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逆さの砂時計

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純粋なお遊び
  合縁奇縁のコンサート 32

vol.39 【そして始まるパーティーナイト】

 夕食の半ば頃から、なにやらロザリアの様子がおかしい。

 それまでは、フィレスさんの案内で摘んできた透明な花の実を眺めたり、プリシラやミートリッテさんやリーシェと普通に談笑していたのに。

 片付けが終わった後は寝室から一歩も出ず、ベッドに飛び込んで固まり。
 かと思えば、奇声を上げながら飛び起きて室内を右往左往したり。
 突然持ち上げた両手で、自身の髪をぐしゃぐしゃに掻き乱したり。
 眉を寄せて「むー」「んああっ」「うぐう~っ」と唸り悶える様は非常に可愛らし……もとい、明らかに悩みを抱えた人のそれで、少々心配になる。

 しばらく黙って観察していたが、ベッドの上で四肢を投げ出しうつ伏せでジタバタと暴れられてはもう、気になって気になって仕方がない。
 ベッドの端に腰掛け、「いったいどうしたんですか?」と尋ねてみれば。
 ロザリアは一瞬硬直した後、横向きに転がって仰向けになり、抱えている枕から真っ赤な顔を上半分だけ覗かせて、ためらいがちにボソッと呟いた。

「……考えてみたらさ……まともに会話してないんだよ、私」
「会話? どなたと?」
「幼女なほうの母さんと」
「…………ああ」

 ロザリア(アリア)の実母、天神(てんじん)の一族の(かんなぎ)聖天女(せいてんにょ)にして『扉』のマリアさん。

 言われてみれば、彼女が顕現して以降なんだかんだ慌ただしい日が続き、彼女とロザリアが落ち着いて話せる環境はなかったような気がする。
 時々中央教会を訪ねてきても、大体どちらかがバタバタしていたから。
 顔を合わせてもすぐに離れ、交わす言葉は二言・三言。
 親子の会話とは言いがたい、かもしれない。

「一ヶ月くらい前に元神殿で別れた時だって、私とは話してなかったし」
「それで急に、何を話せば良いのか解らなくなったんですか?」
「相手は猫耳被ってる幼女だぞ⁉︎ 他に何もない状況で何をどう話せと‼︎」
「猫耳の白い帽子、似合ってましたね」
「こっちは意味が分からなすぎて反応に困るんだよ、ああいうの!」
「私は、あれを購入したのがベゼドラだったことに一番驚きました」
「それも反応に困る理由の一つだがな! なんでよりによって猫なんだ!」
「犬やウサギや熊でもどうかと思いますが……彼の趣味嗜好でしょうか?」
「ヤメロ。母親がアイツの趣味で飾られてるとか、考えるだけで気色悪い」
「正直、私も複雑な気分です」

 ベゼドラの親友で、誰よりもマリアさんを愛していたアルフリードさん。
 私の中に残っている彼の記憶の影響だろう。
 ベゼドラが選んだ衣服をマリアさんが着用している事実には、苦いような微笑ましいような認めたくないような、なんとも言えない感情がよぎる。
 それがベゼドラの好みを反映したものかもしれないと思えばなおさらだ。
 私が選んだ服を、と考えるのはさすがに違うから、口出しはしないが。
 私ではない意識から生じる嫉妬のようなものには、苦笑いするしかない。

「ですが、貴女はそう身構えなくても大丈夫だと思いますよ?」
「何を根拠に」
「ここはプリシラの職場でもありますから」
「…………ああ~~──…………」

 精霊やドラゴンを連れた女神を見て、彼女がじっとしているわけがない。
 何を話そうかと気を揉む間もなく、可愛い素敵遊びましょうの大乱舞だ。
 煩悩に従順なだけか、親子の気まずい空気を吹き飛ばす為かは不明だが。

 プリシラの前では、ロザリアの悩みなど、あって無いようなもの。
 ロザリアも私が言わんとするところを察したのか、スッと真顔に戻った。
 枕を抱えたままモソモソ起き上がって胡座を組み、気まずげに頬を掻く。

「それはそれでどうなんだかな。今の私、めちゃくちゃ甘えてないか?」
「甘え?」
「なにからなにまでお膳立てされて、それに乗っかってる感じっつーか……プリシラの厚意に乗せてもらってるんだろうけど、なんかムズムズする」
「……私達は孤児として育ちましたから。善意には慣れにくいんですよ」
「別にそれが嫌だってわけじゃないぞ。これでも一応、感謝はしてるし」
「ええ、私もですよ。出会ったすべてに感謝しています。一応」

 プリシラに対しては、ある種の恐怖も禁じえないけれど。

「むず痒さを感じるのは、人間としての成長過程だからかもしれませんね」
「乗せられることに慣れろってか?」
「乗せられている今の気持ちを忘れずにいれば、いつか誰かを乗せることにためらいはなくなるかも、ということです」
「……プリシラも、誰かに乗せられた経験があんのかな」
「プリシラが?」
「ためらいとか無縁で乗せようとするから、そういう経験あるんかなって」

 彼女が誰かの厚意に甘んじる姿…………ダメだ。想像もできない。
 乗ったと見せかけて乗せ返し、ご満悦な高笑いを響かせる、なら解る。
 しかし、こんな表現をしていると、そもそも善意なのか、なんなのか。
 そこから議論が分かれていきそうな気もするな。

「プリシラがどうだったか、私にはなんとも言えませんが、一つだけ」
「ん?」
「プリシラを参考に人生設計を立てるのは、絶対にやめたほうが良いです」
「…………まあ、なんとなく解る。命がいくつあっても足りないもんな」
「あの女性がごく普通の人間であるという事実こそ、私史上最大の謎です」
「あれで実は女神だったとか言われても、それはそれでびっくりだけど」
「アオイデーさんの話を聴く前なら、それこそありえないと断言しました」
「やってること自体は、アリアよりよっぽど『慈愛の女神』なのにな……」
「ええ……。そこだけは、私も否定しませんけどね……」

 ロザリアと顔を合わせ、逸らし、二人同時に深く長いため息を吐き出す。

 直後、執務室と応接室を兼ねた部屋のほうから扉を叩く音が響いた。
 先ほどレゾネクトが戻ってきたようだし、マリアさん達も来たのだろう。
 ロザリアも同じことを考えたのか、「ぅぐっ」と呻き声を上げた。

「いつも通りを心がけましょう。……はい、どうぞ」

 うつむいてしまった白金色の頭を撫で、ロザリアの代わりに応答する。
 マリアさんが扉を開けてひょこっと顔を覗かせてくる、かと思いきや。
 やけに慌てた様子で飛び込んできたのは、ミートリッテさんだった。

「逃げてください!」

「「は?」」
「一時間でも二時間でも構いません! ()()()()今すぐここから離れて!」
「……?」

 普段は上流階級の女性に相応しい優雅な振る舞いを心がけていたのに。
 今のミートリッテさんは、焦りを隠そうともせずに声を荒げている。
 ロザリアだけでなく、私にまで「逃げろ」と訴えている。
 現状では誰よりプリシラに近しい人物が、「今すぐここから逃げろ」と。

「…………────ッッ‼︎ ロザリア! 貴女の結界へ行きましょう!」
「へ? なんで?」
「問答している余裕はありません! 今すぐ」

「お出かけの際は必ず私にお伝えください、ロザリア様。クロちゃんもね」

 生存本能で素早く立ち上がり、首を傾げるロザリアと向き合った瞬間。
 ミートリッテさんの後方から、女悪魔の楽しげな声が聴こえてきた。

 ああ……すみません、ミートリッテさん。
 せっかく身を挺して忠告に来てくださったのに。
 私の察しが悪かったばかりに、手遅れとなってしまったようです……。

「ぷ、プリシラ様、縫製室へ行かれた筈では。廊下への扉には鍵を掛けて」
「ええ。だから隠し扉から戻ってきたの。予想通りで微笑ましい限りよ」
「(うああ、やっぱり読まれてたあああ……っ)」
「この分じゃ、貴女が私を出し抜ける日はまだまだ遠いわねえ」

 いえ、貴女を出し抜ける人類など、未来永劫現れないと思います。
 創造神の片割れを扱き使った時点で、規格外である自覚を持って欲しい。

「さあ、ミートリッテ。急ぎマリア様方にお茶を。その後は、解るわね?」
「はい……(微力ながら、お二人のご健闘をお祈りさせていただきます)」
「(貴女の尊い善意(ぎせい)に、心からの謝意を)」

 背後にプリシラを控えた青白い顔のミートリッテさんと頷き合い。
 ロザリアに向き直って、細い両肩をポンと軽く叩いた。

「ロザリア」
「なんだよ、その諦め切った空虚な目。凄く嫌な予感しかしないんだけど」
「これは善意の忠告です。()()()()()()()()()()
「は?」
「無におなりなさい。無こそ唯一の希望。唯一の救済。無だけが真理です」
「新手の宗教かなんかか?」
「忠告はしましたよ。後は一人で頑張ってください。私も無に還ります」
「いやちょっと、マジでなんなの⁉︎ 怖すぎるんですけど⁉︎」

「「ヒント:『人外生物』と『縫製室』と『人形』」」

「……………………げ。」

 お茶淹れに向かうミートリッテさんと、隣室へ向かう私が重ねた言葉で。
 事態を悟ったロザリアが一気に青ざめ、抱えていた枕を落とした。

 オーダーメイドって、計測と合わせに時間が掛かるんですよねえ……。

「無が救済って、失礼ね! 着飾る喜びを教えてあげてるだけなのにっ」

 喜びよりも大いなる苦痛を感じていますが?

「真の喜びは錯誤と失敗を乗り越えた先にあるのよ。ところでクロちゃん」
「(心を読むのはやめて欲しい……)……はい」
「その長い髪、縛り目から毛先まで全部、私にくれないかしら?」
「私の髪を、ですか?」
「嫌なら良いの。これに関して無理強いするつもりはないから」
「他で無理強いしていた自覚はあるんですね」
「受け付ける答えは『是』か『否』、どちらかのみ」
「『是』……ですが。一応、目的だけは聴かせてください。物が物なので、欲しい方には無料で差し上げます、とは、さすがに言えません」
「ミサンガにしたり、枕の中に詰めて毎晩抱えて眠ったり?」
「貴女がそういう方なら、最初から『否』と答えています」
「その程度の信用は得ているようで嬉しいわ。カツラを作る為よ」
「カツラですか?」

 少しくらいは、はぐらかされる可能性も疑っていたのだが。
 予想外に直球で返され、プリシラの隣で足を止める。

「ロザリア様もマリア様も現代ではどこで人目につくか予測できないもの。帽子だけじゃ心許ないでしょ? だから、お二人のカツラを作りたいの」
「そういうことでしたら、お好きなだけどうぞ」

 元々、自分の髪に愛着があって伸ばしていたわけではない。
 綺麗に整えておけば、少なくとも一般信者に不快な印象は与えないし。
 万が一の時は資材として商人に売れるよう、丁寧に扱っていただけだ。
 これがロザリアやマリアさんの役に立つなら、いくらでも差し出そう。

「『女装も合わなくなりそうだし、却って幸運かも』とか考えてたりして」
「…………。」
「女性の髪は長くあるべき、なんて時代は、とうに過ぎ去っているわよ?」
「…………お手柔らかに、お願いします」
「とびっきり優美で素敵な淑女に仕立ててあげるわね♪」
「嫌です。貴女自身で着飾ろうとは思わないのですか?」
「真の美姫は装飾を一切必要としないのよ。私自身が宝石(輝き)なのだから!」

 確かに、貴女の精神は柔剛(じゅうごう)併せ持った強靭な宝石ですね。
 ある意味ではダイヤモンドより強い『ネフライト』辺りでしょうか。
 切り返してもこちらの損傷が大きくなるだけなので、ここは沈黙を選択。
 やはり無は救済なのだと、改めて思う。

「え、えーと、プリシラさん? 私にはクロスツェルがくれた服があるし、なんだったら今借りてるこの長衣のままでも良いと思ってるくらいだし? カツラはともかく、新しい服を作るとか着せ替え祭りとかはありがたいけどできれば辞退したいかなあ~……なんちゃって……」
「もちろん、却下ですわ。ロザリア様」
「デスヨネー」
「ささ、ロザリア様もこちらへいらしてくださいな。可愛らしい雪の精霊が二人を待っていますのよ」
「「雪の精霊?」」

 こちらへどうぞと開かれたプリシラの左腕に誘われて隣室を覗き込むと。
 凄まじい勢いで飛んできた何かが、眉間にビタンッ‼︎ と貼り付いた。
 驚いて、咄嗟に振り払おうと手を上げるが。

「クロス……! 聖天女(せいてんにょ)様が……聖天女(せいてんにょ)様がああっ!」
「え。この声……もしかして、リース?」
聖天女(せいてんにょ)様を止めて、クロスうぅぅーっ!」

 眉間にしがみついた何かが、泣き喚きながら離れて宙に浮かび。
 伸ばした右手でソファーを指し示す。
 そこには、真剣な表情で白い綿玉を伸ばしているマリアさんが居た。
 
「マリアさん? 何をして」
「リースリンデ様が綿の織物なら問題ないと仰るので綿花を差し上げたの」
「大丈夫とは言ったけど! 言ったけどっ!」
「綿の織物って…………ああ…………」

 どういう状況かとリースリンデに目をやり、瞬時に理解した。
 小指より小さな彼女が纏っているのは、いつもの葉っぱ三枚ではなく。
 綿玉をちょっと開いて平らにしただけの薄い塊と、それを留める小針。
 人間でいうところの仮縫い姿だ。雪の精霊とは、うまい表現をする。

 要するに。

「マリアさんは貴女側に回ったんですね? プリシラ」
「ふふ。リースリンデ様に綿製のドレスをと、張り切っておられるのよ」
「だからって、いきなりこんな格好させないで! 葉っぱを返して!」
「仮縫いは大事な工程ですわ、リースリンデ様。今少しお待ちを」
「変な物巻き付けるし、全身ベタベタ触られるし、もうヤダあああっ!」

 助けて、と泣きながら私の前髪にしがみつくリース。
 背後から覗き込んできたロザリアが、「うわ、マジか……」と呟いた。
 私も、マリアさんがプリシラと同じ属性だったとは思いませんでした。

 すみません、リース、ロザリア。
 助けようにも、私は着せ替え好きの女性を止める方法を知らないのです。
 知っていたら、ずっと昔から自分の為に活用してました。

「さ。ロザリア様とクロちゃんも、お着替えしましょうね?」

 艶やかに微笑んだ女悪魔が、私の肩にそっと手を這わせる。
 足下から駆け上がる怖気を、しかし、自分ではどうすることもできず。

「ん。ごめんなさい、リースリンデ。もう一度測定させてね」
「ひっ! い、いや……いやあああああ────っ‼︎」

 立ち上がったマリアさんがこちらへ来て、両手でリースを包み込み。
 問答無用で連れ去っていく。

 今のリースは数分先の自分であり、ロザリアだ。
 私とロザリアは、肩越しに互いの顔を覗き合い。
 それぞれの瞳に果てしない虚空を映し出した。


 ようこそ、無の世界へ。


 
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