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俺はここにいる!

作者:月下美人
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第五話「正史編纂委員会」

 
前書き
以前どこまで投稿したか忘れてしまいました。リハビリしんどい……。
 

 

 ローマには旅客機で来たわけではないためいつでも帰れる。帰国する前にシアを可愛がったり、一緒に買い物をしたり、アンナとリアルローマの休日を再現したりと、ローマを満喫してから帰ることにした。エリカは、やはりというか一日ダウンしていたな。


 ちゃんとお土産のクッキーを買ったことだし、支度が済み次第『転移方陣』で我が家へと転移する。ローマにはもう用事はないとのことなので、エリカとアンナを伴っての帰宅だ。


「パパっ! おかえりなさーい!」


 リビングに転移するや否や、テレビを見ていた愛娘が目を輝かせて腰に抱きついてきた。


「おっと! ただいま菖蒲。ちゃんとママの言うこと聞いて、いい子にしていたか?」


「うん! 菖蒲ね、いーこにしてたよ!」


「そうかそうか。そんないい子の菖蒲にご褒美だ」


 袖口から取り出したのは、なぜか売っていたアパマンの人形だ。妙に筋肉質のアパマンは悪辣な顔で親指を下に向けている。鼻を押すと「KILL YOU!」との声を発する機能もある。防水加工の優れものだ。


「わぁ~! アパマンのお人形さん! パパありがとう!」


 キラキラした顔でギュッと俺の腰を強く抱き締めた菖蒲はアパマン人形を片手に小夜香の元へと走り出した。


「ふふっ、菖蒲ちゃんったらあんなにはしゃいじゃって……。お帰りなさい蒼蓮さん、シアさん。久しぶり、エリカさん。アンナさんも」


「それくらい嬉しかったってことでしょ。おかえり蒼、シア。よく来たわねエリカ、アンナ」


 入れ替わりでシリアと鏡花がやってきた。


「よく来たわねって、ここは私の家でもあるのよ?」


「お久しぶりですシリアさん、鏡花ちゃん」


「おう、今帰った。あれ? ミアはどうした?」


 いつもなら真っ先に駆けつけて土産をねだる金髪がいない。鏡花が肩を竦めて答えた。


「あの子なら、今頃学校よ。昨日テストがあったんだけど結果が酷くてね。五教科中、赤点を免れたのがわすが一教科ってどういうことよ」


 やれやれと首を振る鏡花。その隣ではシリアが苦笑している。


「確かにあの子、頭悪そうだものね」


「悪そうじゃなくて悪いのよ。特別補習とかいって下級生のクラスに混ざって勉強していたのを見たときは思わず涙しちゃったわ。あまりにも憐れで」


「そんなことがあったんですかー」


 エリカの言葉に無情な訂正を入れる鏡花。アンナは興味深そうに聞いていた。


「そういうお前は大丈夫なのか? 一緒のクラスなんだろ?」


 ミアと鏡花が通っている聖蓮女学院は偏差値はかなり高い。鏡花はともかく何故ミアが入学できたのかが不思議でならない。ちなみに俺はそこの理事長でもある。ただし事務仕事が面倒なので全て理事長代理に丸投げしているがな。寄付金の八割は俺が出しているんだから文句はあるまい。


 鏡花がフフンと鼻高々に隠していた答案用紙を見せる。どこから取り出したんだ?


「へぇ、全教科九十点台だなんてやるじゃない」


「ほー」


 確かに意外だ。鏡花も決して馬鹿ではないが、かといって勉強が得意というわけでもなく、平均点を維持する程度の学力だったはず。それがここまで力をつけるとは。


「ふふっ、鏡花ちゃんたら蒼蓮さんに驚いてほしくて必死になって勉強したんですよ。私とシリアちゃんに勉強を頼んでまでして」


 微笑みながら娘と手を繋いだ小夜香がリビングに顔を見せる。


「お帰りなさい、蒼蓮さん。エリカさんたちも」


「おう」


「ええ、ただいま」


「お邪魔しています」


 頭を下げるアンナに優しく微笑む。


「いいえ。貴女も私たちと同じく蒼蓮さんを愛す者、いわば家族です。なら貴女にとってもここは我が家ですよ」


「そうだぞアンナ。お前も俺の女なんだから、名実ともに身内なんだよ。ところで、その鏡花の勉強とやらをもっと聞かせてくれよ」


「ちょっと蒼っ、聞かなくてもいいわよ! 紗耶香さんも話さないで!」


「なら私が喋っちゃいましょうか。鏡花ちゃんったら、前々から蒼蓮さんを驚かせたくて、夜な夜な私と紗耶香さんに勉強を教えにもらいにきていたの。私からは現国と英語と数学。紗耶香さんからは社会と化学を教えてもらってね」


「シリアさん!」


 コロコロと笑うシリアに鏡花が肩を落とす。


「お前、日本人なのに現国をシリアに習うって……」


 それは日本人としてどうなのよ。見ればエリスは口元を押さえて笑いを堪えているし。


「だって難しいんだもの! シリアさんの方が得意だって聞いて私も落ち込んだわよっ、バカ!」


「あーはいはい、すまんすまん。別にバカにしてるわけじゃないから。ま、ここまで頑張って点数が上がったのは事実なんだし、何かご褒美でも――」


「えっ、ご褒美!?」


 途端に目を輝かせた鏡花に内心苦笑する。意外と現金な奴なんだよな。


「なんでもいいぞ? 南星堂のケーキ全種類でも」


「それは魅力的だけどカロリーが高いからダメ! ……今度の日曜、一日デート権なんかはどう?」


 チラチラと俺の顔を見上げながら恥ずかしそうに呟く。懐かしい単語に思わず目を細めた。


「一日デート権か、懐かしいな……。まだ皆が恋人だった時によく活用したっけ?」


 あの時は互いに角が立っていたため、何かと競い合って俺を独占したがっていた。その時に頻繁に使われたのが一日デート権だ。これを使用している間、つまり二十四時間内はデートの邪魔をしてはいけないとの暗黙のルールがあり、よくデートを尾行されたな。最後まで邪魔はしなかったが。


「最近はデートブームなのかね。ま、いいぜ。その日は一日オフにしとくよ」


「やった! ちゃんと空けておいてよね!」


 上機嫌で部屋へと戻る鏡花を見届けて、俺たちも自室へ戻ろうとする。


「んっ?」


 ふと超六感が働いた。今すぐ家を出てある場所に向かえと俺の勘が囁いている。今まで超六感が知らせる『予感』は外れたためしが無いため、全幅の信頼を寄せている。直ちに行動を開始した。


「すまん、ちょっと出かけてくる!」


「えっ、蒼蓮さん?」


「ちょっと蒼蓮!?」


「あらあら」


 シリア、エリカ、シアの声を背に、庭に出ると一気に跳躍。ドン! という音とともに空気の壁を蹴って目的地へと跳んだ。





   †                   †                    †





 七雄神社――歴史は古いがそれだけで、有名というわけでもない。しかし裏の世界に携わる者にとってはいくつかの意味合いを持つ神社。


 そんな神社は高台の上に位置する。鎮守の森とまではいかないが、緑に囲まれた神社は清涼感が溢れて中々心地よい。


 いつものお勤めも終えた私――万里野祐理は拝殿から少し離れた場所にある社務所の一室で身支度をしていた。


 時刻は午後の八時を過ぎている。白衣と緋袴を身に纏った私は鏡の前で髪を梳いていた。


 愛用している瑠璃色の櫛で梳いていると、唐突に櫛が折れてしまった。サラサラした髪には櫛を折るような抵抗は感じなかったのにも関わらず。


「……不吉だわ。何か良くないことでも起ころうとしているのかしら」


 漠然とした不安に駆られた私は櫛を置き、身支度を整えて社務所を出た。普通なら些細なことだと思い歯牙にもかけないだろうが、私の場合は違う。


 これが凶報でなければいいが、と思いながら早足で拝殿へと向かう。すれ違う神職の方々が立ち止まり丁寧に頭を下げるのに対し、私も会釈する。十五歳の巫女を相手にするには過剰な対応だが、ここでは私が格上の存在だ。


「やあ、姫巫女。お初にお目に掛かります。少々お時間を頂けますかね」


 不意に気軽そうな声とともに現れたのは一人の男性。よれたスーツ姿にメガネを掛けた殿方だ。どことなく草臥れた印象を受ける。


 私を姫巫女と呼ぶからには彼も裏の世界に身を置く存在なのだろう。革靴で境内を歩いているのに踏みつける玉砂利の音はまったくしない。これだけでもかなりの実力者だと窺えた。


「……あなたは?」


「おっと、これは失敬。申し遅れましたが私、甘粕と申します。麗しき姫巫女のご尊顔を拝見できて光栄の至りですよ。以後お見知りおきを」


 仰々しい言葉とともに差し出してきた名刺を受取る。そこには甘粕冬馬という名前とある組織の名が書かれていた。


「正史編纂委員会の方が、私にどのような御用件で?」


 日本の呪術界を統括する組織の使者が一体なんの用なのだろうか。背広をだらしなく着崩した姿はとても委員会の人間には見えないけれど、丁重かつ慎重に対応しなければならない。


「いやー、積もる話もありますが……お邪魔させてもらえません? もう、寒くて寒くて」


 ――本当になんの用なのだろうか?





   †                   †                    †





「いやー、助かりました。上司の令でアラスカに行っていたんですけど、帰国早々にまた指令を貰いましてね。ここ最近は寒くて缶コーヒーが手放せませんよ。不躾にもお邪魔した挙句にお茶まで頂いて、申し訳ありません」


 緑茶の入った湯呑を手に朗らかに笑う甘粕さん。私は困惑しながらもそれをおくびにも出さず再度用件を窺った。


「いえね、実は我が国に未曾有の災厄となるかもしれない火種がありまして、少々手を焼いているのですよ。そこで、姫巫女のお力を貸していただきたく思いお邪魔しました」


「私などがお力になれるとは思いませんが……」


「またまた、ご謙遜を。数多くの姫巫女がこの日本にはいますが、あなたほどの霊視力に長けた方は稀です。まあ、それ以外にも二つほど理由がありますが、それは後程お話ししましょう」


 甘粕さんは姿勢を正すと本題に入った。


「とある日本人の少年がいます。彼と会って、その正体を見極めて頂きたい。草薙護堂といいまして、正真正銘のカンピオーネではないかと疑惑が挙がっている人物です」


「カンピオーネ?」


 思い掛けない単語に思わず目を丸くしてしまった。欧州における最大最凶の魔王の称号。神を弑逆し、そのお力を奪いし簒奪者。神話に喰らいつく者たち。


 ――不敵の笑みを浮かべ振るう拳は暴虐の限りを尽くし、晒す背は堅牢な城壁にも勝る。


 この呼び名を耳にすると、いつも彼の姿を彷彿させる。老いた魔王の呪縛から私を救ってくれた、ただ一人の想い人……。


「あなたを選んだ一つの理由はもうお分かりですね? あなたはかつて、デヤンスタール・ヴォバンと遭遇した経験がある。実際にカンピオーネをその目にしたあなたなら草薙護堂の鑑定も容易いことです」


「ええ。カンピオーネとはつまり日本でいう荒ぶる鬼神の権化、羅刹王の化身です。しかし信じられません……神を殺めるなんて奇跡を起こせる人間が、この日本であの方以外にいるだなんて」


「同感です。故に私たちも草薙護堂を本物だと信じなかった、いや、信じたくなかった。日本人のカンピオーネは海堂蒼蓮様が最初で最後だと。しかし、様々な証拠が重なりまして、一概にそうも言えなくなってきたのですよ。


 グリニッジ賢人議会の報告によれば、草薙護堂は今年の三月――今から五か月前ですね、サルデーニャ島という南イタリアで、ペルシアの軍神ウルスラグナを倒し、カンピオーネに至りました。その後も四度、イタリアに訪れていますが、行く先々で大きな破壊活動が発生しています。つい最近三日前もローマに訪れたとの報告がありました」


「ローマに?」


「ええ。呼び付けた人物は魔術結社【赤銅黒十字】の若きテンプル騎士、エリカ・ブランデッリ・海堂。あの海堂蒼蓮様の妻です。幸いこの時は何も問題は起こらなかったのですが、曰くありげな神具を携帯して帰国しましてね」


「神具、ですか……」


「はい。ですので、その神具の鑑定もお願いします。厄介ごとだけは持ち込まないで頂きたいものですねぇ。ああ、そうそう。それと大切なことを言い忘れていました」


 ポンっと手を合わせる甘粕さん。


「実はですね、各国の魔術結社では選りすぐりの美女を選別して草薙護堂に愛人として宛がおうと画策しているようなのです」


「あ、愛人……!?」


「はい。結社の幹部候補を個人的な愛人として送り込んで籠絡し、その力を存分に利用しようとの魂胆なのでしょう。私たちはまだ確証が取れていませんが、イギリスでは草薙護堂を『王』として認めているようです。それでですね、もし草薙護堂が本物の『王』だった場合に備えて私たちも他国に便乗しようなんて虫の良いことを思っていまして、出来れば彼と親密な関係を築きたいのですよ」


 甘粕さんの言い様は理解できる。組織的にはそれが一番効果的なのも、納得はできないが理解できる。


 なにを言いたいのか理解した私は、眉を顰めて目の前に座る正史編纂員会の使者をジッと眺めた。


「つまり、私にその方の愛人になれと、そう仰るのですね」


「いえ、強制はしません。こういうのはやはり愛が無いと続きませんから。ただ、出来るのであれば彼と良好な関係になれるように心掛け――ぶふぉっ!」


「シャオラァァァッ!!」


 突然、室内に突風が吹いたかと思ったら、甘粕さんが吹き飛んだ。螺旋状に回転しながら頭から壁に激突した甘粕さんはそのまま崩れ落ちた。


「大丈夫か、祐理っ! ……ん? なんだコイツは?」


 風神のような速さでやって来て、今し方ご自身が吹き飛ばした甘粕さんを見て眉を顰めるのは、私の想い人である海堂蒼蓮さん。日本を代表するカンピオーネその人だった。

 
 

 
後書き

この先、エッチはしばらくお預けになる予定です。
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