KANON 終わらない悪夢
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96美汐と真琴の悪夢の終わり
このルートの佐祐理も、もちろん舞に敗北して斬り倒されていたが、正気を保った状況ではなく、魔物に食われてしまい、同じ形をした抜け殻で化け物だったので、中に潜む魔物ごと親友を葬った。
一応勝者となった舞は、親友だった物とは言え、自分自身の手で切り倒してしまったので、次の戦闘を行えるかどうかも不明なほど衰弱したが、魔物への怒りが勝れば残りの四人も斬り倒せる。
これは舞だけの悪夢で、両者の悪夢は正気を保ったまま切り合った悪夢が選ばれていた。
怪獣大決戦
それからも夜な夜なエサを求めて歩き、狩猟の喜びを満たす真琴、栞。
天使の人形と一弥も、名雪の力に頼らず暮らしていて、ホームレスのまま人体まで食べて命を繋いでいた。
他の少女はまだ魔物を入れられたばかりで完全に闇落ちしていない。
夕方の日暮れ前、術を使って逢魔が時を狙って真琴を追っていた美汐が声をかけた。
「真琴」
『ダレダ? ミシオ?』
美汐も親族の助力は必要だと思ってはいた。たったひとりで妖狐に立ち向かう、それは死を意味したが、もう自分の身に起こった異変にも気付いてしまった。
鉄の棒を平然と曲げ、岩をも砕く腕力と骨、か細い自分の身にそれが起こった意味は考えるまでも無く、使い魔が入って心も身体も魂までも食われ、やがて自分も悪鬼羅刹へと堕ちる。
それまでに出来るのは、せめて悪鬼へと落ちた友人を天に返してやり、できれば自分も相打ちになって果てる。それが親族にも迷惑をかけないで済む方法である。
『これはあなた達、妖狐の力を押さえる為のお札、でも使い方を変えれば、あなたの命を奪う事もできる』
美汐は天野家伝来の札を取り出し、もう真琴ではない何かに立ち向かった。
手に持った武器は妖狐の骨で作った短い刃物。本来子ども以外の遺物を残さない妖狐が、祐一のように人として生まれて死んだ後、子孫のために残した体の一部。
使い魔の魔物や、妖狐本人を闇に返すことすらできる伝来の懐剣。美汐が祖母から譲り受けた、万が一の時に使うよう託された、祐一が狂った時に心中するための武器。
『ハハッ、オマエゴトキニデキルノカ?』
徒人には立ち向かうことすら出来ない純血の妖狐。しかし、この妖狐は弱体化して死を迎えた時に既に食われ、一度命を失い魔物によって操られている夜の使い魔。
本物には敵わなくとも、今の美汐なら同等の魔物の力を持っている。
『ザカルサデスハシツマレハ、汝、呼び出されたる妖狐を闇に返す、支払うべき対価は等価であったか、今は知る由も無し、願わくばこの刃を受けて安らかな浄土へ』
『フザケルナッ!』
美汐が身構える前に襲いかかる真琴だった物。
獣の狩猟者の素早さで獲物を狩ろうとして、頚椎を噛み切りに来たが、既に魔物に食われてしまい改造された美汐も、その攻撃が受け止められる体になってしまっていた。
「ゆうくん」
今生で一度結ばれただけの運命の少年に別れの言葉を紡いだ美汐。
階層も低い妖狐で恋愛の成就に降りてきた人魚姫、残りの余生と力を全て使い切って、たった一月の逢瀬を楽しみに来た相手を闇に返す。
『天への罪赦し給え、安らかに眠れ』
背後に回ろうとした真琴を抱き締め、額に札を貼り、背中から刺す。
『アアアアアアッ!』
背後を狙ってきた対象者を、肋骨の隙間を通して心臓を刺し、続いて頚椎や脳も後頭部から刺す。
女の力で刺突の勢いがなければ、自ら倒れ込んで相手の体重を使って刺す。同衾した夫や妻を闇に返す為に、抱き合ったまま心中する、天野に残った作法である。
「真琴…」
「あ、あ、ああっ」
急所を魔物の腕力で何箇所か刺された真琴だった物は、魔力を失って砕けて行き、元の状態に近付くと泡になって消えて行った。
残った亡骸は、元の狐の姿になって倒れていた。人間世界なら片付けられることもなく、野犬やカラスに死体を食われるか、保健所や清掃員が破棄処分するただの狐の死体になった。
「美汐っ」
真琴の亡骸を抱いて倒れていた美汐は、祐一に抱き起こされたが、以前と同じ焦点の合わない、死んだような目に戻っていた。
「ありがとうございます、祐一…様」
「やめろっ、そんな呼び方するなっ」
「はい、では相沢さん…」
さしもの美汐でも、妖狐と人間の違いを思い知り、ほんの一ヶ月ほどの逢瀬の後は、鬼で悪魔で化け物で魔物に変化する生き物は、天に返すか地獄の闇に送り返さないと、災厄を振りまく存在になるのだと知り、妖狐との別れを決心していた。
そして、自分自身も誰かの使い魔である魔物に魂まで食われ、滅ぼされるべき悪鬼羅刹に成り果てているのも知った。
もう子供を成すのも諦め、祖母や親族の手を煩わし、死傷者まで出して討ち果たされる気もなかったので、自害するか、愛するヒトに討たれたいと思った。
「どうか最後のお情けに、私を討ち果たしてやって下さい。妖狐に対する不敬、万死に値します。どうか…」
「やめろっ、お前は真琴を救ってやったんだ、だからっ」
祐一にも心の声で、「私が悪鬼羅刹に堕ちる前に、人として死なせて下さい」と懇願する幼馴染で恋人の声が聞こえた。
選択肢
1,愛する少女がケガレに成り果て、闇に堕ちる前に自分の手で天に返してやる。
2,そんなことは出来ないので、美汐が舞の魔物に喰らい尽くされ、天に返すことも叶わなくなり、地獄に堕ちるのを待つ。
3,美汐と真琴と一緒に行くのなら、天でも地獄でも同行する。
選択 2
「うわああっ、あああああああっ!」
愚かにも祐一は、愛する少女を手に掛けることもできず、美汐が闇に落ちて手遅れになってから次の手段を探すような、最低の選択をした。
「真琴、辛かったよね、私が暖めてあげる……」
人一倍心の弱い美汐には、もう常の心を保てなかった。
「一緒に丘に帰りましょう、あそこならまた、あの子達と会えるかも知れない、私を導いて…」
すでに生気の無い、虚ろな目をした美汐は、真琴の亡骸を抱き上げると、一人歩いて行こうとした。
「おい、待てよ美汐、どうするつもりだ!」
もう祐一の声など聞こえず、止める手を振り解いて歩き続ける美汐。
「やめろっ! もう止めてくれ!」
思い出の童謡を歌いながら涙を流し、遠いあの世を見る目で、丘から繋がる異世界を見る。
そこなら自分達は友人同士や姉妹として過ごし、同じ狐として丘を駆け回れるかもしれない。
もう美汐の目には、夕焼け空と、ものみの丘以外、何も見えていなかった。
天乃御渡神社
丘にある数個の神社、それは神域への入り口を守っている場所でもあり、ケガレを持った普通の人間が入れば直ちに死ぬ場所でもある。
「おばあちゃん……」
美汐を迎えるように待っていたお婆さん。事件の概要も知っていて、孫が狐の亡骸を抱いてこの場所に来た意味も理解していた。
「辛かったのう、もう良い、狐様の亡骸はわしが返す、もうええ」
祐一が存命で狂ってもいないので、この世で添い遂げられるよう願い、天罰を受けるなら自分が受けて真琴様を丘に返し、孫は曾孫を産んで子孫はこの世で繁栄してほしいと願う祖母。
しかし孫の表情は、以前と同じ生命を失ったような目をして、死を達観していた。
「違うの、もう私も誰かの使い魔に憑かれてしまって、食べられてしまったのよ、1月もしないで真琴と同じになる、だからお別れなの」
「なんとっ、お前にまで使い魔が……」
それ以上話さないでも、お婆さんは使い魔に憑かれた者が助からないのも知っていて、一族上げて美汐だった物を成敗しないで済むよう、自ら神域に入ってケガレを消そうとしているのだと分かってくれた。
「うん、ごめんね、今まで苦労ばかり掛けて。もうすぐ曾孫の顔も見せてあげられると思ってたのに、だめだったっ… ごめんねっ」
真琴の亡骸を祐一に預け、最後の抱擁をする祖母と孫娘。
「恨みますぞ、婿殿」
妖狐とも縁があるお婆さんなので、一連の事件を起こしている天使の人形の気配が、祐一と同じなのを感じ、これもまた災厄だと知り孫の婿を恨む。
「じゃあお婆ちゃん、扉を開けて。これから私達、神域に入るの。この世では結ばれなかったけど、あの世で、神域に繋がる別の世界で結ばれるの」
「ああああっ、美汐っ、美汐~~~~っ!」
授かる幸運と悲劇も表裏一体、ほんの紙一重の差で、別れと苦しみと破滅が訪れる。
得られる栄耀栄華と共に災厄が降りかかる。飢えることは無くなった天野の一族だが、ほんの一月の逢瀬や、あゆを呪い殺した誰かの恨みが、天野にも、美汐にも、祖母にも降り掛かった。
ここでも開門の儀式が行われ、真琴を抱いた美汐と、呼ばれた祐一が神域に同行する。
「見ていて、お婆ちゃん、これが私達の結婚式なのよ、神様の所に嫁ぐ晴れ舞台なの」
もう祐一への愛は失われ、妖狐と関わる恐ろしさを身に沁みて知った美汐だが、祖母の前では幸せな花嫁を演じる。
「いやじゃっ、行かんでくれっ、わしもこんな世は懲り懲りじゃ、わしも連れて行ってくれい」
泣いて縋るお婆さんだったが、開いた門の奥からお迎えが現れた。
それは美汐の幻術だったのか、神域からのお迎えだったのかはもう分からないが、美汐の祖父である妖狐、お婆さんと心も体も魂まで呼び合う愛しい人が、門まで迎えに来てくれた。
「ああっ、貴方っ、貴方っ」
美汐から離れ、駆け寄って愛しい人に縋るお婆さん。その姿はこの世での穢れを払われ、若かりし頃の瑞々しい肌や姿を取り戻した。
美汐の祖母も、この時点で生身の肉体を門番に消され、現世での命を失った。
その魔法を見た天使の人形も、この神域にあゆを引き込み、穢れた肉体を浄化し、この小さな空間の中でなら、あゆと会話し、また一緒に遊べるのだと知った。
それを名雪の夢の中で構成して神域を再現できるのも後から知り、他人の命を食わせて穢れきった体も、名雪の夢の中でなら生かし続けられるのも後に知った。
それまでは佐祐理から託された一弥の霊体しかトモダチも兄弟もいなかった天使の人形に、あゆや真琴、家主の名雪が加わった。
魔物に食われてしまった魂でさえ、この神域に入ると再生され、肉体は与えられなかったが、美汐と真琴の魂まで再生される魔法を見て、完全ではないが、覚えた。
周りで見守っていた一族も老婆も、お婆さんが若返り、約束の妖狐が出迎えて二度目の嫁入りをする光景を見た。
穢れて食われて夜の使い魔と成り果てていた美汐まで、その穢れと体を払われ、魂が再生された。
妖狐の刻印が入って神域に入滅する権利を得ていながら、魂を食われてしまった気の毒な少女も、肉体を消されながら、魔物も浄化され消えるのを見た。
今までの一族で魔物に食われたのを実感し、自ら神域に入ったものはいなかったが、こうすれば魂は救われたのだと、この近代にようやく知らされた。
老いた狐の亡骸も穢れを払われ、食べられてしまった魂も再生。肉体は再生されなかったが、若々しい人間状態の真琴が見えるようにされた。
こうして祖母と祖父のカップル、祐一の左右に美汐と真琴が寄り添い嫁入り、神域へと入っていった。
「美汐、真琴…」
蘇った二人を見て、自分ももうこの世から消えて、この二人と異世界で添い遂げられるのなら、今の肉体を捨てて一緒に旅立とうと思った。
しかし、一同が昇天していった後、祐一の目の前で門は閉ざされた。
「え?」
祐一にはまだ果たさなければ行けない使命、香里と栞をこの場所か、倉田の神社まで届けなければならなかった。
佐祐理を斬った舞が他の少女も切り捨て、最後の勝者となるなら、天孫降臨の儀式には舞が選ばれる。
イザナミは妹ではなく、姉で滅びの巫女が選ばれる。
周囲の物にも天の声として天啓が与えられ、祐一が望むなら加勢するよう命じられた。
現在の倉田家、真琴、美汐部屋。
「うわああああああああああああああああっ!」
「きゃああああああああああああああああっ!」
この部屋でも夜中に盛大な悲鳴が上がって、周囲の人物を叩き起こした。
後書き
以前のままなら救いも何もありませんでしたが、尺も足りずに前後新作部分を足して、救いのような物を足しました。
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