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メスデカ

作者:
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仮説

「はい、警視庁捜査0課の丸山です、はい、少々お待ちください」
 転送ボタンを押しながら
「木村係長、鈴木さんから電話です」
 木村の電話が鳴る。
「……はい、変わりました木村です……携帯にお願いします……」
 沈んだ表情で木村が電話の対応をする、その様子を怪訝な顔で丸山が眺めていた。

「テッペイ、なにぼ~っとしてるの?」
 結子だ。
「あっ、いや、なんでもないです」
「悪いけどここに行ってくれる?」
 手書きの簡単な地図を渡す。

「ここに例のビデオがあるらしいの」
 左臀部に侍の文字が書かれたアダルトビデオのことだ。
「分かりました、買ってきます」
 どこか嬉しそうに丸山が出て行く。
「男はみんなスケベでごさる」
 結子に近づき宮迫が眉間にわざとシワを寄せ冗談めいて喋る。

「コホン、宮迫、あなたはこの10年、侍の文字が書かれた事件を調べて、殺人でも自殺でも建物への落書きでも何でもいいわ」
「分かりました」
「西島は私と」

 とある大学の教授室。
「自分の思い通りに相手を屈服させ、汚すことが楽しいのです。
 征服欲と支配欲が満たされるのですね。
 だんだんエスカレートしてくると思います」
「なるほど……」
 心理学専門の教授の話に結子は右手人差し指を軽く曲げ鼻の近くに持ってきて納得している。

「そのぉ……左臀部に侍と書いているわけですが、場所へのこだわりと言うか……侍へのこだわりはどうでしょう?」
「公共の場所などに書かれていることが多いですが、これはその名前に関心が高く、周囲の問題に無関心であることを表します。
 もし侍と書けば、侍に興味があると考えることができます。
 出世欲が強く、反抗的な性格がみられることもありますが、それだけ主張してまわりに認められたいという葛藤かっとうの表れでもあります」

 大学の食堂、結子はきつねうどん、西島はカツ丼。
「ハムライへの強いほだわり、ほしてそれはエフカレートしていふ」
「モグモグ」とカツ丼を食べながら西島が喋る。
 うどんを箸で口に持っていきながら
「つまり文字に限らず……侍の格好をさせたり、あるいは侍そのものに対して征服欲と支配欲を満たそうとする……」
 うどんの麺を口に入れるか入れないかのところで止めて結子が語る。

「“はむらい“ほのぼの?」
 カツが口に入っていて発音がなまる。
「はふはふ、ズーズー、クチュクチュ、ほうよ、はほへば、“けんぼう“なほ」
 結子が負けじとわざとうどんを頬張りながら喋る。
「すみません、もう一度お願いします」
 今度はなまることなく西島がたずねる。
「例えば剣道よ」

 ここは本署、皆がそれぞれの情報を交換していた。
「侍と左臀部ではなく腹に女侍と書いている以外はどこにでもある普通のAVでしたね、女優にも魅力がなくあまり売れへんかったと思われます」
 テッペイだ、話の様子だと見る必要がないと思われた。

「一応監督に当たってみてね」
 結子に言われテッペイが「はい」と答える。
「特にこれといった物はありませんでしたが、ただ……」
「ただ?」
 結子が宮迫に聞く。

「ただ、調べていくうちに、侍の文字とは関係ないのですが、捜査地域で侍のコスプレを趣味としている女の子が失踪する事案が頻発していました、調べただけで5件です」
「それよ!それだわ!犯人はエスカレートしているのよ」

「どういう事?」
 木村が結子に聞く。
「1人目は絞殺したあと屍姦でした、しかし屍姦では満足できなかった犯人は2人目は強姦したあとに絞殺しています、しかしそれでも満足できずに3人目の前田弘美には強姦したあと表に連れ出しています」

 結子は今度は部下を見渡しながら語る。
「それぞれ左臀部に侍の文字を書いているのは被害者を侍に見立てるためよ、そして前田弘美を連れ回したのは、侍を操ることにより、征服欲と支配欲を満たすため」

「失踪の5件と3人の絞殺の関連性は?なぜ同一犯だと思うの?」
 木村が聞く。
「犯人はエスカレートしています、3人に侍の文字を書いてみたもののやはり文字を書いたところで侍にはならない、だからエスカレートして侍のコスプレを趣味にしている女性を狙ったんです」

「3人は絞殺、5人は失踪よ」
 木村が認めない。
「拉致監禁した方が侍を自分の思い通りにできます」
 あきらめない結子に木村が軽く首を振り
「貴女の言ってることは推測に過ぎない、何も根拠がないのよ、失踪の捜査は許可できないわ」

「コスプレの女性を拉致監禁したところで犯人は満足していません、よりエスカレートしているはずです」
「なぜそう言い切れるの?」
「偽物だからです、犯人は本物の侍を自分の物にしたいのです」

「本物の侍?」
 木村が呆れたように目を細める。
「コスプレではなく本物の侍がイメージできるもの、それは剣道です、それも有段者、いえ、もっと侍に近い……大会で上位に入る者」

 木村は空いた口が塞がっていない。
「貴女の推測……いえ……妄想に近いわ、みんなどう思う?」
 木村が一同を見渡す。
「係長、主任の妄想……いや、勘……いや、推測は良く当たりますぜ」
 語尾に“ぜ“を入れて場の雰囲気を宮迫が変えようとする。

「西島と丸山はどう?」
「根拠がないと言えばないんやけど……今まで根拠の無いところから事件を解決してきました」
 丸山が答える。

「俺は主任についていくだけです」
 最後に西島だ。
 結子は目頭が熱くなっていくのを感じた。
「負けたわ、部下に信頼されてるのね」

「コツコツ」とみんなの周りを歩きながら
「失踪と剣道の捜査を許可します」
「ありがとうございます!」
 一同が叫ぶ、結子は深々と頭を下げ続けた。 
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