IS【インフィニット・ストラトス】《運命が変わった日》
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【第637話】
新幹線が京都駅へと到着、下車した一向を見た一般の人が騒ぎ始めた。
「やだ、IS学園の子だ!?」
「おぉ!? そういや前の白騎士暴走事件の際も来てたな」
「あれって政府発表だと織斑一夏率いる専用機持ちがって言ってたけど、実際黒い機体が暴走止めたんだよね?」
「黒い機体って事は――ドイツ代表か、やっぱり群を抜いて強いんだろうな、ラウラ・ボーデヴィッヒって!」
そんな会話を他所に一同は長い階段を下りていく、ヒルトは撮った集合写真の事を思い出していた。
京都駅前まで来ると千冬が告げる。
「諸君、初日はこのまま団体行動だ。 まずは予定にある清水寺迄行く、良いな?」
一同声をあげて返事をする、バスのチャーターはしてないのか徒歩で向かうことに。
道中白騎士暴走事件の爪痕が残るビルや道路工事をしてる場所の横を通り抜ける、ヒルトは思い出したのか表情に陰りを見せていた。
「ヒルトさん……大丈夫ですか?」
「え? ……あ、あぁ、大丈夫だ」
「…………」
陰りを見せたヒルトを心配するソフィー、本音もヒルトの表情が暗いことに気付き――。
「ひーくんひーくん、五条大橋見えてきたよ~」
花開く笑顔で指差す先には疎らながらも観光客が五条大橋を行き交っていた。
牛若丸と弁慶が対峙した五条大橋、その橋から見える景色の所々から防音シートが見え隠れしていた。
「ここも景色いいな~」
暢気な声で景色を撮る一夏、生徒の思い出の為の撮影班になっていた。
五条大橋で生徒の写真を撮る一夏を見たヒルト、その暢気な姿を見て溜め息を吐き、五条大橋を歩いて渡っていった。
そこから暫くして清水寺へと一同は到着、だが清水寺には観光客の姿が一切見えなかった。
「あれ? 誰も居ないですね?」
「普通は観光客居るはずだが……」
白騎士暴走事件の影響――そう思った所で清水寺から一人の女性が血相を変えてやって来た。
「ちょっと貴女方、今清水寺は映画の撮影中なのよ! ――って、貴女達IS学園の生徒達!?」
映画の撮影中――よく見ると一部敷地内でカメラやロケバス等が見えていた。
「申し訳ない、映画の撮影だとは知らなかったもので――」
「わ、わわっ、ブリュンヒルデ織斑千冬!? という事は……居たぁ! 織斑一夏くん!」
「へ?」
清水寺を撮影していた一夏の手を取る女性、瞳を輝かせていた。
「織斑一夏くん、今映画の撮影中で貴方には是非スペシャルゲストの役を頼みたいわ! そうすれば前評判で話題作りにもなるしうちのタレントも名前が売れ、私の給料も上がる!」
そんな心の声が駄々漏れの女性は既に一夏しか見えてないらしく、名刺を取り出して一夏に渡した。
「マネージャーの雪崎祝名です、よろしく」
一同魚の名前だなと脳裏に浮かぶ、女性の年齢は約三十代手前といった所だろう。
こそっとエミリアがヒルトに近付き、耳打ちする。
「……何の映画なんだろうね、これ」
「清水寺を舞台にしてるからサスペンスじゃ?」
「織斑一夏殺人事件? アハハッ」
そんな会話も他所に一夏と祝名の二人は――。
「は、はぁ……っていうか映画に出るなんて、俺には無理ですよ!!」
「大丈夫よ、簡単な役だから!」
逃がさないように一夏の手を握る祝名、そのまま清水寺へと連行されていった。
「許可も取らず勝手なことを……。 諸君は清水寺の観光を、山田先生」
「わかりました、じゃあ皆さーん。 織斑くんが戻るまで清水寺の観光に行きましょう」
一夏一人の為に修学旅行が台無しになるのは敵わない、千冬は二人の後を追い、ヒルトも何と無く後に続く。
それに同調した本音、ソフィー、セラがヒルトの後に続く一方で乗り遅れた面々は仕方なく清水寺の観光に勤しんだ。
ヒルト等が後を追い、到着した時には既に千冬にはどうすることが出来ないぐらいの盛り上がりを見せていた。
一夏を見るなりざわつく映画関係者。
「嘘!? 本物の織斑一夏くんだ!」
「おお、我等が男達の希望の星、織斑一夏っ!」
「やだ、雑誌で見たよりカッコイイ!」
「監督、監督! 主役交代させてください!」
「お、俺、主役降ります! 織斑くん、後でサイン頂戴よ! いとこが君のファンでさ! いやあ~嬉しいなぁ。 握手してもいい?」
そんな光景を見た千冬はもう諦めたらしく振り向き、ヒルト達に告げる。
「……あの馬鹿は放っておけ。 我々は戻って観光の続きだ」
「……いいんですか?」
「良いも悪いもないだろ。 ほら」
くいっと顎で指す先に囲まれた一夏が叫ぶ。
「わ、わかりましたっ、わかりました! 主役でも何でもやります!!」
その発言に周りから拍手が巻き起こる、千冬が呆れたような表情を浮かべると。
「これ以上この場に居れば巻き添えを食らうだけだ。 我々は戻って観光の続きだ、いいな」
「わかりました」
「はぁい……」
「団体行動なのに、おりむーはダメだなぁ……」
そんな感想を残し、巻き込まれる前にヒルト達はその場を去った。
それから暫くして清水寺全体が撮影現場となった為か完全に追い出された一同。
「織斑先生、どうします……?」
「困ったな、組んでいた予定では清水寺の後は二条城なのだが――前倒しで二条城に向かおうか」
「わ、わかりましたっ」
完全に予定が狂った修学旅行、一夏を残して一路はまた歩いて二条城へと向かった。
道中の観光に様々な場所を歩く一年生達、一部無事な観光街では店が開いていた。
同時刻、京都へとやって来たウィステリア・ミストはその足で各地の被害状況を調べていた。
爪痕が酷い白騎士暴走空域付近はまだ着手されていなく、亡国機業が焼き払ったホテルも営業停止していた。
だがこれもテロリストを受け入れた報いだろう、警察が何か証拠が無いかを調べてるのか規制線が張られていた。
ラファール・リヴァイヴ展の会場はドアのガラスが割れたのみだが後日行われる予定だった世界の絵画展は中止になっていた。
「……全てが焼かれるよりはましだが、それでも被害は大きいか……」
そんなウィステリアの独り言が空へと消えていった。
一時間程過ぎ、二条城を観光している一組生徒達。
撮影班の一夏が居ないため急遽ヒルトが撮影班に抜擢された。
使いなれないデジタルカメラを使い、何枚も生徒の記録を残していく。
「お兄ちゃん、お疲れ様」
「ん……美冬か。 どうした?」
「ううん、お兄ちゃん疲れてないかなって。 後……気負い過ぎてないかなって……」
「……大丈夫さ、美冬」
ヒルトは決して見せなかった、美冬の心配もわかる。
だけど実際被害が出たのだ、そしてその現場に戻って来たヒルトは亡くなった八人に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
それだけじゃない、怪我人も多数居るし今なお入院してる人達も居るのだから。
ヒルトは表情に可能な限り出さず、美冬の頭を撫でると一人二条城の中へと消えていく。
美冬には追いかける事が出来なかった、妹なのに兄の力になれなかったのが悔しかった。
唇を噛みしめ、溢れ出そうになる涙を堪えるだけで精一杯だった。
二条城の中に入ったヒルト、中は一組生徒以外にも観光している客が居た。
「有坂くーん、写真おねがーい♪」
要望を受けて写真を撮るヒルト、他の生徒の要求も受けて写真を撮っている間は何もかも忘れ、没頭できた。
だがそれでも、撮影が終わればヒルトは押し潰されそうになる。
そんな時だった、ヒルトの制服の袖を引っ張られたのは。
振り向くと小さな女の子と母親が居た、誰だろうと思っていると――。
「おにいちゃん、たすけてくれてありがとう」
「え?」
身に覚えのないお礼に首を傾げたヒルト、母親が代わりに説明を始めた。
「私達、貴方と黒い機体、そして白騎士の付近近くに居たんですよ。 あの時、引き上げた黒い機体の後に白騎士を止めてくれたでしょ?」
政府の発表では一夏率いる専用機持ち、見ていた人も黒い機体だけの印象でドイツのラウラだと判断していたが近くでそれを目撃していた二人は違ったのだ。
ヒルトは答えなかった――娘の頭を撫でる母親は言葉を続ける。
「世間では織斑一夏くんがって言ってますけど、私達二人は少なくとも貴方があの事態を収拾したと思っています。 ――だから、ありがとう有坂くん、京都を守ってくれて。 それじゃあ行きましょうか」
「うん♪ ありがとう、おにいちゃん♪」
完全に不意打ちだった、瞳から溢れ出る涙は止まらない――人目も憚らず嗚咽を漏らし泣くヒルト、大の男が泣いているのだから何が起きたのか見る人々。
「あれって有坂ヒルト? 何で泣いてんの?」
「さあ? ……てかこんなところで泣くなんてフラれでもしたのか?」
「うわぁ、可哀想~。 てか写メ撮っとこ」
「止めとけって早百合」
注意する彼氏を他所にヒルトの泣く姿を撮ろうとする彼女。
そんな時だった。
「あ! 外に織斑一夏さんが居ますよぉ!」
「え? ウソウソ!? 織斑一夏どこ!?」
「ちょ、ちょっと早百合!?」
瞬く間に伝染する一夏が二条城にいる発言で中はヒルトと気をそらした子だけになる。
ソフィー・ヴォルナートだった、地面に突っ伏して泣きじゃくるヒルトに近付くソフィー。
「ヒルトさん……」
「うっ……うっく……」
「大丈夫ですよぉ! ヒルトさんには、美冬さんや美春さん、未来さんも居ますし。 頼りないですけど、私も居ますから!」
慈しむ様に泣きじゃくるヒルトを見つめ、そっと頭を抱くソフィー。
「ヒルトさん、皆が着いてますよ。 だから……一人で全てを抱え込まないで? 私でよかったら、いつでも話訊きますから」
「……ッ。 う……うん……ッ……うっく……」
涙はソフィーの制服を濡らしていく、だがソフィーは気にすることなくヒルトの頭を撫でる。
亡き祖母が自分にそうしてくれたように、ソフィーもヒルトに優しく接した。
暫く泣き続けたヒルト、泣き止んだ頃には二条城内はまた観光客で溢れていてヒルトとソフィーは外で休んでいた。
赤い瞳が涙の影響でさらに赤くなっていた。
「ヒルトさん、落ち着きました?」
「あ、あぁ。 ……ありがとうな、ソフィー」
「えへへ、気にしないでください♪ 男の子でも辛いときは泣くものだっておばあちゃんが言ってましたから! ……私に出来る事ってあれぐらいですけどね」
眉根を下げ、頬を掻くソフィー――立ち上がるとソフィーはヒルトの手を掴んだ。
「ヒルトさん、頼りないですけどいつでも話訊きますから」
「ありがとう、ソフィー」
「いえいえ、それじゃあ私戻りますね?」
「ああ」
手を振り走って去るソフィーをいつまでも見送るヒルト。
暫くすると本音が現れた。
「ひーくんやっほー♪」
「あ……本音」
「……ひーくん、何かあったの? 目、腫らしてるよ~」
隣に座った本音、ヒルトの目が赤いことに直ぐに気がついた。
ヒルトは悩んでいたことを告げた――白騎士暴走事件の犠牲者の事を、代表候補生となって感じた責務、他にも色々と話した。
本音は頷き、聞き終えるとソフィー同様にヒルトの頭を胸に抱いた。
「ひーくん、私もこんなことしか出来ないし、言えないけど~。 ひーくん、みんながいるんだよ~。 ひーくんだけが抱える必要はないんだよ~」
「……うん」
「ひーくんは優しいから、いっぱい。 いーっぱい抱えちゃうかもしれないけど~。 みんなもいるし、私もいるから~」
「…………ああ」
ソフィー同様掛けられた言葉は優しかった、我が子をあやすように抱えた頭を撫でる本音。
もう涙は止まっていた、ソフィーと本音の二人に告げた事にヒルトの心の枷が外されたのだ。
ぽつりぽつりと二条城内に戻ってくる観光客、どちらからともなく離れる――だがそこに居たのは普段通りに見せる二人の姿だった。
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