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トップシークレット☆桐島編 ~お嬢さま会長に恋した新米秘書~

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抑えきれない想い ③

「でも、会長が俺のこと好きかもしれない、っていうのは納得できるかもなぁ。――今日、会長のところに〈Sコスメティックス〉から春の新作ルージュのCM出演オファーが来たんですけど、会長お断りになったんすよ」

 僕はお冷やで口の中のモゴモゴを流し込んでから、先輩にもあの話を切り出した。

「ん? どうして?」

「今度のCM、キスシーンがあるらしくて。『ファーストキスは絶対に好きな人としたいから』っていうのがその理由だったんすけど、その時に俺の顔をじっと見つめられてた気がして……。あ、もしかしたら俺の勝手なうぬぼれかもしんないんすけどね」

 ハハハ、と照れ笑いなどしつつ、僕はまたチーズ牛丼を匙ですくった。

「……いや。桐島くん、それってあなたのうぬぼれなんかじゃないと思うな。会長は間違いなく、あなたのこと好きなんだよ」

「…………へっ? どうしてそういう結論になるんすか?」

 僕は匙を(くわ)えたまま、先輩に思いっきりアホ面を晒してしまった。これで相手が気心の知れた小川先輩だったからまだよかったが(お互いに異性だと思っていないし)、こういうところではイマイチ決まらない男・桐島貢である。

「だってさぁ、好きでも何でもない異性に、わざわざそんなこと言う必要あると思う? あなたのことを意識してるから、会長もあなたにそんなことおっしゃったし、あなたの顔をじーっと見てたのよ。『その相手はあなたなのよ」っていうメッセージを込めて」

「…………なるほど」

 かつて絢乃会長のお父さまに不倫すれすれの恋心を抱いていた小川先輩が言うと、何とも言えない説得力がある。彼女も同じように、源一会長のことを見つめていたのだろうか。

「っていうか、桐島くんと絢乃会長の関係って究極のオフィスラブだよね。まぁ、立場が思いっきり逆転しちゃってるけどさぁ。……あー、それでさっきのあのボヤキか」

「……………………」

 食べる手を止めもせず、いけしゃあしゃあと言ってのけた先輩を、僕はジト目で睨んだ。反論したいが痛いところを衝かれていたので何も言えないのが悔しい。

「でも、もうじき絢乃会長のホントの気持ち、分かっちゃうんじゃない? ほら、もうすぐバレンタインデーだし」

「……あ。そういえばそうっすね。すっかり忘れてました」

 ――バレンタインデーか。僕もスイーツ好きではあるので苦に思ったことはない。
 まぁ、自覚はないがまあまあモテるので、毎年チョコレートはドッサリもらっていた。……全部義理だが。

「絢乃会長って、お菓子作りが得意なんだってね。じゃあ、もしかしたら手作りチョコとか考えてらっしゃるかもよ?」

「…………いや、どうでしょうか」

 僕はお茶を濁す意味で首を傾げた。先輩の言葉を疑ったからではなく、本当にどちらか分からなかったからだ。
 絢乃さんは会長に就任されてからというもの毎日お忙しく、手間暇のかかる手作りチョコなんぞに()いている時間なんてないんじゃなかろうかと思ったのだ。

「分かんないよー? 高校生ならテスト期間っていうのもあるし、あたしたち社会人より時間に余裕があったりするから。まして、好きな人のためなら尚更だね」

「……………いやいや、まっさかー」

 僕は笑いながら軽く否定したが、少しくらいは期待する気持ちもあったかもしれない。それに、まさかこの翌日、絢乃さんと里歩さんが同じ話題で盛り上がるなんて思いもしなかったのだ。

「――ところで、先輩の方はどうなんですか? ちょっとは新しい恋、する気になりました?」

 言われっぱなしも悔しいので、僕は逆襲のつもりで先輩に恋愛の話題をお返しした。

「どう、って言われてもなぁ。あたし、そんなに早く気持ちの切り替えできないもん。今は仕事に燃えてるの。社長があたしのことすごく気遣って下さってね」

「まさか今度は社長に……とか」

「それだけは絶対にないから。っていうか桐島くん、あたしのことナチュラル不倫体質だと思ってない?」

 ほんの冗談で言ったつもりだったのだが、思いっきり睨まれた。

「いや、そんなことないっすよ。冗談ですって」

「…………どうだかねー。でも、前田くんとはたまにゴハンに行ったりしてるよ。あくまで友人としてね」

「そっすか」

 前田さんの話をしているとき、先輩は嬉しそうだった。
 男女間の友情から恋に発展することもある。大切な人との永遠の別れを経験した先輩には、幸せになってほしいと僕は心から願ってやまない。


   * * * *


「――じゃあね、桐島くん。お疲れさま。もっと自分に自信持ちなよ?」

 店を出たところで、僕は先輩から謎の励ましを受けた。

「ごちそうさんでした。……って、何がっすか?」

「たとえテンプレから外れてても、あなたと絢乃会長の関係は立派なオフィスラブだから。『自分はどの型にもはまってない』なんて落ち込む必要ないのよ」

「…………ああ、そういうことか。そうっすね。先輩、あざっす!」

 これは先輩なりの、僕への慰めであり励ましだったらしい。テンプレに囚われることなく、僕なりのオフィスラブを目指していけばいいんだということが言いたかったんだと思う。


   * * * *


 ――翌日の午後は、冬とは思えない暖かさだった。

「では、僕はそろそろ会長をお迎えに行って参ります」

「ええ、お願いね。行ってらっしゃい」

 僕は三時前に会社を出た。加奈子さんはいつも、絢乃さんが出社されるまで会長室で待たれていた。直接仕事を引き継ぎたかったから、だそうである。
 ――それはともかく、丸ノ内からクルマを走らせること二十分、八王子の茗桜女子の校門前に到着すると、絢乃さんはちょうど里歩さんとガールズトークに花を咲かせながら歩いて来られるところだった。それも、よくよく聞き耳を立ててみるとちょうどタイムリーにバレンタインチョコの話をされているではないか。

「――んじゃ、告るのは別にいいとして、チョコだけでもあげたら? 桐島さんってスイーツ男子だし、絢乃の手作りチョコなら喜んで受け取ってくれると思うよ」

「手作りねぇ……。やってる時間あるかなぁ」

 里歩さんからのアドバイスに対して、絢乃さんはチョコを手作りされることにお悩みのようだった。その前に、里歩さんが何かサラッとトンデモ発言をされていたように聞こえたが、それは聞き流すことにした。

「そこはまぁ、来週はテスト期間だし。休みの日もあるし? あたしも部活休みだし準備とか手伝ってあげられるから」

「うん……、じゃあ……考えてみようかな」

「――『考えてみる』って何のお話ですか? 絢乃さん」

 僕は彼女たちの会話をその部分からしか聞いていなかったことにして、僕の存在にまだ気づいておられなかった絢乃さんに声をおかけした。すると、オフィスでは冷静で落ち着いておられる彼女が思いっきり驚いて飛び上がっていた。
「早かったねー」と彼女が声を上ずらせたことも、いつもは部活に出ていてご一緒ではない里歩さんが一緒だったことも、僕はあえてスルーした。ガールズトークに男がおいそれと首を突っ込んではいけないのだ。


 会社へ向かう車内で、僕は絢乃さんに訊ねてみた。小学校からずっと女子校だった彼女に、チョコを差し上げる相手がいらっしゃるのかを。
 すると、里歩さんや広田常務、小川先輩など女性たちの他に社長と専務のお名前も挙がったがそこに僕の名前はなく、僕の分はないのかと肩を落としかけると、最後にこう言われた。「あと……ね、貴方にも。一応手作り……の予定」と。

「……えっ? 本当ですか!?」

 その言葉に、僕が小躍りしそうになったのは言うまでもない。  
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