俺はここにいる!
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第八話「△デート・鏡花後編」
前書き
長らくお待たせしました。
ちょっとしたハプニングに見舞われた俺たちだったが、気を取り直してデートの続きを楽しむことにした。
それからはお化け屋敷に入り、お化け役に脅されて怖くないにも関わらず「キャー☆」と黄色い悲鳴を上げては俺の腕に胸を押し付けたり。
コーヒーカップに乗っては一組だけ異様な回転速度を弾き出し、揺れる視界のなか平衡感覚と格闘を続けたり。
メリーゴーランドに楽しげに乗る鏡花を店売で購入したスケッチブックで外から写生したりと慌ただしく園内を動き回った。
絶叫系の半分を制覇した我が妻は満足したのか休憩を挟むことを提案してきた。
「もういい時間だしお昼にしない? あたし行ってみたいお店があったんだ」
「だな。食えるなら何でもいいぞ」
「あら、なら美味しいカボチャ料理店でも紹介しましょうか?」
「……ごめんなさい、カボチャ以外でお願いします」
クスクスと笑んだ鏡花は俺の腕を取ると先導し始めた。
通りがかる男どもの視線が鏡花に向かう。なかには目を奪われている彼氏の頬を抓ってる彼女の姿もあった。
――まあ、鏡花は文句なしの美少女だしな。どこぞの企業にモデルをやらないかってスカウトされるくらいだし。
実際、鏡花は贔屓目なしで見てもかなりの美少女だ。肩口まで切りそろえたつやのある黒髪にスッと整った鼻梁と眉。パッチリとした目に活力に満ちたこげ茶色の瞳。柔らかでいてつやと弾力性に富んだ唇。芸術にすら思える輪郭。テレビに出ているようなアイドルに勝る顔立ちをしている。
さらには大きすぎず小さすぎず、手のひらからこぼれるくらいの絶妙な大きさの乳房。くびれた腰、週に二回通っているフィットネスで鍛えた引き締まった尻。
染み一つない肌はすべすべで、ファン○ーションを必要としないほどきめ細かな素肌をしている。
性格もさばさばしていて、若干男勝りなところもあるが非常に面倒見がいい。裏と関わったせいか強かなところもある。
鏡花が通っている学校は女子高だが、同性ですら魅了する彼女は多くのラブレターや告白を貰っている。これが共学だったら男子たちの憧れのアイドルになっていただろう。
俺の隣を歩いている鏡花はそんな女の子だ。
鏡花に見とれる男たちは次いで隣を歩く俺に視線を向け、その色を嫉妬と羨望に変わる。
有象無象の視線が暑苦しい。が、これも持つ者の定めか……。まあ愉悦を禁じ得なくもない。
鏡花は男の視線など知ったことかとでもいうような態度で堂々としている。こういうところが男勝りなところなのかもしれないな。
「あっ、ここよここ!」
そこは西洋の酒場を模した飲食店だった。いつだか言ったことのあるウェスタン村にあるような店だ。
鏡花の言っていた通り余程人気なのか、ずらっと客が列を成して並んでいる。客の割合は男女比半々、二十代が多いようだ。
「なんか思ってたのと違うな」
「まあ見た目はね。でもここの料理ってホント美味しいのよ。なんでも元三ツ星レストランで働いていたコックが運営してるんだって」
「へぇ、それなら味の方は期待できるな」
我が家はあまり外に食べにいかないから久々の外食にちょっとウキウキだったりする。
それから待つこと二十分。ようやく店内に入ることが出来た。
ウェイトレスに案内された席に着き、渡されたメニューを開く。
「……鏡花」
「ん?」
そこに描かれていた料理名をさっと流し読みした俺は同じくメニューを開いている鏡花に一言。
「意味不明だ」
「言うと思った」
クスクスと笑い声が返ってきた。
メニューには料理名しか書いておらず、どういった料理なのか写真が載っていない。しかもその料理名というのが『バサラの無念』、『新大陸の謎』、『アルカディアの希望』、『黒い妖精からの贈り物』など訳の分からん名前ばかりだ。
「これはあれか? 客をおちょくってるのか?」
そうとしか思えん。なんだこの『天国と地獄』ってのは。
「そんなことないと思うけど。なんかここのコック長って結構感性豊かな人らしくて、料理の名前をすべて直感でつけてるんだって」
「……理解できんな」
「しなくてもいいと思うわよ」
なにか俺でも分かるものはないかと吟味したところ、とある料理名に目が付いた。
『ココ○チ風カレー』
「なんでこれだけまともなんだよ!」
思わずメニューをテーブルに叩きつける。そんな俺を見た周囲の客は忍び笑いをしていた。
「俺も初めて見たときは同じ反応したっけ」
「一度は通る道よね」
「懐かしいわねー」
なぜか微笑ましい目で見られてしまった。
「もう、恥ずかしいんだからやめてよね」
「あい」
結局、俺が頼んだのはココ○チ風カレー。鏡花は山本デラックスになった。
「なに? 山本デラックスって」
「さあ? なんでもすっごく人気のある料理なんだって。値段もお手頃の価格だし結構これ目当てのお客も多いみたい」
「ふーん」
「お待たせしましたー。ココ○チ風カレーと山本デラックスですー」
「早っ」
注文してまだ五分も経っていないのにもう料理が出てきた! 吉○家じゃないんだぞ!?
「はいー。当店は『早い!』『安い!』『美味い!』を理念にしているですよー」
「どこのキャッチコピー!?」
あははー、と気の抜けた笑い声を上げたウェイトレスは料理を手際よくテーブルに並べた。
俺の料理、ココ○チ風カレーはもう言うことがないくらい普通だ。なにをコメントすればいいのかも分からん。
対して、鏡花の山本デラックスとやらは、パッと見た感じお子様ランチの大人向けバージョンだ。
「へー、結構洒落てるのね」
「まんまお子様ランチみたいだな」
「あら、可愛いじゃない。このチャーハンに国旗が刺さってるところなんて」
可愛いものに目がない鏡花はいたく気に入ったようだ。
プレートには拳大ほどの大きさのハンバーグにサラダ、エビフライなど見慣れたものが並んでいる。
「このハンバーグすごく美味しいっ! チャーハンもパラパラ!」
「……うん。このカレー、まさにココ○チだ」
名前に偽りなしだな。……悲しくなんかないやい!
飯一つにコロコロ表情を変える愛する嫁を眺めながら、スプーンを運ぶ。カレーがご飯で嫁がおかずですが、なにか?
まあ、夜の方では主食だけどな!
「はい蒼。あ~ん」
小さく切り分けたハンバーグを箸で支えながら差し出してきた。
恋人でしたいこと鉄板の『あ~ん』だ。鏡花は殊更、これを気に入っている。
「あー」
少し身を乗り出してハンバーグを食べる。
「どう? 美味しいでしょ」
「うん、確かに旨いな」
でも、俺的には嫁の手料理が一番だけど!
再び食事を続ける鏡花を見てふと。
「……間接キスだな」
「――! ごほごほっ」
「おいおい大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ……。というか、いきなりなに言うのよっ」
顔を赤くしながらキッと睨みつけてくる鏡花。本人からすれば精一杯睨んでいるのだろうが、威圧感なんかまったく感じず、むしろ微笑ましく思える。
というか、普段もっと恥ずかしいことしてるのにこのくらいのことで顔を赤くするなんて……愛い奴だなぁ!
まったくもうっ、と小さく言葉を濁しながら食事を続ける。まだ頬が上気しているのはご愛嬌だ。
「あ~、美味しかったぁ」
デザートのプリンも完食し満足いった様子を見せる。
再びメニューを開く鏡花に呆れた視線を送った。
「まだ食べるのか?」
「んーん、飲み物よ。もう一つの目当てでね。あっ、店員さーん。これお願いします」
そう言って鏡花が指したのは。
「はい、畏まりました。『恋の女神からの贈り物』ですね。すぐにお持ちいたします」
『黒い妖精からの贈り物』よりはマシなものが出てきそうだが、いったいどんな飲み物なんだか。
待つこと三十秒。
「お待たせいたしました。恋の女神からの贈り物です」
相変わらずの仕事の早さだ。
少々大きめのグラスの中にはオレンジジュースが注いである。そして、なぜかストローが二本……。
いや、いわずもがな。このくらい察すことができない俺ではない。
「これ、カップルの間で人気の品なのよ。一緒に飲むと、飲んだ人と必ず結ばれるって」
はい、ベタなキャッチコピーいただきました! そして、嬉しそうにジュースを勧めるそんな貴女が大好きですッ!
典型的な恋人たちのやり取りが好きな鏡花にとって、この『一つのジュースを一緒に飲む』というシチュエーションはまさにドストライクなのだろう。お目々を爛々と輝かせてストローを差し出してくる妻の姿に、情熱にも似た熱き猛々しい想いが込み上げてくる。
今すぐ抱きしめて睦み合いたい欲求をぐっと押さえ込み、大きく息を吸う。
この想いを解放するのはまだ早い。それに鏡花は望んでいないだろうし。
なにかと男前な鏡花もこう見えて初心なところがあり、恋人同士がする睦事を他者に見られるのを良しとしない。
身内同士ですら気恥ずかしさが上回るのだ。見ず知らずの他人に見られるとなると羞恥心のあまり手が出るのは目に見えている。主に俺が被害に遭うがな。
ちなみに『腕を組む』や『はい、あーん』、『ジュースを一緒に飲む』、『膝枕で耳かき』などは健全であり許容範囲らしい。キスはセーフだが性的なものはアウトだそうだ。
まあ、焦ることはない。デートの終盤は決まっているのだから、その時に猛った想いを存分にぶつければいいのだ。
「ほら、蒼も飲みなさいよ」
「あいよ」
至近距離で見つめ合いながらストローを口に咥える。
こうして改めて見ると、鏡花ってホント整った顔立ちしてるよなぁ。眉毛は細いし、目はパッチリしてるし、鼻はスッとしてるし。
唇もぷにぷにしてるし、と感触を思い出していると、眼前からジトッとした目を向けられた。
「なにニヤニヤしてんのよ」
「ん~、俺の嫁さんは改めて美人だなと思ってさ。いやー、俺は果報者だなぁって」
「い、いきなりなに言い出すのよ……」
ぷいっと目を逸らした鏡花は顔を赤くしながら小さくつぶやいた。
「……蒼も、その……格好いい、わよ」
「……」
「……」
あー、もう! 抱きしめたいっ!
なにこの娘!? 可愛い過ぎなんだけど! 俺を悶え殺す気!?
我が家の嫁は世界一ィィィィィ――――――!!
ジュースを飲み終えるまでの間、人知れず内心身悶えていた俺であった。
† † †
一通り園内を満喫した俺たちは遊園地から出ようとしていた。
どちらも口にしていないが、恐らくこれから向かう先は一緒だろう。
デートの締めといったらやっぱり――ホテルだ。
しかし、しかしだ。
時刻は現在午後の五時四十分。
そう、祐理との待ち合わせ時刻まであと二十分だ。
――これはやはり、あれしかないか……。
手段を選んでいる暇はない。鉢合わせだけは勘弁だ。
俺が死ねるから。
「すまん、ちとトイレ行ってくる。先に行ってて」
「早くしなさいよ」
一旦、鏡花と別れてトイレへ。
無人であるのを確認して個室に入った。
「さあ、覚悟はいいか俺。やるぞ、やり遂げるぞ……!」
――能力『完全同一分体』発動。
一瞬、視界にノイズが走り、俺の輪郭が二重にぶれる。
視界と輪郭が元に戻ると隣には俺が立っていた。
姿形だけでなく、服装、雰囲気、性格、能力すべてが同一である、まさにもう一人の俺だ。
「俺はこのまま祐理の待ち合わせがあるから、お前は――」
「鏡花の相手をすればいいんだな」
分体の俺がニヒルに微笑む。……俺ってこんなんだっけ?
「んじゃあ、任せたぞ俺」
「任されたよ俺」
先に分体を鏡花の下に向かわせる。一緒に出るわけには行かないからな。
一分経過したのを確認すると俺もトイレから出て、祐理との待ち合わせ場所に向かった。
鏡花には悪いが、今回のデートは失敗するわけにはいかないんだ。
心の中の鏡花が「うがーッ」と眦を吊り上げる。後でそれとなく埋め合わせするから、今は不甲斐ない夫を立ててくれ。
取りあえず、さっさと七雄神社に行こう……。
後書き
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