| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

思惑の色は――紅

作者:間宮卓郎
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 目次
 

第1話 狼藉

 聖杯戦争とは、聖杯を巡る、7人の魔術師による闘争である。
 聖杯とは、7人の魔術師の許に7騎の英霊を召喚し、殺し合わせる万能の願望機である。
 英霊には、聖杯によって7つのクラスが各々与えられる。
 魔術師は令呪をもってマスターとなり、契約に応じた英霊をサーヴァントとして従える。他の6つを討ち破り、己とその英霊の宿願を、聖杯の力で叶えさせる為に。
 それが、聖杯戦争――


 思えば、そのサーヴァントは最初から、どこか異様であった。
 褐色の肌に短く切り揃えられた銀の髪、赤い服と黒い甲冑の奇妙な取り合わせ、背の高い偉丈夫――この特徴に当て嵌まる、英霊となりそうな過去の人物とは誰か?
 今までに読み解いた、如何なる神話、伝説、偉人録にも、その風貌、戦法、立ち振る舞いに合致する人物はない。
 西洋人のようであり、中東人のようであり、インド、中国……それでいて、日本人のようで。そう、本人はどうやら隠したがっているようだが、そこはかとなく漂ってくる、日本人臭さがあるのだ、あいつには。
 聖杯がサーヴァントとして召喚する英霊は原則として西側の、ヨーロッパとその周辺あたりに縁ある人物に限定されるはずなのだが、そうなるとますます誰であるのか分からなくなる。
 もしかすると、それは契約の儀式に失敗しかけたことによる齟齬なのかもしれない。つまり、儀式の些細な手違いで召喚自体が不完全なものとなり、「何者でもない者」が召喚されたと、こう考えられはしないか。
 でも、まあいいか。アーチャーのクラスとして召喚されたそのサーヴァントは不審な点も多かれど、そこそこ頼りになり、また付き合いやすい性格をしているから。
 マスターのひとりである遠坂凛は、そう思っていた。第5次聖杯戦争は遂にはじまり、狙っていたセイバーのサーヴァントとは残念ながら契約できなかった。だが、自分ならばそのアーチャーを用いてでも難なく、最後まで勝ち抜けられると、彼女は確信していた。
 その考えの修正を迫られたのは、契約の儀式を終えた夜の、次の日の夜のことであった。
「!……あ……何、な…んの真似よ、アーチャー」
 不意の仕打ちに、凛は一瞬言葉が詰まり、それから搾り出すように声をあげた。
「何の真似か、ではない。ほら、動くな……しっかりと揉めないだろう」
「揉む……あ! 嫌ぁっ!」
 心得ていると言わんばかりなアーチャーの返答に、凛は全身で暴れ抗おうとする。
 彼女は、背後から抱き締められていた。着ているものは、ブレザーの制服に、赤いコート。自宅の屋敷に戻ったばかりである。街全体を見渡せる高いビルの屋上から、足下の夜景を眺めた帰りだ。冷えてしまった身体に、突然の抱擁はむしろ気持ち良かった。しかし、アーチャーはさらに、制服のベストの内側にまで腕を突っ込み、あろうことか、凛のまだ幼さの残る膨らみにまで手を掛けたのである。
 最初は、冗談のつもりかと思った。だが、最早それでは済まされない。
「ん…………痛……っ」
 アーチャーの指が、乳房に喰い込んでくる。ブラウスや下着など、薄い布地を隔てただけの乳肉が、乳首が他人の――男の体温によって温められ、熱くさせられてゆく。
 すごい力だ。多少は拳法の修練を積んでいるのだが、凛が両手を使っても、アーチャーのその片腕を自分から引き剥がせない。
 腰に掛かっていたはずのアーチャーのもう片方の手は、振り乱れたスカートから露出した、彼女の太腿を撫でていた。と、言っても生脚ではなく、黒タイツに覆われてはいるのだが。
「どうした?」
 頭上からアーチャーの澄んだ声が、凛の頭の奥にまで響き渡った。
「んっ!」
 それだけで、少女は軽く悲鳴をあげた。遠坂凛、魔術の名家・遠坂家の当主たる天才魔術師とは言え、いまだ十代の高校生である。男に背後から身体を絡め取られ、胸を弄ばれながら話し掛けられる体験など、もちろん初めてだった。
 さすがに、興奮を禁じえなかった。
 時折、身体が凛の意志に反し、痙攣してしまう。もう片方の乳房に、アーチャーの手が移る。太腿を責める指先も、より内側に、脚を付け根のほうへと上ってゆく。刻々と、身の危険が迫っている。
「はあ……あ……ふざけないで。勝手に、こんな……今すぐ、やめなさい……これは命令よ、アーチャー」
 羞恥と動揺で涙声を出しかける咽喉を叱るようにして、強い声を押し出してゆく。不実な手の甲を抓りもした。
 芯が通った低い、男の美声はそれでも止まらなかった。耳許で凛の華奢な鼓膜をきつく震わせ続ける。
「魔力を回復させてやろうと思ってな。君は運がいい。異性同士の主従関係は同性同士に比べ、このような優位性がある。男女の契りによって、お互いの魔力を存分に高め合うことができる。男と男、女と女では、こうはいかない。で、君のような若い女の場合には、特にこの恩恵は大きくなる」
「そん、な……の……」
 脳が熱く痺れだし、呂律すら怪しくなってくる。凛の手足から張り詰めていた力が抜けはじめると、アーチャーは容赦なく、凛の裡へとさらに踏み込んでくる。制服のスカートを捲り上げ、黒タイツの守りまで突破し、素早く忍び込んできた指先が股間への責めを開始する。
「ん、んん!! だめ、そこは、あ…やめて、や……あ……はああ……ん……」
 焦る凛の声が、急に、ひどくうっとりとした音色に変わった。アーチャーの指はすぐに捉えていた――凛の硬く痼った淫核を。ただし、ショーツ越しに。しかし、直にでは荒々しすぎる指の責めを、その布地が程よく和らげ、凛の繊細な部分に心地良く伝える役割を果たしている。
 気づかなかっただけで、よほど疲れていたとでもいうのか、その愛撫はひどく気持ち良く、想像もしなかった愉しい感覚を凛に伝えてきた。
「もう少し、硬くできないのか? そのほうが好みなのだが」
「ぅんっ! あ……ふぅ……っあ……!」
 その、品の無い理不尽な要求に、凛の口から甲高い、甘く、幼い声が洩れた。こんな本意ではない状況にあっては、誰にも聞かせてはならない声……
「まあ、その歳では無理もない。どれ、私が鍛えてやるか」
 淫核への責めが、指先の肉で撫でつける感じから、爪の先端で引っ掻いてゆく感じに変化した。堪らず、凛は身を捩り、アーチャーに背中を擦りつけた。
「や!……は……私みたいな小娘にこんなことして……はぁ……恥ずかしいと思わないの」
 苦し紛れに、そんなことを言って強がってみた。すると、アーチャーは――
「だから、魔力回復のためだ。我慢しろ。私も心苦しいが、致し方なく行なっているだけだ。君のほうこそ、女魔術師たる者、いざという時はこれしき、平然とこなせなければならないはずだぞ」
 などと、ふてぶてしくも言い放ったのである。
「魔力、回復……って、今日はそんなに魔術は使ってないわ! こんなこと、必要ないでしょ!」
「そうでもなかろう。だいいち、君は今朝、寝坊した。昨晩、私に広間の片づけを任せきりにしたのも、魔力が著しく不足していたからだ、違うか?」
「……あ……はあ……は、ん……ぅ」
「だが、明日あたりからは本格的に、他のクラスの陣営と戦わなければならなくなる。油断は禁物だぞ、凛」
「た、ただの……あ……仕返し、じゃない……変態……」
 凛のほうは、減らず口を叩くのも容易ではなくなってきていた。意識が、朦朧としている。くすぐったい吐息を首筋に吹きつけてくる背後の男が言うとおり、女としての不甲斐無さを、我ながら感じなくもなかった。しかし、それより、一刻も早く、この変質者を振り解かなければ真剣に、まずい。
 全身が、火照ってきたのだ。熱くなってはならない部位ほど、急激に。それに何より気持ちの上で、この狼藉を受け入れそうになりかけている。
「ふん、この程度のことで、大げさに狼狽えるな。さ、顔をこっちに向けろ」
「え……あ……」
「キスだ」
「……キス……キスね。分かった……はあ……こ、これで……んんっ!」
 しまった、と思った。極めて精密に機能し、優雅なほどに洗練された答えへと即座に辿り着くことで知られる凛の頭脳が、ありえない誤作動を起こしてしまったのである。
 この束縛から逃れるために、首を後ろへと捻じ曲げ、唇を差し出してしまったのだ。たしかに、行為が進めば、それだけ早く解放される。しかし――
「ん……う、ん……はあ…………っ」
 口の中を、巧妙に刺激されているのが分かった。肉体を、性器を熱くさせられ、もどかしい気分に昂ぶる凛の舌は、侵入者の舌を拒まなかった。
 彼女の口の中を、感じる部分を求めて、それでいて礼儀正しく、優しく、快感を贈ってくる……凛はその舌に、彼女自身の舌を絡めていった。


「……ん……っ……ん……ふ……、……ぷっ……あ、ん……ぷはぁ……ああん……はあ……はあ……」
 ふと気づくと、凛の口はアーチャーの口と離れていた。口の中に溜まっている、どちらのものともつかぬ唾液を嚥下し、彼女は深い呼吸をはじめた。
「はあ……はあ……ああ、ふ……はあ……ん、あ……は……ぁ…………」
 快楽に浸かりきっていた頭が冷えてきた。どのくらいの時間、互いの舌を吸い合っていたのだろうか。凛には、まるで覚えがなかった。頭が、ずきずきと痛むせいだ。この痛みが治まれば、分かる。
「もしや、キスは初めてか?」
 アーチャーの声を聞くだけで、嬉しさが心を弾ませる。
「……ぁ……は……」
 凛は答えなかった。快感であろうと、今は毒だ。頭の痛みが消えなくなる。それに、喋るだけでも、ずきりとする。アーチャーの肩に後頭部を預け、凛は恍惚の表情を浮かべた。
「そうか……だが、仕方あるまい。サーヴァントにとって、主の魔力は何よりも肝要だ。それが尽きることなど、絶対にあっては、な――」
 彼女の返事を待たず、アーチャーは勝手に合点した。そして、また唇を近づけてくる。胸を揉みしだいていたはずの手が、凛の顎を抑えていた。
 顔が、動かせない――逃げられない。少女の細い咽喉が、ごくりと鳴る。
「あ、あん! 待って、今、ん、お願い、ちょっと……ん…ま……っ」
 遅すぎる、拒絶。再び、キスがはじまった。鎮まりかけていた心臓がまたけたたましく胸を叩きだしたが、不思議と頭痛は治まってゆく。
 そして、思い出してきた。つい今しがたまで、舌と舌で戯れあっていた記憶――熱い、気持ちとともに。
「ん……んんんーーーっ!」
 だが、悦楽による微睡みの沼に戻ろうとしていた脳髄が、突然の痛みに驚き、悲鳴をあげた。 優しく紳士的だったアーチャーの舌が、口が、凛の舌をあまりにも強く吸ってきたのである。それこそ、抜け落ちるほどに。そして、柔らかく擦る程度になっていたはずの股間への責めも、苛烈に変わる。充血して硬くなった淫核が、平たくなるまでに押し潰される。
「ん! んん! ん、んーーっ、んーーーー!」
 痛かった。本気で、痛い。泣き叫びたかったが、舌を絡め取られているため、声は出ない。ただ、無音の声帯が勢いよく振動しているのだけは感じ取れた。
「ん……かはっ! あ……ん……けほっ、けほっ、けほっ!」
 涙が口に入り、唾液に塩辛い味が混じりはじめた頃、凛はようやく解放された。その場にしゃがみ込み、咽喉を押さえて咳き込み続ける。咽喉が、そして大きく開いたままの股間が痛かった。黒タイツが、歪に伸びてしまっている。もう、明日からこれは履けない。新しいのを用意しなくては。
 アーチャーの手が、凛の頭に触れた。撫でられるのかと思ったがそうではなく、ツーサイドアップに束ねてある左右のリボンを結びなおし、黒髪を梳き、髪型を整えなおしてくれたようであった。
「ふむ……これだけ魔力があれば、明日ぐらいは大丈夫そうだな。今夜は、ゆっくりと眠ることだ。私が番をしておこう」
 それだけ言うと、アーチャーは青白く霊体化して、すぐに消えた。
 凛は、立ち上がることすらできない。それで、しばらく蹲っていると、身体の状態に変化が生じてきた。
「え……嘘……なん、で……」
 気持ちが落ち着いてくるにつれ、嬉しさがこみ上げてきたのだ。そして、自分の腰が動きたがっているのを感じた。身体が悶えている。何かを欲して――いや、分かっている。凛は、自分があの、最後の痛みを欲しているのに気づいた。
 あの痛みを、いや、もっと強い痛みを。
 欲しいっ!――という、強い気持ちに突き動かされ、凛は危うく、自分の股間に手を伸ばしかけた。直前まで、痛すぎて軽く触ることすら躊躇われていた、淫核に。しかし、思い留まる。
 ここは、廊下だ。犬猫ではあるまいし、こんなところで自慰に耽るなんて……しかも、制服姿で。
 ありえない、魔術師であるはずの自分が、サーヴァントの性技で欲情するなど、あってはならない。
 それは、誰かに言われるまでもなく、分かっていることであった。
「…………う、うあ……んああああーーーーーっ……ん!」
 背を反り返らせ、高く、大きく、凛は喘いだ。切なさに堪えきれず、泣きながら。それが、少女が生まれてはじめてあげた、嬌声であった。 
< 前ページ 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧