりダンジョンのレベルが上がり、それに伴い特典が付与されます】


 目の前に半透明のスクリーンが現れた。スクリーンには現在のダンジョンの見取り図が写し出されている。


 マップ画面には黒いブロック状のマス目に覆われる形で、白いブロック状のマス目が一直線に伸び、その先が円となっている。円の中央には青色の光点がポツンと存在していた。この青色の光点が俺なのだろう。


【青の光点はマスター、緑の光点は配下、赤の光点は外敵を表します。指輪を破壊された時点でダンジョンは機能を停止し、一時間後に全エリアが崩壊しますのでご注意下さい】


 新たにスクリーンが写し出される。


【ダンジョンの改築はこちらの待機画面から移動ができます。待機画面は音声入力もしくは動作入力により呼び出せます。音声入力では『コマンドオープン』、動作入力では指輪を素早く二回叩いて下さい」


「ふむふむ、操作方法はアリアードと同じか」


 指輪を二回叩くと待機画面が表示された。画面にはダンジョンステータス、改築、マップの三項目がある。


【ダンジョンステータスではダンジョンのレベル、階層、配下の位置および状態などダンジョン内の詳細を知ることが出来ます】


 ダンジョンステータスの項目をタッチするとスクリーンが変わり現在のダンジョンの状況が表示された。そこにはレベル一、全一階層、配下数ゼロ、部屋数ゼロ、罠設置ゼロ、捕獲者数ゼロとある。シオンたちを配下に登録していないからこの配下数はゼロだ。この配下に登録するのもダンジョンステータスから行える。


【改築ではダンジョンポイントを消費することでダンジョンをマスターの意向に合わせて改築することが可能です。ダンジョンポイントは外敵を撃退することで経験値とともに得ることが出来ます。また経験値を習得することでレベルが上昇し、一定値を越えると新たな階層を追加することが出来ます】


 ダンジョンポイントというのはDPで表示される。これを使い、ダンジョン内に通路や部屋、罠などを設置することが出来る。外敵というのは冒険者が多数を占めるが中には魔物も含まれる。要はダンジョンマスターである俺に敵意を抱く者すべてが該当するわけだ。


 ダンジョンの運営を始めた初期の頃はなかなかダンジョンポイントが貯まらないため、通路などはすべて手作業で行わざるを得ないらしい。俺はアリアードを譲り受けた身からそのようなこととは無縁だったが、これからはそうも言っていられないんだな……。


 階層はアリアードでは五レベルにつき一階層が追加される設定だ。ここでもそうだとは限らないが基本的な設定は変わらない様子だから恐らく同じだろう。


【マップではダンジョン内の構造を確認することが出来ます。光点に触れることで対象の詳細を知ることが可能です】


 試しに自分の青色の光点をタッチしてみる。



〈狭間八雲〉
 性別:男性
 レベル:二三七五
 称号:異世界の訪問者、不死殺し、主従の契約(主)、神殺し、超越者、魔王、魔を総べる者、動物王、好色王の資質
 ギフト:天使長の加護、精霊王の加護、幻獣王の加護、竜王の加護、未知なる者の加護、淫魔の女王の愛、恋の女神ミオラの愛



「ふむ、特におかしな点はないな」


 俺のデータが書かれた小型スクリーンを消す。


【以上でダンジョンの説明を終了します】


 女性の声が途切れると、眼前に投影されていたスクリーンがすべて消えて無くなった。


 シオンに向き直った俺は早急に片付けなければいけない案件を割り出す。


「侵入者は私とダーシュで対処できますので、まずは生活空間の確保ですね」


「だな。とはいってもDPはゼロだから自分たちの手でどうにかするしかないか」


 入り口に陣取っていたダーシュが居なくなったため、近いうちにでも冒険者がやって来るだろう。それまでの間に部屋の一つや二つは確保しておきたい。


 俺は指輪が置いてあった場所の真ん前に椅子を『倉庫』から取り出した。仮にも魔王の根城だ。ただっ広いだけの広間では味気ないためアリアードの【玉座の間】を参考に少々改築する。


 とはいっても然程大それたことはしていない。広間の奥の方に玉座のような無駄に凝った椅子を置き、八段の小さな段差を作って上座にしただけだ。


 この広間は今後【ラビリンス】の中枢となる場所のため、少しでも威厳を持たせたいからな。光量を調節して顔に影が出来るような演出も作る予定だ。


「〈テラーバイト〉」


 足元の影が広がり壁を覆うと、覆った部分が影に呑まれて消失する。瞬く間に壁を飲み込み十畳ほどのスペースを確保した。地系統の上位魔術で鉄製の扉も作る。


「シオン」


「はい。――土の精霊たちよ。我が声を聞き、力をお貸し下さい」


 土の壁から黄色い光を放つ光球がいくつも現れた。精霊の中でも下位の存在だ。


 ふよふよと漂う精霊たちにシオンが優しく語りかける。


「この部屋の壁が崩れないようにお願いします」


 言語能力が無い下級精霊は意志を表すことができない。しかし、精霊の加護を受けているシオンや俺は彼らが肯定の意を示していることに気が付いている。


 精霊たちは再び土の中に戻って行ったが、壁の強度は今までとは比べ物にならないものになっているはずだ。そう簡単には崩れないだろう。


「さて、急増ではあるけど取りあえず部屋はこれで良しと。あとは家具の類か」


『倉庫』から机と椅子、ベッド、書棚、ワードロープを取り出す。最低限の家具だがちゃんとした部屋が出来るまではこれでいいだろう。


 同じ者をシオンの部屋にも用意した俺たちは開けた空間に出て夕食を取り、その日は寝ることにした。

 
 

 
後書き
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