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逆さの砂時計

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インナモラーティは筋書きをなぞるのか 3

 私の背後から吹き抜け、師範の顔を猛攻撃する烈風。
 いや、これは風じゃない?
 風を引き連れて飛来してきたのは……薄い桃色の光を放つ小鳥?

 白っぽい小鳥が、薄い桃色に光る小さな両翼を引っ切りなしに動かして、師範の顔と、顔を庇う両腕をバッシバシ叩いてる。
 羽毛を散らすその勢いには、まったくもって容赦がない。

『さっきから! 黙って! 聴いて! いれば! 私のフィレスに向かって配慮の欠片もない暴言ばかり! 吐きおって‼︎ 途中で聴くのやめてたら、セクハラとモラハラで彩られた究極の変態親父だぞ、お前ぇえっ‼︎』

 せくはら? もらはら⁇
 どういう意味だろう?
 というか、小鳥が普通に喋ってる?

 ……違うな。(くちばし)を通して喋ってるわけじゃない。
 鳴き声そのものは、疑う余地もなく『鳥』だ。
 私の耳の奥で人間の言葉に変換されてるのか。
 だとすると、これは…………

 なんだかんだ言って、結構残ってたんですね、怪奇現象。
 咄嗟に構えたナイフは必要なさそうだし、とりあえずはしまっておこう。

「誰が親父だ! 俺はまだ酒を片手にグータラする年齢じゃねー……って、ちょっと待て! フィレスは俺のだっ! お前がどこのなんだか知らんが、譲る気は一切ないぞ‼︎」
「はい?」
『変態の部分は否定しないのか! このたわけ‼︎』
「残念だったな! 自覚済みだ!」

 あ、そう……なんですか?

『開き直るんじゃない、むっつり男! もうお前、フィレスに近寄るな! この子が穢れる!』
「嫌ですぅー! むしろ穢しますぅーっ! お前こそ、フィレスとの貴重な二人きりの時間に割り込むな! 野良鳥!」
『どこまでも無礼な奴だなソレスタ=エルーラン=ド=アルスヴァリエ! この鳥の外見は世を忍ぶ仮の姿で、本当の私はアーレストにも引けを取らぬ美しい容姿をした、アリアシエルとアルスエルナ王国とフィレスの(自称)守護女神だぞ! 敬え! 感謝しろ!』

 今、小さく『自称』とか呟いたような。

「現実現在まさに今、俺の顔を突いてんのはどう見たって鳥じゃないか! 過ぎ去りし日の姿を自画自賛してりゃ世話ねぇな! 生憎、実質がどうあれウチの主神は女神アリアなんだよ! フィレスへの御加護がどんなモンかは知らないが今までありがとうございました! 今後の成長に乞うご期待!」
『お役御免な言い方をするな!』
「子離れは親の義務だろぉが! つーか、いい加減に鬱陶しい‼︎」

 自身の顔を庇っていた師範が、両腕を思いっきり横へ開き。
 飛び回る小鳥の体を、拝み手の要領で ぐわしっ と挟み込んだ。
 両翼を封じられた小鳥は、首だけを忙しなく動かして ピー! ピー! と非難の声を上げる。
 どさくさ紛れに足爪で引っ掻かれてたのか、師範の顔は細線だらけだ。

「ったく。どうしてくれようか、この光る鳥。見世物小屋に売り払うか? 丸焼きか? それとも、丁寧に解体した後で串に刺してやろうか」
「師範、それは」

 やめたほうが良いのでは、と言いかけて。
 突然鳴きやんだ小鳥に目を向けた。
 小鳥は(くちばし)を閉ざし、師範の顔をじぃっと見つめてる。

「なんだよ」
『…………フィレスが『退魔』の力で覚醒したのは、この子が女神の子孫で魂の本質も生粋の神々と同じだったからだ。お前の場合は間違いなく死ぬ。絶対にやめろ、ソレスタ』
「魂の本質?」
『種族の種族たる特徴とは、魂の性質と、生物が受け継ぐ外殻と、それらを維持するに足る熱量……生命力の分量に左右される』

 フィレスは両親の情報から人間の器と生命力を構築したが、魂そのものは『退魔』の力に触れるまで人間に寄せていただけ。元は神と同質だった。
 だから、『退魔』の力と、フィレスの魂が共鳴し。
 受け継いだ血にも残る神の性質を利用して、存在を変質できたんだ。

『残念だがお前の先祖も魂も、神のそれではない。神の力など喰らったら、生命力はともかく器と魂の大部分が損壊するぞ』
「器と魂の大部分が損壊する?」
『最低限の生体活動だけをくり返す、短命な寝たきり人形の出来上がりだ』
「ふぅーん? それはそれは……なるほどな」

 数秒目蓋を伏せた師範が、何かに気付いたのか、私を見てにやりと笑う。
 すごいな。
 私の頭では全然付いて行けない内容にも、師範は理解を示してる。

退()()()()()フィレスの魂を神の物に覚醒させて、人間の部分を変えた?」
『正確には、()()()()()()()()()アーレストの力を借りて、生命力と外殻の構成を、神の物に自主修正したんだ』
「つまり、退魔の力は、基本的に人間の部分を害さない?」
『あれは悪魔を退ける為の力だからな……って…… あ。』

 あ。

「へぇええええ~~。そーかそーか。俺の魂は限りなく人間寄りな悪魔で、ご先祖様は()()()()()()()()()のかあ~。道理で昔、初対面のアーレストが開口一番に『悪魔の仲間?』とか訊いてきたワケだ。となると、俺の鍵にはレゾネクトかべゼドラが合う、ってことだよなあ?」

 師範が……
 アルスエルナ王国の第二王子である師範が、悪魔の子孫?
 それは、もしや。

『い、いやちょっと待て、早まるな! 神と悪魔は別物だ! 今まで悪魔に覚醒した人間なんかいないし、フィレスと同じ経過を辿っても、同じ結果を得られる確証はどこにもないんだぞ⁉︎ 好奇心で自殺するつもりか⁉︎』

 小鳥が再び、酷く慌てた様子で暴れ出した。
 ジタバタしても手の中からは逃げ出せない、そんな小鳥を見下ろす師範。
 その愉しげな笑顔はなんだか、悪魔というより、悪人っぽい。

「失礼だなあ、野良鳥。俺は好奇心だけで動いた(ためし)はないぞ?」
『まさに今! 物は試しだやってやろう! って顔になってるだろうが! あと、私は天属こそ抜けているが、生粋の女神だからっ! 外見は鳥でも、野良ではないからな⁉︎』
「俺は元々こういう顔だ。楽しんではいるがな。お前、守護女神とか言ってずっと潜んでたクセして、今この瞬間に姿を現したってことは、フィレスを迎えにきたんだろ? 場外から飛び込んできた見物客が、我が物顔で獲物を掻っさらっていくとかさあ。そういうの、許しがたいんだよなあ~」

 えーと……私は獲物なんですか? 師範。

『現段階で表に出る気はなかった! フィレスが人間世界を離れるまでは、今まで通り陰ながら見守っててやろうと思ってたのに! お前があまりにもバカなことを言うからっ!』
「俺にも可能性があると言っただけだ。実際にこれからやってもらおうとは明言してない。やる気もないし」
「『え』」
「なんだよ、その反応。フィレスまで失礼な」
「いえ、その……」
「『私』を誰だと思ってるんだ。北区でそこそこ大きい教会を預かる神父、アルスエルナの第二王子ソレスタ=エルーラン=ド=アルスヴァリエだぞ。フィレス以上にいきなり消えたら大勢の民が困る立場の人間なんだ。そんな簡単に棄てて消えるわけないだろうが」
「それは、そうですが」

 師範は責任感が強い人だ。
 面倒くさいことは面倒くさいと言って避けたがりはするが。
 一度背負ったものなら絶対、中途半端に投げ出したりはしない。

 気まぐれに見える騎士団長の辞職と神父への転職にも、裏にはそれなりの理由がある筈だと私は踏んでる。
 クローゼットにしまわれてた剣や傷んだ衣服が良い証拠だろう。

 だからこそ、先ほどのセリフには驚かされたのだ。
 彼が自身の立場と責任を切り捨てるような、ありえないことを言うから。

『本当に? 本当に、試す気はないんだな?』
「くどいっての。俺はフィレスの師だ。次期メルエティーナ伯爵フィレス=マラカイト=メルエティーナを導き、立たせる者。失望なんかさせるかよ」

 大人しくなった小鳥を空へ解き放ち、私達に背を向けて歩き出す師範。
 私は

『……フィレス、私は……』
「一緒に行きましょう。守護女神だという貴女の話も聴いてみたいです」

 私に向かってパタパタと飛んできた小鳥を右肩に迎え入れ。
 ふわふわな体毛を一撫でしてから、師範の後を追う。
 いや……

「構いませんよね、師範」

 師範の左横に出て、並んで歩く。
 師範は、私の顔を少しだけ驚いた目で見て。

「付いて来れるならな」

 優しく微笑んだ。

「はいっ!」

 師範は素晴らしい。
 師範以上に出来た人間など、私は知らない。
 理想で、目標な……常にそうあろうとしてくれてる、私の恩師。

 そんな彼の振舞いが。一言が。
 私の頬に熱を集め、心臓を高鳴らせ、血液を沸き立たせてくれる。
 全身の毛が逆立ち、山岳地帯を叫びながら全力疾走したくなるような私の闘志を、際限なく燃やしてくれる。

 私のほうこそ、この方を失望させてはならない。
 いつの日か必ず追い着き、追い越さなければ。

『……………………。』
「どうしました?」

 不意に小鳥の視線を感じ、小さな瞳を覗き込む。

『気にするな。天然と鈍感は遺伝するんだなあと思っただけだ』
「はい?」

 天然? 鈍感?

「懐かしいと感傷に浸る間もないな。まったく……」
「⁇」

 誰の話だろう? と首をひねると。
 小鳥はあさっての方向を見ながら、深い深いため息を吐き出した。

 
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