トップシークレット☆桐島編 ~お嬢さま会長に恋した新米秘書~
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彼女に出会えたことの意味 ④
絢乃さんはその調査をお願いした時に、五十万円もの大金を料金として支払ったという。
僕は「絢乃さん、金銭感覚バグってるでしょう絶対!」と呆れたが、「あなたを守るためなら、百万円だって一億円だって安いものだよ」と言い切られた。要は金額の問題ではないのだと。僕を守りたいというその気持ちだけは、ものすごく嬉しかったのだが。何だか自分が弱い人間のように思われていたのがショックだった。
この誹謗中傷には加奈子女史もかなりお怒りだったので、調査を依頼したこと自体は妥当な方法だったと僕も思う。が、その後から絢乃さんが僕の知らないところでコソコソとその探偵と連絡を取り合っていたのが気に入らなかった。絢乃さん、まさかその探偵と浮気してるんじゃないだろうな……!?
ともかく、僕はその探偵……というか調査事務所が本当に信頼できるのか確かめるべく、一度訪ねて行った。ちなみにこのことを絢乃さんはご存じない。
ネットでホームページを検索して住所を調べ上げ、新宿にある一階にコンビニの入った三階建てビルに辿り着いた僕は、二階にある事務所のドアチャイムを押した。
「…………はい? どちらさん?」
ガチャリとドアが開き、顔を出したのは野太い声をした、僕より背の高い男性だった。年齢は兄と同じくらい。髪は短くてガタイがよく、ちょっと強面だった。
「あ……、あの。こちらが〈U&Hリサーチ〉で間違いないでしょうか?」
「そうだけど。――あ、アンタ、もしかして桐島さん? 篠沢絢乃会長の彼氏の」
「はい、そうですけど……。僕のことご存じなんですか?」
「そりゃあな、調査の当事者だからさ。――立ち話もなんだし、中へどうぞ」
おジャマします、と事務所の中へ通された僕が茶色いソファーに腰を下ろすと、男性――この人が所長の内田さんだという――がグラスに入った冷たい緑茶を出して下さった。奥では絢乃さんと年齢が同じくらいの女性がデスクトップPCに向かった何かされていた。彼女もここのスタッフだろうか。
「……ありがとうございます。いただきます」
「すいませんねぇ、こんなもんしか出せなくて。オレ、元刑事だからさ、お茶くみとか苦手なんだよ」
「はぁ」
「ウッチーが苦手なのはそれだけじゃないじゃん。デジタルオンチのくせに。だから調査は専らあたしの仕事なんですよー」
「…………っ、にゃろう」
女性――葉月真弥さんと内田さんはいいコンビで、何となくそれ以上に親しい間柄のようにも見えた。もしかして、このお二人は恋人同士なのだろうか。年齢差はありそうだが。
「すみません、突然押しかけてしまって。もう事務所を閉められる頃だったんじゃないですか?」
「いや、別に構わねえよ。個人でやってる事務所だから時間の融通はきくし」
内田さんはそう答えて下さった。一般企業ではないから、特に閉所時間なんていうのは決めていないのかもしれない。
「――誹謗中傷の投稿をしたのは、俳優の小坂リョウジさんだったそうですね。動機は僕への逆恨みだったとか」
「ええ。あの男、調べた限りじゃ所属事務所もクビになってて相当焦ってるみたいですよ。絢乃さんには会長就任の記者会見を見てからずっと目をつけてたみたいですね。彼女に取り入れば大きな仕事が転がり込んでくるって」
答えて下さったのは真弥さんの方だった。「ふてぇ野郎だよな」と内田さんも同調して、彼女と視線を交わしていた。どうでもいいが、来客の目の前で恋人同士の空気を出すのはやめてほしい。
「……あの、今日、こちらへ訪ねてきたのはですね。調査が終わった後なのに、絢乃さ……会長が僕に内緒であなたと頻繁に連絡を取り合っているようなので、ちょっと気になって」
「……………………」
本題を切り出すと、内田さんは何か後ろめたいことがあるように僕から目を逸らした。
「もしかしてあなた、彼女と浮気してるんじゃないですか?」
「「…………~~~~っ、アハハハっ!」」
僕が指摘すると、彼も真弥さんもなぜか大爆笑した。どうして僕はこの二人からこんなに笑われているんだろうか。
「あー、ごめんごめん! なんかあんたに誤解させちまったみたいで申し訳ない! でも、それは絶対にねえから。依頼人には手を出さない、これ探偵の鉄則な。――絢乃会長と連絡を取り合ってるのは、三人でちょっとした作戦を立ててるからで……、あんたには内緒にしてほしいって言われてんだけどな」
「作戦?」
「ああ。あんたに話したら絶対に反対されるから、って。そんだけヤベえ作戦ってことなんだけどな、それでも彼女はやりたい、だからオレたちにも協力してほしいって」
つまり、それだけ危険を伴う作戦ということだろうか。ケガをさせられる、もしくは彼女の貞操にも影響が……? だから彼氏の僕にも言えなかったのか?
「そんなに危険な作戦なら、あなた方も止めて下さいよ。分かっていて協力するなんて、そんな……恋人である僕を差し置いて」
「おっ、それがあんたの本心だな。でも、彼女の気持ちも考えてあげてほしい。彼女は心からあんたのことを守りたいって言ってた。『彼はわたしの大事な人だから』って。危険なことも承知でさ。ここまで言ってくれる女の子はなかなかいねえと思う」
それだけあんたのことを愛してるからだろ、と内田さんは続けた。
確かに、彼女が篠沢グループのトップに立ってからずっと、僕は彼女に守られてばかりだった。最初は社員の一人として守られているだけだと思っていたが、それは違った。彼女は最初から、僕のことを愛しているから守って下さっていたのだ。
「もうちょっと自分の彼女のこと信用してあげなよ、桐島さん」
「信用はしてますよ、ずっと」
「まぁオレも、偉そうなことは言えねぇんだけどな。――オレは、ここにいる真弥に救われたんだ」
内田さんが思わぬカミングアウトをしたので、僕は彼の過去――この事務所を開く前のことが気になった。
「あの……、ホームページで拝見したんですけど。内田さんって前は警視庁の刑事さんだったんですよね? どうして退職されたんですか?」
「警察組織に嫌気がさしたから、だよね」
まず最初に口を開いたのは真弥さんで、内田さんも「ああ」と頷いた。彼女も事情をよく知っているらしい。
「真弥とはある事件をとおして知り合ったんだけどさ。彼女、実はスゴ腕のハッカーで、捜査に協力してもらってたんだ。それで犯人は逮捕できただけど、彼女に協力してもらったことで監察官に目をつけられてさ。真弥は警察組織のお偉いさんがある事件を揉み消してたことを突き止めてた。そのことをうやむやにしたかったらしい上にクビにされかけて、逆にオレの方から辞表を叩きつけてやったんだ。こんな腐った組織なんかクソだ、ってな」
「んで、警察を辞めたこの人にあたしから言ったの。『二人で調査事務所やろうよ』って」
「そうだったんですか……」
「だからオレは、そこに彼女――真弥と出会えた意味があるんじゃないかと思ってる。桐島さん、あんただってそうじゃないのか?」
「僕が、彼女に出会えたことの意味……か」
絢乃さんに出会えたことで、僕は会社を辞めなくて済んだ。彼女の秘書になったことで、自分の仕事を好きになれたし誇りも持てるようになった。バリスタになるという夢にも一歩近づけた。
そして、彼女を好きになったことで女性不信も克服できた。あんなに消極的だった結婚も前向きに考えられるようになった。
それはすべて、絢乃さんに出会えたからだ。これこそ、僕が彼女に出会えたことの意味に他ならなかった。
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