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IS【インフィニット・ストラトス】《運命が変わった日》

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【第640話】

 男にとっての夢の時間は終わり、ヒルトにとってある意味で地獄の時間は終わりを告げた。

 女の子達の柔らかな感触が腕や背中、足に残る中、ヒルトは軽く溜め息を吐いて浴衣に着替える。


「にゃぅ」

「ん? 何だ、にゃん次郎か」


 いつの間にか男子脱衣場に入っていたにゃん次郎は足下で小さく鳴いた。

 そしてペチペチとヒルトの足に猫パンチを二回繰り出し、澄ました様に去っていく。


「……お腹空いたのか? いや、確かさっきの食事の時間に皆からお刺身もらってたな。 ……構ってほしかったのか?」


 男子脱衣場から出ていったにゃん次郎を目で追い、ヒルトは首を傾げた。

 一方で女子脱衣場、男子二人に対して女子は百人超――とはいえ、ある程度順番決めによって決められている。

 一夏と入りたい組やゆっくりしたい組はこの後――それはさておき、ストレートに下ろした長い金髪を乾かしているのはシャルロット・デュノア、着けていたトライアングル・ビキニは外され惜しみ無い肢体が露になっている。

 髪を乾かしながらシャルは改めて女子を見やる――ティナ・ハミルトンは自分より遥かに巨乳であり、エミリア・スカーレットは美乳かつスタイルもよく身長も162と高い。

 そしてチラリと隣のソフィー・ヴォルナートを見る――胸の大きさは勝っているのだが、彼女の脚線美は見事と言えた。

 普段生足を惜しみもなくさらし出すシャルからすると羨ましいぐらいだった。


「……? シャルロット、あたしを見てるけどどうかした?」

「え!? な、何でもないよ!?」

「そう? でも、あまり見られたら恥ずかしいから……」


 照れて目を伏せ、頬を掻く彼女は同性から見てもスゴく可愛い。

 簪が見ればあざといと確実に言うだろう――ソフィー自身は狙ってやってるわけではないのだが。


「あっ、そういえばシャルロット。 シャルロットはフランスのどの辺り出身? デュノア社の子女なのは知ってるけど……」

「あ、んと。 南フランスの田舎町だよ? プロヴァンス地方の」

「そうなんですね♪ あたしもフランス地方の出身だから――」

「えっ!? そ、そうだったの!?」

「はい♪ あ、後、エミリアもフランス出身なんですよぉ♪」


 下着を身に付けるソフィー、色は黄色のフリルのついた可愛らしいブラとショーツだ。

 茶髪のミディアムカットにキラリと光る八重歯、時折慈しむ様な眼差しでヒルトを見ているソフィーにシャルは小さく呟く。


「……ライバル、多すぎだよぉ……」


 女子脱衣場の喧騒の中かき消されるシャルの呟き――一度身体を交わったとはいえあれから一度もヒルトに抱かれていない、あの夜の事を思い出すだけで顔が熱くなり、秘部も潤い、毎朝シャワーを浴びなきゃいけない事態に。


「……僕がえっち……なのかなぁ……」

「え? シャルロット、何か言った?」

「う、ううん!? 何でもないよ!?」

「そっかぁ。 えへへ、そういえばシャルロットはお腹空かな――」


 ソフィーの言葉が右から左へ抜けていく中、シャルは小さく決意した。

 今夜、ヒルトに夜這いを仕掛けようと――。

 一方で反対側のセシリア・オルコット、蠱惑的なヒップをシルクの下着で包み隠し、シルクのブラジャーで豊満な乳房を包む。

 ふわっと手で後ろ髪を靡かせるその仕草は様になっているものの、セシリアの心中は少し複雑だった。

 一度ヒルトに抱かれ、比較的キスもして満足はしているもののやはりヒルトがモテるのは内心穏やかではない。

 四月時点ではセシリアの最大のライバルは未来だけだった。

 それが今はどうだろう、未来、鈴、シャルロット、ラウラ、義妹である有坂美春に鷹月静寐や布仏本音といった面々。

 先日の代表候補生全員との連戦に勝利してからというもの、ヒルトに好意を向ける女子が増えたのが明白だった。

 もちろん一夏派も存在する――セシリアにとって織斑一夏は最愛の人であるヒルトを覆い隠す存在だけなのでこのまま一夏派に女子が傾けばとも思うのだが。


「はぁ……」


 小さく溜め息を吐く、ヒルトがモテるのを考えても仕方ないのはわかっているのだが――と。


「……お、思いきってわたくしから夜を共に……。 し、淑女として失格ですけれど……い、いぇ、わたくしから行ってヒルトさんを……」


 何やらぶつぶつ呟くセシリアを不思議そうに周りの女子は見つめていた。

 一足先に浴衣に着替えたヒルトは部屋で寛いでいた。

 既に敷き布団は敷かれ、椅子に腰掛け京都の街並みを眺めていた。

 傷跡残る京都――未だ明かりの点らないビル群、観光街等が嫌でも視界に映っていた。


「にゃっ」

「ん? なんだにゃん次郎か……」

「にゃうん、にゃっ」


 椅子に腰掛けているヒルトの膝の上に飛び乗るとその小さな体躯を丸めてうつらうつらと眠たげに京都の街並みを見つめるにゃん次郎。


「……今頃なにやってるのかな、お前の飼い主は」

「……にゃふ……」


 小さく欠伸を漏らしたにゃん次郎を見てヒルトは小さく笑みを溢した――同時刻、関東にある某高級ホテルの最上階レストラン。

 人払いがされたVIPフロアに居るのはスコールとオータム、そしてスペシャルゲストであるアリーシャ・ジョセスターフが居た。

 食事を摂る二人を他所にキセルを吹かせたアリーシャ。


「歓迎するわ、元イタリア代表アリーシャ・ジョセスターフ」


 わざわざ元を強調するのはスコール自身のいやらしさだといえる、グラスに注がれた赤ワインの香りを楽しみ、一口。

 ワイングラスの中の赤い液体は揺れ、波打つ――グラス越しに映るアリーシャの赤い髪は赤ワインよりも鮮明な色使いだった。


「一応言っておくけどサ、私は織斑千冬との対決以外はパスさせてもらうのサ。 テロに加担しない、強奪殺人無し。 ……とはいえ、仮に織斑千冬との対決に水を差す相手が居たらそいつは露払いしてあげるのサ」


 キセルを吸い、煙を吐くアリーシャに食って掛かるのはオータムだった。


「テメェ……! 亡国機業に参加しときながらそんな我が儘――」

「やめなさい、オータム。 それを折り込み済みで誘ったのは私よ」


 スコールが止める、アリーシャは下らなさそうにオータムを一瞥し、一方のオータムはやり場のない憤りを――「……けっ!」――と毒づく。


「まあそういう事なのサ。 適当によろしくなのサ」


 それだけを告げるとアリーシャは踵を返してフロアから立ち去る。

 残されたオータムは面白くなさそうにそっぽを向くも、スコールの優しく頭を撫でてくるので機嫌が直る。


「なあなあ、スコール! 次の作戦はもう決まってるんだよな!?」

「勿論よ、オータム。 作戦名は……」


 椅子から立ち上がり、窓から夜空を見上げる。

 空のその向こう、成層圏を越えたその先――未だ人類は月までしか到達していない未知の領域である宇宙。


「オペレーション・エクスカリバー」


 地球の周りには無数の人工衛星が打ち上げられている。

 天気予報の為の物や各国を監視する軍事衛星――白騎士事件当時にあった攻撃型衛星の大半は零世代である白騎士によって破壊され、二千発を越えるミサイルを迎撃したのは誰もが知る表向きの【白騎士事件】だろう。

 だが果たして、本当に一機のISだけでそれだけの弾道ミサイルを撃ち落とし、切り伏せた――どれだけの人間が懐疑的に思っただろうか?

 所詮画面の向こうでの出来事、報道されている内容と違っても映し出された映像が配信されればそれは事実となる。

 白騎士事件後、表向きは軍事衛星は最小限に抑えられた筈だった――だが、今衛星軌道上に浮かぶ一機の軍事衛星――既に亡国機業の手に落ちたその衛星――否、高度エネルギー収束砲『エクスカリバー』は目覚めようとしていた。

 Ring Gong……Ring Gong……。

 何もない空間、彼女の時間はとまり、虚空と虚無の狭間で彼女は歌う。


「Hello Baby.I Ring the BELL」


 歌う、詠う、謳う……だが、誰にも届かない歌声は虚空と虚無の狭間で虚しく響く。


「デイジー。 ねえ、デイジー、答えてほしいの」


 だが――その問いかけに答える者はいなかった。

 衛星軌道上に浮かぶエネルギー収束砲『エクスカリバー』――アーサー王の聖剣の名を持つその衛星の剣が抜き放たれる日は近かった……。 
 

 
後書き
まだ京都はつづくよん 
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