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トップシークレット☆桐島編 ~お嬢さま会長に恋した新米秘書~

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前を向け! ②

 ――翌朝、僕はトースト一枚と自分で淹れたコーヒーで簡単に朝食を済ませ、いつもどおり出社した。

「――おっす、久保」

「おう。……桐島、なんか今日ご機嫌だな。ゆうべ何かいいことでもあったん?」

 総務課のオフィスに入ってすぐ久保に声をかけると、フリードリンクの抹茶ラテを飲んでいた彼がバケモノでも見たような口ぶりで言って首を傾げた。

「俺が機嫌いいとなんか不都合なことがあるのか、お前は」

「うん、なんか気味わるい」

「…………」

 僕もフリードリンクのマシンでブレンドコーヒー(微糖・ミルク入り)を紙コップに(そそ)ぎながら質問返しをしてやると、ヘラヘラ笑いながらヤツは答えた。

「あっ、ウソ! 冗談だって! 怒んなよぉ、桐島ぁ」

「…………あのなぁ」

 ふつふつと怒りがこみ上げ、ものすごい形相で睨むと「冗談だから怒るな」ときたもんだ。

「……それはともかく。どうなのよ、桐島? いいことあったのか?」 

「別にいいだろ、そんなの何だって。お前には関係ないし」

 僕はブスッと答えながら席に戻ってコーヒーをすすり始めたが――。次の瞬間、この男は特大の爆弾を投下しやがった。

「分かった! 会場にものすごい巨乳の可愛いコがいたんだろ!」

「……………………ブホッ!」

 僕はその後しばらく盛大にむせ、ゴホゴホやっていたが、落ち着くとツッコミを入れた。

「おまっ、なんでそこで巨乳が出てくるかなぁ? 脈絡なさすぎだろ」

「だってさぁ、巨乳は男のロマンだぜ? 日比野もそうだったじゃん」

「……お前、それ思いっきり地雷踏んじまってるからな?」

 僕は思いっきり久保を睨んだ。胸ウンヌンの話はともかく、彼女の名前を僕の前で出すのは自爆するのに等しい行為だとこの男は分かっていないのだろうか?
 絢乃さんは巨乳というほどではないが、まぁまぁグラマーな方ではあった。高校生だったにしては発育がいい方ではなかったかと思う。……が。

「だいたい、胸の大きさなんかいちいち気にしてないって、……あ」

 僕はうっかり口が滑ってしまい、「やべぇ」と口元を手で押さえた。が、「遅かりし由良之助(ゆらのすけ)」。久保にはバッチリ聞かれた後だった。

「〝あ〟? 〝あ〟って何だよ? まさかマジで女の子絡みか?」

 ここまでバレてしまっては僕も引っ込みがつかないので、仕方なく久保に絢乃さんとの出来事を白状した。源一会長が倒れられたことは、話そうかどうか迷った。僕から聞き出さなくても、そのうち会社の誰かが話すだろうと思ったのだ。

「…………実はさ、昨夜、絢乃さんと知り合って。帰りは俺がクルマで家まで送っていったんだ。連絡先も交換してもらって」

「へぇー、マジ? つうか『絢乃さん』ってまさか、会長のお嬢さま?」

「そのまさかだよ。んで、絢乃さんの方から『連絡先交換したい』って言われて」

「マジか。ってことはだ、待てよ。……お嬢さまの方もお前のこと気になってんじゃねぇの?」

「やめてくれよ、期待させるようなこと言うの。久保、お前面白がってねぇか?」

 僕はプラスチックのホルダーをはめた紙コップをデスクに置き、腕組みをして久保を睨み付けた。コイツには、人のゴシップをイジっては喜ぶという悪いクセがあるようだ。

「いやいや、面白がってなんかいませんよ、オレは。ただ友人としてだな、お前がやっとまた女の子と関わり始めたことが嬉しいってだけで」

「まだ深く関わっていくって決まったわけじゃ……。連絡先交換しただけだぞ」

 口ではそう言ったものの、実際には自分がこの先、絢乃さんと深く関わっていくだろうことが分かっていた。お父さまがおそらくは命に関わる重病で、彼女の心はグラついていた。そんな彼女には支えになる存在が必要で、それが僕である可能性はほぼ百パーセントといっても過言ではなかったからだ。

「んでもさぁ、それがキッカケで恋愛に発展して、いずれは逆玉とかもあるんじゃね?」

「別に……、俺は逆玉なんか狙ってないけどさ。絢乃さんのために何かしてあげたいっていうのはホントかもな。だから、このまんまじゃいけないんじゃないかとは思ってる」

「このまんま、っていうと?」

総務課(このぶしょ)で、課長にいいように使われたままじゃダメだって。でさ、俺、近々異動しようと思ってるんだ」

「異動? っつうと……、会社ん中で部署だけ別のところに変わるっていう意味か?」

「そう。まだどこの部署に行くか、具体的には何も決めてないんだけどな」

 絢乃さんのすぐ近くで、彼女の力になれる部署に異動すると決意こそしたものの、それができる部署が一体どこなのかまでは分かっていなかった。

「そっかそっか。お前もここからいなくなるのか。淋しくなるなー。けどまぁ、その方がいいのかもな。お前はこんなところで(くすぶ)ってるような男じゃないって、オレ前から思ってたもん。異動先でも頑張れよ」

「おう。サンキューな、久保。俺、もう課長から何言われても怖くねぇわ。これからはイヤなことは『イヤです』ってハッキリ言うよ」

 覚悟を決めた人間は強いのだ。じきに別の部署に変わるんだと思えば、()()()()に怯えていた自分がバカみたいに思えてきた。もうヘイコラする必要なんかない。異動前にキッチリ引導を渡してやろうと僕は心に決めた。


   * * * *


 ――「源一会長が重病らしい」という話はその日の午前のうちに会社中に広まり、あの島谷課長でさえ「会長は大丈夫なんだろうか」と心配そうな面持ちをしていた。
 もちろん、前日のパーティーに代理で出席していた僕に「昨日はご苦労だった。急に頼んですまなかったな」としおらしい言葉までかけてくれて、僕はある意味「この世の終わりなんじゃないか」と思った。これはもう、天変地異の前触れに違いない。

 というわけで、この日は課長の雑用を押し付けられることなく自分のすべき仕事だけに励んだ僕は、昼休み、社員食堂にいた。

「――桐島くん、お疲れさま」

 真ん中あたりのテーブルでカツ丼を食べていると、向かいの席に小川先輩が座った。彼女が選んだのは唐揚げ定食らしい。

「お疲れさまです……って先輩! なんでいるんですか!? 今日、会長はお休みですよね?」

「うるさいなぁ。秘書っていうのは、ボスがお休みの時にもやることいっぱいあるんだって」

 彼女は僕に顔をしかめつつ、白いご飯をかきこんだ。

「へぇー、そうなんですね。知らなかったな」

 同じ社員という立場なのに、秘書という職種のことを僕はあまり知らずにいたのだ。……まぁ、秘書室は人事部の管轄だし、オフィスも重役専用フロアーである最上階に置かれているので、めったに近寄ることもなかったのだが。

「……あ、先輩。実は俺、近々部署を変わろうと思ってるんですけど、秘書室の人員に空きってあったりしますか?」

「えっ、桐島くん、秘書室に来てくれるの? 人員はそりゃもうガラ空きだよ。働き者のあなたが入ってくれるなら百人力だね。あたしから(ひろ)()室長に話通しといてあげようか?」

「すいません、ありがとうございます」

「いいってことよ☆ あたしと桐島くんの仲じゃない♪ …………ん? 奥さまからメッセージ?」

 先輩は食事中にポケットで振動したスマホのメッセージアプリを開き、ニヤリと笑った。

「そんなあなたに、加奈子さまからご指名がかかったよ。絢乃さん、今日早退することになったから、学校まで迎えに行ってあげてほしい、って」

「学校……って、(はち)(おう)()の茗桜女子に? でも、どうして俺が」

「奥さまは奥さまで、お膳立てしてあげたいんじゃないの? ほら、愛しい絢乃さんが待ってるから、行ってらっしゃい。島谷さんには、あたしも一緒に事情を説明してあげるから」

 ――かくして、僕は会社を抜け出し、絢乃さんが待つ茗桜女子学院までクルマを走らせることとなったのである。 
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