IS【インフィニット・ストラトス】《運命が変わった日》
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【第616話】
「先輩、もう有坂くんの後を着けなくていいんスか?」
「ああ、それよりもフォルテ。 良いものを見せてやるから一緒にここのビルの屋上に登ろうぜ」
「え? 了解っス! 良いものって何スか!?」
「それは後のお楽しみってやつだ」
そう言ってダリルはフォルテを連れてビルの屋上へと赴く。
ヒルトが狙撃される十分前の出来事――そして。
「遅いな……」
織斑千冬は苛ついた様子で、バス停に真耶と二人で佇んでいた。
二人が待つ人物が時間がたっても一向に現れない事に千冬は苛立ちを隠せない、と真耶は困ったように告げる。
「ま、まあ、ヨーロッパの方は時間におおらかですし、ね?」
そう言う真耶だが千冬は来ない事に苛立っている訳ではなかった。
「……いや、おおらかとかそういう問題ではない。 どうも遅れているのは……チッ!」
小さく舌打ちする千冬、腕組みして遠くの街を見つめていた。
「あのバカ……予定通りに進めず先に始める気だ。 ……いや、或いは始めざるを得なかったという事か」
「え……?」
真耶は首を傾げる、そして千冬は顎で遠くの街並みを見るように促したその時だった。
街中に襲い来る衝撃と轟音、何が起きたのかを理解できない一般人は足を止めて音の方へと振り向いた。
「お、織斑先生……これは――」
「次、来るぞ!」
千冬の言葉通り再度爆発が起きる、突然起きた爆発に一般人全員パニックに陥っていた。
「急ぐぞ真耶。 アリーシャが合流できないのであればアレの受領は此方で済ませるしかない」
「は、はい!」
遥か遠くに立ち上る黒煙を見ながら、真耶は心配そうに胸の上で手を握りしめる。
そんな不安を察した千冬は軽く真耶の背中を叩いた。
「大丈夫だ、いざとなれば私も向かう。 それにブリュンヒルデだ、私は。 ……そして、アリーシャもな」
有坂ヒルトが狙撃された十数分後の出来事。
そして、狙撃される直前の出来事、ここから始まる。
後に【白騎士暴走事件】と呼ばれる一連の事件の発端、全ては有坂ヒルトへの狙撃から始まった。
「よぉヒルト、偶然だな」
「ん?」
繁華街を歩いていた俺に声を掛けたのは一夏だった、織斑一課として同行してる筈の簪の姿が見えなかった。
「一夏、簪はどうした?」
「気付いたらはぐれてたんだよ。 まあ迷子って事は無いだろうし、俺はとりあえず観光資料って事で今は街並みを撮ってるんだよ。 そういやさっきは大変だったぜ、気付いたら人に囲まれてサイン責めにあってな」
「ふーん」
わりとどうでもいい内容を話す一夏、はぐれてる簪も心配だが、こいつはこいつで放っておくのも危ないと感じた――と。
「奇遇さネ、少年」
「にゃっ!」
そう言って声を掛けてきたのはさっきの女性だった、白猫のにゃん次郎も前足を挙げて挨拶を返してくれる。
「ヒルト、知り合いか?」
「ん、ちょっとな」
「フフッ……。 そっちの君は織斑一夏君だネ?」
「え? 何で俺の名前知ってるんだ?」
首を傾げる一夏――と、アリーシャの眼光が鋭くなる。
「さがってナ、二人とも」
「え?」
一夏がそう言った次の瞬間、女性の左腕が動く――そして聞こえる銃声より早く左腕が目視できない速さで振られ、鈍い音と共にキセルが何かを叩きつけた。
「じゅ、銃弾!?」
一夏が叫ぶ――発砲音に騒然とする繁華街、そして。
「次、くるってサ」
何度も聞こえてくる発砲音と共に弾丸を弾く女性――弾丸は明らかに俺を狙っていた、そして――。
「チッ!」
空を切る左腕――叩きつけるのに失敗した弾丸は俺の身体を貫くその手前でロザリオが反応、俺の身体を包むように防御結界が張られた。
「ふう、少し焦ったさネ。 今のうちに物陰に隠れるんだネ」
「やっぱり狙いは……俺か。 …………」
着弾した銃弾を見て繁華街は騒然となり、一様に逃げ惑う人々で道は混雑、暴走した車がビルに突っ込む大惨事が起きていた。
「な、何が起きてるんだ……?」
一夏のそんな声は叫ぶ群衆によってかき消され、俺はその間にビルの壁に張り付いて隠れる。
「助けてくれてありがとうございます! 貴女、名前は――」
「アリーシャ・ジョセスターフ。 アーリィって呼ぶといいのサ♪」
そう自己紹介するアリーシャと名乗った女性に、理解が追い付かない一夏が叫ぶ。
「い、一体、何がどうなってるんですか!?」
その言葉に反応したアリーシャ――狙撃手は狙いをアリーシャに変えて凶弾を放つも悉く叩き落とされる。
「ン? 見た通り彼の――有坂ヒルトくんの暗殺だってサ。 訊いてた話ではキミの暗殺って訊いていたんだけどネ。 ――さて、ちょいと本腰入れていくのサ!」
叫ぶと共に女性の身体が光に包まれ、粒子が装甲を形成し、失った右腕も機械義手の様にワイヤーが骨と神経を形成、人工筋肉を作り上げ、その上に装甲となって覆われていく。
「こ、これは……『テンペスタ』!?」
一夏がアリーシャの機体を見て叫んだ。
テンペスタ――イタリアが開発した第二世代機であり、第一回モンド・グロッソ準優勝者の機体にして第二回モンド・グロッソ優勝した機体でもある。
俺も詳しい映像は見ていないが確か三年前までは隻眼隻手だったという話は聞いたことがなかった。
そんな疑問に答えるようにアリーシャは微笑みを浮かべて告げた。
「此方は事故でなくなったのサ。 でもまあ、我が『テンペスタ』に抜かりはないんだナァ!」
話してる間も襲い来る凶弾を指先で弾き飛ばすアリーシャ――ビルの外壁、地面のアスファルト、そこらかしこに弾き飛ばされた弾痕が残っている。
事故によって鳴り続けるクラクションの音、逃げ遅れた人間は震えながら物陰に隠れて嵐が過ぎ去るのを待つだけだった。
其処から約五〇〇メートル離れたビルの屋上、組み立てられた狙撃銃を構えていたダリルは諦めたように呟く。
「有坂ヒルトの暗殺は失敗、と。 さて、どうだフォルテ、面白い物見れただろ?」
悪びれもなく話すダリル・ケイシーに、フォルテは戸惑いを見せ、立ち上がったダリルを見上げていた。
「なに、してんスか……?」
声を絞り出すので精一杯だった、ただただ目の前で起きた出来事が白昼夢の様で――悪夢なら覚めてほしいとさえ願うフォルテ。
だが全ては現実――コンクリートのざらざらとした感触、秋空に浮かぶ雲、冬が近いのに照り付ける太陽光――全てが現実だった。
「何って、有坂ヒルトの暗殺だろ」
「有坂くんの暗殺って……わけ、わかんないっスよ……」
つい二時間前まで新幹線で楽しげに話していた二人――フォルテはそんな様子を見て羨ましく思い、同時に有坂ヒルトに嫉妬もした。
ダリル・ケイシーの恋人であるフォルテ以外で楽しそうな笑顔にさせたのだ――嫉妬しないわけがなかった。
そんな二人の楽しそうな光景とフォルテの思い出がまるでガラスの破片の様に砕けちり、崩れ去っていく。
「オレのコードネームは『レイン・ミューゼル』。 炎の家系、ミューゼルの末席ってやつ」
「レイン……ミューゼル……」
フォルテに正体を明かしたダリル・ケイシーもといレイン・ミューゼル、ヘラヘラと笑うがその笑顔は何処か悲しげに見える。
だけどフォルテは気付かなかった、突然の事態に、起きた出来事に、思考が追い付かず、ただただ瞳から涙がこぼれ落ち、また絞り出す様に言葉を紡ぐ。
「どう、して……っスか……? 何で、亡国機業につくんスか……? みんな、みんな……裏切って、どうしてっスか……?」
最後の言葉は風に消え入りそうだった――そんなフォルテに、レインは目線を合わせるように屈む。
「何でって言われてもな。 ま、運命って奴だ。 呪われてんのさ、うちの家系は」
そう言って自嘲気味に笑うレイン、逃れられない運命、抗えない運命全てを呪うかの様に笑う。
ビルとビルの合間に吹き抜けるビル風――唸りを上げて耳に届く。
「さて、この位置はもうバレてるし、さっさと決めなきゃな?」
「決めるって……何をっスか……」
フォルテは何を決めるか――何処かでわかってはいたが真意を聞きたいと思い、聞くとレインは小さく笑みを浮かべ、普段通りに――「わかってんだろ?」――と呟く。
その言葉で迫られる選択――恋人を敵に回し、IS学園に留まるか、或いは恋人についていき、世界の全てを敵に回すか。
「なあ、裏切ろうぜ。 この世界の全て、裏切っちまおうぜ」
恋人の甘い誘惑は思考を惑わす麻薬みたいだった、追い付かない思考、だが――フォルテの目の前のレインは何時ものように、自分だけに見せる笑顔を浮かべていた。
「ついてこい、フォルテ。 オレと一緒に、引き裂いてくれ」
「引き……裂く……?」
「そうさ。 この腐った世の中と――呪われた運命を、な」
言ってから抱き寄せ、強引に唇を奪うレイン――フォルテはその唇の柔らかさに酔いしれる――だが、崩れ去った現実が一瞬脳裏に過り、無意識にフォルテは振り払った。
その時フォルテは見てしまった――心が傷付いたレインの表情を、そして伏し目がちにフォルテは言う。
「ついて行けないっスよ……だって、だって……」
其処からは言葉が出なかった、レインは自嘲気味に笑うと、フォルテの頭を撫でる。
「それならそれでいい。 じゃーな、フォルテ。 結構お前といるのは楽しかったぜ」
寂しげに笑うレイン――それを見たフォルテの胸は一層締め付けられた。
そして――ビルから飛び立つレインを見て、フォルテはわかってしまった、自身が選ぶ選択を――変えられない運命を、だがその運命は茨の道。
だがフォルテは決めたのだった――世界を裏切るという選択を。
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