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IS【インフィニット・ストラトス】《運命が変わった日》

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【第609話】

 京都への出発の日、場所は東京駅だ。

 俺達が乗る新幹線が停車し、出発時間が迫る中、ラウラが売店のショーケースを眺めていた。


「ラウラ、出発時間来てるから行くぞー」


 俺がそう声を掛けるのだが喧騒でそこまで届いていなかった。


「織斑先生、山田先生、有坂先生、先に皆を連れて席に行ってください。 ラウラは俺が連れて来ますんで」

「はあ……全く、ボーデヴィッヒは。 ……すまないが頼めるか?」

「ええ、最悪引き摺って連れていきます」

「あらあらぁ。 うふふ、ラウラちゃんを丁寧に扱わなきゃダメよぉ?」


 ふわふわした母さんの声、とはいえ出発時間が迫ってるのも事実だ。

 山田先生が他の皆を先に新幹線に乗せていく中、俺は売店に張り付くラウラに近付いていく――と。


「すまない。 このエキベンというやつをくれ。 なるべく栄養価が高く、食べやすいのがいいのだが……ん? ひよこ……? なんだこれは……」


 食い入るようにショーケース内のひよこを見つめるラウラ。


「こ、これは……!」


 ラウラの視線の先には見本である薄茶色のひよこが静かに鎮座し『ここにひよこがいるぴよ』と主張するようにラウラを見ていた。

 東京駅の銘菓、ひよ子、一箱一〇〇〇円~一九九九円とショーケース内のポップに書かれている。


「か、可憐だ……」

 頬を赤らめ、食い入るようにひよこを見つめるラウラ、次の瞬間には身を乗り出して売店のお姉さんに詰め寄った。


「こ、こ、これを、あるだけ売ってくれ! 金ならある!」


 急に詰め寄られたじろぐ売店のお姉さんを他所にラウラは財布からブラックカード――ではなく黒ウサギカードを取り出していた。

 新幹線の発車ベルが鳴り始め、焦った俺はラウラの手を取る。


「すみません、ひよこはキャンセルで。 ラウラ、もう新幹線が出るから行くぞ?」

「ま、待てヒルト! あそこにはひよこが! 私に救ってくださいって言ってるんだ! だから私はひよこ全てを救出しなければいけないんだ!?」

「だああっ、工場で大量生産されてるひよこ全部救出したところでまた明日になったら同じだけ生産されるんだ! 金の無駄遣いはやめて行くぞ!」


 半ば強引にお姫様抱っこする――だがこの時のラウラは大人しくなるどころかじたばたし、腕の中で暴れていた。


「ああっ! ヒルト行くな!? ひよこが! 私のひよこが! 誰とも知らぬ誰かに買われてしまう! 私以外の者にぃぃぃぃっ!!」


 手を伸ばすラウラ、だがひよこはラウラと俺を見送り、無情にも他のお客に買われていく――。


「ひよこが! ひよこがぁぁぁぁっ!」


 ギリギリのタイミングで乗り込むと後ろでドアが閉まり、新幹線は出発した。

 時を同じくして最後尾車両に飛び乗る人物が居た。


「あっぶねー、危うく乗り遅れかけたぜ、ワハハハッ」


 有坂陽人だった、今回の京都視察に同行しない筈の有坂陽人だったが、妻である真理亜を一人にして連れ去られるという可能性の考慮を忘れていた。

 職務放棄ととられても仕方ないが、だからといって真理亜を守らない訳にもいかなかった。


「さて、まあ京都までは適当に座ってるかな」


 最後尾の自由席に座り、窓から景色を楽しむのだった。

 場所は戻り、ヒルトは意気消沈したラウラを連れて席へと向かおうとしていた。

 お姫様抱っこして連れていってるのだから乗車してる人間の視線が痛い。

 皆の居る席に向かう道中で涙目のラウラがキッと目尻をつり上げた。


「ヒルト! 貴様という嫁は、貴様という嫁はっ!」


 またじたばたと暴れ始めるラウラ、危ないから降ろすと涙目で訴えかけた。


「あそこのひよこ達を私が救わなければならなかったのだぞ!? それを……!」

「ラウラ、あのひよこ買っても後から後からどんどん仕入れられるんだから意味がないんだよ」

「むうぅ……! 意味無くはないのだ! それに金ならある! 私の金で救出するのだ! いくら嫁とて……!」


 流石に車内で言い争いをしていると野次馬が何事かと見てくる。


「ラウラ、いい加減にしろ。 いくらひよこを救出しても無駄遣いにしかならないんだ」

「む、無駄ではないのだ! 少なくともあそこにいるひよこは救われる筈だ!」

「……ならラウラは無駄遣いするのか? いくら自分の金だからって無駄遣いする子は俺は嫌いだ」

「……!?」


 嫌いという言葉に、じわりと瞳に涙を浮かべるラウラ――少し落ち着かせるために俺はラウラと同じ目線になるように屈み、優しく頭を撫でる。


「確かにあそこでラウラが救出したら助かるかもしれないけどさ、俺達は京都に行かないといけない。 荷物を増やせば手間も増えれば他にも迷惑をかけるし、ラウラが無駄遣いすれば後であれが欲しいって時にお金がなかったらどうする?」

「…………」


 子供をあやすように言う俺――優しく撫でつつ、言葉を続ける。


「お金がいくらでもあるからって使えばなくなるんだ。 無駄遣いするならラウラの将来の為にとっておく方がいいさ、これがな」


 俺の言葉を聞き、暫く沈黙した後に頷く。


「そうだな。 ……我が嫁との将来の為に。 ……うむ、結婚資金に回せばいいのだな!」


 何故結婚資金という突拍子もない事になったかわからないが、とりあえず納得したらしく頷くラウラ。

 一先ず争いが落ち着いたと判断したのか野次馬も居なくなった。


「んじゃ、席に行くぞ。 京都まではまだあるからな」

「うむ、わかった」


 頷くと俺はラウラを連れて自分達の席へと向かうのだった。

 同時刻、場所は京都市街地イベント会場――コアの抜かれたラファール・リヴァイヴの様々なカスタム機が並び立っている。

【世界のラファール・リヴァイヴ展】――シェア第三位であるラファール・リヴァイヴの各国が施しているカスタム機のレプリカやキャノンボール・ファスト仕様、第二回モンド・グロッソでフランス代表が駈ったとされるカスタマイズ専用機のレプリカが並ばれていた。

 一際目立つのはイベント会場の真ん中に鎮座する漆黒のラファール・リヴァイヴ――照らされる明かりすらその漆黒の闇に吸い込まれそうな色合い、そして突き抜ける蒼のラインが目立っていた。


「これはこれはウィステリア様、この度は世界のラファール・リヴァイヴ展への出資、ありがとうございます。 それに、各国のレプリカとはいえこれ程のラファール・リヴァイヴが集まるとは……私共も感無量でございます」

「フッ……気にしなくていい。 一般の方ではなかなか見る機会がないISだ。 少しでも貢献が出来たのであれば私も嬉しく思う」


 デュノア社主催と銘打つ世界のラファール・リヴァイヴ展だが、実際の主催はイルミナーティが経営してる会社が主だ、だが主催者含めてスタッフ等はウィステリアの事を出資者の一人としか認識していなかった。

 主催者の差し出された手を握り握手を交わすウィステリア――その両サイドにいるシルバー、シャルトルーズの二人。


「ウィステリア様、此方の見目麗しい女性の方の紹介を……」

「……そうだな。 彼女はシルバー、我が商会の経理を担当している」

「よろしくお願いします、シルバーです」


 ニコッと笑顔で主催者に挨拶したシルバー――白銀の髪を腰まで下ろし、黒のタイトスカートから伸びる脚線美。

 主催者もあまりに綺麗な女性の笑顔に顔が赤くなる。


「そして此方はシャルトルーズ――私の秘書をしてもらっている」

「初めまして、今ご紹介に預かりました、シャルトルーズです」


 にこっと柔らかな笑みを浮かべたシャルトルーズ――此方も腰まで下ろしたブロンドロングヘアー、白のブラウスに僅かに短い青いチェック柄のフレアミニスカート、ストッキングを穿いてシルバーに負けないほどの脚線美を見せていた。

 掛けている赤いフレームのだて眼鏡が僅かにずれ落ち、慌てて直し、恥ずかしそうにはにかむ。

 そんな一挙仕草が魅力的に映ったらしく、近くの男性スタッフも思わず見とれていた。


「しかしウィステリア様、よろしかったのですか? 入場料の徴収をなさらなくても?」

「無論だ。 私はあくまでも一般の方にISを見てもらいたいのだ。 宇宙開発からはかけ離れ、今やスポーツという名の代理戦争の代わりとなった哀れなISを。 ……私は本来、ISがいつかまた宇宙開発用に開発されることを切に願っているが……まあ無駄だろうな」

「はぁ……我々はお金さえ貰えれば問題ないので」

「…………」


 軽く一瞥したウィステリア――と、主催者は誰かに呼ばれたのか一礼してその場を去った。


「……興味がないという事は由々しき事だとは思わないかね、シャルトルーズ?」

「そう、だね……」

「ですが……これが現状でしょ、ボス?」

「ああ」


 そう呟くウィステリア――。


「さて、まだ時間はある。 シルバー、シャルトルーズ、この周辺一帯を調べるぞ。 これから起こる惨劇――犠牲者を減らすためにな」


 ウィステリアの言葉に頷く二人は会場を一緒に出て周辺一帯を調べるために奔走したのだった。

 更に同時刻、場所は京都駅。


「んんっ! やっぱ修学旅行の定番は京都だよな!」

「そうそう! 京都の舞妓はんを見てナンパだな、信二!!」


 成河拓斗と佐々木信二の二人、彼らの学校も一年生には珍しくこの時期に修学旅行だった。

 そして其処から離れた場所では――。


「成樹、すまないが此方の店の茶葉を調べてきてくれないか」

「わかったよ、父さん」


 笹川成樹――父親と共に京都に来ていた。

 運命の輪は回り始める――古都京都を境に。 
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