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逆さの砂時計

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Side Story
  少女怪盗と仮面の神父 25

 ……ちょっと待て。
 教会・女神像・不届きな利用方法?

「それっ……ってぇ!? ぅわきゃあぁっ!?」

 ようやく拘束を解いてくれたアーレストへ振り返ろうとした途端。
 ミートリッテの体が仰向きにふわりと浮かび、漆黒に染まる空を背負って覗き込んできた金色の目と、視線が重なる。

「すみません、あまり暴れないでください。落ちると痛いですからね?」
「そう思うんなら、即・刻! 足裏を地面に降ろさせてくれませんか!?」
「それはできません。不安定な姿勢を強要してしまい申し訳ありませんが、しばらくの間はこのままで耐えてください」
「なんで!」

 類い稀なる美しい容姿の男性に突然『お姫様抱っこ』されて頬を弛めつつ黄色い悲鳴を上げるのは、恋に夢見がちな花咲く乙女達だけだ。
 自分がしでかしていたことの重大さを思い知らされて混乱している最中の子供に、いったい何の冗談なのか。

「彼らより先に厄介なお迎えが来てしまったので、一旦逃げます。ご自身で走っていただければ楽ですが、貴女は今、思うように走れないでしょう?」
「は? 逃げっ……!?」

 真剣な目つきで周囲を見回す神父の肩をバシバシ叩いたり、頼りなく宙にぶら下がる足先をばたつかせたりする。
 だが、そんなミートリッテのささやかな抵抗など、思いも寄らない両腕の力強さで、釣りたての大魚よりも簡単に()なされてしまった。
 本当に聖職者か、この男。

「あ、ちょっとぉ! アーレストさまズルい! アタシだってまだほっぺにチューしかしてないのにーっ!」

 異変に気付いたマーシャルが、イオーネの素早い刺突を受け流すついでに神父と怪盗を睨みつけ、よく解らない不満を訴えだした。

「まだってなんですか、まだって! 今、ズルいとか言ってる状況なの!?」

(てか、お願い、正面を向いて。危ないから。見た目に切れ味抜群な刃物が貴女の心臓狙ってて物凄く危ないから! 見てるこっちがヒヤヒヤする! なのに、目はずーっと怒ってるし。二重の意味でめっちゃくちゃ怖いぃ!)

 嬉しそうに凶刃を振るうイオーネは狂ってるとしか思えないが、まともに相手を見ずひょいひょいかわして打ち返すマーシャルも相当だ。化物か。
 混乱と困惑と焦燥が混ざるミートリッテの眼差しに、マーシャルは頷き。

「ヴェラーナに見つかる前にアレコレさせて欲しいなあーとは思ってる! 主に、全身を舐……撫で回す方向で!」
「長剣を薙ぎながら渾身のキメ顔で言うことじゃないですよね!? しかも今絶対、撫でるとは違う感じの言葉を言いかけましたよね!? もうヤだ変だよおかしいよ! なんなのこいつらーっ!」

 涙目で絶叫してみても、大人達の物騒な動きは止まらない。
 女性二人は互いの剣をキンキンカンカンと楽器のように打ち鳴らし。
 怪盗を荷物扱いしてる神父は
「皆さんで応戦の準備を始めたほうが良いですよ、イオーネさん」
 と、笑顔で言い残して足先を反転させる。

「あら? 三の隊が追い着いちゃったのね。予想よりかなり早いじゃない。貴女が連れてきたの? マーシャル」
「アタシは預かってた伝書鳥に「さっさとここまで来い!」って書いた紙を持たせて飛ばしただけよ。役立たずを抱えてるのはお互いサマ、ね!」
「あはは! 言えてる!」

 ミートリッテがこの場を離れるからか、神父の肩越しで覗くマーシャルの剣技に鋭さが増した。
 二人の剣(さば)きは、既に目で追いかけるのも難しい速さで、
 実際にぶつけた数と、聴こえる金属音の数が一致してない……気がする。
 それでいて双方に傷一つ付かない辺りが、なお一層恐ろしい。
 やはり二人共、途方もない化物だ。

「とか、感心(?)しててどうするのよ、私! ちょっと待って神父様! 私まだ、貴方にもあの人達にも尋きたいことが!」

 真っ黒な木立の隙間へ潜っても、足下の確認すらせずにさくさく前進するアーレスト。
 たまに腰を曲げたり、上半身を左右どちらかへ傾けるのは、垂れ下がった枝や葉を避けているせいだろう。
 明らかに利いてる夜目をうらやんでいる間にも。
 女性達との距離はどんどん開いていく。

「そんなに焦らなくてもアルフィンさんは無事ですし、貴女の疑問は彼らとイオーネさんが対峙した時に解消されます。ですがそれまでに彼らが貴女を捕らえた場合、貴女が真実を知る機会は二度と訪れません。アルスエルナの領土内に居る限り、イオーネさん達は決して、彼らには敵わない。そして、彼らの願いは『自分達の(ごう)に貴女を巻き込みたくない』でしたから」

 明かりが(さえぎ)られた状態の為、彼の表情はほとんど見えていない。
 その分さらりと告げられた内容に、落ち込んでた苦い感情が再沸騰した。

「アルフィンが無事だなんて、よくもそんなふざけた表現ができるわね! あの子は怪我をしてたのに! ううん。傷付けられたのは腕だけじゃない。いきなり知らない人に拉致され、怪我させられて、どんなに痛かったか……どれだけ怖かったか! 今回の騒動で、あの子の中には間違いなく、人間に対する恐怖心が植え付けられたわ! 貴方が村を裏切ってイオーネとやらに堂々と組みしたおかげで、多分、大人達への不信感も芽生えてしまってる。今後、親しみを持って接しようとする人間が増えれば増えるほど、あの子はいつ誰に傷付けられるか分からない警戒心で、精神的に孤立してしまう! 貴方達が……私達が! そうさせてしまったのよ! 幼い子供を怯えさせて心を抉って孤独にまで追いつめたくせに! 何が神父よ! 何が司教よ! 慈愛の女神に仕える聖職者が聞いて呆れるわ!!」

 ネアウィック村で生活を始めて間もない頃に聴いたアルフィンの境遇は、嫌になるくらい、ミートリッテの過去とそっくりだった。
 似ているどころではない、もう一人の自分だと思えてしまうほどに。
 だからこそ、グレンデルにだけ咲かせる笑顔の意味も充分解っているし、アルフィンには絶対に、誰よりも幸せでいて欲しかった。
 けれど。

 台無しだ。
 イオーネと仲間達の手で。アーレストの言動で。
 ……シャムロックの悪行が原因で。
 アルフィンの心はズタズタに引き裂かれてしまった。

 一緒に積み重ねてきた時間が。
 分かち合えた何もかも全部が。
 アルフィンの中で色を変え、ひっくり返る。

 これからのアルフィンは、村の人達やグレンデルの好意を疑うだろうか。
 それでもと、信じてくれるだろうか。
 どちらにしても、今までのような全幅(ぜんぷく)の信頼を寄せた可憐な笑顔の花は、もう二度と開かないかも知れない。

 なんてことをしてくれた。
 なんということをしてしまったのだ。

 彼女の笑顔を奪うという行為は、単純に物を盗むよりも遥かに罪深い!

「……貴女は優しい。道理を解せない子供らしく純粋でまっすぐな正義感を差し引いても、身近に居る人間に対して優しすぎる。彼らが必死になるのも無理はない。アルフィンさんの為に本気で涙を流す貴女が真相を知った時、正気を保っていられるか……」
「だからもう、そういうのをやめてって言ってるのよ!! 私はバカで鈍い、察しが悪い子供なの! 貴方達大人が知ってて当然、理解してて当たり前のことだって、私は全然解ってないの! 遠回しに言われて納得できる優良な頭を持ってたら、私が盗品を買わせた商人達は一人として死ななかったし、アルフィンもあんな酷い目に遭わせてない! 私が道理を解ってないせいでたくさんの人達が迷惑してるって言うなら、無駄だから、で放置しないで、道理とやらを私が納得するまで丁寧に、はっきり解りやすく説明してよ!! 結果、私が正気を失くすほど後悔するなら、それこそまさしく自業自得ってもんじゃないの!? ねえ!!」

 握った拳がアーレストの肩を何度も何度も強く叩く。

 酷い八つ当たりだ。
 彼は巻き込まれただけだと聴いたばかりなのに。
 彼の言葉通り、全部自分で考えて、決めて、実行して。
 知らなかったとはいえ、ネアウィック村の人達や商人達を護ろうと……
 これ以上シャムロックの被害者を増やさない為に自分を止めようとしてた人達には、邪魔しないでと本気で願ったくせに。

 身勝手だ。
 ああ、確かにミートリッテはどうしようもない自分勝手だ。
 自己責任はどこへ消えたのかと嘲りたくなる。

 でも! これ以上、訳も分からず苦しんだり苦しめたりするのは嫌だ!

 溢れる涙を暗闇へ散らして泣き喚くミートリッテに、アーレストは

「わかりました」

 ピタッと歩みを止める。

「今こそ、貴女の行いのすべてに答えを授けましょう。ですが、事の子細は貴女自身の力で探り当てなさい。人間にとって重要なのは、答えを得ることではなく、自らの力で道を探り、答えを導き出すこと。真実、己を背負って生きたいと願うのなら、思考まで他人に依存してはいけません。それでは、女神の狂信者達となんら変わりないのだから」
「っ……?」

 唇を開いたミートリッテが言葉を放つ前に。
 神父が腹部を膨らませながら大きく空気を吸い込み。
 聴き慣れた中性的な声より一段も二段も低い音で、勇壮な旋律を奏でた。
 一音目から凄まじい声量に鼓膜を殴りつけられ、咄嗟に両手で耳を庇う。



讃えよ、我らが偉大なる王の御名
掲げよ、我らが偽りなき誓いの剣
数多の民は、数多の実りと共にあり
数多の技は、世代を繋ぐ絆の証
数多の法は、栄光の盾となり鎧をまとう

絶えざる秩序に命を捧げよ、神の騎士
いざや天高く、風広く、海深く
(うた)えよ、我らが女神の加護を



 耳を塞いでも頭の奥まで淀みなく響く、大音量の歌声。
 肌を通して内臓にまで伝わる振動は、各所に隠れていた自然界の生物達も驚かせてしまったらしい。
 二人の周辺で、人間とは違う無数の気配がざわりと動いた。

(どこかの街で聴いた記憶がある。これ……アルスエルナ国軍の、軍歌だ)

 王族や貴族に国を護る権限と役目を与えられた、幾百幾千の武装集団達。
 彼らの上位に立つ王国軍が、士気を高める目的で代々受け継いできた歌。

「……この歌が貴女への答えです、シャムロック。はぐらかしも無ければ、誤魔化しも一切ありません。貴女がまだ気付けていないすべてが、この歌に込められています。後は自身で探しなさい」

 声を戻したアーレストは、ふぅ……と軽く息を吐き、足を動かし始めた。
 砂を踏みしめる音と、足先で草を掻き分ける音。
 たまにアーレストの肩を軽く打つ枝葉の音が、解放されたミートリッテの両耳を通り抜けては消えていく。

(軍歌が答え? 私が知りたがってること全部、軍歌が教えてくれてる?)

 アーレストは、はぐらかしも誤魔化しも一切無いと断言した。
 つまり軍歌を理解すれば、一連の騒動に隠された真実も、アーレストが『あいつら』を裏切った理由も、みんな理解できるらしい。

 ならば。

 ミートリッテは腕で涙を拭い、素直に思案する。

(基本的には、女神アリアの名の下に国王陛下の治世を全力で守ろう、って内容だよね? 中盤の民やら技やらの語りは、具体的に何の為に戦うのかを兵士達に自覚させる狙いでもあるんだろうけど……)

 国王陛下に忠誠を誓い。
 女神アリアの加護を願い。
 我らは剣を持ち、剣となって、母国の秩序を守り抜こう。
 では、秩序とは何か。
 すべての民は労働によって実りを捧げる。
 あらゆる技は、あらゆる術となる。

 故に法は人を定め、道を護り、形を示す。
 さあ、剣よ


『お前が守りたいものは、なんだ?』


「え」


『人の世の(ことわり)を認めろ。人間は所詮、人間以上にも人間以下にもなれん』


「だ、誰!?」
「どうしました?」
「声! 女の人みたいな声が!」

 慌てて首を回すミートリッテ。
 アーレストは数秒沈黙し……

「…………まだ、どなたもいらしてませんが?」

 不思議そうに瞬く。

「で、でも! すっごく偉そうな言葉遣いがはっきり聴こえってぇえっ!?」

 ビシッ! と、何かが額に飛んできた。
 腹部に転がり落ちたそれを手に取ってみると。
 親指の爪ほどの、丸っこい木の実だった。
 アーレストが、興味深げにミートリッテの手元を覗く。

「……鳥が落としてしまったのでしょうか?」
「鳥って、夜に木の実を採取したりするんですかね!? あと、上じゃなくて正面から飛んできましたよ!? そこはかとなく悪意を感じるんですけど!」

 地面に放り投げてやろうかと、腕を振り上げて……やめた。
 暗くて判別しにくいが、皮膚で感じる質と形状は、おそらく団栗(どんぐり)だ。
 火を通せば立派な食料になる。
 捨てるなんて勿体ないじゃないか。
 態度では憤慨しつつも、指輪と同じポケットにいそいそとしまう。

「暗い中で動く貴女の額を狙い撃ちできる人間がいるとは思えませんが……ああ。ですが、どうやら彼らは間に合ったようです」
「へ?」
「ほら。貴女にも聴こえると思いますよ」

 アーレストに促されて呼吸を抑え、慎重に音を拾う。

 遠く……ずっと遠くで、風が走っていた。


 
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