逆さの砂時計
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インナモラーティは筋書きをなぞるのか 2
「リースさん達も居るとはいえ、アーレストさんとマリアさんを同じ場所に残して大丈夫なのでしょうか、師範」
「んー?」
暗闇にも黒い輪郭を現す建築物の隙間を、師範の一歩後ろに付いて歩く。
北方領に含まれる居住地では、今のような草木も寝静まる時間になると、一部を除いた全区域で、街灯が落とされてしまう。
経費削減ではなく、火を灯す為の油が、北方領全域で不足してるせいだ。
ほぼほぼ万年雪に囲まれていれば、民の暖を確保する為に日々膨大な量の資源が消費されていくのは必然で。
街灯と松明を併用しようにも管理とか人員の面で限界があるし、商人達が運び入れる燃料をいかに節約しながら巧みに活用できるかが、北方を預かる領主達の腕の見せ所だったりする。
私の実父が治めてるこの街では、深夜の不要不急な外出を条例で規制し、経済と防衛の主な活動領域だけを一晩中ぽつぽつと丸い灯りで照らしてる。
当然、現在師範と二人で歩いてる裏路地や水路脇には、星月から降る光と水や建物に反射した光しか、光源になるものがない。
仕方がない話ではあるが…………
いつ、どこからでも、好きなだけ掛かってきなさい、不審者さん!
といった様相だ。
「アーレストさん、失神寸前の病人も驚く、酷い顔色になってましたが」
「二人揃って、抱えてる事情がアレだからなあ。けど、互いに妙な親和性を感じてるみたいだし、彼女の心は現代人よりずっと強い。問題はないだろ」
親和性?
先日のアーレストさんの涙と、先ほどのマリアさんの言葉か。
なにやら、マリアさんに懐かしさを感じたらしいアーレストさんと。
アーレストさんを見ていると大切な人達を思い出すと言ったマリアさん。
二人が生まれ育った時代には、数千年もの隔たりがある。
その上、本体から切り離されていたマリアさんの意識は、私が川で結晶を拾うまでほとんど幽霊状態だった。接点など皆無に等しい筈だが。
アーレストさんとマリアさんに、なにかしらの繋がりがあるとしたら……
勇者一行の一員だった、コーネリアさんとウェルスさん、だろうか?
アルフリードさんの仲間になった時点で、夫婦には子供が二人もいた。
神々と魔王が姿を消した後の行方は知れないが……片方もしくは二人共が無事に生き延びてたとして、アーレストさんはその子孫だったり、とか?
コーネリアさんとアーレストさんは共に金髪金目で、不思議な力を持った『歌』と音楽の共通点もあるし。
それならマリアさんは、彼らの子孫にかつての仲間の面影を見出した?
とも、考えられる。
ただ、この場合アーレストさんが感じた『懐かしさ』は説明できないな。
話を聴いた限りでは、子供達とマリアさんに面識は無さそうだったし。
会ってたとしても、数千年前の繋がりが人間側に残ってるとは思えない。
子孫説は、当たらずとも遠からずな気がするのだけど。
「それより、フィレス」
「はい」
石造りの深い水路をさらさらと流れてる生活用水を横目に、両腕を広げて五段程度の低い階段をひょいっと飛び降りる師範。
首筋で一つに束ねてある長い金髪が宙を泳ぎ。
その中の数本が、右から左へと真横になびいた。
靴裏と地面が接触すると同時に、右手側の狭く真っ黒い建物の隙間から、何かが落ちたような……あるいは、倒れ伏したような物音が聞こえてくる。
うん。
物が壊れたような音でなくて良かった。
「お前、力を封印してる状態だと死因も普通の人間と変わらないんだよな」
「ええ。飲食を断てば衰弱で死にますし、海や川で溺れても窒息死します。致命傷を与えられた末に放置されれば、もちろん死にます。出血多量でも、まず助からないでしょう。万が一死病を罹患した場合も同様かと」
物音がしたほうには一瞥もくれずに歩いていくと。
今度は、頭上から大きな皮袋が降ってきた。
歩調を速めてかわしてみれば、私の背後でズドン、バラバラバラ! と、けたたましい音を立てて路上に散らばる、大量の何か。
音の感じからして、小石だろうか?
石畳が壊れてたら大変だ。無許可で出歩く私達では役場に報告できない。
配達業者達が早朝の仕事を始めてうっかり負傷する前に、夜警が気付いて注意してくれれば良いんだけど。
「覚醒と睡眠の比率が身体に与える影響は?」
「先日からの実感では、人間とまったく同じです。過度な睡眠や寝不足は、体と思考を鈍らせます」
街をぐるりと囲んでる石壁へと近付くにつれ、物陰から飛来する矢だの、足元にピンと張られた細い縄だの、子供の悪戯か? と疑いたくなる幼稚な罠の数々が、勢いを増して次々に襲ってくる。
よほど構ってもらいたいらしい、が。
こちらに付き合う義理は微塵も無いので、悉く無視して先を急ぐ。
「人間との生殖は?」
「可能です。私か相手の生殖機能に、なにかしら重大な欠陥がない限りは」
「お、お前ら!」
壁沿いでも特に人の気配がない場所を選んで来たのは分かるが。
天を突くような高い壁しかないここから、どうやって外へ出るのだろう?
と、師範の背中を黙って眺めていたら。
物言いたげな男四人が現れて、私達を円く囲い込み。
「い、いったい、なにものぐぁっ!」
「ぎゃっ」
「ぐぉ」
「ふぐ……っ」
私が腰を屈めた途端、放射線状に吹っ飛んだ。
ふわっと広がった黒布の内側で、腰帯に戻される鈍な剣。
見事です、師範。
「その場合、生まれた子供は十中八九、ただの人間だよな」
「神の力を潜在的に引き継ぐ可能性は大いにありますが、表層的には普通の人間でしょうね。私が把握している限り、私の一族には代々普通の人間しか生まれてませんから」
壁に手を当てて歩きながら何かを探る師範が、ある一ヵ所で立ち止まり、壁をぐっと押し込んだ。
すると、大人一人分に相当する範囲の壁が四角い扉となって外側に開き。
小さな物音一つだけで、街の外と中を繋いでしまった。
外に積もってる雪は、壁の上部に張り出した横長な見張り台のおかげで、扉の開放を妨げるほどの量にはなってない。
緊急避難用の出入口?
形状からして、内から外への一方通行か。
こんな仕掛けがあるなんて知らなかった。
別の場所にある抜け道なら、領主から聴いてたんだけど。
側頭部強打で昏倒した、盗賊と思われる四人を素早く引きずり出し。
壁を元に戻した後、見張りが気付かないように、すぐ近くで繁ってる森の少し奥へと、まとめて放り込む。
周辺の雪に残った足跡を消しておくのも忘れない。
酷いと恨むなかれ。
人間、誰かに危害を加えるなら、相応の危害を加えられる覚悟も必要だ。
恩には恩を。
無関心には無関心を。
害意には害意を。
当然の報いでしょう?
街を離れ、サクサクと鳴る雪原を山岳方面へ。
しばらくの間、無言で進み。
「……そんじゃ、やっぱり俺にも可能性はあるんだな」
「は?」
「神化する可能性」
ピタッと止まる。
「何を、お考えで?」
私の上ずった声に振り返った師範は。
上機嫌を隠そうともしてない顔で、とんでもないセリフを繰り出した。
「俺の心臓を退魔の力で貫いたら、お前と同じになれるかもなって」
「…………っ⁉︎」
信じられない発言に息を詰まらせた、瞬間。
『くぅぉおんの、おおバカモンぐぁああああああ────っっ!』
「ぃでっ⁉︎ な、っんだぁあ⁉︎」
私の背後から、一陣の風が凄まじい勢いで奔り抜けた。
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