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魔王卑弥呼

作者:
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混ざり合う者

異様に大きな大きな月が地面に落ちようとしている。
「いやな感じだな」
 言いながらビルの周りを巡回する。
「警備員さーあーん」
(酔っぱらいかよ、たく)

「はい、何でしょう?」
 柔やかに話しかける。
「駅どこ?えーき」
 中年の女が赤ら顔で聞いてくる。
(目の前にあるじゃねえかよ)

「ここですよ、この階段から地下へ降りて行けば地下鉄の駅ですよ」
 ニッコリと笑顔で答える。
「はぁーい」
「ああ、ちょっとここですよ、ここ!」
 女は警備員の制止を無視してあらぬ方向へとヨタヨタと歩いて行く。

(俺は悪くないからな、あの女がバカなだけなんだ)
 心の中で愚痴りながら中年の警備員が巡回を再開する。
「警備員さん」
(またかよ勘弁してくれ)
「はい何でしょう?」

 どこかで見たような顔がそこにいた。
「あっ、あなたは……いやぁまさかこんなところで貴女に会えるとは」
 女は国民的なアーティストの安室絵美(あむろ えみ)だった。
「ふっふ、月に代わってお仕置きよ」
 安室は悪魔の笑みを浮かべた。

「ありがとうごさいました助けて頂いて」
 喫茶店で佐々麻美(さっさ まみ)は自分を助けてくれたであろう向かいの席でチョコレートパフェにパクつく織田美樹にお礼の言葉を言う。

「い、いえ……ど、どういたしまして……こちらこそチョコレートパフェありがとうございます」
 美樹は記憶が無かった、気がつけば喫茶店にいた、そして目の前の女の人がお礼にとチョコレートパフェをおごってくれると言う。

(私何かしたかな?……この人は喜んでくれてるし……何かしたんだろう……たぶん)
「ほんとはチョコレートパフェなんかじゃなくてもっと……ご馳走したいのですが……」
(この人が助けてくれたとは思うけど……)

 麻美は幽霊屋敷で意識を失ってから記憶がない、気がつけば目の前にこの子がいた、だからこの子が助けてくれたとは思うのだが……
 お互い何やらモヤモヤした感じで話も弾まない。

(透視しようかな……なにがあったか……この子の記憶を)
 麻美は美樹を凝視する、そして心を無にする。
(見える……見える……近付いている……あの家に)
 麻美はボヤッとではあるがあの幽霊屋敷に続く道が見えていた、それは美樹が見た景色だった。

「佐々さん」
(さっささんて言いにくい……)
 麻美はボヤッと虚ろな瞳でこちらを見つめている、まるで意識が飛んでいるような感じだ。

「さっ、佐々さん!」
(さっさっささんて言っちゃった)
「ハッ」としたように麻美の意識が元に戻る。
「あっ、織田さん、なに?」

「なんかボーッと私を見てたので……」
 今度は美樹が見つめる。
「あっ、あの……御免なさい、私たまにこんな感じになるんです」
 もじもじと恥ずかしそうだ。
「私もおんなじだよ」
 そう言ってニコッと笑う、えくぼができる、どうやら気が会いそうだとお互いに思った。

 億ションの一室に安室絵美がクラシック音楽をかけながら椅子に座りグラスの赤ワインを転がしている。
「ああー帰してくれーー」
「家族がいるんだー」
「助けてくれお願いだぁ」
 大勢の声が部屋に響き渡る。

 部屋の床一面には多数の苦悶に満ちた人間の顔が埋め込まれていた。
 もちろん安室が座る椅子の脚も顔の上に乗っている。
 過去の安室絵美は一月前に芸能界を引退していた、その直後に悪魔に食べられてしまっていた。

 ファンレターをランダムに選びその者を床に埋め込む、現在の安室の趣味だ。
 恨み、願い、悲痛、苦しみ、後悔、泣き言、心地よい音楽の中で安室は満足そうだ。

「ボトボトー」
 グラスのワインを床にこぼしてやる。
「ゴボゴボ、ごほっごほっ」
 ワインが口に入り床がむせる、この前埋め込んでやった警備員だった。

 午前2時22分にベッドから飛び起きる。
「怖い怖い、助けて……クチダケ……お前の……執念を……」
 美樹はいつものように悪夢を見た、いつもの大きな大きな黒い男の背中を見て怯えた、しかし今日は夢の続きがあった、自分が大女になり男を殺していた、そして近くの自分の死体を残らず食べた。

「ああーーあぉぉーん」
 窓ガラスが割れる。
 織田美樹の心に変化が起こっていた、そして同時に魔王卑弥呼の心も変化する、織田美樹と魔王卑弥呼の分かれていた心が1つになる。

「ふっふっふっ……なるほどなるほど……お前は私、私はお前……この瞬間に1つだ」
(嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい)
 新しいその者は織田美樹でも魔王卑弥呼でもない混ざり合う者だった。

「麻美そこを右に曲がって!」
「キキキーー」
 赤いスポーツカーが危なっかしく右に回る。
「ちょっとぉ美樹!もっと早めに言ってよ」
 美樹は18才、麻美は20だがお互いに下の名前を呼びタメ口で話す事に決めていた。

「あのパーキングで良いよ」
「はいはい」
 美樹に言われて麻美が駐車する。

 窓からその様子をギロリと安室絵美が見ていた。
「魔王卑弥呼……裏切り者」
 安室が呪文のようなものを唱え始める。
「メーラメラメラメーラメラメラメーラ」
 指を「カモーン」としているかのように動かす。
 床の顔が盛り上がり1つに集まる。
「働いてもらうよ」


 暗証番号が分からない
「透視してよ」
 言われた麻美が透視を始める。
「うん……うん」
 暗証番号を押し自動扉が開きフロアーに入る。

 向こうから何かが来た。
(人間?)
 美樹がジッと見つめる。
 一見ただの中肉中背の男だが何か様子がおかしい……

 原因が分かった。
 男の顔が絶えず変わっているのだ、瞬きするよりも速く変わっている。
「きゃっ!」
 麻美が悲鳴を上げる。

「麻美!ここじゃマズいわ、出て!」
 美樹と麻美が表に出る。
 その男がゆっくりと速く迫る。

「こっちよ!」
 麻美は足が遅い。
「あん、もういいわ!」
 そう言って美樹が麻美を抱きかかえて走る。
 凄い速さで走るが男はピタッと追ってくる、やがて路地裏の袋小路に着いた。

「ここなら多少暴れても大丈夫ね」
 麻美を降ろす。
「美樹……あ、あいつは?」
「分からない、けど……悪魔……よね、私の知らない」

「あれがあなたの言ってた……悪魔!」
 麻美は驚きを隠せない、しかし
(私は戦うわ、美樹の話を聞いて決めたんだ!)

「麻美、下がっていて」
 言って美樹が前に出る。
「あなたの事は知らないわ、でも……悪魔よね?」
「違う、助けて、なんでだっ、帰る、外だ、いやだ、どうなってんだ」

 顔が変わるたびに色々なセリフを高速で喋る、しかし美樹は全てを聞き分ける。
(人間じゃないけど悪魔って感じでもないわね、どうするどうする)

 男がゆっくりゆっくりと近付いてくる。
(どうするどうするどうする、私はどうする?)
 男が手の届くところまで来た。
 腕をゆっくりと振りかぶる、その後が速い。

 美樹の顔面に男のパンチが炸裂したように見えた、しかし美樹は腕でガードをする。
「凄い力ね、あなたは……あなた達は被害者なのかも知れない、でももう正当防衛よ!」
 言って美樹が正拳突きを男の顔面に食らわせた……ように見えたが……

 今度は男がガードをする。
「やるわね」
(もう一発食らわせてやる!)
 しかしまたガードされる。
(離れて叫んで砕けさせてやる……訳にはいかない……)
 離れた隙に麻美が狙われるかも知れない。

 男がスッと美樹の胸をつかんだ。
「えっ?」
「久々、気持ちいい、この感触、やりたい、舐めたい、いくら?」
 男の顔が高速で代わる代わる意見を述べている。
 意表を突かれた美樹の動きが一瞬止まる、そして
「このーー、ど!スケベ!」

「ドンッ」と足で突き飛ばす。
「ブーーン」と男が吹き飛びコンクリートの壁に激突した。
(今だ!)
「うぉぉーん」
 美樹が大きく口を開け声にならない声を発する、それは超音波となって男を小刻みに震わす。

 被害者の男達は久しぶりに外へ出て久しぶりに女の胸を触って幸せになりそしてあの世へ行った。 
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