トップシークレット☆桐島編 ~お嬢さま会長に恋した新米秘書~
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彼女に出会えたことの意味 ①
僕の両親との顔合わせを済ませた六月下旬、絢乃さんは二泊三日の修学旅行で韓国へ行かれた。
僕にも楽しい旅行の様子を写真とともにメッセージで知らせて下さり、中でも貸衣装だという朝鮮王朝の宮廷衣装に身を包んだ写真は、本当によくお似合いだった。
そして、通訳を兼ねたガイドさんも同行していたのに、韓国語も堪能な絢乃さんがしばしば通訳として駆り出されていたらしい。それだけ彼女が頼りにされていたということだろう。やっぱり彼女は生まれながらにしての、グローバル企業の経営者なのだと思った。
そんな絢乃さんとこんな平凡な僕が恋人同士になり、結婚にまで漕ぎつけようとしていたのはやっぱり運命だったのだろう。
八月には夏季休暇を利用して、絢乃さんと二人で神戸旅行へ行った。厳密に言えば〝出張を兼ねての旅行〟で、メインの目的は仕事の方だったのだが。
「――絢乃、桐島くん。あなたたちに、夏季休暇の間に出張をお願いしたいの。一泊二日で神戸まで行ってきてほしいのよ」
加奈子さんからそう言われたのは八月の頭のことだった。十月に新規開業する篠沢商事・神戸支社の視察をしてきてほしい、と。
「視察自体はすぐに終わると思うから、空いた時間は二人で観光でも楽しんでらっしゃい♪ 婚前旅行ってことで」
〝婚前旅行〟と聞いて、絢乃さんの顔が火を噴いたことは言うまでもない。僕と二人きりで、泊まりの旅行に行くのだから。当然、そこでどんなことが待っているかも想像はされていたのだろう。
僕もそのつもりではあったが、恋人とはいえまだ高校生だった絢乃さんにおいそれと手を出すわけにはいかないし、あくまでも仕事が名目だった。
「…………あの、桐島さん。ホテルの部屋なんだけど……」
ホテルの手配は秘書である僕の仕事だったため、いざ部屋を予約しようとしていると、まだ耳たぶまで真っ赤だった絢乃さんがおずおずと僕の顔を窺いながら切り出した。
「一緒の部屋というわけにはいきませんよね。出張なんですから、シングルルームを二部屋取りましょうか」
「……うん、その方がいい」
僕の答えに、彼女はホッとされたようだった。僕が初恋であり、生れてはじめての彼氏だった絢乃さんはやっぱり、早急に関係を進めようと思われていなかったらしい。
「ですが、淋しくなったら僕の部屋に来て下さっても全然構いませんからね?」
「……………………うん」
イタズラ心が働いて彼女をちょっとだけからかってみると、彼女の方も満更でもなさそうだった。
* * * *
――出張の日の朝はJR品川駅で待ち合わせをして、新幹線で神戸へ向かった。新幹線のチケットもホテルの部屋を予約した後に予約してあったもので、二人ともグリーン車の指定席だった。
「出張でグリーン車なんてもったいないよね。普通車でよかったのに」
絢乃さんはそうおっしゃっていたが、これには僕も同感だった。彼女にとってはこれもテコ入れすべき点だったのだろう。
篠沢商事・神戸支社のビルは三宮の一等地に建てられていた。
このあたりはオフィス街で、他にも保険会社のビルやらメガバンクの神戸支部やらのビルが林立しているエリアだった。それでも少し足を延ばせば旧居留地やポートエリアなどの観光地へ行ける立地で、ビジネスと観光が上手く融けこんでいる神戸という街ならではだなぁと思った。
神戸支社長は川元隆彦さんというまだ三十代半ばの男性で、もちろん会長であらせられる絢乃さんが任命されたのだそうだ。同じ兵庫県の淡路島のご出身だという川元支社長はとても気さくで人懐っこい方で、視察前に接待として僕たち二人にランチをごちそうして下さった。
そうして視察は早く終わってしまい、まだ外も明るかったので、どこか観光にでも行こうかということになった。神戸支社を訪れる前に、ホテルのチェックインも済ませてあったし。
川元支社長に、「どこかおすすめのスポットはありますか?」と絢乃さんがお訊ねになると、
「ここから近いところですと、ポートターミナルにオシャレな水族館がありますねぇ。そこへ行かれはったらどないでしょう」
と教えて下さったので、僕たちはその水族館へと足を延ばすことにした。
〝アートな水族館〟と銘打たれたこの水族館は、一階に大きなフードコートのあるミュージアムの二階から上にあった。
フロアーごとにコンセプトが違う水槽が展示されており、海の生き物以外にも哺乳類が飼育されていたり、通路をリクガメがのっしのっしと〝お散歩〟していたりする。和の雰囲気漂うフロアーや巨大な球体水槽が鎮座するフロアーもあり、SNS映えのためにあるような場所だった。
「わたしもインスタやってたら、間違いなくここの写真いっぱいアップしてるだろうなぁ……」
思いっきりプライベートモードになった絢乃さんのボヤきがすごく微笑ましく思えたので、今度は絶対、仕事抜きで彼女を連れて来ようと僕は決意したのだった。
* * * *
――水族館を思う存分堪能し、一階のフードコートで夕食も済ませた僕たちは夜の七時半ごろホテルに戻った。
各々部屋に入り、僕はシャワーを浴びて持参していた部屋着に着替え――多分、絢乃さんもそうだっただろう――、テーブルの上にノートPCを広げて視察の報告書をまとめていた。
とりあえず一段落したので休憩していると、ドアチャイムが鳴った。
……おかしいな、ルームサービスなんか頼んだ憶えないけど。そう思いながら「はい?」とドアを開けると、そこに立っていたのは真っ白なTシャツにショートパンツと黒のレギンス、その上からパーカーを羽織った絢乃さんだった。足元は素足に室内履きと思しきミュールで、何やら小さなビニール袋を手にしていた。
鼻をかすめるのは、僕と同じボディソープとシャンプーのいい香り。ボディソープはホテルの備え付けだが、シャンプーはおそらく自前のものだろう。
「……絢乃さん! どうしたんですか?」
「湯上りのカップアイス、一階の売店で買ってきたから一緒に食べたいなぁと思って。入っていい?」
ちょっとばかり色っぽいシチュエーションを期待したが、すごく無邪気な訪問理由に僕は拍子抜けしてしまった。
「アイス……ですか。頂きます。……どうぞ」
「おジャマしま~す♪」と言って入室してきた彼女は、ベッドの縁に腰掛けると僕にアイスを選ばせて下さった。僕はバニラ、彼女はストロベリーを選んだ。
「……貢、仕事してたの?」
「ええ。報告書を」
「ありがと。ホントはわたしがやらなきゃいけないのにね、いつもゴメンね」
「……いえ、別に。これくらいお安い御用です」
二人きりの部屋で、甘いアイスを食べながらなのに会話はまったく甘い内容ではなく、僕は「色気ないよなぁ」とこっそりため息をついた。
「――貢が今何考えてるか、わたし分かるよ。この状況、『色気ないなぁ』って思ってるでしょ?」
「……………………はい」
自分の浅ましさに自覚のあった僕は、神妙に頷いた。穴があったら入りたいとは、まさにこのことだ。
「貴方も大人の男の人だもんね。その気持ちは分からなくもないよ。……ゴメンね。わたしがまだ子供だから、貴方にガマンさせちゃって」
「そんなことは……。僕もそこらへんはキチンと理性で抑えてるつもりだったんですけど」
「わたしもね、ホントは貴方と早く次に進みたい。貴方と同じ気持ちなんだよ。だけど……もう少しだけ待ってね」
知らなかった。彼女にも、僕とそうなりたいという願望があったなんて……。絢乃さんは僕が思っていた以上にオトナだった。
「分かりました。大丈夫ですよ、体の関係の方は焦らなくても。僕たち気持ちはちゃんと繋がってますから」
彼女は「うん」としっかり頷き、部屋を出る時、僕といつもより深く長い口づけを交わしたのだった。
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