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ビロング/ビサイド

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ビロング

定位置の一人掛けのソファにいる。肘掛の上に膝を乗せたジョンが上から僕にキスをする。ソファから僕は逃げられない。逃げたいのか、ただ混乱しているのか、急いで顔を避けて口を指で隠す。
ジョンは怯まない。右手が頬を覆い、戻し、僕の指の上に続ける。
「これが君の望みだ。恐れるな」
僕の望み。ガラスのマインド・パレスが遥か彼方からパタパタパタと閉じてくる。閉じると僕は一人でソファにいる。いつもの書斎、右手に暖炉、立って本を開いているジョンの背中。冷めた紅茶。眩いマインド・パレスから戻るとロンドンは暗く色濃い。
ジョンに恋をした。頬を熱くして僕は目を落とし、マインド・パレスが告げた現実を受け容れようと努力する。それがあの部屋の使い方だから。

「指でする?」
囁きながら握られる(握る)。動かし始め、首すじに唇をつけ、
「それとも、舌でしようか」
ジョンは慣れているみたいだ。僕はそこでいってしまう。自分で。これはマインド・パレスの出来事ではない。拙い性的妄想だ。たとえばバスルームから出てくる時も肌を見せないジョン。身体の傷を想像して吐く息が熱くなる。恋や衝動はコントロールできない領域だ。抑圧するのは無駄なことだ。ジョンを誘う。彼が拒む理由をいくつでも思いついておびえるのが恋だと思った。厄介なことだ。

ケリをつけよう。夕食の後、軽く飲んでただの夜に。ジョンは PC に向かう背中。
「君は? 依頼がないと退屈が続くな」
「そうでもない。僕から君に頼みがある」
「聞こう」
「キスしてくれないか」
キーボードの音が止まる。振り向いた顔は眉を上げて考える表情。
「クスリはやってないようだな」
「クリーンだ。夢で見たんだ。試したい」
「僕を試す?」
「自分を」
ジョンが立ち、デスク側の肘掛に横坐りする。手の甲で髪に触れるか触れないか。僕は見られなくて前を向いたままでいた。
「キスだろ。こっちへ」
傾けた顔に軽いキスが落ちて離れた。なんて軽い。
「こう?」
「…そうじゃないんだ」
「そうだよな。君が誘うなら」
近くて声は囁きになる。息が熱くなる。もう一度触れた唇を離さずに、ジョンが上に乗ってきて、瞬間、マインド・パレスがフラッシュバックする。僕は予め全てを知っているのか? それとも、出口のない妄想の中。入ってくる舌は熱く生々しい。パニックは去り、時間が流れ始める。何分か味わって、ジョンが焦れているのを感じる。
「シャーロック、僕はゲイじゃない」
「聞き飽きてる」
「どうするんだ」
「夢では見てない。イマジネーションが弱くて」
「経験不足だ」
ガウンの紐を引かれた。前がはだけて手が触れてくる。声が出る。下には何も着ていない。ジョンに迷いがないことが、つまり、うまく運びすぎることが僕には不審だ。どこまで? …どこまで許されるのか。探る手が追い立ててきて身をよじる。
「ジョン、ジョン、ここじゃもう無理だ。ベッドへ」
「ベッドに行ったら、もう実験じゃない。わかってるのか?」
「僕はいつも本気だ」
「僕もさ。君のベッドでいいの?」
ソファから立ち上がったジョンがむしるように服を脱ぎながら先に歩く。小さくて筋肉質の身体だ。左肩の銃創が見えた。セクシーだ。追いついて寝室のドアを開けた。ガウンは脱いできた。最後に靴を蹴り飛ばしてベッドに上がった。胡座で向かい合って少し照れる。ベッドライトのほのかな明かりで顔が見える。
「寝室は初めて入った」
「散らかしてる」
「言っておくけど、僕がゲイじゃないっていうのは」
「うん」
「立たなかったら恥ずかしいから」
そして俯くので、つられて見る。半立ちくらい…?
「喋ってると萎える。やろう」
軽く腕を広げるので脇に差し入れて抱く。ジョンは力を抜いて前に身をまかせてくる。ヒトの身体は重い。裸の人間に裸で触れるのは初めてだ。胸を合わせて抱きしめた。倒し、上に乗る。今度は僕が上からキスをする。だんだん熱が入っていき、ジョンも応えた。唇を額へ、頬へ、喉へ。左手で支えて手も使う、腹から胸へ撫で、ジョンが唸るように喘ぎ始め、ますます昂ぶる。バイオリンと同じだ。
「シャーロック、僕に入れられるか? できるか?」
喉の奥から苦しそうに言う。苦しいのは僕も同じだった。昂りをどうしたらいいかわからなくて。
「自分の唾で濡らすんだ。滴るくらい」
這い上がった彼がベッドボードにもたれて座る。手のひらに唾を垂らして塗った。僕の首に腕を回し、脚を上げて腰に絡めてくる。
「進んで」
「どこだ」
「僕もよくわからない」
身じろぎをして探る。あ、当たった、そこに体重をかけてくる。僕も進んだ。肉と肉が絡んで引きつれる。抱えた腰から背の筋肉が激しく反応する。僕の肩につけた頭から抑えられない声が上がる。しがみついてくる。
「動け。引いて突け」
「動いたら、いってしまう」
「いっていいんだ。中に出せ」
彼の背中を壁に押しつけて動いた。中は熱い。折り畳まれたジョンは苦しいだけだろう。突くたびに息を詰めた。すぐに絶頂が来た。通り抜けて出てゆく。脈を打つ。快感の波が引く前に抜いた。ジョンを楽にしてやる。中から流れ出してシーツが汚れた。
「ジョン」
「平気だ。少し休ませて」
息が荒いまま仰向けに寝転がる。左肩の傷にキスをした。
「煙草吸っていい?」
「灰皿見えたよ。隠れて吸うなよ」
ジョンがどうしてここまでするのか、考えられなかった。快感は大きく、虚脱感がくる。煙草一本分、思考が遅回しになる。ジョンは僕を拒まない。そんなことができるのか。
「君は、よくなかっただろう」
「どうかな。慣れれば」
「フェアじゃない」
「わがままだな」
ベッドボードにもたれた僕に重なって座ってくる。胸と背が密着する。首の横に頭を寄せ、後ろから耳にキスをする。手が手を取り、愛撫を促す。
「いかせてくれ」
はじめは胸を。毛の中の突起を探り当て、指先で触れる。固くなり、ジョンは呻く。反応して彼のペニスが立ち上がってくるのが見える。腹から下に続く毛をなぞって、そっと握る。手の中の充実感に熱くなる。
「もっと強くていい。自分でやるみたいにするんだ」
「うん」
彼の快感が手のひらから伝染する。左腕は固く抱き、前のめりになって滑らせた。ジョンが合わせて腰を使い始める。尻に当たる僕の勃起も刺激される。
「ジョン、想像するだろ。自分でする時」
「喋るなよ」
「今、想像してる?」
「…男に性器を触らせて、悦んでる。あ、来た。…いく」
自分の手を重ねてジョンが達した。手からシーツに滴る。身をほどき、反転して激しく口を吸いながら今度は僕を握ってくる。
「君も指でいけ」
右肩を押さえられ、キスの合間から息を荒げ、ジョンは巧い。犯されるみたいだ。二回目なのにあっという間に高まって、彼の手の中に射精した。
「これでフェアだろ」
ドサッと倒れて笑う。
「初めて男とやったよ」
「どうして断らないんだ?」
「君にわかるかな。断れない。僕は君のものだ。セックスしても、しなくても」
「これは恋なのか?」
「その気になったのいつだった?」
「昨日」
「昨日かよ」
眠くなってくる。ジョンが見ている。
「僕もここで寝るよ。シーツがひどいな」
「ハドソンさんにバレる」
「喜ばれるだろう」
「それが恥ずかしい」
「寝ろ」
彼の言葉をマインド・パレスにしまっておこう。I belong to you. 彼はそう言った。 
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