| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

Fate/Alter

作者:Shiyoo
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

異典:第二次聖杯大戦・後編

 
前書き
三秒でわかる戦闘結果。
バーサーカー…両方負け、時側のマスターは生存。
アサシン…両方負け、天側のマスターは生存。
キャスター…引き分け。全滅。
ライダー…両方負け。天側のマスターは生存。 

 
 八月十一日 零時十五分 臨海公園

 “天”の側も攻めるべく、ルミエルと、彼のサーヴァント——“天”のランサー(スピア)は外に繰り出していた。
 当初、“天”のランサーは霊体化したままでいい、と打診したがルミエルの強い要望により、実体化して行動することとなった。
 側から見れば美男美女のカップルで非の打ち所がなく、まるで映画の一場面の様に絵になっていた。
 ただ一つ。女性が武装していることで雰囲気が異質なモノと化していたが。
 外に出てから業務的な事以外、一言も話していなかった二人だが、市内の臨海公園を歩きながらルミエルが切り出した。
「……ランサー。先日の件だが」
「……………」
 彼女は表情一つ変えず歩き続ける。
「ランサー」
 ルミエルは立ち止まって再度、“天”のランサーに声をかける。
 彼女は短く息を吐くと、振り返り、冷たい目でマスターを見据えた。
 静かに威圧されたルミエルはそれをものともせず、逆に“天”のランサーを見つめる。
 怯まないルミエルに“天”のランサーは短い溜め息をついて応える。
「その件に関して話すこと何も無い」
「ランサー、俺は――」
 “天”のランサーは奥歯をぎりっ、と噛み締め怒気をはらんだ声で口を開く。
「マスターの願いは私の願いと相容れない物だ。それでも何故私を……!」
 ルミエルは真っ直ぐに“天”のランサーの目を見据え、言い放つ。
「君が、凛々しいからだ」
 嘘偽りでも、機嫌取りでも無く、心の底からの言葉だった。
 反応を示さない彼女にルミエルは発言を続ける。
「私は、今まで女性というものは信用できなかった。私のこの黒子によって……」
 ルミエルは忌々しそうに黒子を撫でた。
「もはや、呪いだと諦めてはいる。だが、それでも私自身、愛する女性(ひと)を選ぶ権利があるはずだ」
「それが私という訳か……」
「ランサー。君の願いも確かに尊い物だと思う。だが君の願いは――」
 そこまでいいかけて、“天”のランサーが茂みを睨みつけた。
 「出てこい! 覗き見とは随分な趣味だな!」
 声を荒げて威嚇するも、反応はない。
 “天”のランサーはマスター(ルミエル)とアイコンタクトした後、茂みに突貫した。
 「……ちっ」
 “天”のランサーの舌打ちにルミエルが視線を上に向けると、白いコートを着た赤髪の少年が茶髪の可憐な少女を抱えて跳躍していた。
 大分離れた場所で着地するとマスターと思しき少女はサーヴァントから距離を取るように別方向に走り出す。
 “天”のランサーはルミエルに視線を向けるとルミエルは首肯して少女を追っていった。
「ストラーダっ!!」
 《Speer angrif》
 そして、サーヴァント――恐らく“時”のランサー――が槍の噴射口から魔力を噴出させ突進する。
(魔力放出か……よほど、マスターの魔力量に余裕があると見える)
 “天”のランサーも槍を構える。
 “時”のランサー(エリオ)の槍は例えるなら巨大な(やじり)。さらに魔力放出により、さながら人間を素材に出来た矢である。
 対して、“天”のランサーの槍は装飾など一切の無駄を省いた簡素な直槍だった。
 彼女は半歩脇に身を外らし、“時”のランサーを側面から串刺しにしようとする。
「っ、く……たあっ!」
 彼は即座に身体を回転させ、サマーソルトキックで迫りくる槍を蹴り上げる。
 それを見越して、“天”のランサーは蹴り上げられた反動を利用し、槍の後端部で打ち上げる。
「ぐ……っ!」
 流石にここまでの追撃を予想していなかった“時”のランサーは片手で魔法陣を展開、辛うじて衝撃を軽減するが、それでも吹っ飛ばされるのは免れなかった。
 地面に滑りながら着地した“時”のランサーは即座に構え直し、槍を掲げて一小節の呪文を唱える。
 「サンダー……」
 その単語に察した“天”のランサーは瞬時に、己の得物(やり)を上に放り投げた。
 直後に“時”のランサーが詠唱を終え、槍を振り下ろす。
 「——レイジっ!」
 突如。“天”のランサーの頭上から雷が落ち、直撃した——のは彼女の武器である槍。
 彼女は槍を避雷針にさせることによって落雷を回避した。
 さしたる動揺も無く落下してきた槍を掴み、
 「……参る」
 静かに宣言すると一瞬にして距離を詰める。
 「っ! ストラーダ!」
 《Sonic move》
 “時”のランサーは凄まじい速度で後ろに跳んで距離を取る。
 逃がすまいと“天”のランサーは突く——が、僅かに届かない。
 避け切ったと思った“時”のランサーだが、彼の頬を槍が掠める。
 「ッ……!」
 着地した彼の頬から一筋の血が流れ落ちる。
 “天”のランサーの手元を見ると、通常、槍の持ちやすい中段から、後端部に移動していた。
 彼女がしたことは至極単純。“持ち手の握力を緩めて槍の長さ(リーチ)を無理矢理伸ばした”だけ。
 それだけの動作だが、言う程簡単な技術ではない。緩め過ぎればすっぽ抜けるし、かと言ってタイミングを誤ればほんの少ししか距離を稼げない。
 生前の鍛錬と戦闘経験による賜物の一つである。
 そんな技術の高さに“時”のランサーは戦慄し、ややあって仕掛けたのは——“時”のランサー。
「でぇええいっ!」
 《Stahl messer》
 大上段に振り上げた槍の穂先から、鞭の様にしなる魔力光が伸び、そのまま振り下ろす。
 魔力刃が空を裂いて“天”のランサーに迫る。
(槍にしては随分と多機能なものだ)
 鞭の乱舞を紙一重でかわし続け、徐々に近付いて行く“天”のランサー。
 擦りもしない状況に“時”のランサーは一旦攻撃を止め、次の手段を講じる。
「はぁああっ!」
 《Luft messer》
 “時”のランサーはその場で槍を振り回し空気の刃を飛ばす。
 対する“天”のランサーは——
 「………こんなものか」
 落胆の溜め息とともに“天”のランサーは鋭い眼光で“時”のランサーを見据え、空気の刃を突き裂く。
 そして、一瞬の内に肉薄し、突き、払いの連撃を叩き込む。
 “時”のランサーも必死に回避、防御して凌ぐが、次第に圧される。距離を取ろうにも、絶妙なタイミングで足払いを決められるため、体勢を立て直すのが精一杯だった。
 何とか凌ぎながら、“時”のランサーは生前にある“男”の言葉を思い出していた。

 ——その男は、弱かった。
 いや、弱かった、というのはいささか語弊がある。
 何せ、エリオの師匠でもあり“烈火の将”と称された人物と互角に闘えていたのだから。
 ……といっても、制限時間ギリギリまで逃げた挙句、一撃入れただけですぐ降参したのだが。
 前衛部隊の中で男性がエリオだけだったということもあり、ちょっとした休憩時間などには飲み物などを奢ってもらったり、それなりの待遇はされていた。
 そんな男の言葉は今でも覚えている。
 「いいか、エリオ。本当なら戦わないで済むんだったらそれに越したことはねェんだ。防衛戦だって、こっちが耐えきれりゃあいいんだからよ。お前の母親代わりのテスタロッサさんだって、本当はお前やルシエを一線に出したくなかったはずだ。そうだろ?」
 ………言葉は、どうしようもなく的を射ていた。確かに今の役職に就く前に、育ての親であるフェイトから「よく考えて」と再三に渡って言われ続けてきた。
 だが、それでも、
 ——恩返しがしたい。自暴自棄になり、人を信じられなくなっていた自分を、救って、温もりをくれたあの人に報いる為に。そして、自分がした悲しい思いを他の人にして欲しくないから——
 想いを、言葉に乗せて上司である男に放つ。
 その言葉を聞いた男は、ただでさえ光の無い瞳で遠くを見ていた。
「……まァ、そんなこったろうと思ったよ。うん。お前の意志云々は確認できた。こっからは、闘う気構えってところだな。参考にならねェかもしれねェけど、まァ聞いてくれ」
 男は手にしたコーヒーを飲み干し、エリオに向き合って続けた。
「お前も男である以上、絶対に譲れねェ場面に出くわすことがある。闘って止めるにしても、負けられねェ時にしても、そうなった場合はな——」
 “迷うな”
 そう、口にした。
「闘うからには迷うな。例え上司だろうと味方であろうともな。止めてェならねじ伏せろ。勝ちてェなら叩きのめせ。戦闘中に説得なんてのは敵に唾を吐くのと同義だからな」
 それと同時に休憩時間が終わったのか、男は去っていった。
 その後に待ち受ける惨劇をこの時のエリオは知る由も無い。

 目を閉じて、短く息を吐く。怒涛の連続攻撃から何とか逃れた“時”のランサー(エリオ)は、距離を大きく取っていた。
 “天”のランサーは逃がすまいと猛然と追撃をかける。
(諦めたか。なら一撃で決めてやる……!)
 “天”のランサーが槍を突き出す――瞬間。
 “時”のランサーが目を見開く。
 今までと違う雰囲気に“天”のランサーは急停止した。
「ストラーダ……カートリッジ! フルリロードッ!」
 その掛け声と共に、槍の穂先の下の柄から薬莢が連続して六つ、吐き出された。
 吐き出した直後、“時”のランサーの槍が白い稲光に覆われる。
 おおよそ、サーヴァントの限界値を超えている魔力の量と密度だった。
(あの魔力の波動……宝具の発動、もしくは……もう、“している”か。どちらにせよ見極めねばな)
 “天”のランサーが少しの間待機していると、“時”のランサーの槍は変化していた。
 それは、天空神の切り札でもある雷霆のようで。
 帝釈天が扱う雷の如き輝きを放ち、発光と放電が収まると、“時”のランサーの槍は白一色になっていた。
 槍の切っ先を(スピア)に向けて構えると声を発する。
「――行くぞッ!」
 気勢とともに翔ぶ。
 “天”のランサーも槍を構えたまま駆け出す。
「『紫電一閃』!」
 そして、“時”のランサーの宝具の真名解放と、刹那の閃光とともに互いが交錯した。

「……ん? ……気のせいか」
 振り返るも辺りが変化した様子はない。
 多少気になったものの、不意に感じた頭痛により、それまでの違和感を葬り去った。
「それにしても……この痣は一体なんなんだ?」
 怪訝そうな表情を浮かべ——リュミエール・ヴェールフラーヴこと、ルミエルは己の右手の甲を見た。
「やれやれ。こんな国に来てまでまさか病気か? 冗談じゃない」
 スーツの上着のポケットにしまってあった革手袋を取り出して右手にはめた。
「――国? ここは……」
 自分で言って、ルミエルは周りを見渡す。
 確かに緑が周りにあり、微かに潮風の匂いもする。だが、地面がアスファルト整備されている時点で、故郷ではないことを実感した。
「ここ、は……一体……!」
 思いだそうとする。途端に妨げるかのように激しい頭痛が襲う。
「ぐ、ぁああっ……!」
 思い出すな。
 思い出しても、
 何も意味は無く。
 何も価値は無く。
 何も必要とされていない。
 ルミエルは、そう言われている気がした。
「一つ……矛盾しているぞ……」
 空耳かもしれない声に応える。
 ガンガンと、頭の中から響いてくる痛みに耐えながら声を絞り出す。
「何の…意味も無く、価値も無く…っ……はぁ、必要ないなら……思い出しても……問題は…ぐっ…無いはずだ……!」
 抵抗の意志を示すも、頭痛はおさまらなかった。

 「これは……一体どういうこと……!?」
 頬に一筋の汗を流し、マリアは戦慄していた。
 距離は数十メートル。離れた場所に男が立っていた。
 男は長身でスーツを着ていることがわかる。顔は左目の泣き黒子に強烈な魅了の呪いがかかっているため直視できないが、恐らく絶世の美男子だろう。
 しかし、男は俯いていながらも、姿勢正しく直立していた。
 「………」
 意を決したマリアは魔術回路に魔力を通し、人差し指から呪い――ガンドを放つ。
 それは心停止させるフィンの一撃と呼ばれるには程遠かったが、それでも昏倒させるくらいの密度と威力はある。
 呪い(ガンド)は真っ直ぐに、ルミエルに向かっていく。
 そして、そのまま直撃——する寸前にルミエルの体が反応し、ガンドを素手――手袋は着用していたが——で殴り落とした。
「ッ……!」
 マリアはその事実を認めたくなくて、連続してガンドを撃ち続ける。
 ルミエルは一言も発することなく、放たれたガンドの方に向かって前進し、放たれた全てを殴り落とし、手数が足りなくなれば蹴りも用いて落とす。
(なんで、なんでこんなに……!)
 徐々に焦燥感が込み上げてきたマリアはルミエルをキッと見据える。
「完璧に決まったはずなのに……なんで、“動ける”の!?」
 目の前の異常事態にマリアは思わず声を荒げた。

 それは互いのサーヴァントが戦闘を始めると同時に、マスターは誘導して一騎討ちに持ち込もうとしたマリアの作戦から始まった。
 マリアの思惑通り、サーヴァント達から距離を取り始めた途端、ルミエルが追ってきた。
 誘導に成功したと感じたマリアはガンドで牽制しながら、さらにサーヴァント達の戦闘区域から遠ざかり、公園の出入口の反対側の場所におびき出した。
 そこでマリアは逃げるのを止め、相手の出方を窺う。
 ルミエルは充分に警戒しつつ、マリアに声をかけた。
「もし、降参の意志があるのならば速やかにサーヴァントを自害させて欲しい。私とて淑女を手にかけたくはない」
 あくまで。あくまでルミエルは善意で忠告した。生来より、黒子の呪いによって女性との関わりが多かった彼は必然的に女性を気遣う習慣が身に付いていた。
 それゆえの忠告。だが、その言葉がマリアの闘志に火を着けた。
 「降参の意志は――ないッ!」
 侮られていると感じたマリアは再びガンドを発射し、ルミエルを狙う。
 ルミエルは嘆息して飛来するガンドを叩き落とす。
(余り手荒なことはしたくないが……近づいて組み伏せるか)
 これから行使する手段に自己嫌悪しつつも、着々と近づいていく。
 そして、あと数歩でルミエルの間合いに入ろうとしたとき、顔面にガンドが放たれる。
 ルミエルは作業的に叩き落とす——が、今回は様子が違った。
 叩き落とした直後からもう一発のガンドが目前まで迫っていた。
(しまっ——)
 気づいたときにはもう遅い。ガンドはルミエルの額に命中し、ルミエルは仰向けに倒れた。
 「やった……!?」
 ルミエルに命中したガンドには強力な幻覚作用を添加させており、撃たれた対象は半永久的に夢の中に誘うことができる。
 気は進まないが、マリアは自身と、“時”のランサーの為にルミエルを殺害することを決め、スカートのポケットからカッターナイフを取りだした。
 カッターを握って震えた手をもう片方の手で押さえ息を整えゆっくりと近づいてく。
 ルミエルの側に立ち、その胸に突き立てる――!
 「――きゃっ!?」
 突き立てるはずの刃は手元を叩かれ、彼方へと飛んでいった。
 マリアは瞬時にそこから飛び退き、叩き飛ばした張本人のルミエルはゆらり、と立ち上がってゾンビのような足取りでマリアの方に一歩づつ歩き始めた。

 そして、今に至る。
 未だ焦燥感の拭えないマリアだが、幾分か落ち着きを取り戻し、ルミエルを分析する。
(おそらく、あの人が使ってる魔術はルーン……あの反応速度は直接身体に刻み込んでいる……? だったら!)
 マリアは狙いを足元に絞り、集中的にガンドを放つ。ルミエルはそれを先程の様に叩き落とす——ことはせずに、バックステップで避けた。
(やっぱり……! 今のあの人は、視覚じゃなくて魔力を感知して対処している……! なら――)
 マリアは指先に魔力を集束させる。暴発しないようにしっかりと照準を定め――
 「そこっ!」
 極限まで凝縮したガンドを放った。
 呪いは周囲の魔力をも取り込みながら肥大化し、ルミエルを飲み込もうとする。
 「これで——」
 勝利を確信したマリア。
 あわや、ルミエルに直撃する寸前、ルミエルの瞳に光が戻る。
「——はあぁっ!」
 一喝してルミエルは拳を叩き込む。
 恐るべき速度と威力で繰り出される連打(ラッシュ)は、ガンドを蜂の巣のように風穴だらけにし、霧散させた。
「そんな……」
「……なかなかの…幻覚だった。見事だと言っておこう……」
 「脱してから即攻撃しておいてよく言う……!」
 もはやルミエルの一言一句が皮肉にしか聞こえないマリアは睨みつけた。
 ルミエルは頭を振って意識を覚醒させ、構える。
 途端に、爆音が鳴り響いた。
 「えっ……!?」
 「ランサー……!」
 二人して音源の方を向き、マリアは今のがサーヴァント同士による宝具の撃ち合いだと把握し、ルミエルは“天”のランサーの身を案じ、ルーンで脚を強化し、一目散に爆心地の下へ向かう。
「このっ!」
 森の中に跳び立つルミエルを狙ってガンドを放つも、周りの木々に阻まれ命中はしなかった。
「こうなったらこっちも……!」
 ルミエルの不意を突いて倒すべく彼とは別ルートでマリアはサーヴァント達の戦闘区域に向かった。

 土煙が晴れ、背中合わせで数メートルの間隔を空けた二人……“時”のランサーと“天”のランサーが槍を突き出した格好で立っていた。
 「……………」
 「………………ぐ……」
 先に膝を着いたのは、“天”のランサーだった。
 先程と大きく異なる点は彼女の左腕が亡くなっていること。
 手にした槍の石突きで地面を突いてなんとか身体を支える。
(まさか……突きの余波だけで腕を持っていかれるとは……)
 彼女は左腕を失った喪失感と激痛に耐えていた。
 対して、“時”のランサーはコートの腕部が破れているだけで目立った外傷はなかった。
 構えを解き、“時”のランサーは振り返って項垂れている“天”のランサーを見る。
「…僕のか――」
「……『緑天の槍(ヴェール・ランセ)』……」
 “天”のランサーが、か細い声で宝具の真名を解放すると、“時”のランサーの勝ち名乗りは肉が貫通する音と共にそこで途絶えた。
 彼の槍の柄から七本、緑色の槍が突出し、“時”のランサーを串刺しにして、絶命させたからである。
 どさり、と糸の切れた人形(マリオネット)のように崩れ落ち、光の粒子となって消滅を始めた。
「……私の……勝ちだ……」
 “時”のランサーが言うはずだった台詞は“天”のランサーが口にした。
 “天”のランサーは槍を杖代わりにして立ち上がり、ルミエルが向かったと思われる方向を見る。
「いずれにせよ、このまま戦闘を続行するのはまずいな……マスターが付近にいればいいのだが……」
 “天”のランサーがルミエルを探しに歩き始めたその先に——ルミエルがいた。
 意外にあっさり見つかり、“天”のランサーはルミエルに治療を要求した。
「マスター、無事で何よりだ。早速で済まないが、一旦拠点に戻って治療を——」
 言いかけて、止まる。
 何故なら、ルミエルの顔が“天”のランサーが今迄見たことの無い表情を浮かべていたからだ。
 「マスター……? 一体どうした?」
 様子を伺うも、ルミエルの顔面は蒼白したままで、まるで彫刻の様に固まっていたが、ややあって声を絞り出した。
 「……“お前は、誰だ”?」
 「……なんだと?」
 “天”のランサーは眉を潜め、己の耳を疑った。一瞬、ふざけているのかと思ったが、声の調子と冗談半分でもそんなことを言うような性格ではないと思い直す。
 考えられるとすれば、敵の魔術によってかけられた精神異常——
 「……ちっ。許せ、マスター」
 このままではまともに話し合うこともできないと判断した“天”のランサーは、ルミエルを気絶させて拠点(ホテル)に運ぼうと考える。片腕の状態で男一人を運ぶのは中々の労力だが、拠点に辿り着くまでは大丈夫だろうと見越してゆっくりとルミエルに近づいていく。
 「待て、お前は誰なんだ?」
 「サーヴァント、“天”のランサーだ」
 必然最低限の受け答えをしつつ、歩いていく。
 「“天”の、ランサー……!?」
 驚きを無視して近付く。だが、ルミエルも同様に退く。
 「マスター……?」
 「お前が……お前がランサーの訳無いだろう!?」
 声を荒げて“天”のランサーを威嚇すると、令呪が刻まれた腕を掲げた。
 「令呪を以て命ずる——」
 「! く——!」
 嫌な予感がした“天”のランサーは跳躍して距離を詰めようとするが、ルミエルの方が早かった。
「——自害しろ。ランサー」
 ルミエルが命ずると、“天”のランサーは槍を自らの体に突き立てようとする。
 が、“天”のランサーは自身の対魔力スキルによって辛うじて令呪の発動に抗っていた。
「血迷ったか、マスターッ! その命令で私がこの状態になっていることが何よりの証だろう!」
「黙れ、偽物! 彼女がそんな怪我を負うことなどあり得るか! どのような手段を用いて彼女に成り代わったのか知らないが、彼女を騙るなど言語道断だ!」
「まさか、此処まで酷いとは……!」
 “天”のランサーに残された手段は二つ。
 マスターを殺すか、令呪の効力が切れるまで抗うか。
 この聖杯大戦(たたかい)でもそうだが、自身のマスター殺しは余り得策とはいえない。クラスがアーチャーなら次のマスターを探しに行けるかもしれないが、生憎、現在のクラスはランサー。探し回っている内に消滅する危険性が高く、なにより、一度忠誠を誓った主を見捨てるのは彼女の矜持が許さなかった。
 令呪に抵抗しつつ、マスターを気絶させる機会を伺うが、ルミエルはさらに文言を紡ぐ。
「令呪二画を以って、厳命する! ——自害しろ! ランサァアアアアアッ!」
「——ぐ」
 二画分の令呪により、“天”のランサーは槍で己の心臓を貫き。
 ルミエルは膝から崩れ落ち、倒れた。
(……私の願いは間違っていたのか……? 何故こうも、上手く……行かない……)
 消滅する最中、“天”のランサーは涙を流し、仰向けに倒れた。
(ああ……せめて、せめて……貴方の笑顔を、もう一度見たかった……)
「師、父………」
 淡く輝く月に手を伸ばし——完全に消滅した。

「まさかとは思ったけど……アレが効いているなんて……」
 遅れてマリアが公園の広場に到着した。
 そこには、ただ一人。ルミエルが横たわっていた。
 改めてマリアは自分の魔術が理想とする域に届きかけてることを実感した。
 彼女の放ったガンドには幻覚の他にもう一つ、別の暗示が添加されていた。
 錯乱。それがルミエルに幻覚付きのガンドを撃った際に添加した効果である。
 今度こそルミエルの息の根を止めるべく、用心して接近する。
 「っ………」
 様子を見ると、先程ガンドを拳で殴り砕いた人とは思えない程憔悴しきっており、ともすれば、死体なのではと錯覚するくらいに生気と呼べるものがなかった。
 だが、身体が微かに動いていることから未だに生存している。
 そしてマリアは左半身を下にして茫然自失しているルミエルの首筋に回収したカッターナイフを突き刺す。
 鮮血が吹き出し、公園の土を赤く染め上げ、ルミエルは息絶えた。
 突き刺したマリアはというと、刺した瞬間後方に飛び退いたため、最小限の返り血を浴びただけで済んだ。
 マリアは赤い斑点のついた白いワンピースの裾を破り、ルミエルの顔に切れ端を被せると、公園の出口に向かって進み始めた。
「——さよなら」
 風が髪をなびかせ、敵と――自分のサーヴァントに別れを告げた。

 八月十一日 零時三十分 寺院周辺

 海鳴市の北部、丘の上にある寺院の周辺で、雨が降っていた。
 だが、空には満月が顕現して月光が淡く街を照らしており、雨雲は見受けられない。ならば、局地的な豪雨(スコール)か? それならばその周辺以外が晴れているのも納得が出来る。
 だが、それも違う。
 いくら豪雨とは言え、降った箇所が“焼け焦げて”いることなど有り得ないからだ。
 木を焼き、森を焦がしているのは文字通り“火の雨”である。
 そんな火の雨から逃れるように走る人物がいた。
 青いYシャツの胸元から青いTシャツを覗かせ、下は青いスラックスに踝まで覆う青いブーツを履いた青年、青崎空我が息も絶え絶えになりながら走っていた。
「はぁ、はぁ、はっ、はぁ、はぁ……」
 木に紛れ、なるべく火の雨の射線上に入らないように走り、直撃をかわす。
 木に当たり、燃え上がって倒れてくるがそれも避ける。
 「くっそォ……あいつ、ホント容赦ねェな!」
 辛うじて回避して、空我は悪態をつきながらも休むことなく走り続ける。悪態をつかれた元凶——田村エニシは丘の上にいた。
 「……妙ですね」
 自身の魔術礼装から炎の弾を発射し続けるエニシは逃げ続ける空我に違和感を感じていた。
 「攻撃を仕掛ける訳でも、逃げ帰る訳でもなく私を基点に走り回っているようですが……」
 冷静に状況を分析しながら火炎弾を撃ち続け、埒があかないと見たエニシは攻撃を一旦止める。
「ふむ。ならば、これはどうでしょう」
 杖の先端部にある弾倉(マガジン)から一つ空薬莢を吐き出し、魔力を充填、そして一小節の呪文を唱える。
 「ロードカートリッジ——ブラストファイアー」
 両手で構えた杖の先から一筋の朱い光が放たれる。光は一直線に空我の進行方向に向かう。
 「い……! マジかよ……っ!」
 回避は不可能。止まれば狙い撃ち。ならばどうする――!
 「こなクソォッ!」
 跳んだ。
 光が空我の射線に交差するよりも速く。
 着弾して爆風に身体が浮かされつつも、空我は地面に手を着く。
(熱っちィ! けど、まずは一個目………!)
 爆風に驚き、自身に魔力が流れ込むのを感じる。空我はすぐに走り出し、先日仕込んだ魔力抽出の術式が設置されている次の場所へ向かう。
 「ほう、今のをかわしますか。攻撃力はともかく、逃げるのは上手なようですね」
 エニシは先程までと同じように炎の弾を幾つか杖の先端から射出すると、空我がいると思われる領域に降り注がせる。
 「あァあああッ! クソッ! あちィ! マジあっちィ!」
 降り注ぐ火の雨に悪態をついて、それを避けながら空我は走り続ける。

 マスター同士の戦いで、片方が劣勢を強いられる中、寺院の北方にある霊園でサーヴァントが佇んでいた。
「どうやら、マスターの方はおっ始めたようだな」
 呟いたサーヴァント——“天”のアーチャー(シューター)は寺院の方を保有スキル“千里眼”を用いて眺めていた。
「しっかし……俺が付いてなくて大丈夫か? アレ……」
 己のマスターの窮地っぷりに半眼になっていた。
 おもむろに、“天”のアーチャーは後ろにいるであろう存在に語りかける。
「……さて。攻撃してこねぇってことは、余程自信があんのか……それとも、正々堂々勝負したいっつう古風な奴なのか……」
 “天”のアーチャーはゆっくりと振り返って、後ろに降り立った人物に問い掛ける。
「あんた……嬢ちゃんはどっちだ?」
「あえて言うなら、後者かな」
 “天”のアーチャーからやや離れた所で、栗色の髪をツインテールにし、純白のワンピースの様な服を身に纏った女性——“時”のアーチャー(なのは)が柔和な笑みを浮かべていた。
 ……もっとも。魔術礼装(レイジングハート)を手にしている時点で世間話で済ませるつもりが無いのは確かだが。
「そういや、“(うち)”のセイバーふっ飛ばそうとしたの、嬢ちゃんだろ?」
「味方が劣勢だったら加勢するのは当然だと思うけど」
「それもそうだな。俺も加勢したし」
 そこで会話が途切れ、数秒間沈黙が二人の間に流れると、“天”のアーチャーが口を開く。
 「女性優先(レディーファースト)だ。先手はくれてやるよ」
 「ずいぶんと自信があるみたいだね」
 「女性には紳士であり真摯であれ。ってのが、お師匠の教えでな」
 「……じゃあ、お言葉に甘えて——」
 その態度に思う所が無いわけではない“時”のアーチャーだったが、勝つことを優先し、“天”のアーチャーを魔術で拘束した後、ディバインバスターで早々に決着をつけようと考え、拘束魔術を掛けるため手をかざそうとした。
 《Accel fin》
 「ッ——」
 だが、拘束魔術を掛ける寸前にレイジングハートが自身を飛翔させ、そのすぐ下を一陣の突風が通りすぎる。
 「ありゃ。この距離で外すとは……嬢ちゃんやるねぇ」
 見ると、“天”のアーチャーが長い銃身の回転式拳銃(リボルバー)を手にしていた。
 「堂々と嘘を吐くのも師匠の教えなのかな?」
 「先手はくれてやるとは言ったが一発食らってやるとは言ってねぇからな。大体、嬢ちゃんが手を動かした後に俺ぁ動いたし、嘘は吐いてねーよ」
 「そういうの屁理屈っていうんじゃない?」
 「それ、言葉の意味を理解してない頭の悪い言い訳だな」
 「…………」
 “天”のアーチャーは表情を険しくさせた“時”のアーチャーを見据え、銃のトリガーガードに指を掛けてくるくると回していた。
 「つーかよ、殺し合いに嘘も卑怯もねぇだろう。そんでもって——」
 くるくると回していた銃を持ち直し、銃口を“時”のアーチャーに向け、口角を上げながら高らかに告げる。
 「俺は、お師匠ほど女に甘くねぇんでな!!」
 そして、“天”のアーチャーは追撃といわんばかりに引き金を連続して引き始めた。
 「……ッ!」
 完全に出鼻を挫かれた“時”のアーチャーは次々と放たれる暴風を避けるため高度を上げて距離を取り、杖を構えた。
 「ディバインシューター……」
 《Shoot》
 「シュート!」
 “時”のアーチャーの声と礼装の機械音声が重なり杖の先端から六発の桜色の光弾が放たれる。
 光弾は複雑な軌道を描きながらも、そのすべてが“天”のアーチャーに向かっていく。
 「ひい、ふう、みい、よ、いつつ、むっつ。っと」
 “天”のアーチャーは曲芸のような軽やかな動きで光弾を避けたのち、引き金を引いて光弾を吹き消した。
 「ほらほら、どうしたよ嬢ちゃん。攻めねぇとお前のマスター吹き飛ぶぜ?」
「そんなことさせない!」
 《Accel Shooter》
「シュート!」
 “天”のアーチャーの安い挑発に飛行していた“時”のアーチャーは魔術礼装(レイジングハート)の先端部から三十二発の光弾を発射し、それぞれ不規則な弾道を描いて“天”のアーチャーに飛ばす。
 「だからよぉ、そーゆー小手先は……」
 “天”のアーチャーは宝具でもある拳銃のトリガーガードを人指し指でくるくると回し、握り直して構えると狙いを光弾に定め、連続で撃つ。
 光弾は意志があるかのように回避行動を取ろうとするが、悉く見えない銃弾にかき消されていく。
 だが、“時”のアーチャーも無策ではない。
(これなら……!)
 次々とかき消されていくなか、“天”のアーチャーの背後に誘導弾の一つが真っ直ぐ向かって行く。
 三十二発の内、三十一は囮。
 敵にダメージを与える為には一発でも多く攻撃を当てる必要がある。
 そして敵のクラスはアーチャー。
 スキルか宝具でも使用しなければ、さほど耐久性はない筈。故に一発でも当てれば態勢を崩し、そこに強力な一撃を加える。
 “時”のアーチャーはそう順序立てていた。
 だが——
「——効かないっての」
 死角からの攻撃を視認せずに、腕だけを背後に向けて引き鉄を引き、光弾を撃ち消した。
 敵の技量の高さに“時”のアーチャーが息を呑むと同時に礼装が一小節の呪文を詠唱する。
 《Flash Move》
「くっ……!」
 “時”のアーチャーのすぐ横を強烈な突風が吹き荒ぶ。
 高速移動で避けたにも関わらず、風圧を受け、姿勢を崩される。
「だったら面制圧で!」
 《Accel Shooter》
 態勢を立て直しながら、先程と同じく、三十二発の光弾を展開してそのまま直射する。
「お、今度は撃ち合いか? けどな、距離が空いてる、って時点で俺の有利には変わりねぇんだよ」
 余裕綽々といった様子で“天”のアーチャーは引き鉄を引く。
 撃鉄は下ろされ、銃砲から弾丸が放たれる。
 しかし、弾丸が発射された様子はなく側から見れば空撃ちしただけのように思える。
 だが、姿形は見えずとも、脅威は密度と質量を持って光弾の群れをかき消した。
 その光景に“時”のアーチャーは、やはり、と納得する。
(間違いない。あれは——)
 “時”のアーチャーが攻撃(からくり)正体(たね)を見破ると同時に“天”のアーチャーが口を開いた。
「攻めあぐねているようだからハンデで教えてやるよ。俺の(コレ)はな、風を撃ち出すんだよ。故に——」
 “天”のアーチャーは“時”のアーチャーに狙いを定め引き鉄に指をかける。
「コイツの弾丸はこの世全ての空気だ。弾切れを期待すんなら、諦めんだな」
 口元は薄く笑いながらも“天”のアーチャーは引き鉄に指を掛ける。
「っ……!」
 攻撃の余波で大方の予想はついていた。だが、それ以上に“時”のアーチャーには、眼下の敵に生前、共に戦い、そして慕っていた“彼”の姿がちらついてしまう。
(今は戦いに集中……!)
 頭を振って迷いを払拭する。
「手数で攻めて駄目ならっ!」
 “時”のアーチャーは“天”のアーチャーの放たれる暴風を避けつつ、遥か真上に飛翔し、杖を構える。
「ディバインバスター……」
 杖の周りに幾重の魔術文字の帯が取り巻き大気中の魔力を収束し、そして——
「——エクステンションッ!!」
 先端部に付随している弾倉から空薬莢を二発吐き出し、桜色の光線が発射される。
 「あいつ、すげぇのぶっ放すなぁ……!」
 苦笑いと共に常軌を逸した攻撃に直ぐ様駆け出し、光が地面に着く前に大きく跳躍して避ける。衝突と共に衝撃波に身を伏せ、起き上がって振り返ってみると、隕石でも落ちたのかと思うくらいの大きな孔が空いていた。
「さっき、言ってたよね」
 声の方に“天”のアーチャーが振り向くと地に足をつけた“時”のアーチャーが杖を構えていた。
 すでに準備は終わったのか先端部に光が収束していく。
「銃の弾丸は空気だから尽きることはない、って」
 “天”のアーチャーが銃を構えると同時に“時”のアーチャーは続ける。
 「なら私は——この周辺に浮遊している魔力が力のすべてだよ!」
 「上等……!」
 “時”のアーチャーは光を放ち、“天”のアーチャーは風を発射し、両者の間で力が衝突した。
 「……なるほどね。レールガンみてぇなもんかと思ったが、見た目通りビームってわけかい」
 力の均衡は直ぐに崩れ、光が“天”のアーチャーを飲み込もうとする。
 「そっちが一発に込めるんなら、こっちは手数で行かせてもらうぜ!」
 連続して引き金を引く。銃砲からいくつもの暴風が光を押し返していき、そして中央まで押し返したところで力の方が均衡に耐えられなかったのか霧散した。
 「く……」
 「ちっ……!」
 互いに目を細めるもすぐに攻撃態勢に移行したのは——“天”のアーチャー。
「そらよッ!」
 “天”のアーチャーは途切れることなく撃ち続け、“時”のアーチャーは障壁を張って耐えるが、耐え切れずに吹き飛ばされる。
「くうっ……!」
 《Accel Fin》
 防御は悪手だと判断し、空中を飛行して暴風を避け続ける。
(隙が……ない!)
 攻撃に移行しようとするが、際限なく暴風が襲いかかってくるため、砲台のような戦闘スタイルの“時”のアーチャーにとっては、この上なくやりにくい相手である。
(でも、リロードする隙がなくてもそれ以外で……!)
 と、“天”のアーチャーの攻略法を考えていると、攻撃がぴたりと止んだ。
「……まさか!」
 訝しんだ“時”のアーチャーは視線を“天”のアーチャーに向けると、マスター(エニシ)がいる場所に向かって暴風を撃ち出していた。
「させないッ! ショートバスター!」
 即座に杖を構えながら高速飛行で暴風に近づいて主砲(ディバインバスター)ではなく、その簡略版を放つ。
 求められたのは威力ではなく速度。
 風である以上、当たれば、当たるだけでも威力は大幅に削がれる。
 その読みは正しく、側面から直撃した風は勢いを殺され、ただのそよ風と化した。
「——いない!?」
 “天”のアーチャーを確認しようと発射地点を見渡すが、彼の姿は忽然と消えていた。
 高度を下げて探索すると、背後から突風に煽られる。
「後ろから!?」
 “時”のアーチャーは、不意打ちに驚きを露わにするが、風を推力にして上昇し、彼方に飛ばされることは回避した。
 振り返ってみると、変わらず薄ら笑いを浮かべた“天”のアーチャーが銃口を“時”のアーチャーに向けて立っていた。
「言ったろ? 攻めねぇと嬢ちゃんのマスター吹き飛ぶってよ。逃げてるだけじゃあ、守れるもの全部無くすぜ?」
 「そんなこと言われなくたって……!」
 “時”のアーチャーも杖の先端部を敵に向け、互いに一撃を放つ。
 再び、風と光が衝突する中、“天”のアーチャーは空中にいる敵に意識を向けつつ、思考する。
(さて……足止めは上々。マスター、手前の敵は自分で何とかしてくれよ……!)
 “天”のアーチャーは空我(マスター)の計画の遂行を待ちながら敵を牽制し続ける。

 “天”と“時”のアーチャーが本格的に戦闘を始める中、“天”のアーチャーのマスターである空我は——
「はぁ………はぁ………っ……」
 木の影にじっとして隠れていた。
 呼吸を整え、息を殺して耳を澄ませると小音ながらも土を踏みしめる音が聞こえてきた。
 空我は静かに深呼吸を一つすると、意を決して駆け出した。
「ああ、そこでしたか」
 そう言いながら声の主——エニシは空我に灼熱の光線を放つ。
(あ、これ死んだ)
 放たれた光線は真っ直ぐ空我を飲み込もうとし、空我は周りの景色、己の動きでさえもコマ送りのスロー再生のような感覚に襲われる。
(あーあ……ここで終わり——)
 蹴りだした右脚が地面に着くと同時にその諦観を葬り去る。
「——なわけあるかァ!」
 空我は一喝すると己の腰にさげた瓶を掴み、蓋を開けて、中身——青い塗料をぶち撒けた。
 塗料は空我の前に壁のように広がり、光線は塗料に遮られジュッと蒸発した音を立て、空我に届くことはなかった。
「ふむ……」
 空我の初めて逃げる以外の行動に、攻撃を防がれたにも関わらず、エニシは感心していた。
 もっとも、防いだ当人である空我は脱兎の如く駆け出していたが。
(ぶ、ぶっつけ本番だけど…上手くいった……!)
 走行による心拍数の増加の他に半ばやけくそ気味に行った行動に驚愕しさらに心拍数を増加させながら走る。
 本来であれば、わるあがき染みた空我の防御など、エニシの放たれた攻撃にかかれば塗料を貫通して空我の上半身を炭に変えているはずだった。
 では、何故エニシの光線は無力化されたのか? それは一重に空我が撒いた塗料に込められた魔力量がエニシの放つ攻撃に込められた魔力を上回っていたからである。
(しかし……それだけではないようですね)
 互いの出力の差などは今の光景でエニシも理解はしている。問題はあれだけの出力元が何処から出ているか——
 「……まさか」
 一つ、思い当たる節があったが、非現実的だと切り捨て、エニシは再び攻撃に移る。
 逃走し続ける空我は次々と飛来する熱光弾を避ける。
 脚の魔術回路を臨界まで駆動させ、その魔術回路に限界まで魔力を注ぎ込んで駆け抜ける。
(ちょっと魔力消費しちまったけど、この分ならすぐに取り戻せる……って、あれ?)
 空我が自身の魔力量について思案する中、いつの間にかエニシの攻撃が止んでることに気付き、ちらりと首だけ振り向き確認する。エニシの姿はなかった。
 「撒けたかどうか知らねェけど、今の内に…ぃいいっ!?」
 空我が次の目標地点にたどり着き、地面に手を置いた瞬間、朱い光線が空我目掛けて飛んで来た。
 空我はそれを地面を蹴り飛ばし、反動で転がって回避する。
「不意打ちでも避けますか」
「間一髪……って、あっち! あちゃちゃちゃちゃっ! あっつ、あっつっ!!」
 森林の奥からエニシがざくざくと土を踏み鳴らしながら空我の前に現れ、避けたと思っていた空我だが、数秒後に火の粉が服に入り込んだのか、熱さに悶えゴロゴロと転げ回り何とか鎮火させ、再び走り出す。
 走り出した空我を追撃する——ことはせず、エニシは己の手にしている礼装を見つめる。
 「もう少し調整の余地がありますね」
 エニシは視力を魔術で強化し、陽一の動向を追いながらポケットから聖別した空薬莢を取り出して魔力の注入を開始する。
 逃げる空我は防御で消費した分の魔力の量が己に流れ込んでくるのを感じ、呪文の詠唱を始める。
「始まりから終わりまで、一から全てを求め、心に宿る祈りはやがて現実として実在する――!」
 言葉を紡ぐごとに魔術回路を通る魔力がごっそり抜かれていく感覚を味わう。
 だが、すぐに魔力が回路を満たし、次の文言を紡ぎ始めながら次の目標地点を目指す。
 逃げ続け、幾つかの地点を通過したのち、空我は丘の麓で(エニシ)を待ち構えていた。
 空我がその場で待機しているとエニシが悠々と前方に現れた。
「逃げるのを止めた……ということは降参の意志ですか?」
 エニシは左手に持っていた礼装の先端を空我に向けるも、特に反応はなく、ぶつぶつと小声で口を動かし、エニシを見据える。
 返答してこない空我にエニシは礼装の先端に魔力を集中させ熱光弾を放つ。
 迫り来る熱光弾に空我は最後の一節を唱える。
「――望む世界よ来たれ、我が(もと)に!!」
 空我が右手で指を鳴らし、あわや直撃する寸前に世界が“塗り変え”られた。

「……く」
 数秒の意識の喪失の後、エニシは上方から降る陽射しによって目を見開いた。
「ここは……」
 一言でいうならば、青と黒。
 上は青天、下は粘性の黒泥。
 どこまで見渡しても青と黒だった。
 そんな二色の世界に一人の男がいた。
世天大青黒地無想(カエルレウム・ニグルム)。おれの――青崎空我の心象風景、固有結界だ」
 「固有結界……」
 エニシは即座に礼装の先端を空我に向け、火焔砲を発射——することはなかった。
 「……!?」
 エニシの不発をよそに、空我は駆け出し、高らかに叫ぶ。
 「おれの世界で好き勝手出来ると思うな!」
 逃げ回っていた時よりも段違いの速度でエニシに肉薄し、顔面を殴り飛ばした。

 「……! マスターの魔力が……!」
 「どうやら、上手くいったみてぇだな」
 瓦礫が散乱する戦場で互いに寺院の方角を見るが、“天”のアーチャーが発した言葉に“時”のアーチャーは険しい表情で睨みつける。
「……どういうこと?」
「敵に質問できる程、嬢ちゃんに余裕があんのか?」
 質問に質問で返した“天”のアーチャーは返答代わりに銃の引き金を引いて風の弾丸を彼女に撃ち放つ。
 「質問に、答えて!」
 “時”のアーチャーは苛立ち混じりに魔力砲を撃つ。互いの一撃は中間地点でぶつかって、弾けた。
 “時”のアーチャーの懸念、それは——
(マスターの……エニシくんの魔力が、消えた…!?)
 “時”のアーチャーの不安を正確に表すならば、“エニシの魔力が感知できない”である。
 もちろん、付近一帯から感知できないだけであり、因果線(ライン)が断たれたわけでもなく、魔力供給(パス)が途切れたわけでもない。
(だとすれば……)
 次元単位での転移、もしくは——外界を遮断する程の結界。
 と、“時”のアーチャーが推察し、魔力の消費を押さえるために地上に降り立つと、“天”のアーチャーが大きく息を吐き、“時”のアーチャーを見据える。
 その雰囲気に今までの軽さは消えており、同一人物なのかと疑いたくなるくらいに一変していた。
 「さて。本気でいかせてもらうぜ——“時”のアーチャー」
 「っ……何から何まで——」
 かつての友と重なった“天”のアーチャーに対する“時”のアーチャーの文句はそこで途切れる。
 “天”のアーチャーが有無を言わさずに引き金を引いたからだ。“時”のアーチャーは瞬時に空中に飛び上がって回避する——が。
 「逃がしゃしねえよ」
 “天”のアーチャーも同時に跳躍する。
 高低差こそ無くなったものの、両者の間には二、三メートルの距離が空いており、“時”のアーチャーも警戒度を引き上げる。
 そのまま照準を“時”のアーチャーに定めて撃つ——ことはせず。“天”のアーチャーが向けた銃口は敵の反対側を向いていた。
「こういう事も出来るんでな!」
 銃口から放たれた風は、相手を吹き飛ばすものではなく、発射させたものを加速させる——言うなればジェット噴射。
「っ!?」
 一瞬にして間合いを詰められた“時”のアーチャーは驚愕し、数秒ではあるが、身体を硬直させてしまった。
 “天”のアーチャーがその隙を見逃す訳もなく、空中で前転、勢いをつけて、かかと落としを叩き込む。
「ぐぅ……っ!?」
「おぉおおりゃあああっ!!」
 杖を盾にするも、運動エネルギーを加算した一撃に蹴り落とされる“時”のアーチャーだが、地面すれすれで体勢を立て直す。
 しかし、追撃は終わらない。
「一息なんざつかせやしねぇよ!」
 空中から落下しながら、“天”のアーチャーは風の弾丸を“時”のアーチャーの八方に放ち、移動を制限させる。
 すぐさま回避行動に移そうとしていた“時”のアーチャーからすれば、逃げ道を封鎖されたに等しい。
 そのすぐあとに“時”のアーチャーの眼前に降り立った“天”のアーチャーは着地の反動をつけて鳩尾を狙い、左の足で蹴り飛ばす。
「っ……」
 大きく後ろに吹っ飛んだ“時”のアーチャーを追撃するべく前進しようとした“天”のアーチャーだが、左脚から聞こえた鎖の音に気付く。
 鎖は脛を起点に伸びており、“天”のアーチャーの左脚に絡みついていた。
 「うぜぇな、ったく……!」
 空中に固定された脚を力任せに引くとガラスが割れたような音をたてて砕け散った。
 距離が空けた“時”のアーチャーは杖の先端を前に突き出して構えていた。
「A.C.S……ドライバー!!」
 杖の切っ先から魔力刃を展開させ、“天”のアーチャーに突撃する。
 “天”のアーチャーは迎撃しようと銃口を“時”のアーチャーに向けるが、彼女の突撃による衝撃波で地面が抉れていることに気づき、舌打ち混じりに“天”のアーチャーは横に回避した。
 再び両者の距離が大きく開いた後、互いに己の得物を構える。
 “天”は引き金を引いて銃口から暴風を放ち、“時”は杖の先端から光を放つ。
 そのやり取りに小細工も奇策もなく、純粋なまでの力のぶつかり合い。
 ただひたすらに相手を倒すために()つ。()つ。()つ。
 己が敵の息の根を絶つために(だんがん)を撃ち、(いちげき)を放つ。
 放ち続ける攻撃がぴたりと止まる。
 “天”のアーチャーの額にはうっすらと汗が滲み出ており、対して“時”のアーチャーは息が上がっていた。
 いくら周囲の魔力を集束して攻撃しているとはいえ、回避行動で飛翔しているせいで自身の魔力の消費は否めない。
(このままじゃ、埒があかない………)
 長期戦は不利。一撃に全てを賭けるしかない。
 “時”のアーチャーの宝具に“とっておき”と言えるものはある。
 一発逆転。起死回生の一撃が。
(問題は………)
 時間。溜めるだけの時間が、要る。
 策を練る中、“天”のアーチャーが己の得物、『青天の銃(アスール・ピストラ)』を霧散させた。
「何を……!?」
 “時”のアーチャーが驚愕する中、“天”のアーチャーは右腕の袖を捲り上げ、左手の爪で手の甲側の腕を引っ掻いて傷をつけ、反対側を指二本の爪を立てて引っ掻く。
 かなり深く立てて引っ掻いたのか、計七本の傷痕から流血していた。
 その腕を天に掲げて、右手の親指と人指し指のみを真っ直ぐ伸ばし、いわゆる、“指鉄砲”の形に作る。
「束ねろ、七天……!」
 その言葉と共に、全方向から風が吹き始める。
 そして、“時”のアーチャーは瞬時に悟る。
(間違いない……! あれは宝具の発動!)
 見た所、相手は風を腕に収束させ指先に溜めているようだった。
 下手に仕掛けて、相手に回避される事を危惧した“時”のアーチャーは、自身も宝具の真名を解放する用意に取り掛かる。
「『星光の(スターライト)………」
 “時”のアーチャーの周囲にある魔力が光となって杖の先端部に収束する。
 杖の先端部の前に二つの魔法陣が連続して並び、手前から見て奥の二つ目の前に桜色の光球が現れ、徐々に肥大化する。
「『風天(ウェントゥス)………」
 “天”のアーチャーは左手で右手を支え拳銃を構えるようにして照準(ゆびさき)を“時”のアーチャーに向ける。
 彼女が光を大きくしているのに対して、“天”のアーチャーの指先に集束している大気はゴルフボール位の大きさしかない。
 しかし、濃縮され続ける大気は月光を屈折させ、周囲の風景を歪めるそれは、まるで異界に通じる穴のようだった。
 やがて、風と光の集束が止まり、風が凪ぎ、光が止まり、全てが静止する。
 そして——
穿弾(ブレッド)』ォッ!!」
 右手の撃鉄(おやゆび)を下ろして、銃口(ひとさしゆび)から極限まで圧縮された全て吹き飛ばす魔弾が発射され。
破砕砲(ブレイカー)』ッ!!」
 《starlight breaker》
 幾重もの光の翼を広げた杖の先から桜色の極光が、機械音声と共に一直線に放射される。
 周囲にあるもの、進行上にあるもの全てを灰塵にして二つの宝具は衝突した。
 放射された光の中を風の魔弾が突き進む。
 弾によってかき分けられた光が“天”のアーチャーの周囲に着弾し、地面を穿ち、クレーターを生成する。
 ある一点を境にして桜色の光の壁とでもいうべき一撃は“天”のアーチャーには届かないでいた。
「全力全開なのに……!」
星光の破砕砲(スターライトブレイカー)』の威力を以ってしても淘汰出来ない事に“時”のアーチャーは歯噛みする。
 徐々に風の魔弾が“時”のアーチャーの下に迫る。
 “天”のアーチャーは、自身の一撃が拮抗していることに僅かに驚きながらも、『風天穿弾(ウェントゥス・ブレッド)』の次弾の装填に取り掛かり、“時”のアーチャーは奥の手を用いる。
「ロード——」
「『風天(ウェントゥス)——」
 示し合わせたかのように二人の声が重なる。
「——カートリッジ!」
「——穿弾(ブレッド)』!!」
 次なる一撃が放たれた。

 二騎のサーヴァントが最終戦争(ハルマゲドン)よろしく、周囲の地形を攻撃の余波で作り変える中、そのマスター達は、
 「ふん! せいっ! はァああっ!」
 「ぐ……ぅ…」
 空我が、エニシを殴っていた。
 正中線——鼻、胸、鳩尾を狙って殴る。
 エニシは鼻、胸に向かってきた拳打は、それぞれ、感覚がなくなってきた腕を盾にして防ぐが、鳩尾を狙ったものは防ぐことはできなかった。
 だが、身体を向きを捩ることでいくらか、ダメージの軽減に成功する。
 エニシが後退り、膝を着く寸前で踏ん張る。空我との距離が空き、呼吸を整える。
 殴り疲れたのか、空我の方も呼吸が荒くなり、エニシに追撃をかけることはなく、その場に立ち尽くしていた。
「なんで……倒れねェ……!」
 エニシの状態を一言でいうならば、満身創痍だった。
 鼻と口からは血が流れ落ち、服の内側は殴打による痣が複数できていた。
 それでも、尚、エニシは二本の足で水面の大地に立っていた。
 空我は倒れないエニシに焦り始める。
(能力面じゃあ、今のおれの方が上だが……このままじゃ、時間切れになる……!)
 空我は深呼吸すると同時に、再びエニシに殴りかかる。
(やはり、この結界を展開していられるのは長くないようですね。時間は……詠唱一節が一分と仮定すると……おそらく八分が限度でしょう)
 殴られ、ダメージを負いながらも、エニシは冷静に思考を続ける。
(この空間……固有結界でしたか。ここに引き込まれてからおそらく五分が経過したはず。予測通りならあと三分……!)
 空我の拳がエニシの顔面に迫る。
 エニシは防御のつもりで、つい、その拳を腕で打ち払う。
「!」
「……これは」
 最初に空我に危害を加えようと攻撃し、何故か行動が空我の後になった先入観から、空我への攻撃は無駄だと割り切っていたエニシにとって今の状況は異常に感じられた。
「なるほど。自衛ならば不可思議な現象は発生しないようですね」
 結界の特性の一部を理解したエニシは苦痛に堪えながらも、防御の構えをとる。
(気づかれたか……だがな)
 舌打ちして空我は拳を構える。
「あと一撃入れりゃあ、充分だろ!」
 助走をつけ、渾身の力で殴りかかろうとする——が、
 世天大青黒地無想(カエルレウム・ニグルム)の空と地面が、消えた。
「時間切れだ、と……?」
 予想よりも早い結界の終了に空我は動揺して立ち止まってしまう。
 しかし、空我の足を止めたのはそれだけではない。
 彼の目には、桜光を放つ白い天使(サーヴァント)——“時”のアーチャーが映っていた。
「なんで……」
(好機……!)
 結界が解けた千載一遇のチャンスをエニシは見逃さない。
 礼装を握り締め、声を絞り出す。
 「ブラスト、ファイアー……!」
 音叉型の先端から朱い焔の光線が真っ直ぐに向かっていく。
「やべ——!」
 意識を敵のサーヴァントに向けていた空我が焔に気付いたのは一歩手前まで近づいてきた時だった。
 回避行動をとる空我だが——
「——ぐふっ」
 焔は、空我を、貫いた。
(腹部の三分の一が焼失したようですね)
 どさり、と空我が膝から、うつ伏せに倒れた。
 エニシは制服の裏の胸ポケットから眼鏡ケースを取り出して、そこから予備の眼鏡を掛けた。
 先程よりは鮮明に映る視界に空我を見つける。
 倒れたまま動かない空我を絶命した、と推測したエニシは視線をサーヴァントの戦闘に移す。
「何とも間の悪い………」
 サーヴァント二騎は己の宝具を解放し、ぶつかり合っていた。
 このままでは攻撃の余波に巻き込まれると感じたエニシは一人先にアジトに向かおうとする。
(マスターが死んだ以上、敵のサーヴァントが消滅するのは時間の問題……ここはアーチャー(なのは)に任せて拠点で治療を……)
 エニシはサーヴァント達の戦闘に注意を向けつつ、二騎に背を向けて歩き出そうとした。
「……令……呪……三画を……以って、勅命する……!」
 蚊の泣くようなか細い声でも令呪は空我の命令に反応して輝きだす。
 血を吐きながら立ち上がり、“時”のアーチャーを睨みつけて、声を絞り出した。
「アーチャー……目の前の……“時”のアーチャーを……」
 苦痛を怒りに。
 意識を憎悪に塗り替えて、叫ぶ。
「——殺せェええええっ!」
 空我の右手の甲に有った痣は一際強く輝くと、全て消えた。
「まだ生きて……!?」
 その叫びに、エニシと、
(この声……どこかで……)
 “時”のアーチャーが気付く。
 しかし、彼女は敵の宝具に競り勝つため視線を声の方に向けることはできなかった。
 そして。令呪(めいれい)を受けた“天”のアーチャーは——
 「——その依頼(めいれい)、承った」
 令呪のバックアップによって、自身の内在魔力が大幅に上昇する。
 「迂闊でした……」
 エニシは己の詰めの甘さに苛立ちを覚えつつ、空我を睨みつける。
 当の空我は、おぼつかない足取りながらも血走った瞳でエニシを睨む。
 数秒、間が空き、空我が走り出した。
 エニシは鈍痛を堪えて礼装を構え、焔を発射する。
 焔が空我の顔面に向かうが、当たる直前に空我の左脚が躓き、左前方に身体が傾いて焔を避けた。
「躱された…!?」
 躱した拍子に空我は残った魔力を右手の強化にあてる。
 そして——
「腕の一本は、貰って逝く!!」
 膝の伸縮を利用して一瞬でエニシに接近した空我は、礼装を持っているエニシの左腕を左手で掴み、右手による掌底を下から腕に打ち込む。
「ぐ……」
 ごぎっ、と鈍い音がエニシの腕から聞こえると、エニシは前蹴りで陽一を蹴り飛ばし、礼装を右手に持ち替えて焔を発射する。
「ディザスター、ヒート」
 柄の弾倉から焔の発射に合わせ、連続して三発、空薬莢が吐き出される。
 発射された焔は今度こそ狙いを外すことなく、空我の身体を呑み込み、跡形も無く消え失せた。
「アーチャー……!」
 エニシは空我を完全に消滅させるのを見届けると視線をサーヴァントの方へ向けた。

 空我が瀕死になりながら令呪を使用し、その効力を得た“天”のアーチャーは、自身の身に起きている状態を冷静に把握する。
(令呪の後押しで全盛期の半分ってところか。ま、令呪も使用されたことだし——)
 右手の指先を前に突きだし、衝突している地点を見据える。
 風の魔弾は光を八方に裂いて拮抗していた。
 「——命をかけて()りますか」
 瞬間、“天”のアーチャーの右手の指先に大気が集束していく。
 その数——五つ。
 各指に一気に集束していく中、狙いがブレないように手首を左手でがっしりと掴み、固定する。
「まず、一発目……!」
 親指を向けて、撃つ。
 親指が発射と共にへし折れ、轟音を鳴らしながら魔弾が空を切り裂いて光の中を突き進む。
「ぐぅ……っ!」
 “天”のアーチャーの追撃により、力の均衡が徐々に崩れ、“時”のアーチャーの方に押し込まれていく。
「ま、これくらいで仕留められるとは思ってねぇさ……!」
 仕留め切れないことを特に気にする様子もなく、人指し指に装填されているものを撃ち放つ。発射と同時に指が捻れ折れたが、表情一つ変えていなかった。
 続けざまに放たれたことにより更に押し込まれていく“時”のアーチャー。
「んー……ここまで耐えられるとは流石にショックだが……じゃ、お次は二連発だ」
 中指と薬指の分を連続で撃つ。中指は手の甲につくほど折れ曲がり、薬指は関節の可動する逆側の第一関節に折れ曲がっていた。
 魔弾はもう“時”のアーチャーの五メートル先まで来ており、彼女の踏ん張りにより、足が地面を抉る。
 《master it is very dangerous》
「まだだよ……レイジングハート……!」
 必死に耐える“時”のアーチャーに“天”のアーチャーが小指(さいご)の一発を構える。
「これで、消し飛べえっ!」
 全身全霊(ありったけ)を込めて一発を放ち、小指が千切れ飛んだ。
 計七発の魔弾が串団子の如く、連なって光の中を突き進む。
「く……うぅっ……!」
 最早、風の矢とでもいうべき一撃が着実に“時”のアーチャーに迫っていく。
 徐々に、徐々に、光の中を突き進み、そして——
「レイジング……ハートっ!」
 《load cartridge》
 魔弾の勢いが自身の寸前で止まったのを機に、魔力を充填し、礼装の弾倉から空薬莢を吐き出す。
 増幅された魔力はそのまま宝具の威力に転換し、魔弾を押し返す。
 一発吐き出す度に次弾を装填し、連続して空薬莢を吐き出す。
 光は瞬く間に盛り返していき、形勢は逆転する。
 空薬莢を一つ吐き出す度に魔弾が消され、遂には、最後に放った魔弾すら打ち消された。
「んー……あんま言いたかねぇけど、敗因はマスターの性能の差かねぇ……」
 “天”のアーチャーは身動き一つ取れずに一人ごちる。
 溜め息を吐く頃には、光はすぐそこまで迫ってきていた。
 自嘲気味に口角を上げて呟く。
「聖杯諦めてでも……あいつが許せなかったんだよな。マスター(クウガ)
 その辞世の句と共に、“天”のアーチャーは『星光の破砕砲(スターライトブレイカー)』に飲み込まれた。

 八月十一日 零時三五分 埠頭

 先月末に繰り広げられた戦闘によって、その場に傷跡を残した埠頭は聖堂教会の活躍によって完全に修復されており、倒壊する前と寸前違わず元通りになっていた。
 コンテナの一つに背中をつけて寄りかかる赤いレザージャケットに黒いジーンズという装いの男——荒眞が、来訪者に気づき、足音の方を向く。
 水色髪の少年——水樹七哉と、金色の長髪を携えた美女——“時”のセイバー(フェイト)が堂々と歩いてやって来た。二人を注視すると七哉の手には“時”のセイバーが所持している礼装の色違いが握られていた。
 「ここで会ったが百年目ってやつだ——クソガキ」
 正面に向き直って言った荒眞のその物言いにカチンときた七哉は声を荒げて反論する。
 「ボクには水樹七哉って名前があるんだ! この脳筋チンピラ!」
 その返答に荒眞はこめかみをひくつかせる。
「俺にも赤枝荒眞っつー名前があんだよ。クソガキ」
 もっとも、荒眞の方は本名では無く、一輝から適当につけられた名前なのだが。
「っ、セイバーっ!!」
 二度目のクソガキ発言に頭にきた七哉は“時”のセイバーをけしかける。
 荒眞は悠々と七哉の下に向かう。迫りくる“時”のセイバーに対しては一瞥することもなく。
 そして、鎌が振り下ろされる——
「甘いな」
「っ、“天”のセイバー……!」
 寸前に、“天”のセイバー(ブレイド)が突貫し、“時”のセイバーの攻撃を防ぐ。
 “天”のセイバーは、“時”のセイバーを弾き飛ばし、マスター達から遠ざかる。
 去り際に七哉が“時”のセイバーに念話で語りかける。
『セイバー。あのチンピラの方はボクがやっつけるから、サーヴァントの方はお願いね』
『解った。ナナヤも無理はしないようにね』
 お互いに首肯し、それぞれの敵に意識を向ける。
「泣いて謝ったって、もー許さないからな!」
 七哉は礼装を構え。
「そりゃあ、こっちの台詞だ。今回は逃がさねえぞ」
 荒眞はパキパキと指を鳴らした。

 連続して金属音が鳴り響く。
 互いに命を刈り取る一撃を繰り出すも、それも互いに防ぐ。
 “時”のセイバーの鎌による高速の斬撃は悉く防がれ、“天”のセイバーの反撃も悉く躱される。
 何十、何百と剣戟を重ねる内に、“時”のセイバーが引き際に雷の槍を放つ。
 その数、三つ。
(まずはこれで…!)
 無論、“時”のセイバーもこれで致命傷を負えることは考えてはいない。万が一でも、動きを封じられれば、儲け物だが——
「はっ」
 三つの槍は“天”のセイバーの大刀の一振りによって斬り払われる。
 “天”のセイバーは次なる攻撃に備え大刀を構え直す。
 すると、彼の背後から再び、雷の槍が飛来する。紙一重で避け、周囲を見渡す。
(……なるほどな)
 目を凝らせば、金の長髪を靡かせて、残像が映るほどの速度で四方八方に跳躍するのが見えた。
 “天”のセイバーは気配を研ぎ澄まし、あらゆる方向から飛来する雷の槍を斬り払う。
 斬って、斬って、斬り払う。しかし——
「ちっ……」
 いかんせん、数が多い。
 頭部や心臓に向かってくるものは確実に落としてはいるが、それ以外のものは少しずつ身体に掠り始めた。
 眉根を寄せた“天”のセイバーはコンテナに向かって走り始めた。
「逃がしはしない……!」
 追撃をかける“時”のセイバーは、雷槍を発射しつつ、“天”のセイバーを追う。
 駆ける“天”のセイバーはコンテナの向こう側に飛び込み、追走する“時”のセイバーはコンテナ諸共、蜂の巣にするべく、連続して雷槍を撃ち出す。
 雷槍がコンテナに当たる直前に、ぎゃりん。と鉄を切り裂く音を立ててコンテナの中央に直線が刻まれる。
 その直後に上半分が雷槍に貫かれながら“時”のセイバー目掛けて飛来する。
「はぁあああっ!」
 気合を込めて、“時”のセイバーはコンテナを縦に両断する。
「っ……!」
 斬った、と思ったのも束の間。奥からもう半分のコンテナが間髪入れずに目の前に飛んで来る。
 とっさのことだったが、一足跳びで後ろに下がりながら下から鎌を斜めに振り上げて両断する。
 コンテナの向こう側にいるはずの“天”のセイバーを探すが——
「なっ……!」
 “天”のセイバーが“時”のセイバーの真横から腰に据えた大刀で薙ぎ払おうとしていた。
(一旦、ブリッツアクションで回避行動をとって——)
 反撃。しかし、“時”のセイバーのそれは少し色を変える。
(それじゃ、倒せない……!)
 後ろに踏み出しかけた足で地面を蹴って踏み込んで叫ぶ。
「ライオットっ!」
 《riot blade》
 鎌は瞬く間に複雑な変形を繰り返し、そして、金色の刀身を生やした直刀に変形した。
(ようやくセイバーらしい武器になったな)
 “天”のセイバーは相手の武器の変形に特に動じることもなく、渾身の力で薙ぎ払おうとする直前に、彼の胸ポケットが振動する。
(時は来た……!)
 荒也に渡されたタイマーの時間通知。それの意味するところは——
「『赤天の刀(ベルメリオ・イスパーダ)』……!」
 宝具の発動条件の達成。
 そして、大刀は鳴動して赤く輝きながら“時”のセイバーの剣とかち合う。
 つばぜり合った衝撃波で二騎の周辺にあるコンテナが轟音を響かせて倒れていく。
(割れない……だと?)
 宝具を発動しているにもかかわらず、“時”のセイバーの刀身が七つに割れていないことに、“天”のセイバーは表情は変えず、驚いていた。
 好機と感じた“時”のセイバーは、行動を加速させる魔術を自身に掛けて、剣速を上げる。
 あまりの速度に、“天”のセイバーの身体に切り傷が生じ、所々出血——は、しなかった。
 斬られているはずなのに、血が出ないという現象に“天”のセイバーは眉を顰める。
 そして——
「ふん……っ!」
「く……ッ!」
 幾度か、大刀で受けた際に“天”のセイバーが強引に押し返す。
 距離を空けた“時”のセイバーが呼吸を整えると、“天”のセイバーが口を開いた。
 「貴様………やる気があるのか?」
 その問いに怪訝な表情を浮かべた“時”のセイバーは訊き返す。
 「どういう意味……?」
 「俺を殺す気があるのかと訊いている」
 「っ……それは……」
 “時”のセイバーは言い淀む。倒す気はある。闘志もある。だが、命は——
 「……ないよ」
 ()る気は、なかった。
 それを聞いた“天”のセイバーは——
「——そうか」
 無表情ながらも、その声色は落胆の色が滲みでていた。
 ややあって、“天”のセイバーは大刀を下ろし、目を閉じて深呼吸し――目を開く。
 「っ……」
 “時”のセイバーは思わず息を飲んだ。
 “天”のセイバーの瞳に殺気“だけ”しかなかったからだ。闘志も、勝利に対する欲求もなく。ひたすらな殺意だけが彼の瞳に残っていた。
 昔、誰かが言っていた。
 “真の英雄は眼で殺す”――と。
「死にたくなければ、殺す気で来るがいい」
 言いながら、“天”のセイバーは“時”のセイバーに突貫する。上段から斬りかかる“天”のセイバーに対し、“時”のセイバーは下段から袈裟懸けに斬り上げる。
 互いの刃が再びかち合い、周囲の大気が震動する。
 高速の連撃を叩き込む“時”のセイバーの攻撃をまるで予知したかのように悉く防ぐ“天”のセイバーは一瞬の隙を見つけ、“時”のセイバーの足を己の足で払って転倒させる。
「ッ――!」
 追撃に“天”のセイバーは彼女に大刀の切っ先を突き立てる――!
「ちっ……!」
 切っ先は彼女の身体には向かわず、“天”のセイバーの足下に突き立てられ、同時に刀の峰に“時”のセイバーの剣がぶつかる。
 彼女は倒れた際に、身体をひねって、“天”のセイバーの脚を薙ぎ払おうとしたのだが、それすらも防がれてしまう。
 態勢を立て直すために“時”のセイバーは距離を空ける。
 隙など与えないとでも言うかの如く、今度は“天”のセイバーが“時”のセイバーに追撃をかける。
 駆け出していた“天”のセイバーは“時”のセイバーの数メートル先で大きく跳躍し、大刀を振り降ろす。
 横っ飛びで避けた“時”のセイバーの後ろにあったコンテナが両断される。
 がらがらと豪快な音を立てて崩れ行く。“天”のセイバーと距離を大きく空けた“時”のセイバーは礼装(けん)を正眼に構え、“天”のセイバーを見据える。
 “天”のセイバーは特に構えるでもなく、大刀を下に下げており、“時”のセイバーを見据えていた。
 そこから、両者は静止してお互いに分析、観察、把握する。

(やはり——強い)
 そう認識したのは“時”のセイバー。
(剣士(セイバー)のクラスだけあって剣の扱いが巧い。身の程もある刀を手足のように扱えるなんて)
 これまでの戦闘を振り返る。
(剣の一撃から筋力は恐らくBかそれ以上。耐久や敏捷は……これもB以上。魔力と幸運は……魔力については、今まで使用している節がないし……幸運については、こればっかりは確立の問題だから対策のしようがない)
 次に“時”のセイバーは“天”のセイバーの大刀に注目する。
(あの刀は宝具、真名解放することで切りつけたものを七つに分断する。ただし、魔力量が多いもの……もしくは——宝具のランクの差によるものは無効化される)
 “時”のセイバーの脳裏に初戦の苦い記憶がよみがえる。
 “時”のセイバー(おのれ)の渾身の一撃、その刀身が七つに割れるその光景が。
 悔しさを握る柄に込める。
(……やっぱり、全力でやるしかないか……!)
 “時”のセイバーは覚悟を決める。敵を、(たお)す覚悟を。

(やはり——速い)
 そう認識したのは“天”のセイバー。
(剣士(セイバー)クラスのくせに凄まじい敏捷。いくらスキルの類や宝具の能力で上昇させてもアレは異常だ。大雑把な目測でAに+が一つ……最悪二つ以上か。筋力は然程無いようだが………速度に乗せることで威力を上乗せしているな)
 ここまでの戦いを思い返す。
(耐久性は……まともに喰らわせてないから何とも言えんが………恐らく、一発でも決めれば風向きはこちらに変わるだろう。高速機動と重装甲は反比例が世の摂理だからな)
 次いで、“時”のセイバーを視界に入れたまま曇り空を見る。
(荒眞(マスター)によれば雨が降る格率は五割とのことだが………敵が雷撃を使う以上、“アレ”は使えんな)
 “天”のセイバーの脳裏から一つの手段を取り消す。
 条件さえそろえば、この周辺一帯を更地に変えられる手を。
 短い溜め息を吐いて、焦点を“時”のセイバーに合わせる。
(少し危険な賭けになるが、仕方あるまい)
 “天”のセイバーは企てる。敵を、確実に殺す手段を。

 互いのサーヴァントが敵を倒す手段を画策する中、そのマスターたちは——
「そりゃそりゃそりゃそりゃそりゃあああっ!」
「うっぜえなあぁあっ! このクソガキぃいいいいっ!」
「でぇええええいやああああっ!」
「おぉおおおらぁあああっ!」
 雷と炎と怒号が合戦していた。
 七哉は魔力光を刃にした鎌をやったらめったらに振り回して電気を帯びた斬撃を荒眞に向けて放ち。
 その攻撃に荒眞はピンポン球くらいの爆薬を斬撃に投げつけて爆散させて相殺していた。
 斬撃が次々と爆発していき、辺りに煙が立ちこめる。
 その中の影を七哉の鎌が切り裂く——!
(っ!? いない……!?)
 手応えがないことから攻撃を外したと把握した七哉は煙や埃を吸い込まないように腕で口元を覆いながら、辺りを見回し、耳を澄ます。足音が聞こえた。駆けて、駆け抜ける。
 そして、粉塵から脱け出すと同時に荒眞を視認する。
(もうあんなとこに……!)
 七哉の目に捉えた荒也は、既に数百メートル先にいた。
 追いかけようとした時、七哉の頬を何かが掠め——
 瞬間。
 夜の埠頭に轟音が鳴り響き、巨大な爆炎の花が咲いた。

 水樹七哉は、元々海鳴市出身ではない。
 それは、親友の田村エニシや植田奏太も、同じだった。
 幼少の頃はどこか、ヨーロッパのどこかの豪邸の中庭で、“四”人で走り回っていた。
 その豪邸はいうまでもなく植田家の所有地であり、かくれんぼなどしようものなら、間違いなく行方不明が一人出て、四家族総出で探す事態になることがあった。
 そう、家族。
 植田家と田村家と水樹家、そして——阿澄家。
 奏太とエニシと七哉(じぶん)、あと一人、いつも自分たち三人の後ろをくっついてきたあの少年——。

 瞼を開く。七哉は即座にネックスプリングで起き上がり、咳き込んだ。
「げっほ、げほっ……あー……びっくりした」
 咳き込むだけで七哉の身体には火傷の跡はなく、所々衣服が焦げているだけで怪我は負っていなかった。
 軽くストレッチをして辺りを見回すと周囲は瓦礫の地となっていた。
「うひゃあ……また派手にやったなぁー……早いとこ倒さないと会長に怒られちゃうよこれ」
 後頭部をぽりぽりと掻きながら七哉は歩き始めた。

「あれで無傷とか……アイツ人間か?」
 一人の人間を粉塵爆発で爆殺という外道な行為を実行した荒眞は瓦礫の陰から七哉の様子を窺う。
(こっちに気付いた様子はねぇが………)
 七哉は適当に歩き回り、瓦礫の裏などを調べていた。
(不意討ちすんなら、今がチャンスか)
 荒眞は慎重に七哉に接近しようと一歩踏み出した。
 が、踏み出した場所から瓦礫が崩れ落ち、がらがらと音を立ててしまった。
(やべっ――!)
 荒眞は慌ててその場から後退し、七哉の位置を確認する。
 既に七哉は荒眞の確認した場所にはいなかった。
「みーつけた」
 荒也の背後に現れた七哉は、天高く振り上げた鎌を振り降ろす。

 “天”のセイバーと“時”のセイバーが睨み合う中、遠くで爆発音が聞こえた。
 その音に“時”のセイバーは僅かに肩を震わせ、“天”のセイバーは微動だにせず、真っ直ぐ彼女を見据えていた。
(……ナナヤも戦ってる。なら、私がやるべきことは――)
 “時”のセイバーは構えていた剣を下におろし、瞼を閉じ——魔力を解放する。彼女から溢れだす魔力の奔流が“天”のセイバーの髪や服を激しくはためかせる。
 《get set》
 礼装(バルディッシュ)の発声に続いて“時”のセイバーが自身に聞こえる程度の声量で唱える。
 「オーバードライブ………真・ソニックフォーム」
 《sonic drive》
 唱え終わると同時に“時”のセイバーが発光し、光が収まると、先程とは装いを変えた“時”のセイバーがそこに居た。
(服の露出部分が増えたが………それだけではないだろう)
 冷静に分析する“天”のセイバーは、一刀を二本に分割して二刀流となった“時”のセイバーに話しかける。
「ようやく殺す(やる)気になったか」
 その発言に、“時”のセイバーは言葉を交わさず、二刀を構える。
 会話は無駄だと判断した“天”のセイバーも大刀を構える。
 一瞬の静寂の後、“時”のセイバーが消えた。
 数秒後、擦れ合う金属音と、びしゃっ、という生々しい音が発生した。
(――防がれた!?)
 驚愕したのは、“時”のセイバーだった。
 しかしすぐに冷静になる。
(いや、一撃は当たってる。このままスピードでかく乱して――!)
 優勢だと感じた“時”のセイバーは光のような速度で四方八方から“天”のセイバーを斬る。
 斬って。
「………」
 斬って。
「……………」
 斬りまくる。
 しかし、“天”のセイバーは苦悶の表情一つ浮かべず、ひいては、うめき声すら出さず、“一撃”は必ず防いでいた。
 “天”のセイバーは、血塗れだった。度重なる攻撃により、身体のあらゆる箇所から出血しており、中でも、“時”のセイバーが『雷神光剣・疾双刃雷(ライオットザンバー・スティンガー)』を発動した際、最初に浴びた袈裟斬りの一太刀が酷かった。
 胸元が真っ赤に染まり、そこから血が滴り落ちる。
 “天”のセイバーの足下に鮮血の水溜まりができつつあった。
(………もう、少しか)
 徐々に増えていく流血の量に“天”のセイバーの意識が少しづつ朦朧していく。
 対して、“時”のセイバーは焦り始める。幾ら斬り続けても、一向に倒れる気配を見せない“天”のセイバーに。
 “時”のセイバーの懸念は敵のタフネスさ――だけではない。
 自身のマスターである水樹七哉のことである。
 最初にこの“天”のセイバー組と遭遇した時、七哉に礼装はなく、自身が教えた初歩的な攻撃魔術で敵マスターに対して優勢を保っていた。
 それに加え、今回はバルディッシュ(じぶんのれいそう)を元に、七哉の礼装も造り上げた。
 何一つ。何一つ負ける要素は無い。
 しかし――あの男、“天”のセイバーのマスターである、アカエダコウマ。彼からは今対峙している“天”のセイバーの捕食者のような殺気とは別の、激情にまみれた殺気を放っていた。
 ただそれだけが気掛かりだった。
 あの手の人物は文字通り、“何でも”やるだろう。先程の爆音は十中八九、あのアカエダコウマという男の仕業のはず。
 人ひとりを殺すために爆破を用いるのは、常軌を逸している。
 不安。その二文字が“時”のセイバーの、フェイト・テスタロッサの心に一点の染みを残す。
(手数で攻めて、堪えないなら――)
 一撃を以て決着(ケリ)を着ける。
 “時”のセイバーは二つの剣の峰を合わせ、変型させる。
 それは、見た目こそ『雷神大剣・音速斬刃(ジェットザンバー)』に似ているものの、出力は比べるべくもなく、強大だった。
 この一撃であれば、“天”のセイバーを倒せる。
 一撃必殺、全力全開の一撃。跳躍し、大上段に振り上げ、宝具の名を叫ぶ。
「『雷神光剣・災厄大斬(ライオットザンバー・カラミティ)』!!」
 その太刀筋はまっすぐ“天”のセイバーの下へ――
「――鮮血紅刃(ブラッドエッジ)
 降り下ろされる前に、“天”のセイバーがぼそりと呟き、大刀を持っていない方の手を横薙ぎに振った。
鋭針(ニードル)
 続け様に単語を発すると、“天”のセイバーが放った血飛沫は鋭利な針となり、“時”のセイバーに向かっていく。
「——ッ!!」
 “時”のセイバーは、下から飛来する赤い雨を宝具を以て薙ぎ払う。
(この勢いを利用して――!)
 薙ぎ払うと同時に、勢いを利用して一回転し、“天”のセイバーを横薙ぎに斬ろうとする――が。
「二撃目……ッ!?」
 “天”のセイバーに向き直った“時”のセイバーに、彼女が薙ぎ払ったと思った赤い雨が再度襲ってきていた。
 これ以上、身の安全に注意を払うよりも、攻撃に意識を向ける。
 必要最小限の動作で赤い雨を避ける。いくつか、腕や足に掠れるが、薄皮を裂く程度のもの。気にはしない。
「はぁああああっ!!」
 気勢と共に、薙ぎ払う。
 黄金色に光り輝く大剣を“天”のセイバーに叩き込む。
 その一撃を“天”のセイバーは下から斬り上げて弾いた。
(まだこんな力が……!)
 “時”のセイバーが体勢を立て直すのと同時に、“天”のセイバーが大刀を構える。
鮮血紅刃(ブラッドエッジ)
「ッ……!!」
 恐怖を感じた“時”のセイバーは後方に飛び退く。“天”のセイバーは狙い澄ますように見つめ、大刀を振るう。
刃投(スラッシュ)
 大刀から血液が弧型に発射される。まるで、“時”のセイバーが放つ斬撃のように。
 “時”のセイバーは選択を迫られる。避けるか、潰すか。
 選んだのは——
「はぁああああっ!」
 弧型の斬撃を叩き切る——潰す方を選んだ。大剣を振り下ろし、斬撃を両断する。
 その隙を突いて、“天”のセイバーが彼女に突撃する。
 上段に振り上げた大刀を振り下ろし、“時”のセイバーはそれを大剣で受ける。筋力の差で“時”のセイバーが徐々に押し込まれていく。
「く………!」
 苦悶の声を漏らす“時”のセイバーは力を振り絞って大刀を払う。
 払われた拍子に、“天”のセイバーは腕を振って再度、鋭く硬質化した血飛沫を飛ばす。飛来した全てを“時”のセイバーは斬り払う。
(そろそろか………)
 “天”のセイバーは大刀を下ろし、拳を握った左手を“時”のセイバーに向ける。
 “時”のセイバーは大剣から双刀に戻し、“天”のセイバーに肉薄しようと試みる――が。
鮮血紅刃(ブラッドエッジ)
 拳を突きだした“天”のセイバーが術式(スイッチ)起動(いれ)
「――咲裂(バースト)
 拳を開く。斬りかかろうとした“時”のセイバーは。
 身体の内側から肉を、皮膚を、血液が突き破ってきていた。突き出た血液は氷のように固まっており、ウニのような状態になった“時”のセイバーは悲鳴を上げることなく、しめやかに絶命し、倒れた。
 “天”のセイバーはふらふらとコンテナの残骸に向かって歩き、コンテナにもたれかかり、座りこんだ。
「血を………流し過ぎたか……」
 光となって消えていく“時”のセイバーを眺めながら、自身の状態を確認する。
(さっさと回復せねばな。流石に連戦は無理……だな)
 倒した“時”のセイバーなど気にかけず、こうして、八月一日に交えた両騎の戦いは“天”のセイバーの勝利で決着がついた。

 “時”のセイバーが本気を出す少し前。
 マスター同士の戦いはというと、“時”のセイバーのマスター――水樹七哉が、“天”のセイバーのマスター――赤枝荒眞に鎌を振り下ろしていた。
 鎌の刃先は荒眞の肩口へ――行く事はなく。僅かに数センチ、肩口の上で止まっていた。
「く……ぅうっ……!」
 七哉は体重をかけて押し込もうとするが、鎌は微動だにしない。
 その鎌を“左手のみ”で止めている荒也は、長く息を吐いたあと――
「ふんっ」
「ぐぇ……ッ…」
 殴打に等しい速度で七哉の首を右手で鷲掴み、左足を半歩下げる。
「――おらっ」
「ぅぐ! ごはっ!」
 体をひねって、背負い投げの要領で七哉を地面に叩きつけた。
「―――ッ!」
 肺の中の空気を吐き出し、七哉は呼吸困難に陥る。
 だが、荒眞の追撃は止まらない。
 仰向けに倒れて悶えている七哉の右足首を掴んで持ち上げる。ある程度伸ばされた足に、膝を目掛けて左足で前蹴りを入れた。
「――ッあああああああああッ!」
 七哉の足が本来、膝が曲がる稼働領域とは逆の方向にへし折られ。絶叫する。
 荒眞が七哉に手を伸ばそうとしたその時、七哉は礼装を振り回して荒眞を払う。
 荒眞は舌打ち混じりに飛び退き、距離をとった。
(腕もさっさとへし折りゃよかったな)
 腰元のポーチに手を入れ、札を取り出す。
 対する七哉は、礼装を杖がわりに支えて片足で立ち上がり、肩を上下させて荒眞を睨み付ける。
「はぁ……っ……はぁ……っ……」
「どうしたクソガキ。殺る気はどこいった」
「今見せてやる………!」
 殺意を荒眞に向ける七哉は礼装を両手で握りしめる。
「ボクの全力……受けてみろぉおっ!」
 七哉の礼装が瞬く間に変形し、鍔と化した部分から水色の魔力刃が天高くそびえる。
 荒眞は特に反応を示すこともなく、七哉の下に向かって歩く。
「雷刃滅殺極光……」
 振り上げた礼装(けん)を——
「——斬ッ!」
 振り下ろす。
 身体を逸らし、避けた荒眞は駆けていく。
「てめーの攻撃を受けてやる義理はねえ」
「こ、のぉおっ!」
 七哉は礼装(けん)の腹を地面と水平にし、右から左に薙ぎ払う。
 荒眞は即座にしゃがみ、頭上スレスレを魔力刃が横切る。七哉が薙ぎ払った魔力刃で周囲の瓦礫が次々と斬断されていく。
 荒眞は脚を強化し——跳ぶ。
 一足、二足で七哉に向かって跳んで行く。
「……魂、縛、封」
 三言ほど呟くと、手にした札が凍ったかのように、ピンと張った。
 一瞬にして荒眞は七哉の前に飛び出る。七哉は礼装を放り投げ、荒眞に殴りかかろうとする。
「おおぉぉぉおお――!」
「うっせぇ」
 七哉の拳を紙一重で避け、荒眞は七哉の額に札を貼り付けて殴り飛ばす。
「ぐ、がっ、ぶぉっ!」
 荒眞の右ストレートを食らった七哉は後頭部から転倒し、二回程転がり、倒れる。
「ぐ……」
 大の字に転がった七哉に荒眞がゆっくりと近づいていく。
 七哉は朦朧とする中、力を振り絞り、令呪を使おうとする。
「セ……セイバー……こ――」
 いいかけて、気付く。
 “時”のセイバーは、フェイト・テスタロッサは、もうどこにもいないという事実に。
「そ……んな……」
 七哉の身体から力が抜けていく。
(ボクは……こんな所で死ぬのか……)
 己の死。そのことにむせび泣く。
「……だ……やだよぅ……死にたくないよぅ………」
 四肢は動かずとも。七哉は涙を流していた。
 さめざめと泣く七哉を荒眞は見下す。
「てめぇ、(ころしあ)いに参加しといてそんなふざけたこと抜かすのか」
 その問いに七哉は答えられず、事切れた。
「ふぅ。準備運動にはなったな」
 荒眞は七哉(しがい)から札を剥がして胸のポケットにしまいこむ。
「さて、“天”のセイバー(あいつ)探すか………」
 荒眞はその場を後にし、“天”のセイバーの捜索を始めようとして、上着のポケットから振動を感じる。
そこから携帯を取り出して画面を確認。非通知だった。
 怪訝に思いながらも、通話ボタンを押す。
「……誰だ」
『こんばんは。イエロウ・ブロンドです』
 余りにも予想外の相手に荒眞は、ほんの数秒間、言葉を失ったが、すぐに要件を聞く。
「なんの用だ?」
『戦況のご報告をしたいので、ホテルに来てください』
 その言葉を聞いて荒眞は少し考え。
「わかった」
 その一言をイエロウに伝え、電話を切った。

「……なに寝てやがんだてめえ」
「寝てはいない」
 コンテナの残骸に寄りかかって目を閉じていた“天”のセイバーに声をかけた荒眞の機嫌はやや不機嫌になっていた。
「念話に応えられねえ時点で寝てんじゃねえか」
「…………」
 荒眞の追求に“天”のセイバーは閉口する。荒眞は半眼のまま服のポケットから札を取り出す。
「おら、“喰え”」
「これは……」
「生憎、治療魔術は苦手なんでな。サーヴァントを手っ取り早く回復させるには、“魂喰い”が一番だろう」
 荒眞は札を“天”のセイバーの前に近づける。“天”のセイバーは札を受け取り、尋ねる。
「で、どう食せばいいんだ?」
「丸めて飲み込め」
「雑だな」
「さっさと食え。一旦ホテルに戻るぞ」
 荒眞はすたすたと歩き、“天”のセイバーは札を丸めて飲み込んだ。

 八月十一日 二時四〇分 海鳴ホテル前

 途中、タクシーを拾った荒眞は、十日前に運び込まれた“天”の陣営の拠点であるホテルへと向かった。
「――なんじゃこりゃあ」
 ホテル前に着いた荒眞の第一声だった。
 目に映るホテルは、大部分が崩壊しており、まるで廃墟と見間違う程にボロボロに成り果てていた。
 ホテルの入り口付近では、いくつかの血だまりができており、戦闘がここで行われた事が想像できる。
「ミサイルでも撃ち込まれたか?」
「――残念ですが、一人の魔術による攻撃ですよ」
 背後からした声に振り向くと、そこにはカソックを着た金髪の修道女、イエロウが居た。
「一人? “一騎”の間違いじゃねぇのか?」
「いいえ。間違いなく一人の魔術使いによる魔術です。そうですよね? ミスター・コクジョー」
 イエロウが微動だにせず、声だけで人名を呼ぶと、パイプを杖がわりにして玄夜が歩いてきた。
「そこのシスターの言う通りだ……敵の、“時”側のキャスターのマスターが仕掛けてああなった………」
 玄夜は喋るのに疲れたのか、パイプを投げだして、その場にへたり込んだ。
「なんでそこでへたり込んでる奴がホテルの事情を——」
 言いかけたところで、腕を伸ばしたイエロウの下に一羽のカラスが停まる。
「ミスター・コクジョーの使い魔ですね。彼はこれで確認をしていたようです」
「………いや、こいつ倒れたままピクリともしねぇんだが」
「重傷ですね」
「治療してやれよ」
「貴方が治療すればいいではないですか」
「苦手なんだよ………」
 イエロウと荒眞が言い合ってると、玄夜が咳き込んで声を絞りだす。
「すまないが……どちらでもいいから救急車を呼んでくれないか………」
 荒眞とイエロウは互いに顔を合わせ、荒眞は溜め息を吐いて救急者を呼び、イエロウは救急隊員に暗示を掛けてホテルの惨状に意識を向けさせないようにする。
 搬送されていく玄夜を見送ると、荒眞とイエロウの間に沈黙が生まれる。ややあって、荒眞が切り出した。
「そんじゃあ、教えてもらおうか」
 イエロウの方を向いて戦況の事を尋ねようとした荒眞だったが、当のイエロウは腕に留まっているカラスをあやしていた。
「おい」
「え? ああ、戦況の事でしたね。取り敢えずホテルに行きましょうか」
 すたすたとホテルに向かっていくイエロウを見て、荒眞は溜め息を吐いてイエロウの後を付いていった。

 八月十一日 二時五〇分 旧相良邸

 “天”のアーチャー組により、負傷したエニシは腕の痛みを堪えて、アジトでもあり空き家と化していた旧相良邸にたどり着いた。
「病院に行くのが一番なのでしょうが………まだ敵が生きている以上、安全面に問題がありますね……」
 深夜からの活動による疲労で意識を失うのを防ぐため、自分に言い聞かせるぐらいの声量で呟く。
 そんなエニシを見かねたのか、傍に“時”のアーチャーが現れる。
「エニシくん……」
「治癒魔術をずっと掛けていますが……戦闘の事を考えると余り魔力を消費したくないですね」
「ごめんね……キャロが居てくれれば直ぐに治せるんだけど……」
 玄関の前に立ったエニシは、礼装(つえ)“時のアーチャー”(なのは)に預け、右手でズボンのポケットから鍵を取り出してドアを解錠する。
「この場に居ない人を望んでも仕方ありません。先ずは戦況と生存者の把握です」
 邸の中に入ったエニシは“時”のアーチャーを引き連れてリビングへと向かう。
 そこには二人。ガタガタと隅で震えている青年、斎藤千羽と。
 風呂上がりなのか、髪をタオルで丁寧に乾かしていた井上マリアがいた。
「……残ったのは二人、だけですか」
「あ、田村先輩」
 エニシの呟きに気付いたマリアがエニシに近寄る。
「井上さん。斎藤さんはずっとあのような状態で?」
「私が来たときにはもうあのような状態で……」
 と、マリアが千羽の状態を説明する途中で、エニシの腕の負傷に気付いた。
「田村先輩、左腕……!」
「……恥ずかしながら、敵の死に際の攻撃にて折られましてね」
「治療します。田村先輩は椅子に座っててください」
 マリアは椅子をエニシの近くまで持っていった後、二階にかけあがり、すぐに降りてきた。
 マリアの手には救急箱があり、椅子に座っていたエニシの近くで救急箱を広げ、エニシの左腕に包帯を巻いていき、手を当てて治癒魔術を開始する。
「ありがとうございます。井上さん」
「本当は安静にしていた方が良いのですけれど………」
「敵もまだいますからね。治療の続きはあの場所で行います」
「あの場所……教会、ですか」
「ええ。それよりも……」
 会話を一端区切り、“時”のアーチャーに呼び掛ける。
「アーチャー。この屋敷付近の警備をお願いします」
「うん。了解」
 エニシの指示で“時”のアーチャー(なのは)は屋敷の外へ赴く。
「さて……」
 改めて、室内を見回す。目の前には井上マリアと震えている斉藤千羽。
「井上さん。プランCです」
「プランCって………」
「脱落者の撤退……もとい逃亡ですね」
 エニシはポケットから携帯電話を取りだし、アドレス帳から番号を選択して通話ボタンを押し、耳に当てる。
「もしもし、田村です」
 エニシは通話口に二、三言葉を交わすと、それだけで相手は理解したのか、エニシは携帯電話を閉じた。
「井上さん、斎藤さんと荷物をまとめておいてください」
「……わかりました」
 マリアは不服そうにしながらも、私物が置いてある二階へと向かう。
 二階へと上がったマリアを見送るとエニシは深いため息をついて近くの椅子に腰掛ける。
「……今日で決着を着けます」
 決意を固めたエニシは仮眠を取るべく静かに目を閉じた。

「……というわけです」
「なるほどな。……ってなんかずいぶんはしょられたような」
「でもそれなりには理解できたでしょう?」
「それなりには、だがな」
 半壊したホテルのロビーでイエロウが荒眞にこれまでのあらましを伝えていた。
「それで……どうしますか?」
「どうするって……何がだよ?」
 イエロウの質問の意図が解らず、荒眞は尋ね返す。イエロウはまるで——まるで慈愛に満ちた聖母のように穏やかな表情で荒眞を見ていた。
「このまま戦うのですか? あのアーチャーたちと。膨大な魔力、そして驚異的な射撃性能。“あなた”がセイバーのマスターでは、勝ちの目はとても――」
 イエロウの一言一句が荒眞の脳を揺さぶるように響く。
(こ、いつ………!)
 マリアの言葉に意識が朦朧となる荒眞は奥歯を砕くぐらいに噛み締める。
(この、クソ尼、さっきの説明に仕込んでやがったか……!)
 なおも、なおもイエロウは語り続ける。
「“あなたのセイバー、私に譲って貰えませんか”」
 母親が子供に言い聞かせるような声に、荒眞は――
「――渡すわけねえだろうが、クソアマ」
 油汗を浮かべながら、ドスの効いた声で返し、堰を切ったように荒眞はまくし立てる。
「てめえの、教会の使命だか知らねえが、俺が手にしたサーヴァントを、やすやすとは渡さん…! どうしてもってんなら……」
 荒眞は腰のポーチに手を突っ込む。 臨戦態勢に入ろうとする荒眞を見てイエロウは無表情の後、ため息を吐いた。
「わかりました。もう結構です」
 言いながらイエロウは指を鳴らす。すると、朦朧としていた荒眞の意識が鮮明になっていく。荒眞は頭を振って、苦虫を噛み潰したような顔でイエロウを睨みつける。
「なんのマネだ」
「いえ、あなたがこの程度のせんの……こほん。魔術に抵抗できないようでしたら、私が代わりに元凶を討伐しにいこうかと」
「てめえ今洗脳って言おうとしたよな」
「魔術です。一応魔術です」
「そこははっきり魔術って言えよ」
 荒眞は舌打ちをして悪態をつくとイエロウに背を向けて出口に向かって歩き出す。
「セイバー、私はマスターとしてどうでしょうか」
 歩き続ける荒眞の背にイエロウが声をかけ、“天”のセイバーが実体化した。
「マスターとしては優秀な部類ではある。自衛できるだけの戦闘能力も申し分ない」
 “天”のセイバーの評価に荒眞は歩みを止め、セイバーの様子を伺う。
 セイバーは続ける。
「………が、それだけだ。後は特に語ることはない」
「私に鞍替えする気は?」
「ないな」
 セイバーは即座に答え、イエロウは少し目を丸くして驚く。
「理由を聞いても?」
荒眞(マスター)が俺との契約を破棄しない限り、俺に鞍替えの気は無い」
 セイバーは言うだけ言って、その場から消えた。
「……振られてしまいましたか」
 イエロウは小さく呟き、にこやかに微笑み荒眞を見送る。
「健闘を祈ります」
 荒眞はそれに応えることなく、ホテルを出ていった。

 八月十一日 四時二分 教会

 夜も明け、疎らな雲の間から日が差し始めた頃。
 空我との戦いで利き手である左腕を負傷したエニシは教会の地下で治療しており、“時”のアーチャー(なのは)は敵と相対すべく、教会の外で空中で待ち構えていた。
 エニシは念話でアーチャーに話しかける。
『アーチャー。敵はおそらく、ここを真っ直ぐ目指してきます。貴女はサーヴァントの足止め及び、撃墜をお願いします』
『エニシくん、左腕の方は大丈夫なの?』
『ええ。ある程度回復しました。ですが万全とは言えませんので、なんとしてでもサーヴァントだけは止めてください。敵マスターはこちらで処理します』
『うん。でも、無理はしないでね? ……敵が来たから念話を切るよ』
 アーチャーとの念話が切られ、エニシは後ろにそびえる光り輝く大聖杯(きゅうたい)を見据える。
「もう少し…もう少しで私の願いが…」
 己の欲望(ねがい)を叶え、来たるべき敵に打ち勝つためにエニシは静かに治療を続けた。

 荒眞が丘の上にある教会に向かう途中、“天”のセイバー(ブレイド)が口を開いた。
「そういえば、マスター。一ついいか?」
「手短かにな」
 いつもの憎まれ口で応えず、淡々とした調子で返した荒眞に内心驚きながらも、続ける。
「マスターの聖杯にかける願いとは何だ?」
 それを聞いた荒眞は半眼になりつつ呆れた顔で“天”のセイバーに言う。
「お前……今更それを訊くのか?」
「教えてもらって無いからな」
 溜息を吐きながらも渋々、荒眞は答えた。
「俺の願いはな――」
 一旦溜めた後、答える。
「――記憶を取り戻す。それが俺の願いだ」
「……そうか」
「俺には二年前以前の記憶がねえ。気が付いたらあの一輝(やろう)の世話になってた。……おかげで散々な目にあってきたがな」
 忌々しそうな表情をした荒眞に“天”のセイバーは再び尋ねた。
「そこまでして記憶を取り戻したいのか?」
 荒眞は前を見据え、言い放った。
「忘れもんがあんなら取りに行くのは当然だろ」
 それを聞いた“天”のセイバーは一瞬、固まったがすぐに荒眞の隣に並ぶ。
「確かにそうだな」
「お前バカにしてるだろ……。まぁ、いい」
 教会に辿り着く。建造物を背に白を基調としたワンピースのような服を着た女性――“時”のアーチャーが天使の如く空中に浮いていた。
「――来たね」
 口を開いたのは“時”のアーチャーだった。
 それを余所に荒眞とセイバーは念話で会話する。
『取り敢えず、奴の相手は任せる。俺は教会に突入してアイツのマスターとケリを付ける。合図はお前に任せた』
『了解。宝具の使用は?』
『ここまできたら出し惜しみは無しだ。隙見てぶち込め』
 その指示に対して、セイバーは頷いて応えた。
 ややあって、先に仕掛けたのは――
「ふッ」
 “天”のセイバーが跳躍して“時”のアーチャーに斬りかかると同時に、荒眞は魔術で脚を強化して走る。
(やっぱり、荒眞(マスター)の方はエニシくんの下に…!)
 アーチャーは飛翔してセイバーの攻撃をかわすと、即座に礼装を構える。
「レイジングハート!」
 《accel shooter》
「シュート!」
 礼装から桜色の光弾が三二発、半分はセイバーに。もう半分は荒眞に向かって行く。
「セイ、バァアッ!」
『二秒待て――』
 荒也が叫び、セイバーは念話で応答する。
 己に向かってきたアーチャーの光弾を大刀を盾にして受け止めて弾いた後、荒眞の背後に回り、残りの光弾を切り捨てる。
 その内に荒眞は教会の扉を魔術で強化した脚で蹴破って進入した。
 アーチャーはそれ以上追撃することもなく、浮遊してセイバーを見据える。攻撃を止めたアーチャーに疑問を感じたセイバーは尋ねた。
「行かせて良かったのか? 貴様のマスター……死ぬぞ」
  その挑発じみた問いに“時”のアーチャーは不敵に笑って答える。
「心配ないよ。エニシくん、とっても強いから」
 その答えにこれ以上の会話は不要だと感じた“天”のセイバーは静かに武器を構え――跳ぶ。
 “時”のアーチャーは今度は避けることもせず待ち構え、そして――
(マスターのために――)
(勝つ……!)
 互いの武器と信念が衝突した。

 教会に進入した荒眞は走り続けていた。
(トラップ一つねぇとは……余程タイマンに自信があるのか、それとも――舐められてんのか)
 後者のことを考えると腸が煮えくりかえる思いになった。下から感じる膨大な魔力を辿り、隠し階段を見つけて地下に向かう。 螺旋状に続いた階段を降り、扉を見つけ、警戒しながらも開けた。そこには、見れば感嘆の溜息を漏らす程の魔力を帯びた球体――即ち“聖杯”がそこにあった。
 だが、荒眞の視線は聖杯ではなく、ある一点を見る。そこに自分が倒すべき最後の敵、田村エニシがいた。
「ようこそ。赤枝 荒――」
 エニシの発言を妨げるように荒眞は腰に下げていたアルコール度数の高い酒瓶に火を着けて投げつけた。
 だがエニシは特に慌てることもなく、手にした礼装を構え、杖の先端部から直線状の炎を放つ。
 火炎瓶が宙で爆発し、お互いに飛来してきた破片から身を守る。
 先に動いたのは荒眞。強化したままの足で駆けて接近する。
「……聖杯は度外視ですか。正気の沙汰ではありませんね」
聖杯大戦(こんなこと)おっ始めたてめえに言われたかねえよ!!」
 表面に揮発性の油をコーティングした手袋を装着しながら、荒眞はエニシ目掛けて突進する。
「――パイロシューター」
 エニシは、杖の先端部から光球を三つ放ち、複雑な軌道を描いて荒也に迫る。
「目には目を、火には火をってなぁ!」
 拳を握り締めるとグローブが発火、荒眞の拳は文字通り火を纏う。
 迫り来る光弾――殴る。
「おおっ、らあっ!」
 しかし、殴るだけに留まらない。その場で円盤を投げるように回転し、拳を突き出す。
(何を……っ!)
 一見すれば、児戯にも思える動作だが、荒眞の拳から放たれる炎がエニシに驚愕の表情を浮かばせる。
 エニシは即座に構え一節の呪文を唱える。
「ブラスト、ファイアー」
 杖に増設した拳銃のグリップを握り、トリガーを引く。
 杖の先端部から直線状の炎が放射し、相殺させる。
(接近されれば不利……この距離を保ったまま追い込むしかなさそうですね)
 エニシはそう判断し。
(どうにかして近づかねえとな……あのスカした面に一発入れてやる)
 荒眞は定める。
 数秒見合ったのち、荒眞は走り、エニシは構えた。

 桜色の光弾が流星群の如く降り注ぐ。
 その標的である、“天”のセイバー……ブレイドは、その尽くを斬って、避けて、薙ぎ払う。
 教会の敷地内を縦横無尽に駆け回るブレイドに、光弾を放ち続けていた“時”のアーチャー……なのはは歯噛みしていた。
(直撃しない……っ!)
 ブレイドの脅威的な身体能力と剣術の巧妙さによって、ダメージは与えられない。しかし、それはブレイドが回避行動を強いられていることでもある。
(ここだ)
 回避していたブレイドは一転、なのはに向かって行く。
 なのはは前面に弾幕を展開、掃射する。
 だが、ブレイドの勢いは止まらない。必要最小限の動きで弾幕を掻い潜り、なのはと至近距離になる。
「『赤天の刀(ベルメリオ・イスパーダ)』」
 真名解放、一撃をなのはへと叩き込む。
「く……っ!!」
 《flash move》
 ほんの一瞬だけ無理矢理後方に加速して剣を避ける。
「なっ――」
「………」
 避けたと思ったなのはだが、服が七等分に、はらりと裂けた。そこから、なのはの瑞々しい肢体が露になり、ショーツ一枚を残しほぼ裸になってしまう。
 ブレイドは特に反応を示すでもなく、仕留めるべく大刀を振りかざす。なのはは羞恥心を振り払い、ブレイドに手をかざす。
「バインドっ!」
 《restrict lock》
  ブレイドが手にしていた大刀周りに桜色の光帯が現れ、縛り上げる。ブレイドは構わず力押しで大刀を動かそうとするが、
「動かないだと……!?」
 以前、“時”のセイバーに縛られた時とは比べ物にならない強度にブレイドは眉をひそめる。
  「ディバインッ!!」
 なのははブレイドの視界から外れるような位置に移動し、杖を向ける。そして。
  「……バスターッ!!」
  先端部から桜色の極光がブレイドを呑み込んだ。

 夏のある日。「ソレ」を見つけたのは全くもって偶然だった。
 学園のボランティア活動の一環として、空き家の清掃というものがあった。
  清掃と言っても、業者がやるような本格的なものではなく、精々草むしりや、家の内外の掃除というものだった。
  この家の主人はかれこれ一年以上は留守にしており、それ以来一切の連絡もなく、不動産屋も管理をもて余していたところ、白羽の矢がたったのが聖祥学園。不動産屋からしてみれば、ノーコストで家の整理ができるのであれば使わぬ手はない。参加者は三人。聖祥学園会長、植田奏太。会計、水樹七哉。そして副会長、田村エニシ。
 他二人と比べて、率先して取り組んでいたのはエニシだった。
 エニシは日常の退屈を何よりも唾棄すべきモノと考えている。
 故に物事には全力で取り組むし積極的になる……努力はしている。
 何故努めるのか。エニシが無意識にしてしまう手加減が原因である。全力を以て物事に取り組めば直ぐに終わる。それ故に燃え尽きることを忌避するエニシは、無意識で力を抑えながらも己の全力を出したいという二律背反に苛まれる。
  作業に取り組んでから一時間。七哉の集中力が切れ、奏太の喝が家に響く。
 エニシはため息を吐きながらも本棚を整理する。
 すると、一冊の本が落ちる。エニシは足元の本を拾い、付いていた埃を払う。
 なんとなしに見た本は、革で装丁されており、それなりに厚みのある本。
 妙に気になったエニシは本をそのまま着服しようとする。
「あーーっ!」
 悲鳴の様な声にエニシは一瞬硬直する。
 振り返ると、そこにはしたり顔の七哉がいた。
「エーニシん。ひとんちの物を勝手に取ったらいっけないんだよーぅ?」
 ニヤニヤしながら着服行為を咎める七哉にエニシは、ズボンのポケットからソーダ味と書かれた飴の小袋を取り出して七哉に差し出した。
「! くれるの!?」
 嬉々としてエニシの手から飴を取ろうとするが、エニシは飴を握りしめ、取れないようにする。
「本の着服の件を黙認してくれるなら差しあげますが」
「わかった! 喋らない!」
「もし喋れば貴方のロッカーに溜め込んでいる飴全て齋藤くんに渡しますので」
 戦慄した表情で頭をブンブンと縦に振る。
 その様子から七哉が告げ口することはないと確信し、飴を手渡す。
 お互いに物品を着服したところで、どたどたと足音が聞こえ、扉から奏太が現れた。
「七哉ぁ! 掃除はまだ終わっとらんぞ!」
「ひぃ!」
 情けない声を上げて七哉はエニシの後ろに隠れる。
「む。エニシ。貴様こんな所にいたのか」
「ああ、会長。七哉には私の手伝いをしていただいていたもので」
「そ、そ-だよ。別にさぼってたワケじゃないんだからね!」
「あ?」
「ひっ!」
 七哉の強がりに対し、ドスの効いた声で奏太に返され、怯えた七哉は即座にエニシの背後に引っ込む。
 いつもと変わらない二人のやりとりにエニシは短く溜息を吐いた。

 その後。三人でさっさと終わらせ、エニシは徒歩で、七哉は奏太と共に迎えの車で帰路につく。
 別れ際、七哉にしっかりと釘を刺したエニシは歩きながら、あの家から着服した本を懐から取り出して眺める。
 我ながら奇妙なモノに惹かれたと思う。既製品の日記帳のようなものに惹かれるほど下世話な趣味嗜好はもってないはず。だが、しかし。
「巡り合わせ……でしょうかね」
 己らしくもないなと自嘲し、帰宅する。
 諸々の雑事を済ませ自室にて着服した本を開く。エニシの予想通り、その本は日記だった。
 内容はユグドミレニアという魔術師の一族が起こした大規模な事件(ゲーム)――聖杯大戦についてだった。
 日記、というには余りにも事細やかに記述されていた。聖杯の概要、英霊をゲームの駒として扱うサーヴァントというモノ、そして、本来なら七騎で行われるはずの所、その倍、一四騎で繰り広げられた聖杯大戦。
 まるで小説のような語句の羅列にエニシは胸を高鳴らせていた。
 常人がこの日記を見たならば、よくできた与太話として一笑に付すだろう。
 だが生憎、エニシは常人ではない。
 ユグドレミアと同じく、魔術師の家系である。それ故に記述されていることに微塵も疑念は持たなかった。
 エニシの家系だけではなく幼馴染である、水樹七哉、植田奏太も魔術師の家系である。
 霊地の管理もこの三家が合同で運営している。
 もっとも。三家が海鳴へと来た際、元々治めていた魔術師に“強引”に譲ってもらった曰くつきの経緯があるのだが。
 そして三家が合同管理するに辺り、少しずつではあるが、なんらかの事情を抱えた魔術師が流れて来ていた。
「詳しく調べれば魔術師の頭数は揃えられそうですね」
 エニシは脳内で聖杯大戦(ゲーム)の段取りを考える。自陣の数は用意できる――ならば必要なのは。
「敵、は……」
 そのとき、ふと。日記に書かれていたことを思い出す。
「ユグドミレニアの方法――」
 思考の最中、母親から夕飯の支度ができたと連絡がくる。
「もうこんな時間ですか」
 自室に篭ってから数時間経過していたことに苦笑しながら食卓へ向かった。

「エニシ、聖杯戦争というものは知っているかい」
 父親から、そんな単語が出てきた。
「いいえ。初耳です」
 極めて冷静に答えたエニシだが、内心は穏やかではなかった。
 その後、父親から聖杯戦争の概要をエニシは聞かされた。あの手記と概ね内容が合致していることに、いよいよエニシは聖杯戦争が実在することを確信した。
「それで、なぜその話を?」
「今年の霊地管理者は田村家だからね。ある魔術師と神父から通達が来たんだよ」
 ある魔術師。父の性格上、そういった事柄はきちんと教えるはず。あえてぼかすような言い方は…できるだけ関わらせたくない、と思える。
 一応、予測を確信に変えるべく訊ねてみる。
「ある魔術師、というのは?」
「うーん、それなんだけどね……教えてくれなかったんだよ。いくら“頼み込んで”も名前は教えられないの一点張りでね。神父さまが言うには時計塔から来た人だって聞いているけど」
 その説明にエニシは内心で、件のある魔術師に哀愁の念を抱く。父は物腰は穏やかそのものだが、なにせ魔術師。常人とは感性が異質な上、加減というモノを知らない。
 要するに、飛んでいるのだ。頭のネジが。
 そのくせ、見た目だけは紳士なのも質が悪い。狼の牙と残忍性を有した羊。それがエニシの父である。
「で、ここからが本題なのだけど」
「聖杯戦争を行うので隠蔽工作と霊地提供の協力、といったところでしょうか」
 エニシの父は満面の笑みを浮かべ、頷く。
「流石エニシ。話の理解が早くて助かるよ」
 エニシの父はお茶を一口啜り、話を続ける。
「なら、僕の言いたいこともわかるかな?」
「……私が、協力しろ。ということですか」
 父が聖杯戦争(このはなし)を持ち出してきたことで(エニシ)が何かしら関わることは明白。父の性格上、協力を要請してくるとも思えない。となると、エニシが直接、神父やらと協力しろ。という答えに行き着く。
 それを聞いた父は――
「いやあ、エニシは本当に優秀だねえ。僕は嬉しいよ」
 からからと朗らかに笑っていた。どうやら当たりらしい。
「今回の件はエニシ一任させようということにしたんだ」
「拒否権は?」
「ん? やりたくないのかい?」
「いえ、訊いてみただけです」
「そうか。なら安心だ。もし断られたらエニシが母さんと子作りすることになるからなあ」
「それは、どういう意味でしょうか」
 平然とおぞましいことを口にする父に嫌悪感を隠し、再度訊ねる。
「そのままの意味だよ。エニシが協力したくないなら代わりに僕がやるしかない。万が一、僕が死んだりしたら早急に跡継ぎ(バックアップ)を用意しなきゃならないからね」
「なるほど」
「とはいえ、母さん的には僕なんかよりもエニシの方が良かったりしてねえ!」
「そうですねぇ。今はお父さんの方が上だけど、保存という点ではエニシくんの方が良いかもしれないですねぇ。あと若いし」
「はっはっは! これは手厳しい!」
 食器を洗い終えた母が父と談笑しながら父の隣の席に着く。
 母も父も根っからの魔術師。されど、社交力と道徳も持ち合わせている異形。ただ倫理だけが、綺麗に抜けている。
 ならばと。こちらも全力で遊ぶまで。
 歪んだ親との因果を断ち切るべく。エニシは覚悟を決める。さっきは確認と事前に察知していたことを悟られぬよう訊ねたが、渡りに船。元々断る気など無い。
 そしてエニシは着々と準備を進め、誰も予想だにしない事態――亜種ではあるが、二度目の聖杯大戦を発動することとなる。

「やっ、た……?」
 高町なのはは、自らが放った主砲の一撃によって生じた粉塵で、敵であるブレイドを見失っていた。
 《master! not yet!》
「っ!」
 レイジングハートの忠告と同時に粉塵が紅い刃によって斬り裂かれる。
 その刃を、なのはは撃とうとする。
 《this is blood》
「血液っ……!」
 エニシから“時”のセイバーの致命傷が血液に因るものだと知らされていたのを思いだし、飛翔して避ける。
 粉塵の向こう側にいたのは――
「ぐ……、ちっ」
 苦悶の表情で舌打ちをする――左脚を無くした、ブレイドだった。
 固定された大刀を『赤天の刀(ベルメリオ・イスパーダ)』で強引に抜け出したブレイドは左脚を犠牲にしながらも、九死に一生を得ていた。
 大刀を杖代わりにして立ち上がり、飛翔するなのはを見据える。
 依然として警戒を緩めず対面するなのはに、ブレイドは感想を溢した。
「どうやら、お前は“時”のセイバーとは違って覚悟を決めているみたいだな」
「フェイトちゃんは、優しいからね」
 寂しさの混じる声色で応えたなのはは、レイジングハートを握り締め、構える。
「終わらせるよ、これで」
「いや? まだだぞ」
 言葉の意図が読めず、眉を潜めるなのはに対してブレイドは返答代わりにある単語を口にする。
鮮血紅刃(ブラッドエッジ)
 それは、ブレイドの起源を呼び起こす(ことば)
穿槍(ランス)
 言い終わると、ブレイドの左膝から円錐状の紅い突起物が生えた。
「見ての通り、代わりの足は用意できるんでな」
 ブレイドはコツコツと義足の左足で足踏みをする。即席の物としては頼りないが、無いよりはマシと判断した。
(誤魔化せるものの……はっきり言って不利だな。ちんたらはやってられんか)
 ブレイドは、なのはを視界に捉えつつ、天候を確認する。
 空は雲で覆われており、どんよりとしていた。
 と、ブレイドの瞳に一筋の雫の軌跡を捉える。
 小雨未満の通り雨かと思ったが、違う。ぽつ、ぽつ、と人によっては雨の内に入らないと認識するぐらいに弱々しい降りから、徐々に雨足が強くなってゆく。後数十分もすれば本降りになることは間違いないだろう。
 それを見越して、極僅かではあるが。
 ブレイドは、薄く笑みを浮かべた。
「前言撤回だ。“時”のアーチャー」
「……どういう、ことかな?」
 なのはの問いに、ブレイドは己の得物である赤い大刀を地面に突き刺し、左手で右腕に爪を立てる。
「――終わらせるということだ」

 ブレイドがいよいよ奥の手を使おうかという中。教会内で戦っているマスターたちは。
「………」
「はぁ……はぁ……」
 荒眞は大の字で仰向けに倒れ、エニシは呼吸が乱れていた。
 教会の内部はどこもかしこも焼け焦げていた。
 荒眞の無差別な放火によるものである。
 約一時間前のこと。
 邂逅から仕切り直して。接近戦なら分があると踏んだ荒眞は先ず火炎瓶を取り出す。エニシはすかさず持っている火炎瓶を狙い撃つ。迫りくる火焔砲に荒眞は火炎瓶を上に軽く投げ、身体も逸らしてそれをかわす。
 火焔砲が照射し終わると同時に、荒眞は火炎瓶を手で掴み直した――瞬間、そのまま投げつけた。
 射撃のインターバルを狙った荒眞。対するエニシは、無駄だという言葉の代わりに、もう一撃、火焔砲を放つ。
 そして邂逅時と同じ戦闘劇を幾度か繰り返す。
 荒眞が投げつけ、エニシが迎撃する。
 繰り返す中、戦況が動いたのはエニシの迎撃。
 荒眞の運が悪かったのか、はたまたエニシの運が良かったのか。
 エニシの放った火焔砲が床に直撃し。
 その際、瓦礫の破片が吹っ飛び。
「――ぐぁっ」
 荒眞の頭部に直撃した。
 気絶である。
 荒眞は仰向けに倒れ、場面は先程へと至る。
 起きない荒眞を眺め、呼吸を整える。
 “天”のアーチャーのマスターとの一戦で苦い体験をしたエニシは迷う事なく、礼装を構え、火焔砲を放つ――瞬間。
 半壊した扉の隙間から何かが飛来する。
 がらん、と何かを落とし、飛来してきたモノとは。
「……鳥?」
 鳥。大鷲であった。
 大鷲は鉤爪をエニシに向け、襲いかかろうとする。
 エニシは即座に杖の先端を荒眞から大鷲に変え、火焔砲を発射する。
「ブラストファイアー」
 しかし、大鷲は急上昇して火焔砲をかわす。
「逃がしません」
 大鷲の身体の周りに朱い光輪が現れ、捕縛される。
 必死にもがく大鷲だが、エニシに容赦は無い。
「パイロシューター」
 杖の先端から複数の朱い光弾が発射される。
 光弾は大鷲の周囲まで飛び――四方八方から大鷲めがけて飛んでいく。
 断末魔の叫びを上げさせるまでも無く、大鷲は文字通り“焼き鳥”と化して地面に墜落した。
 エニシは大鷲の死骸を一瞥し、再び杖を荒眞に向ける。
 先程まではピクリとも動いていなかった荒眞だが、今は痙攣しているかのように、小刻みに震えていた。
「……くっくっくっく」
「……ブラストファイアー」
 エニシは数秒思考した後、かすかに聞こえた笑い声を無視して火焔砲を放つ。
 火焔砲は、荒眞を呑み込み、焼却した――かに見えた。
 火焔砲の光線が二股に別れ、消えた。
「………」
 目の前の光景にエニシは気を引き締め、警戒度を引き上げる。
 荒眞(てき)は、まだ生きている。
「くっくっく、はっはっはっは!」
 笑い声が地下室に響き渡る。
 声の主は、黒焦げになった大鷲でもなく、無論エニシでもない。
 肩を大きく震わせて笑う――刀を持った男だった。
 容姿こそは赤枝荒眞そのもの。だが、エニシは直感で理解していた。
 アレは、先程戦っていた相手とは異なるモノだと。
「……貴方は」
「あん?」
「赤枝荒眞、ですか?」
 何者であろうと、敵ならば倒す。それだけなのだが、エニシはどうしても訊かずにはいられなかった。
「はっ、さっきまでは確かに“赤枝荒眞”だったろうよ」
 荒眞である男は、左手に持った鞘を投げ捨て、薄ら笑いを浮かべ、エニシに告げる。
「俺の名は――焼枝炎眞(やきえだえんま)だ」

「一体何を――」
 “時”のアーチャー(なのは)の疑問に、“天”のセイバー(ブレイド)は動作を以って答える。
「集え――七天」
 言いながら、ブレイドは左手の爪で手の甲側の右腕を引っ掻いて傷をつけ、反対側を指二本の爪を立てて引っ掻く。
 かなり深く立てて引っ掻いたのか、計七本の傷痕から流血させる。
 右腕を天高く掲げ、同時に周囲の雨水がブレイドの右腕に集まっていく。
「これは……!」
“天”のアーチャー(シューター)を倒したのなら、見覚えはあるだろう?」
 確かに、なのはにとってブレイドが引き起こしてる光景には見覚えがあった。
 シューターの必殺(おく)()。それは、なのはと同じく、周囲の物質をかき集める技。
 なのはは魔力。シューターは風。そして、ブレイドは――
「雨が降っている以上――水一滴すら俺の武器だ」
 ブレイドの右腕から、天に向かって、激流の水が伸びていく。
 上に滝が落ちているような光景に、なのはは、目を奪われていた。
 土砂降りの雨が、ブレイドを通して重力に抗い、天に還っていく様に。
「――綺麗」
 不覚にも、美しい。と感じてしまった。
 《master》
「うん。わかってるよ。レイジングハート」
 礼装に呼びかけられ、意識を切り替える。
 (ブレイド)は、宣言通りあの一撃で終わらせるつもりだろう。
 定石を取るのであれば、溜めの妨害をして怒涛の攻撃を叩き込む。それが勝率の高い手段ではある。
 あるのだが……なのはは今一度、ブレイドの様子、周囲を確認する。
 地面を打ち続ける雨水は総てブレイドに集まっていく。
 集められるということは、支配下にあるということ。
「アクセル、シューター!」
 手始めに、複数の光弾を放つ。
 複雑な軌道を描いてブレイドに向かって行く。
 だが、光弾は一つたりともブレイドに直撃することは無く、周囲の雨水が柱、否、槍と化して全て穿ち落とす。
「小細工を仕込まなければ、恐ろしくて向き合えんか?」
「ただの確認だよ」
 牽制は無意味と再認識したなのはは、(れいそう)を構え直す。
 見当はおおよそついた。ならば――!
「こっちも、本気でいかないとね――!」
 なのはの下に、光が集まっていく。

「焼枝……炎、眞」
「おう。俺が、焼枝炎眞だ」
 応えるように、赤枝荒眞だった男は――焼枝炎眞と名乗った。
 愕然とするエニシを見据えつつ、炎眞は回想する。
(今想えば、アレは慈悲だったのかねぇ)
 気がつけば、“この世界”にいたこと。
 死にかけていた所に、壱宮一輝(あのアホ)がいたこと。
 (いま)を生きる為に、取引をして――
 名前と記憶(たいせつなもの)を引き換えに、憤怒と生命(いきるちから)を得たこと。
 ……にしてはその後が妙に理不尽な目に逢いすぎている気がする。主に使いっぱしりで。
 とまあ、ろくでもない思い出を振り返り、担いでいた刀を下ろし、斬り上げる構えを取る。
 記憶が戻り、色々と感じることはあるけれど。
 今は。
「楽しくてしょうがねぇ」
 眼前に打倒(たお)すべき敵がいる。帰るべき世界(ばしょ)が在る。
 そして、我の記憶有り、故に我在り(ここに、おれがいる)
 終始薄ら笑いを浮かべている炎眞に対して、エニシは無表情のまま声を発した。
「楽しい、ですか」
「ああ。これからのことを考えるとな」
「双方に死傷者が出てるのにも関わらずですか」
 それを聞いた炎眞は一瞬、間を置き、声を大きくして笑う。
 エニシはそれをただ静かに眺めていた。
 数秒笑った炎眞は可笑しくてたまらないという様子でエニシに訊ね返す。
「おいおい。冗談にしたってもう少し上手く言えるだろう」
「冗談に聞こえましたか」
「そりゃあなあ。今の一言一句上っ面で嘘くせーんだもん」
 反論しようと声を発しようとしたエニシだが、炎眞が声を発する方が早かった。
「――それに、“こういうコト”も込みでお前は始めたんだろう」
「……不愉快ですね。終わらせましょう」
「お? 怒らせちまったか。まぁ、俺も終わらせようと思ってたとこだ」
 エニシは冷静に構え、薄ら笑いを浮かべた炎眞は姿勢を前のめりにして飛び込む用意をする。

 “天”のセイバー、ブレイド・エッジ・カッターは白き天使を撃滅(ころ)すべく(かみ)一刀(さばき)が如く激流の水柱を掲げ。

「――一刀総斬」

 “時”のアーチャー、高町なのはは赤き武人を討伐(たお)すべく綺羅星(ひかり)閃光(ちから)を杖の先端に集め。

「全力全開……」

 赤枝荒眞、否。焼枝炎眞は聖杯大戦(まつり)を終わらせるべく、凄絶な笑みを元凶(エニシ)に向ける。
 ――帰るために。

「――劫火絢爛」

 田村エニシはこの聖杯大戦(ゲーム)で失った仲間を取り戻すべく、射殺す目つきで強敵(えんま)を睨み付ける。
 ――やり直すために。

「全力全灰……」

 それぞれが、各々の敵に――勝利するために。

 必殺の一撃を―――


『水  天  絶  刀』(アクア・グラディウス)

『星 光 の 破 砕 砲』(スターライトブレイカー)!!」

焼 滅 炎 獄 刀(レーヴァテイン)!!」

明 星 の 灼 焔 炮(ルシフェリオンブレイカー)


 放った。

水天絶刀(アクア・グラディウス)』は高町なのはを殺すべく、『星光の破砕砲(スターライトブレイカー)』を削り斬り続けていく。
 対する『星光の破砕砲(スターライトブレイカー)』はブレイド・エッジ・カッターを倒すべく、『水天絶刀(アクア・グラディウス)』を押し返していく。
 両者の宝具(ひっさつ)は互角。
 しかし、そんなものは気合次第でいとも容易く推移する。
 ――負けない。
 負けられない。
 負けたく――ない。
 不屈の闘志を燃やして、なのはは杖を握る手に力を込める。
 いつだって、どんなときだって、この一撃で、『星光の破砕砲(スターライトブレイカー)』で撃ち砕いてきた。
 だから――
「絶対に、負けないッ!」
 《Load cartridge》
 なのはの叫びに呼応し、杖は薬莢を吐き捨て、魔力を増幅する。
星光の破砕砲(スターライトブレイカー)』は輝きを増して、『水天絶刀(アクア・グラディウス)』を徐々に押し返し、ブレイドを呑み込もうとする。
 ブレイドは特に動揺するわけでも無く、冷静に分析する。
(成程。シューター(ヤツ)が負けるわけだ)
 初めて見た時から――否、“時”のセイバーの支援(よこやり)の時から、違和感を感じていた。
 “アーチャーにしては、強過ぎる”
 これまでの戦闘能力も、不可解な幸運作用も、全て理解した。
(本来該当するクラスはアーチャーではなく――救世主(セイヴァー)
 救世主(セイヴァー)。世界を、救うことを約束されたクラス。
 ただのサーヴァントが勝てる見込みは、無い。
 ――それがどうした。
 鍛え上げた武が。
 磨き抜いた(すべ)が。
 血の果てに極めた――(わざ)が。
「たかが救世主に、負けはしない」
 左手で右腕を押さえつけて、勢いに押されかけていた『水天絶刀(アクア・グラディウス)』を、なのはに向かって斬り下ろしていく。
水天絶刀(アクア・グラディウス)』は『星光の破砕砲(スターライトブレイカー)』を押し返し、再び両者の間で拮抗させる。
「おおおぉオオオオッ!!」
「はぁああアアアアッ!!」
 気迫一声。両者の雄叫びと共に踏ん張っていた地面が抉られ、削れていく。
 降り続く雨の中。均衡が次に崩れたその瞬間に――決着する。

 教会の内部――地下もまた、修羅場だった。
 屋内にも関わらず。エニシは“時”のアーチャーと同型の紫黒の杖から同規模の光線――明星の灼焔炮(ルシフェリオンブレイカー)を放ち、炎眞はその光線を真っ向から、刀身が燃えている日本刀――焼滅炎獄刀(レーヴァテイン)で滅多斬りにしながら僅かずつ、前進していた。
 斬って。
 斬って。斬って。
 斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って。斬って――斬りまくる。一切、合切。眼前に迫る灼熱の焔を。
一振りでも、一秒でも。
遅れることがあれば、焼死は免れない。
だが、しかし。
このような窮地にて尚――焼枝炎眞は、笑っている。
高らかに。噛み締めるように。己は、ここに居ると。知らしめるように。
心の底から、楽しみながら斬り進む。振り切った際の余波で周辺を破壊しながら。
――ああ、いま生きている。
死の戦慄(スリル)すら楽しみに変えて。
「――とはいえ、教会(ここ)は大丈夫かねぇ!?」
炎眞は楽しそうに、そう叫んだ。
対するエニシは。
(……人間かどうか疑わしくなりますね)
奥の手を以ってしても焼き尽くせない炎眞に――彼の様に楽しむわけでは無く――戦慄していた。
大規模な火焔放射に対して、笑い声を響かせ、正面から斬り払いながら進んで来る輩などエニシでなくとも戦慄するだろう。
(しかし……レーヴァテインですか)
エニシは炎眞が叫んだ単語に思案を巡らせる。
レーヴァテイン。
北欧の悪神ロキが鍛造し、女巨人シンモラが保管しているという、奇妙奇天烈な――枝。
正確には枝なのかすら曖昧な神の道具(ゴッズ・アイテム)
ヴィゾーヴニルという雄鶏を殺せるモノにして、授与される条件としてヴィゾーヴニルの尾羽が要るモノ。
一見すると、堂々巡りの謎掛けのように思えるが、いくつか穴はある。
だが、エニシはそこでレ-ヴァテインに対する考察を打ち切る。
今、大事なのは。
(焼枝炎眞(あのおとこ)に勝つこと)
集めた仲間も。
植田奏太も。
水樹七哉も。
――病床で目覚めない、阿澄悠理も。
今、この(とき)だけは、忘れる。
全ては、勝つために。
雑念を振り払い、エニシの思考は一個の機械になる。
(状況は不利。勝利条件は敵の殺害。その為に必要なのは――)
力。卓越した技術でも、狡猾な心理操作でもなく。
純然たる――火力。
礼装の負担を度外視し、カートリッジロードで火力を増強させて焼枝炎眞を灼き殺すべく。エニシはトリガーを引く指に、力を掛ける。
瞬間。エニシの左腕が糸の切れた人形の如く、下に折れ曲がる。
「―――――は?」
余りにも不可思議で滑稽な様に、エニシは拍子抜けした声を無意識に出してしまう。
不可解な現象に混乱しかけるが、ひとつ、思い出す。
“天”のアーチャーとの戦闘時、己が不手際で負った傷。
青崎空我による瀕死の一撃(のろい)。死に際に魔力を込めて打ち込んだ一撃は呪詛となって、大一番でエニシに牙を突きたてた。
「青、崎……空我……ッ!」
忌々しく、名を呟くと同時に明星の灼焔炮(ルシフェリオンブレイカー)の焔は、一際高く斬り上げられ、天井を貫いて消える。
そして炎眞がエニシに肉薄し、刀を振り上げる――


(ちから)(ちから)がぶつかり合う中。
レイジングハートが――声を上げる。
《master》
なのはがレイジングハートを見ると、小さくはあるが、亀裂が生じていた。
やはり――無理をしすぎたのだろう。
宝具の使用から碌にメンテナンスもせずに、カートリッジによるブースト。
よくぞここまで戦えたものだ。戦闘中、できるだけ礼装(レイジングハート)を気づかいながら魔力の運用には注意していたが……限界は、来るときには来る。
《sorry》
レイジングハートの謝罪に、なのはは軽く首を横に振る。
「こうなるまでに決着をつけられなかった私の落ち度だし……それに――“天”のセイバー(あのひと)強かったから」
《master》
「うん」
《――See you again》
「そうだね。またいつか――」
なのはが言い終わる寸前に、(レイジングハート)は砕け散り――


「俺のォ、勝ちだァッ!」

「俺の、勝ちだ」

炎眞が、エニシを腹から肩口にかけて斬り上げ。
“天”のセイバーの一刀は、教会諸共“時”のアーチャーを斬り飛ばした。

「………………っ、は」
咳き込んで、目を開く。
辺りを見回す――力すら無い。
覚醒したばかりなのに、途切れそうになる意識を気合いで繋ぎ止めて、眼球だけでも動かして周囲を見る。
瓦礫の所に、誰かが、いる。
焼枝炎眞が瓦礫の上にふんぞり返っていた。
視線に気づいたのか、炎眞がエニシを視認する。
「げ。お前まだ生きてたのか」
眉に皺を寄せ、苦虫を噛み潰したような顔で炎眞がそんなことを言ってきた。
その言葉で、エニシは状況を把握する。
己は、全力を以て炎眞を焼滅させようとした。
だが、利き手である左腕が突如折れ。
その隙を炎眞が。
……意識を途切れさせぬよう、瞬きをして思考を鮮明にする。
結果を言うのならば、自分は負けたのだ。
焼枝炎眞と、青崎空我に。
視線を下の方に向けると、文字通り自分の半身がそこにあった。
両断されてもかろうじて意識があるのは自分でも驚きだが、今となってはどうでもいい。
植田奏太と水樹七哉に救うと誓った阿澄悠理も。
全てが、どうでもいい。
己は負けて死に、塵と化すのみ。
だが、しかし。
「た………し……っ……た……」
楽しかった。かけがえの無い、充足感があった。
穴の空いた天井を見る。
そこには――虹が、かかっていた。
エニシの意識は速やかに暗闇へと墜ちて行き――幼馴染みの下へ逝った。

「……死んだか」
手にしていた日本刀を地面に突き刺し、大きくため息を吐く。
「いやー、ぶった斬ったのに動いてんだもんな。びびったわホント」
からからと、へらへらと死者に対する感想を述べる炎眞は、再び瓦礫の上に腰を下ろし、天井を仰ぐ。
焼滅炎獄刀|《レーヴァテイン》で斬り上げた炎は、 崩落してきた地下室の天井の瓦礫もろとも噴火の如くぶち抜いて行き、巨大な穴が空いていた。
「いーい天気だねぇ……」
炎眞の眼には、雲一つ無い青空が映っていた。
穴の縁に人影が見える。その人影は、迷いなく穴に飛び込み、降り立った。
――“天”のセイバー、ブレイドだった。
「おーう。おめーも勝ったかー」
「…………ああ」
教会に突入する前と雰囲気が変わっているマスターにいぶかしむブレイドは、警戒しつつ、マスターの下に向かう。
空を仰ぎ見てぼーっとしていた炎眞がブレイドをしっかりと視認する。
「なんだオメー、足一本無くなってんじゃねーか」
「そういうマスターは、随分と雰囲気が変わったな」
「ま、忘れもんを取り戻したからな」
炎眞は自身のこめかみを指でつついてへらへら笑っていた。
「――そうか。記憶が、戻ったのか」
「妙なタイミングだったけどな」
炎眞との会話もそこそこに、ブレイドは奥に鎮座する光の球体を見据える。
「あれが、聖杯なのか」
「らしいな」
「……らしいとは?」
「いや、俺もよく知らねーからさ。魔力の貯蔵量とかから考えてそうなんじゃねーかなーと」
「……本当に雰囲気が変わったな。マスター」
「色々事情があったからなぁ。お望みとあらば頑張って前のチンピラっぽいノリやるけども」
その提案にブレイドは静かに首を振り否定する。
「いや、今のマスターが真実なら、別にそれでいい」
「ふーん。そうか」
そこで会話が途切れ、しばし沈黙が流れる。
先に沈黙を破ったのは、炎眞だった。
「そういえばよ、お前は知ってたのか?」
「何をだ」
「聖杯大戦|《このたたかい》……っつーか、聖杯戦争が、どんなものか」
「………」
その問いに、ブレイドはしばし黙考する。
聖杯戦争。それぞれの魔術師|《マスター》が使い魔|《サーヴァント》を用いて最後の一組になるまで行う大規模な儀式|《ころしあい》。最後の一組には願望機たる聖杯を手に入れられる。
――というのが、聖杯戦争の大まかな概要。
しかし、その実態は。
「――ああ。知っている」
「……なら、このあと、俺が何やるのかも解ってんだよな」
「無論だ」
だらけていた炎眞は立ち上がり、ブレイドと向き合う。
数秒、お互いに見据え。
「――くたばれ、セイバー」
「――さらばだ、マスター」
炎眞|《マスター》は、“天”のセイバー《ブレイド》に――自害を命じた。
令呪三画を以ての命令に抗える訳も無く。
ブレイドは己の胸に手を当て、「……鮮血紅刃|《ブラッドエッジ》・咲裂|《バースト》」の呟きと共に背中から致死量の血液を噴出させた。
膝から崩れ落ち、倒れ、薄れゆく意識の中でブレイドは思う。
――当然のことだな。
聖杯戦争の実態、それは全てのサーヴァントをくべて、根源に至る孔を開くための儀式。
要するに、悉く詐欺なのだ。聖杯戦争というモノは。
願いを叶えられる――そんな甘い蜜に誘われて来た外部の馬鹿|《まじゅつし》と、縋る阿呆|《えいれい》。
実に質の悪い詐欺である。
だが、ブレイドはそれで良いと感じる。
生者の奇跡は生者にもたらされるべきであり。死者は死者に。塵は、塵に還るべきである。
(だが、それでも――俺は満足した)
呼び出されてから、今まで。それなりの充足感を感じながら――勝者たる“天”のセイバー、ブレイドは消滅した。

「…………っはぁー」
炎眞は大きくため息を吐くと同時に、背後にある聖杯を見据える。
「令呪三画でも効かなかったらどうしようかと思ったが。ちゃんと効いてよかったよかった」
共に戦い抜いてきた相棒を惜しむ訳でも無く、聖杯の様子を観察する。
一四騎もの英霊という莫大な魔力を蓄えた聖杯は太陽の如く輝き、入力|《がんぼう》を待ちわびている様に思える。
「さて、と……」
深呼吸を一つ行った炎眞は聖杯に手を伸ばそうとする。
「貴方は、聖杯に何を願うのですか?」
背後から聞こえてきた声に、炎眞の手が聖杯に触れる寸前で止まる。
「あ。アンタは」
炎眞が振り返ると、そこには呼吸の荒い玄夜を担いだシスター・イエロウが微笑みながらそこに居た。
「何を願うって……そりゃあなぁ?」
「……お前、記憶が戻ったのか?」
「お? おー、玄夜か。まーな。ちゃんと思い出したぜ」
「……そういえば、随分と陽気ですね」
微笑みながらも警戒するイエロウに炎眞はへらへらと答える。
「はっはっは。俺ァ、これが素だからな。あ、でもアンタが俺に妙なことやったの忘れてねーからな!」
ビシッとイエロウを指差す炎眞に、イエロウは浅くため息を吐いて口を開く。
「それで……先程の質問ですけれど」
「ん? あー、何を願うのかってやつ?」
「ええ。基本的には何を願おうとも構いませんが――」
イエロウはそこで言葉を切り、腕を軽く振る。手には黒鍵が握られており、切っ先を炎眞に向ける。
「もし、秩序を乱すモノであれば。私が駆除させていただきます」
変わらぬ微笑みを浮かべながら、イエロウは炎眞に告げる。
玄夜がイエロウから離れ、炎眞の方へ距離を詰めていく。
イエロウと炎眞の間にヒリつく緊張感が漂い、先に口を開いたのは――炎眞だった。
「俺の願いは――元の世界へ帰ることだ」
「元の、世界ですか」
イエロウの疑問めいた復唱に、炎眞はガシガシと後頭部を掻きながら続ける。
「俺は……いや。俺と、そこの玄夜、あと空我は元々ここの世界の人間じゃねーんだよ。異邦人ってヤツだ」
その言葉にイエロウは玄夜を見る。
視線に気づいた玄夜は咳き込みながら答える。
「炎眞の言っていることは事実だ。俺たちは事故で……ここに、この世界に迷いこんだ」
「……どうやら、本当のようですね」
イエロウは炎眞に向けた黒鍵の刃を消し、裾に仕舞い込む。
「それで、どのようにして元の世界に帰還するのでしょうか」
「この街の人間全ての命を使って」
しれっと告げた炎眞に、イエロウは再び無言で黒鍵取り出す。
「いやいや! 嘘! 嘘だから! な!?」
「真面目な話で下らない冗談はやめてくださいまし」
「はい。すいません」
炎眞の制止に、イエロウは黒鍵を仕舞うことなく、依然として手に持ったままだった。
「……あのう」
「何です?」
「その手に持ったモノは……」
「次は無い、という意思表示です」
「あ、そうすか……」
恐る恐る聞く炎眞に柔らかい口調ながらも僅かに怒気を込めて返すイエロウ。
炎眞は大きく溜め息を吐き、改めて説明する。
「ただの聖杯だったら、あながちさっき言ったことも冗談じゃねーんだが……聖杯大戦の聖杯だからな。魔力は充分、あとは――門を出すだけだな。俺たちが元居た世界に繋がる門」
言いながら、炎眞はイエロウたちに背を向け、聖杯に両腕を突っ込んだ。
手を入れたまま炎眞は暫く微動だにしなかったが、徐々に聖杯が形を変え――門が顕れた。
それは、以前見た教会の門と瓜二つであり、違う点と言えば、門のみというぐらいか。
「よし、できた。おい玄夜、起きろ、ノビてんじゃねえ。還るぞ」
「これでも重傷なんだぞ俺は……」
「いいから立てって」
門を前に炎眞と玄夜が騒いでる様子をイエロウは静かに眺める。
炎眞が門を開けると、門の向こう側は白い光で満ち溢れていた。
「お別れ、ですね」
「おう、そうだな」
「世話に……なったな、シスター」
炎眞と玄夜はそれぞれイエロウに別れを告げる。
「さらばだ」
「じゃあな!」
二人の言葉に微笑んで手を振るイエロウを尻目に、焼枝炎眞たちは、元居た世界|《ばしょ》へと帰還する――――

かくして、奇妙奇天烈な聖杯大戦は、勝利者の帰還によって幕を閉じた。

 
 

 
後書き
当初一本にしようと思ったら、思いのほかアサシンとキャスターで文字を食いました。不覚です。あとpixivの方にはエロシーンカット……っていうよりは、ぼかして前後併合して乗せるんで、そっち見たい方はどうぞよろしくお願いします。 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧