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KANON 終わらない悪夢

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88二人の悪夢


 佐祐理と祐一が結ばれ、その胎内に一弥が宿らされた後、数日が経った。舞にはそのコトはバレていない。
『お姉ちゃん』
 家の中で佐祐理は背後から呼び止められたが、その声は、決して忘れる事のできない少年の声だった。
「一弥……」
 振り向いて、その姿を見た途端、また佐祐理は壊れた。
 例えそれが魔物が見せた幻影でも、天使の人形が与えた舞への罰であっても、駆け寄って抱き締める以外の選択肢は無かった。
「会いたかったっ、お姉ちゃんね、一弥と会って謝りたかったのっ!」 
『僕も…(ニヤリ) ねえ、お姉ちゃん、一緒に来てくれる?』
「ええっ」
 もしそれが、死出の旅であっても、舞や祐一との別れであっても、佐祐理は構わないと思った。元から中学生の時に無くした命、幼い弟に捧げた命だったから。
『じゃあ、行こうか』
 こうして佐祐理は、天使の人形が持つ、一弥の霊魂を追って消えた。 

 行方不明になった佐祐理を探す一同。天使の人形の縫いぐるみを探すように人数も動員されたが、警察の力を使っても佐祐理は見つからなかった。
 そして捜索を続けていた、ある日の放課後、夜の繁華街で舞の前に、もう一人舞が現れた。
「…わ、私?」
 ドッペルゲンガーの出現に驚く舞。普通に考えれば、それが誰なのか簡単に推測が着いたが、この世界では妖狐の幻術を行使する人物が少なかったので本人も気づかなかった。
「これは昔、お前が私を斬った時の刀だ、私はこの刀を依代として蘇った」
 偽者の舞が持っていた刀は、舞が以前使っていた錆びた日本刀だった。
「この刀は佐祐理の血も存分に吸っている、これにお前の血を吸わせ、その体を取り戻せば我らの願いは叶う、祐一をお前に渡しはしない」
「なっ、佐祐理さんの…… 血?」
 その刀身には、赤黒い物が多量に付着していた。それを見て、隣にいる舞も怒りに体を震わせながら、ついに剣を取った。
「…許さない」
「やめろっ、舞っ!」
 刀で斬り合っても、以前のように自分の胴体以外の魔物を全部斬り殺すような悲惨な結末しか迎えない。祐一も何かを感じ舞を止めようとした。
「はああああっ!!」
 しかし、低い構えから気合を込めると、舞の姿は一瞬にして掻き消えた。
「やめろおおおっ!」
 キィイイイン! ザシュウウッ!!
 金属のぶつかり合う音が響き、二人の舞が交錯した。

「…同じ体でも、刃を振るう心得が無ければ赤子も同じ」
 そしてゆっくりと、錆びた刀を持った、もう一人の舞が膝から崩れて行った。
「掛かったな、愚か者め… ゴフッ、一生後悔して苦しみ続けるがいい……」
 倒れたもう一人の舞、しかし、その姿はゆっくりと変化していた。
「これは? まさかっ?」
 祐一も舞も、消える気配と共に、蘇って来る別の気配を察した。
「佐祐理っ!!」
「佐祐理さんっ!」
 一刀目で、いつかのように刀を飛ばされ、二の太刀で袈裟懸けに斬られ、血に染まって行く佐祐理。
 魔物に支配されていた体は、天使の人形の幻術により、舞の外見に書き換えられ、舞自身の手によって切り倒されるよう仕組まれていた。
 この対価によって、まずあゆの心臓が鼓動を始める。
「ま… 舞……」
「喋らないでっ、すぐに手当てするっ」
 しかし、舞の放った一撃は、魔物を倒すのにも十分な物だった。まして、か弱い佐祐理なら、一刀で両断されていても不思議は無かった。
「いいの… 舞に怪我をさせなくて良かった」
「佐祐理さんっ!」
「お別れです、祐一さんと、お幸せに…… あなたと会えて、良かった……」
「佐祐理…」
 そう言ったきり、佐祐理は動かなくなった。
「佐祐理ーーーーーーーーーーーー!!」

 血まみれになった亡骸を抱き締める舞。その頃には、通報があった警察署から、何台ものパトカーが駅に到着していた。
「動くな! 刀を置いてゆっくりこっちに来い!!」
「…佐祐理、すぐに行くから」
 今後、佐祐理のいない世界で生きていくことにも耐えられず、親友を切り倒してしまった罪の意識にも耐えられなくなった舞は、近くに捨てていた刀を掴むと、警官に向かって行こうとした。
「やめろっ!」
 また同じ事の繰り返し、自己犠牲が過ぎる二人は、相手を守ろうとする余り、お互いを傷付け、一人が倒れ、もう一人も後を追おうとしていた。
「そんな事しても佐祐理さんは喜ばないっ!」
 刀を構えて警官に向かい、撃たれようと思っていた所を祐一に捕まえられた。
 そこで祐一だけをこの世に残し、他の女に引き渡すのを嫌った舞は、自分の道連れにしてから射殺される道を選んだ。
「…お願い祐一、一緒に死んでっ」
「動くなっ! 本当に撃つぞっ!」
 剣を逆手に持ち替え、自分で抱いた祐一の背中から心臓に刃を突き立てる体制を取る舞。
 だが祐一はこう言った。
「お前が治せっ! お前の母さんや、あゆを助けた時みたいに!」
「え…?」
 現代医療技術では既に助からない佐祐理。しかし、人知を超えた妖狐の力、死者である舞の母を復活させた力ならまだ望みはあった。
『俺も手伝ってやるからっ、このまま佐祐理さんがいなくなってもいいのかっ?』
 天使の人形の側でも離反者が出ていた。 佐祐理の祐一、舞の祐一、名雪の力。他にも栞や美汐の祐一達も、ここまでの悲劇は望んでいなかった。

(そうかい、そう思うならそうすればいい)
 それらを否定せず、見守っている天使の人形。祐一の分身達も群集や警官が近寄って邪魔をしないよう、障壁を張って舞だけの空間を作り上げた。
「何だこれはっ?」
「近寄れないっ」
 舞も昔のように、血にまみれた少女を抱き必死に祈った。
 誰に頼まれた訳でもなく、保護者を失う恐れからでも無く、ただ一人、自分を受け入れてくれた少女の命が助かるよう、何を引き換えにしてでも、自らの命を差し出してでも救いたいと、心から願った。
「佐祐理……」
 いつか母が事切れたバス停のように、儀式のための雪の動物はいなかったが、大きく成長して自分の中に帰って来た魔物達は自分と同調していた。
 手が凍るような苦行も無かったが、長年に渡る戦いと苦痛は、それらを遥かに上回っていた。

『佐祐理っ! 帰って来てっ!!』

 祐一の力も同調し、舞の叫びと共に辺りが光に包まれた。そこでまるでフィルムが逆回転するように、佐祐理の体の破損は元に戻って行った。
『祐一が欲しいならあげるっ、私も一緒にいられるならそれでいいっ!』
 頑なに拒んでいた、祐一の譲渡も認める。
『私の命なんかいらないっ、佐祐理さえっ、佐祐理さえ生きていてくれたら、何もいらないっ!!』
 香里や栞、真琴や美汐にも憑依していた時のように、佐祐理の命を繋ぐためなら、自分の全ての力を渡しても良いと願った。
「……ゴホッ」
 やがて、舞の願いが届いたのか、佐祐理の呼吸が戻った。
「佐祐理っ!!」
「佐祐理さんっ!」
『愚か者め、私まで蘇らせてどうしようと言うのだ… 私はまた誰かの体に取り憑いて、お前を襲うぞ……』
 最初の一声は魔物の物だったが、それでも安心して笑って答える。
「…そうか また来るといい、何度来ても倒してやる」
 最後に残った舞の魔物、「胴体」と和解させる事はできなかったが、その回復力は生きていた。
 瀕死の状態からでも、5体の力が全て揃った時、佐祐理の傷を内側からも修復していた。
「だが… この体は居心地が良い… 暫くここで休ませて貰おう……」
 そう言うと、佐祐理に憑依していた魔物は、儚い命を繋ぎ止めるために、その体の奥底に戻って行った。
「そうか、佐祐理を頼む……」
 魔物と僅かに言葉を交わし、親友を託した舞。
 魔物の方も真摯な心を受け取ったのか、本来ならとっくに寿命を迎えている少女の体に残り、一弥を産むまで祐一に抱かれ、力の補給を受けようと考えていた。

「あれ…? 舞、祐一さん? 私、どうしたんですか?」
 ついに意識を取り戻し、二人に声を掛けた佐祐理。真っ白だった顔には赤みがさし、傷口には僅かな血すら付いていなかった。
「佐祐理っ!」
 泣きながら親友の体をしっかりと抱き締め、その温もりと息使い、心臓の鼓動を確かめる。
「どうしたの? 舞、ここはどこ? あっ…」
 そこで舞に唇を奪われ、頭の中がホワイトアウトする。
「だ… だめよ、舞、こんな街中で、それに私達、女同士なのよ…」
 全く嫌な表情を見せず、蕩けるような顔で余韻に浸りながら、舞の背中を撫でる。
「テレビでもしてた、好きな者同士ならこうするって」
 やはり一般常識の無い舞ちゃんは、姉弟でも女同士でも「好き」ならキスもアレもしてしまうらしい。
 光が収まって周囲から三人の状況が見渡せるようになると、また警官達が声を掛けた。
「今のは何だ? 刀を置いてこっちに来るんだ!」
 幸い佐祐理の命は助かったが、周囲の群衆と警官は残っていた。祐一は「面倒な事になった」と思い始めた。
『…今見たことは忘れて、早く帰って』
 全力を出し切った後なので、舞の心の声は弱くなっていて、興奮状態で拳銃まで構えている警官達を征するには、全く力が足りなかった。
「歩道に伏せて、手を背中に乗せろっ!」
 更に興奮状態になり、語気も荒くなってしまう警官。

 そこで柏手(かしわで)を打つ音が聞こえ、そちらに注目が集まった。
『皆さんお騒がせしました! これは学生が文化祭で発表する映画の撮影です!』
 暗がりから美汐が現れ、フルパワーで指を振るうと、群衆と警官までが術に掛かり、緊張を解いて行った。
「何だ… 撮影か…… 道理で特殊効果もある訳だ……」
「全く、人騒がせな…… 許可は取ってるのか?」
「君たち…… 撮影なら早く言ってくれよ……」
『すみません、学生なので許可が必要とは知ませんでした、本当にお騒がせしました』
 ビデオカメラを持った女学生に謝られ、虚ろな目をしながら笑顔になっていく警官達。群衆も笑いながら解散していった。
「美汐っ、どうしてここに?」
「ずっと、見てたんだよ、ゆうくん」
 祐一の後を追い続け、舞の力が衰える瞬間を待っていた美汐。要はストーカーである。
 二人の共倒れを願っていた美汐にとって、この結末は望んだものではなかったが、大事な大事な「ゆうくん」まで逮捕され、楽しい学園生活を台無しにされたり、前科が付いて自分とのバラ色の将来が閉ざされるのは嫌だったらしい。
「移動302より本部、先ほどの決闘及び武器準備集合の通報は誤報、高校生による無許可の映画撮影によるものでした、厳重に注意してから解散させます」
 もちろん、舞と偽舞との対決が始まる前に、駅前の公衆電話から「女子高生同士が男を取り合って刀を持って殺し合いをしている」と匿名の通報をして、最悪の状況になるよう準備したのも美汐なのは言うまでもない。
「本部了解、駅北東部で202発生、直ちに現場に向かわれたし」
 祐一が上着を佐祐理にかけてやり、四人が残った警官に説教を受けている間、パトカーは別の事件現場に移動して行った。
 
 

 
後書き
10年ほど前の元ネタではギャグパートも無く、佐祐理の復活も無し、天使の人形の術で無理矢理復活というかフレッシュゴーレムにされます。

闇落ちしておかしくなった栞を、香里がカッターで切って霊安室送りして魔物から救い、保護された警察ではすっかりイカれてしまって、血まみれのショールを掛けた椅子に栞が居る幻覚を見ながら話している所に祐一が呼び出されたり、魔物入りしてイカれたマコピーを美汐が闇に返す術を使ってタヒなせてやる最悪の展開で、一回タヒんでから復活させられてギャグパート一切無し、という悲惨な展開だったので、大幅に変わっています。 
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