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KANON 終わらない悪夢

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105香里さんの昇格

 やがて三人の銀行員が訪れ、待合室にいた両親のお金を預かって、預り証を出した。
「それでは美坂さん、お嬢さんは手続きにもう少しお預かりします。私が責任を持ってお送りしますので、先にお帰りになって下さい」
「はい、それでは栞をよろしくお願いします、本日は何から何までありがとうございました」
 歪んだ笑顔で帰る両親の心の中には、高額な謝礼に喜ぶ他にも、早速母親の実家に「栞の性能」を報告して自慢し、褒めそやして羨んで貰うのに夢中になっている表情が見え隠れしていた。
 母の実家で倉田の分家、闇の世界での社交界デビュー、闇の王子様の恋人として、婚約者として花開かせてやるのを待ち望んでいた。
「では銀行の皆さん、こちらのお嬢さんのお金も預かって頂きたいのですが?」
「今回もまた高額な預金をして頂けるようで、毎度お世話になります。支店長も大変喜んでおりまして、水瀬様に宜しくお伝えくださいと申しておりました」
 複数の行員が深々と頭を下げ、案内されて机の上にある札束の確認に入った。二人が帯封を解いて手慣れた様子で扇状に広げて数え始める。
「お嬢様、通帳をお預かりします、本日は身分証明書などお持ちでしょうか?」
 年配の行員にお嬢様と言われ、最初は誰の事だか分からず、左右を確認してしまったが、ようやく自分だと気付き、秋子から用意するよう言われていた通帳と、写真入りの3級の身体障害者手帳を出した。
「これはご苦労なされましたね、やはりお(おちから)をお持ちの方々は、お体にご負担が掛かるのでしょう? 私共のような庶民には考えも及ばない世界です」
 何やら秋子や探偵事務所の内情を知っている素振りの行員。この人もどこかの関係者と思い始めた。
「いつものように、ご両親や親戚が勝手に預金を下ろせないよう、信託財産にするか、後見人を私にして置きたいのですが、できますでしょうか?」
「はっ、早速顧問弁護士を連れて来て公正証書として纏めさせて頂きます。お嬢様、これから何でも、ご無理をお申し付け下さい。それと… 立ち入った事をお伺いして申し訳ありません、お嬢様のお力の種類をお教え願えませんでしょうか?」
 秋子も困った顔をしたが、明日にはバレてしまい、業界の噂になるのは目に見えていたので、仕方なく公表した。
「千里眼と遠寄せです。あちらに取り戻した宝石類と有価証券がありますけど、銀行の「お得意様」には、警察や税務署を通さずお返しした方が良いのでしょうね?」
「あ~~っ、お気遣い誠に有難う御座います。後ほど顧客リストと照らし合わせまして、早急に確認させて頂きます。警察の方はいつ頃お越しでしょうか?」
 素晴らしく芝居がかった態度で感謝する銀行員。秋子から見ても、銀行から被害者全員に内々に連絡して、公表不可能な証券や宝飾品を返還し、新規顧客開拓に利用するのは明白だったが、色々と無理を通すため、持ちつ持たれつの関係を保つ必要があった。
「まだ通報していませんが、天野の家から警察の方が来る手はずになっています」
「ええ、分かっておりますとも、証拠作りにもご協力しますよ、そしてこの現金が「色の付いていないお金」と言う訳ですな? いや~参りました」
 たった一日で父親の生涯賃金を稼ぎ出してしまった栞。銀行員もここまでの上客を手放せるはずもなく、揉み手をしながら媚を売っていた。
「この子のご両親が持って帰ったのは、表の謝礼金ですので、ご心配なく」
 会話に参加できない栞だったが、自分の耳が腐って行くのは理解できた。

 やがて札束の数え直しも終わり、二重三重に数え、真贋の判定も終わった所で預り証が出された。
「ええ、それでは合計二千八百万円のお預かりになります。端数はご指示通りお返しして、後ほど顧問弁護士が参りますので少々お待ち下さい」
 栞は自分の両手も腐って、ポケットやスカートの中は腐臭がして、心も体も隅々まで汚れたのに気付いた。
「お手数をお掛けしました、これは少ないですが交通費ですのでお納め下さい」
 徒歩圏内にいる行員に交通費も無いが、端数から謎の茶封筒に入れられた交通費が三人の行員に渡された。栞は自分の目も腐って行っているのに気付いた。
「いやいや、本来こういった物は受け取りを禁止されているのですが、最重要のお得意様からの心付けをお断りするのも何ですので、行員一同の親睦会費用として頂戴しておきます。毎度毎度有難うございます」
 若手の行員たちも臨時収入に喜び、笑顔で茶封筒をポケットに入れた。
「こちらが取り戻した盗品の目録と、持ち主の住所氏名です。それにしても、返す時にどなたか一人ぐらい、この事務所が窃盗団のアジトだって訴えそうな物ですけど、どうなってるんですか?」
 それを聞いた事務員が、割り込んで説明した。
「あ、警察からも内々に連絡するんです。表から返して欲しい人は警察で泥棒扱いされて長々と取り調べされて、手続き手続きでたらい回しになって、書類の代書だとか色々理由を付けて、ここに誘導されるんです。表に出せない人は直接ここに来て、謝礼に一割ぐらい払って当日返してもらえるんです」
 社会の腐り果てた仕組みに反吐が出そうな栞。そう言えば自転車を盗まれて警察に被害届を出した時、自分が逆に泥棒扱いされて、いつの間にか取り調べを受け、自分で見付け出して報告したら、今度は保険金詐欺扱いで取り調べされた苦い記憶が蘇って来た。

 やがて銀行員達も帰り、入れ替わりに顧問弁護士がやって来ると、法的な難しい話をされた。
 栞には大半が理解できなかったが、両親や親族が金銭の譲渡を要求した場合には、育児放棄や虐待といった内容で絶縁して逆に親族を訴え、接近禁止や他家への養子縁組により、資産家の秋子を後見人として立てる方法などが教えられた。
「あの、両親と裁判で争わないといけないんですか? それならお金なんかいりません」
 弁護士は気の毒そうな表情で年若い娘を見たが、分かりやすい言葉で解説してくれた。
「芸能人の子役とかでよく聞くでしょう? お子さんがいくら稼いでいても、両親が事業や投資に手を出してしまって、気が付いたら一銭も無くなっていて、借金まで背負い込んで、体一つで何年も掛かって返済した話を」
「はい……」
 とりあえず栞の預金は、他人に引き出せないよう、両親や親族が無理に引き出せないように処理された。
 更に残りの札束を差し出され、ポケットか財布に収めるよう指示される。
「これは今日の交通費です。『これから貴方は一人で外出することを禁止します。電車やバスを極力利用せず、家の前までタクシーを呼んで、攫われないよう注意して、降りる場所や周囲にも十分警戒して下さい。特に後ろから近寄ってくるワゴン車には、どんな事があっても引き込まれないよう注意して下さい』
「え?」
 秋子の警告は理解できたが、栞にはどうしてもできないことが一つあった。
「あの… すみません、秋子さん、盗んだお金には手を付けられません」
 先程の事務員を思い出し、秋子に歯向かってしまった自分の無謀な行動に身を震わせながら、審判を待った。
「貴方は清潔ですね、とても好ましいです。それに羨ましい」
 自分の反逆を、怒るどころか褒められたのに驚く栞。秋子は何故か微笑んでいて、自分を羨ましそうに見ていた。
「やっぱりご両親の教育が行き届いていたんですね。でも、こんな汚らしい物が貴方の大切な家族を蝕んで、穢していくんです。貴方は近々、母方の親族の有力者に献上されて、お金で売り渡されるでしょう」
「えっ? うちの両親が?」
 病気の自分を大切にして、ここまで育ててくれた両親が、そんな事をするとは考えられなかった。
「貴方のご両親は、それが貴方のためになると説得され、勘違いして送り出すんです。権力者の命令があれば、犬のように喜んで従ってしまい、優雅な暮らしにあこがれて、衣食住に不自由せず自由にお金が使える。自分の手に持っていないから、そんな物が幸せだと思ってしまうんです」
 もう涙ながらに話す秋子。それは千里眼の力ではなく、経験則から語られているのだと思えた。
「それって、千里眼で見えたんじゃないですよね、秋子さんもそうだったんですか?」
「未来予知です。もし貴方の力が、あの人達より強くならなければ、この話は現実になります」
 悲しそうに、苦しそうに答えたが、その表情に嘘は無かった。
「あの手の人達は、親族の中で高い地位や発言力を持つことにだけ魅力を感じて、権力闘争のために貴方を道具として利用します。それに「貴方を守るため」と称して、座敷牢のような場所に閉じ込めるはずです。その時は私をイメージして跳んで下さい、長距離の転移の力を使うのを『許可します』」
 栞の中で制約が外れ、過去に使っていた遠距離の「転移」の力が使えるようになった。
「貴方を自分の養子にしようとしたり、お腹の中に赤ちゃんができれば、必ず醜い争奪戦が起こって、とても口にはできないような酷い事が起こります。貴方はそんな世界には耐えられない、生きていけないんです」
 両手で顔を覆って、泣き始める秋子。栞も自分の酷い将来を思って泣いていた。
「貴方をこんな醜い世界に引き込むんじゃ無かった、貴方に必要だったのは、こんな力じゃなくて、お姉さんのように醜い世界でも戦い抜いて、未来を勝ち取る力だったかも知れない」
 これからの自分に必要なのは、今の破壊の力ではなく、姉のような鋼の心と、ワイヤーのような図太い神経なのかもしれない。栞は少しだけ姉を羨んだ。
「秋子さん、栞、なんかあったらあたしがぶっ潰してやるから、泣かないでよ」
「いけません、真琴は破壊と破滅の力を選ばないで」
 天使の人形がこの世を始末すると決めた時、唯一対抗できそうなマコピー、それまでにいろいろな魔法は覚えさせるが、自分と同じ破滅の力は覚えさせたくなかった。

 二人で暫く泣き続け、何かを思い付いた秋子は顔を上げた。
「これから一時的に、私が認めた婚約者の立場を香里さんと入れ替えます、いいですか?」
「え? どうしてですか?」
 意味が分からず聞いてしまう栞。邪悪な姉は悪巧みも見ぬかれ、祐一にも見下げ果てられ、先日敗退したばかりだが、学校や病院で暴れ回り、テレビの放送まで使って、香里の味方をしない人物は人非人で救いようの無い人物だと世論を醸成させていた。
「貴方達が売り渡された後、重宝される栞さんと違い、力を上手く使えない香里さんの立場は低いものになります。差が有りすぎて会うこともなくなるかも知れません。でも、香里さんが婚約者だった場合、貴方達は互角の立場で扱われて、羨望や嫉妬の矢面に立つのは香里さんになります」
 その後はどうなるか、神ならぬ栞にも簡単に想像が付いた。
「後はあの意地悪と悪巧みを発揮して、大声で当主や親族を操って、泣き喚いて被害者に成りきって親族一同を巻き込んで、テレビの取材班を引き入れて放送させたり、同級生も呼んで合唱させたり、嫁いびりをする人がいれば警察や弁護士でも入れて証拠を集めて逆に陥れてくれます」
 閉鎖的な古い名家で散々な目にあわせられる予定の自分と違い、気が強い姉ならいつまでも暴れ回って相手の気力が尽きるまで家を破壊してくれる。
 先程想像していた悲惨な未来が、ほんの少しの立場の違いだけで、ここまで面白おかしい話になってしまうとは思わず、秋子も栞も笑いが込み上げて来ていた。
「はい、分かりました、お任せします」
 二人で少し笑いながら頷き合うと、秋子は事務員に向って言った。
『天野さん、さっき本家に送ったメールを訂正して下さい。相沢祐一の婚約者は美坂香里、美しい坂に花の香りの香、里山の里です。候補の二番目が栞さん、三番目がうちの名雪です、分かりましたね?』
「えっ? はいっ」
 秋子から「内密に」と頼まれていても、本家から制裁されるのを恐れて、即座にメールを送ったのも見透かされ、逆に情報源として利用される天野家の事務員。裏の世界でその噂が広まるのに時間は不要だった。

 そこで秋子は再び現金を持って栞に差し出した。
「これはどうしても受け取って貰います、これから貴方も戦わなくてはいけません、そのための道具の使い方を覚えて下さい」
「はい、分かりました」
 栞は渋々戦いのための武器を受け取った。
『貴方にはもう一つ、武器を授けます。さっきから私の話し方がおかしいと思える時がありましたね? これは自分より下位の者に命令して、屈服させる力です、試してみて下さい』
『こうですか? 分かりません」
『ええ、その調子です。以前、貴方と祐一さんが愛し合ってから急に力が大きくなったのには気付いていると思います、まず、天野さんに何かお願いして見て下さい』
「えっ?」
『ジュースのおかわりでも、お茶を入れるよう言っても構いません。強く願って下さい、さあ』
 栞は躊躇したが、強く願える言葉が一つ見付かった。
『天野さん、倉田の一族の私ですけど、これからは仲良くして下さいっ』
「はい……」
『それと、お茶もお願いします』
「わかりました……」
 暫くすると、事務員は笑顔でお茶のお代りを入れ、前の湯のみを回収した。
『少し効いたようです。これからしばらく、その声を練習して下さい、お姉さんにも効くかも知れませんね』
『そうなんですか?』
『それとこれは忠告です、親族の家に行っても、どこかでお茶や食べ物を出されても、貴方が支配済みの相手以外から受け取るものは毒か薬物が入っていると思って下さい。食べても飲んでもいけません』
「ええっ?」
 薬物と術に耐性がない栞は、特に注意を受けて他人からの飲食物の提供を禁止された。例のホストは天使の人形が付いている上での飲食なのでキニシナイ。

(栞ちゃん、力が欲しいかい? 欲しければもっと上げるよ?)
 栞には天使の人形の分体、栞の元にやってきた祐一を受け取る権利がある。妖狐の力の一部で一弥と同じ存在、舞の魔物より強力な精霊を受け取る権利が。
 
 

 
後書き
表題は毎回ここで付けますが、番号を付けた後に変換がおかしかったり、エンターキーを押すと即アップロードされてしまい、題がないのが出来上がったり、色々変なことになります。 
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