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逆さの砂時計

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インナモラーティは筋書きをなぞるのか 4

『改めて名乗ろう。私は『音』を司る女神アオイデー。フィレスの先祖、『言霊』を司る女神メレテーの親友だ。アルスエルナの王族へと繋がる古き友との約束でお前達人間を密かに見守ってきたが、こうなっては仕方ない』
「仕方ないもなにも、完全にお前の早とちり……」
『やかましい! いいから聴け!』
「へいへい」

 『アオイデー』と名乗る小鳥に対し、どうでも良さげに手を振る師範。

 なんという雑な返し。
 自称とはいえ、アルスエルナ王国の守護女神を相手にしてる筈なのに。
 アリアへの理解や、マリアさんへの丁寧な態度とは大違いだ。
 これが信仰心の表れか。

『現時点から、フィレスが封印を解いて人間世界を離れるまでの間に限り、私は魔王レゾネクトの一件に関わった者達全員に直接付く守護者となろう。特にソレスタ! お前は自身の悪魔化を試す気などないと言うが! 過去の所業を考えると、まっったく信用できん! 生きてる限りどこまでも延々と付きまとって、夜となく昼となく(つぶさ)に監視させてもらうからな!』
「うわ、すんごい邪魔くさくて迷惑極まりな……ぅん? ()()()()()()? お前、アーレストの先祖か」
『私には伴侶も子孫もいない。アーレストもお前と同じ、古き友の血筋だ』
「その古き友が悪魔ってことだな。なら、アーレストの先祖も悪魔なのか」
『一応言っておくが、あれの魂は真性の人間で、あれが使う力は神や悪魔が生まれ持つものとは違う。()いて分類するなら『創造神お抱えの調律師』。私が把握している全生物の歴史の中では、二人の人間にしか現れていない、現世に在るあらゆるものを創世当時の旋律へ導く、希少な『指揮者』だ』

 調律師で指揮者。
 それっぽいを通り越して、そのまんまだ。

「ふーん? じゃあ、あいつ……プリシラは?」
『ただの人間』
「納得いかん! あいつのほうが俺よりよっぽど悪魔だろ⁉︎」
『情報収集と分析能力の話なら、答えは単純に、人海戦術と人間観察だぞ。人脈作りとか、人材育成とか、諸々の実行手段とかは見てるこっちの心臓に悪いことだらけだが、それも大きく長い目で見れば基本に忠実ってだけで、時と場合と相手さえ考慮しなければ、大したことはやってない』
「各国の主要組織に背景を隠し通せてる時点で()()()()()なんだっての。やっぱりバケモンだな、あれは」

 腕を組み、「うんうん」としきりに頷く師範。
 この方が化け物呼ばわりするプリシラさんとは、いったい?

「ついでに聴くが、お前が本当に本物の堕天使なら、勇者アルフリードを知ってるよな? 彼もフィレスと同じ要因と過程で神化したのか?」
『……お前、本当に悪魔化は……』
「しつこい。誤認を避ける為の質問だ」
『……少し違う。勇者の魂は、祝福を受けて神々の眷属と化した元人間だ。お前が考えてる通り、あれは()()()()()()()と考えるべきだろう』
「なんだ。俺の考えが読めてんなら現状で俺が悪魔化を狙うわけがないのも解ってる筈だろうが。とりあえず、情報提供には感謝するぞ、アオイデー。これで二人の足取りは確定だ。ははっ! どっちが先に着くか、競争だな」

 師範が物凄く嬉しそうに目元を歪めた。
 気に入らない相手の懲らしめ方を考えてる時の笑顔だ。
 本気で怒ってる。

 ロザリアさんとクロスツェルさんが必ず足を運ぶ場所、か。
 神化の話に拘わりを見せてる辺り、怪奇現象と深い関わりがあって、かつ普通に行っても入れないとなると……目指してるのは多分、あの場所かな。

「私達が先に着いたらどうするんですか?」
「ヤツを殴る」
『おい』
「冗談だ。()()()()()()、何もしない。連中の話を聴きながら二人の到着を待つさ。この件に関しては、どんな結末であれ、決めるのは二人の裁量だ。そこに俺達部外者の感情は関係ないし、必要もない。この件に関してはな」
『お前は潔いのかなんなのか……何十年と見ていても、イマイチ解らん』
「俺は、必要だと思うことを必要な時にやるだけだ。十分潔いだろう?」
「そうですね」

 実際やれると思えば必ずやり、やれないと思ったら絶対にやらない師範の判断力と決断力は、アルスエルナ国内随一と言ってもきっと過言ではない。
 潔さでも、師範の右に出る者はそうそう現れないだろう。
 深い同意を込めて頷くと、アオイデーさんに心配げな目で見られた。

「ところで、本当に付いてくる気か? 対レゾネクトの戦力に数えられてたフィレスはともかく、お前は連中にとって排除の対象だろ?」
『私の安全は考えなくて良い。今は私の力で存在を認識させているが、私は普段、古き友の力で生物の気配を消している。音に(さと)いアーレストでさえ、現在に至るまで目と鼻の先に居ても気付けぬほど完璧にな。仮に見つかったとしても、私の力量のほうが上だ。あれには負けんよ』

 そういえば。
 アーレストさんは私に対して、こんな音は聴いた(ためし)がないと言ってたな。
 アオイデーさんが雑じり気なしの堕天使で、短時間でもアーレストさんの間近に居たのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは不自然に思える。
 しかし、アオイデーさんがあえて気配を消していて、それを悟られてないとすれば……なるほど、筋は通るのか。

 で。
 何故、数歩分後ろで立ち止まっているのでしょうか、師範。

「お前、見守るって、対象に気付かれずに四六時中貼り付くって意味か! フィレスの食事にも、(はばか)りにも、入浴にも、寝床にも、ずっとずっと……。とんでもない偏執狂だな!」

 えぇー……

『……ほんっと、大概にしとけよ、このクソガキ……! そんなくだらない考えを巡らせるのは、歴代でもお前くらいのものだったぞ、バカモノが! フィレスの寝顔が可愛いのは認めるがな‼︎』

 ええぇー…………

「うわっ、マジモンか! 俺だって、まだちゃんとは見てないのに……っ お前こそフィレスから離れろ、変態鳥!」
『断る! 私のフィレスに欲情塗れの汚れた虫など近付けさせるものか! お前は特に許さん!』

 欲情塗れの虫……

「なんでだよ!」
『人間であるお前と、女神であるフィレスが契りを交わしても、悲しむのは取り残されるフィレスだけじゃないか! 人間のままでいると決めたなら、この子に余計な情を掛けるな! 情を交わせば交わしたその分、フィレスの後悔や絶望が深くなるんだと、バカなお前でも想像はつくだろう⁉︎』
「「!」」
『師の自覚があるなら、フィレスを悲しませるような選択はするな‼︎』

 頭を低く、両の翼を広げて師範を威嚇するアオイデーさんの思いがけない切り口に、私の指先がピクリと動いた。
 師範も、片方の眉を跳ね上げる。

「……アオイデー。お前が言いたいことは分かるが、後悔も絶望も、するかどうかを決めるのはお前じゃない。フィレス自身だ」
『絶望は、来ると解っていても受け入れられないから「望みを絶たれた」と言うんだ。避けられると分かっていることなら、できる限り避けるべきだ。せめて、フィレスだけは……』
「……貴女が誰の話をしているのかは知りませんが……。仮に絶望を避ける手立てがあるとしたら、それは誰とも関わらず、何も望まず、無為に時間をやり過ごすことだけです。生きながら死んでいるのと何一つ変わらない」

 逆に言えば、私の後悔と絶望の深さは私がどれだけ真剣に生きてきたかを自らに示す証です。何事からも目を逸らし耳を塞ぎ、意欲の欠片もなく得た薄っぺらい証など、私は要りません。
 第一、私が人間世界を離れるのは無用な混乱を生じさせない為であって、逃げる為ではない。

「『後々が楽になるから早めに関わりを断っておけ』、などと言われても、余計なお世話です、としかお答えできませんよ」
『……っだが』

 私の顔を覗き込み、か細い声で ぴるる と鳴くアオイデーさん。
 生物の気配を消して何千年か、もっと長く世界を見守り続けてきたらしいアルスエルナ王国の守護女神は、たかだか二十年とちょっとしか生きてない私なんかでは決して(はか)り切れない思いを抱えてる。
 口惜しい生き別れも、やり切れない死に別れも、嫌になるほどに経験し、見送ってきたに違いない。
 だとしても。
 誰かは誰かであり、私は私だ。

「貴女が知る誰かは、立ち直れないくらい絶望に堕ちてしまったんですね。不謹慎と思われるかも知れませんが、そこまで強く深く誰かや何かを愛せたその誰かを、心から尊敬します。自分を殺せるだけの熱情など、私は未だに知らないから」
『……そんなもの、知っても辛いだけだ』
「知らないものを知りたいと思うのは、生物の本能なんですよ。それに」

 落ち込んでしまったアオイデーさんの足元に、左手の人差し指を宛がい。
 ちょんっと乗り移った小鳥を右手で包み、胸元でそっと抱きしめる。

「私がいつか人間世界を離れて親しい人達を亡くしても、そこから先には、貴女が居てくれるのでしょう?」

 アオイデーさんの言葉を全面的に信用するなら。
 彼女は私の成長を見守ってくれていた、親も同然の女神だ。
 傍に居てくれるなら、それはそれで心強い。
 食事や寝床はともかく、他は遠慮していただきたいけれど。

『フィレス……』

 心なしか潤んだ瞳に見上げられ、にこりと微笑んだら

「はい、そこまで」

 大きな手に(さえぎ)られた。
 驚いて指先から落ちかけた小鳥を、手のひらでなんとか掬い上げる。

「ここから先は有料です。いっそ、立ち入り禁止です。変態を司る偏執狂な女神サマは接近しないでクダサイ。」

 持ち上げた目線の先で、にんまりと意地悪い笑みを浮かべる師範。
 普段の鋭いつり目が細くなってるせいで、やっぱり悪人にしか見えない。

『……っお……っまえぇ……!』
「目の前に咲いてる花をよく見ろよ。ソイツ、心身共に足掻いてもがいて、諦めても立ち上がって、より高い場所を目指しながら必死で前へ進んでる、掛け値なしのカッコイイ女だろ? 温い湯に浸けて腐らせるには早すぎる。散り際まで美しく咲かせ続けてやること。それこそが俺達の役目なんだと、そうは思わないか?」

 手を外した師範が(あご)で雪山を示し、さっさと行くぞと、再び歩き出す。
 目が点になった私と、

『なっ、何がカッコイイ…… っふぎゃう⁉︎』
「! すみません、つい」

 私の両手で、圧死寸前の危機に追い込まれた小鳥を置いて。

『び、びっくりした……。どうした、フィレス?』
「いえ、なんでもないです」

 なんでもない。
 そう、なんでもない。
 あんな褒められ方は初めてだったから、驚いただけだ。
 驚きすぎて、心臓が破裂するかと思った。
 何気なく触れた自分の耳が、熱い。

『…………………………………………有罪。』
「はい?」
『有罪有害有罪有害女誑しは断乎撲滅懐柔篭絡絶対阻止』
「はあ…… ⁇」

 鳴りやまない心臓の爆音を収めようと、肩に乗り直したアオイデーさんの苛立たし気な呟きに耳を傾けた私は。
 だから、気付けなかった。
 言葉巧みに真意を隠し。
 私達に背を向けたまま勝ち誇った笑みを浮かべている、師範の一人言に。


「悠久の時を生きる女神とやらも、案外大したことはないな」


 
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