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IS【インフィニット・ストラトス】《運命が変わった日》

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【第501話】

 日付が変わり深夜、本来なら寮の通路を出歩いてはならない時間帯だが俺は自販機に二人分の飲み物を買いに歩いていた。

 ……さっきまで、未来と――。

 初めての本番行為――それも相手は幼なじみで昔から好きだった子が相手だ、未だに夢じゃないかと俺は思ってしまう。

 これまで本番手前までなら何度かあるが、最後までってのは――。

 さっきまで淫らに喘いでいた未来が脳裏に過ると、それに反応してかむくむくと欲望の塊に血液が集中するのを感じた。

 不味い――幾らなんでも深夜に寮の通路を勃起したまま歩くのは、誰かに見つかれば変態扱いされてしまう。

 そう思うや俺は急ぎ足で自販機へと向かった。

 自販機コーナー目前、不意に話し声が聞こえてきて俺は息を潜めた。

 自販機コーナーの先の曲がり角――そこから声が聞こえてくる。

 今飲み物を買えばその音に気付かれる恐れがあるため、俺はそっと曲がり角から様子を伺うと其処には一夏と織斑先生が居た、一夏の格好がタキシードなのは……多分テレシアからの帰りだからだろう、篠ノ之の酔いをさまさせていたのかは定かではないが、終電ギリギリか或いはタクシーで学園まで戻って来たのだろう。


「千冬姉」


 その一夏の言葉に、張り巡らせていた思考を一旦停止させる。

 織斑先生はため息をつくと――。


「織斑先生と呼べ」


 そう小さく一喝する、人が居ない前でも公私混同しないのだろう――そして一夏は言葉を続けた。


「その……家族のことなんだけど……」


 家族――その言葉に、俺は不意に前に襲ってきた亡国機業のマドカを思い出した。


「その、俺達以外に……家族っているのかな……」


 一夏の言葉に無言のままの織斑先生、その瞬間辺り一帯の空気が一気に緊張に染まる。

 あれだけ顔のそっくりな人間はそうはいない――双子……にしてはマドカと名乗った襲撃者は若すぎる。

 俺が考えを張り巡らせる中、一夏は――。


「い、妹、とか……」


 そう口にした、だがその言葉を織斑先生は一蹴する。


「いない」


 短い言葉だが、俺にはそれ以上聞くなという意思表示にも聞こえた。


「いや、でも……」

「私の家族は昔からお前だけだ、一夏」


 織斑先生がそう告げると、僅かに笑みを溢した様に見える、そして止めていた歩みを進めた。


「ちふ――」


 一夏はそれ以上食い下がれなかった――。

 そして、俺自身もその謎が胸につっかえたまま、織斑先生が通路の向こうに消えていくのを様子見した。

 謎はあるが、この時間帯に出歩いていた事実がバレなかったという安堵の思い。

 気付くと一夏も既に居なく、俺は自販機で二人分の飲み物を購入して自分の部屋へと戻っていった。

 一方その頃――暗闇に飲まれた室内で、投影ディスプレイの明かりが煌々と輝く一室。

 明かりに照らされた室内には、用途不明の機材の数々と、未使用のISコア複数が乱雑に置かれていた。

 その一室の中央、腰掛けた椅子に凭れかかり、ディスプレイを眺める女性が一人。


「……ふーむ。 システム稼働率があがってきたのはいいけど、原因不明の搭乗者拒否……かぁ。 ……まあそっちは、此方が幾らでも出来るから雑作もないことだけどねー」


 言いながら空中投影されたキーボードを叩き始めた女性――篠ノ之束だった。


「それにしても、あれだけ用意した『ゴーレムⅢ』とその強化型である『ハーミット』が破壊されちゃうとは予想外だったなぁ。 ……後、あんな連中が出てくるのも想定外だし」


 あんな連中――遥か上空、成層圏で戦いを繰り広げたイルミナーティの事だった。

 だが、束の技術を持ってしてもそのボスである【ウィステリア・ミスト】の機体の出所が分からない、そもそも登録されたコア及び登録されてないコアですら把握している束がその機体が分からなかった。

 イレギュラーな存在だが、束にとっては道端の石ころ程の存在にしか感じず、考えるのを止める。

 だが――。


「それにしても……あの銀髪はしぶといねー。 今回の舞台で、退場願う予定だったのにさー」


 そんな独り言をごちりながら、表示されたパーソナルデータを眺める。

 そこに映し出されていたのは篠ノ之箒のパーソナルデータだった。

 それを眺めながら思案する束、クスッと口角を吊り上げて笑みを溢すとそのデータを纏めた。


「でも、ちーちゃんが出撃しなかったのは予想外だったなぁ」


 成層圏で撃破された機体と学園上空で撃破されたのを除いたとしても、規模的に見て千冬が事態を収拾すると思っていた――無論、有坂ヒルトを退場させた上での目論見だが。

 初代『ブリュンヒルデ』の座に導き、日本製第一世代型ISである【暮桜】を駆って――。


「ちーちゃんが持ってる筈なんだけどなぁ……。 んー……」


 顎に手を当て首を傾げる束――と、閃いたように表情が花開く。


「そっか、そっか。 ちーちゃんならあそこに……ふふん」


 無邪気な笑顔に潜む悪意、だがそれを見抜ける人間は今この場には誰も居ない。

 ――と、背後のドアが開く、背の低い華奢な少女が一人入ってきた。

 流れるような銀色の髪――だが、束が忌々しく思っている男のそれとは違う色合い、純粋な銀色の髪で腰まである髪を太い三つ編みにしていた。


「束さま」


 そう声をかけた少女、手に持つトレーの上には黒ずんだ何かが乗っていた。


「やあやあ、くーちゃん。 どうしたの?」

「あの、パンが焼けました」


 そう言って見せる黒ずんだ何かはパンだった、形からかろうじてパンだと認識は出来るものの、半分以上が炭化しているそれを食べようとするものは居ないはずだった――だが、束は瞳を輝かせてそれにかぶりつく。


「んー、うーまーいーぞー」

「嘘です。 不味いに決まっています」


 少女は料理が苦手だ、それを人に――それも、自身にとってこの世の全てよりも重い、かけがえのない人に失敗した料理を振る舞うのは本意ではなく、正直申し訳ない気持ちの方が先行していた。

 黒ずんだ炭もどきを全て平らげる束に、黙ったまま立っていた。


「ねえ、くーちゃん」


 呼ばれて意識をそちらに向ける少女、だが彼女はその瞼を開くことはなく、ずっと閉じていた。


「あのね、ちょっとお使い頼まれてくれないかなぁ?」

「何なりと」


 そう返事を返した少女に、束は不満だったのか唇を尖らせて――。


「もー、堅い。 堅いよー。 くーちゃんは、束さんの事をママって呼んで良いんだよ?」


 ママ――いつかそう呼べたら……そう思う、だが今は……。


「それで、使いというのは?」


 一旦考えていたことを頭の隅に追いやる少女、束に使いの内容を聞いた。


「うん。 届け物をして欲しいんだよねー」

「わかりました。 場所は何処でしょうか?」


 そう尋ねた少女に、束は答える、差し込む月明かりに照らされた束の笑顔には何処か狂喜が見え隠れしていた。


「IS学園、地下特別区画――」 
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