KANON 終わらない悪夢
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89じばくそうち
『川澄さん、倉田さん、私と取引をしましょう』
説教が終わって警官が離れた隙に、二人に対しても指を振りながら全力の心の声で命令する美汐。
今なら舞の力を上回って、過去に命令された内容を解除し、逆に舞に命令する事さえできた。
『…何?』
『先ほど、私が介入していなければ、貴方達は決闘罪や武器の準備集合、殺人未遂で逮捕されていました。特に川澄さんは前歴があるので、数年は鑑別所暮らしが確定していたと思います。そこまでは異存ありませんね?』
理解しかねた舞は、佐祐理にアイコンタクトを取り、本当かどうか確かめようとした。
「ええ、その通りですね~、本当に助かりました~」
『では、今後ゆうくん、いえ、相沢さんに対する接近の禁止を要求します。もし嫌でしたら、すぐにでも暗示を解除して、そこにいる警察官達に貴方達を逮捕してもらいます。証拠はこのビデオにありますから。その後は当然学校も退学、倉田さんのお父様も議員辞職、妖狐の一族からも圧力を掛け、半端者の倉田家を追放処分にして、川澄家共々遠方に引っ越しせざるを得なくなるようにさせて頂きます』
「ちょっ……」
余りの迫力と、理路整然とした口調に、言葉を挟む隙もない祐一。美汐の知能や政治的圧力は、佐祐理や香里すら上回っていた。
(みーちゃん怖ぇ~~)
天使の人形ですら驚き、その剣幕に圧倒された。
「それは困りましたね~、お友達や姉として会うことも出来ないんですか~?」
『はい、ご遠慮ください』
『…嫌、祐一は私の弟、絶対に別れない』
困窮した佐祐理は、仕方なく最後の自爆カードを切った。
「ごめんなさい、一弥~、お母さんと一弥、これからお父さんと会えなくなるんだって、どうしましょう~?」
半笑いの上目遣いで祐一や美汐を観察しながら、切り裂かれた服の隙間から手を入れて下腹部をさすり、お腹の中の一弥に話しかける佐祐理。
『ヒッ!! ゆうくん、本当なの?』
全身を総毛立たせ、髪の毛も少々逆立てている美汐。
知力や思考力を大幅に奪われ、このまま駄々っ子モードにまで落とされれば、8歳の舞と泣いてからのグルグルパンチで肉弾戦に陥る恐れすらあった。
『どうして佐祐理が妊娠してるのっ!』
舞の方も親友の裏切りに気付き、拳を震わせる。
そこで祐一が言った言葉は?
「え? 美汐と別れさせられてから、姉弟だから絶対ダメだって言ったのに、舞に命令されて無理矢理…… それから、佐祐理さんには舞とシてる所をビデオに撮られて脅迫されて、俺に憑いてた幽霊の、弟の一弥って子を、お腹の中に返して下さいって言われて避妊もしてもらえずに……」
二人に脅迫されて汚し尽くされた体を、恋人に見られないように手で隠し、半身になって目線もそらせる。
「俺はもう、美汐に相応しい男じゃなくなったんだ。そんな目で見ないでくれ」
『何てことをっ! 二人共っ、それ、強姦ですよっ!』
『…違うっ! 10年ぶりに再会して、私たちはあんなにも愛しあった! 祐一だってずっと心の声で話して私を受け止めてくれて、同じ化物として融け合って沢山混ざり合ったの!』
あの準強姦行為も、オラオラ香里ちゃんと同じように、舞の中では愛の記憶で塗り替えていた。
『くっ!』
自分の大切な恋人を、異母姉に陵辱された上に、公共の場で汚らしい言葉を使って合意の上だと言い張り、セカンドレイプしている女を苦々しく見る美汐。
『佐祐理、祐一を脅迫ってどういう事? 祐一には近付かないようにあれほど言ったのにいつの間に?』
「あれ~、バレちゃいましたね~(笑)舞と祐一さんが、うちに泊まりに来てくれた時に決まってるじゃないですか~、お風呂に入ってる間、お母様達が幻を見せて、祐一さんが一緒にいると思えるよう幻術をかけてくれたんですよ~、それにさっき言いませんでしたか~? 「祐一が欲しいならあげる、一緒にいるだけでいい」って」
魔物の支援によるものか、真っ黒な台詞を平然と並べる佐祐理。
妹の彼を寝取ったり、哀れな人魚姫のような存在からも男を取り上げられる魔物なので、少し背中を押されれば親友の男(弟)を寝取るぐらい楽勝だったらしい。
『それはお前の裏切りを知る前の話よっ! 私は信じてたのにっ、信じてたのにいいっ!』
頭を抱えて泣き叫び、親友だった女を「お前」呼ばわりして友情が壊れ、誰も信じていなかった頃の舞に戻っていく。先程の感動的なシーンも全て台無しである。
ザワザワザワザワ
舞の周りで化け物たちが蠢いていた。
(佐祐理なんて死ねばいいのに…… ついでにこの女も)
治療を行った術者がそう思えば、佐祐理は助からない、もっと大きな力で誰かが守ってやらなければ。(笑)
「それに祐一さん、私が誘った時に心の声で、「私の体も、倉田家の財産も欲しい」って言いませんでしたか~? 一弥の霊にも「今度は強い子に産んで貰うんだぞ」って言いながら何回も何回も沢山出して下さいましたし~(ニヤニヤ)」
その言葉を聞いても、思い当たる節が多すぎた祐一は、全否定できなかった。
「私のお祖父様やお父様みたいに沢山の女を囲うには、倉田家の財産や権力が必要だってお教えしたじゃありませんか~、今がその時ですよ~」
財布から分厚い札束を出し、舞と美汐の頬を現金でペシペシと叩き始める最低女。
「オラオラ、これが欲しいのんか~? いくら欲しい? これ持ってさっさと帰れ~(ニヤニヤ)」
魔物の後押しにより、どんどん下衆な性根を発揮して、何故か関西弁で喋る佐祐理は、舞や佐祐理の祖父のような態度を取り始めた。
『イヤアアアアアアッ!』
『フオオオオオオオッ!』
祐一の様子と佐祐理の挑発で二人の女がキレた。
窮地に追い込まれた佐祐理が押した、強力な自爆スイッチにより、二人の友情も、社会的な制裁や取引も何もかも粉々に粉砕され、ここに妖狐の名門家の娘二人と、禁忌を犯して生まれてきた娘との、夢の対決の幕が切って落とされようとしていた。
『ふざけるなっ! 佐祐理~~~っ!』
何だか格闘漫画のように、気が爆発して足の周囲に衝撃が走り、口や目からエネルギーや蒸気を放出しながら殴りかかる舞。
『死ねっ! メスブタが~~~っ!』
劇画調になって体や顔の枠線が太くなり、背景の集中線や口の中の斜線が増え、ヤンキー漫画の主人公のようになって殴りかかる美汐。
魔物達の全力のグーパンが、佐祐理…… いや、泥棒猫で卑怯で姑息で鼻持ちならない成金で政治家のメスブタのコブクロを目掛けて殺到しようとしていた。
どうにかして腹パンして一弥を亡き者にしたかったらしい。
「やだ~、一弥が殺されてしまいます~、助けて下さい、お 父 さ ん」
佐祐理の方も恐れること無く魔物の力を引き出して、二人の魔物に対抗しようとしていた。
『ギャラクティカ・エクスクラメーション!』
『ファントム・エクスプロージョン!』
「ドラゴン冥界波!」
三匹の魔物は、どこかの聖闘士かボクシング世界大会のようなフィニッシュブローを放った。
。近くにいた警官も、美汐の暗示が効いたままで、撮影の続きだと思わされていたので止めることもできなかった。そこで祐一の取れた行動と言えば。
「おぐふぅ!」
自分がギャグキャラなのを思い出したのか、佐祐理の前に立ちはだかり、一弥を守ろうとして三方向から攻撃を受けた。
たまたまタマタマの付近に強烈なパンチを貰って、今までに姉妹丼、親子丼、キツネ丼、親友丼を食べ尽くした部分はボロ雑巾のように成り果てた。、
『ゆうくんっ!』
『祐一っ!』
「祐一さんっ!」
天使の人形の側でも離反者が出ていた。 佐祐理の祐一、舞の祐一、一弥、名雪の力。他にも栞や美汐の祐一達も、ここまでの喜劇は望んでいなかった。
『はい、そこまでです』
どこかから空間転移してきたのか、エプロン姿でサンダル履きの秋子が出現した。
人間サイズ、仮面ライダーサイズの怪人、ちっちゃい怪獣ごときでは、キングギドラには勝てない。
(((無理だ、勝てねえ…)))
『了承』
残った数名の警官が原付バイクから書類を出し、全員の住所氏名を聞いて行ったが、秋子が名乗った時に年配の警官の顔色が変わった。
「み、水瀬さんですって?」
『ええ、水瀬秋子です、ご存知でしたか?』
年配の警官はその場で跪いて土下座しようとして、周囲に目があるのを見て思い留まった。
「これは失礼しました、ご本家の方が直接おいでになるとは……」
書き込んだ書類を廃棄することもできず、手を震わせながら処理に困っている警官。
『いいんですよ、今、色々と立て込んでまして、他にも記録に残るような事件が起こるかも知れませんから上にも報告して下さい』
祐一の目にも、警官の顔色が急激に悪化しているのが見え、この人も関係者なのだと思えた。
『それでこちらが倉田佐祐理さん、川澄舞さん、天野美汐さん、相沢祐一さんです』
聞き覚えのある名前がゾロゾロ出て来てさらに困るが、佐祐理の名前を聞いて職務上の義務を思い出す。
「あの、倉田のお嬢さんと言えば、確か今、捜索願が出ていたはずですが?」
『ええ、こちらの事情でお預かりしていましたので、倉田の家には連絡しておきます。まあ、映画の撮影が楽しくて、友達の家を泊まり歩いていた事にしておいて下さい』
「わ、分かりました……」
術にかかってしまい、警官たちも解散させられた。
『さあ、これでお開きですよ』
倉田家、佐祐理のベッド
「うわあああああああああああっ!!」
「きゃあああああああああああああああっ!!」
悪夢から目覚めさせられた二人は、夜中に盛大な悲鳴を上げて飛び上がって起きた。
お互いに恐怖で目覚めて、汗ばんだまま肩で息をしている。
一瞬前までは弟を姑息な手段で盗んだ泥棒猫で、もう親友では無い「お前」呼ばわりのメスブタ。
一弥と胴体の魔物に操られていたとは言え、自分を袈裟懸けに佛陀義理にした憎い相手で恋敵。
それでも覚醒とともに悪夢の記憶は失われ、お互いが生きていて、一弥も無事に妊娠。
憎み合ってもいない、逆に愛し合っている世界線で生きていられるのを感謝し、夫で恋人が目の前にいてくれる奇跡を感じて抱き合った。
「あ、あんなk、事になる寸前だったなんて…」
「舞、舞~~~~っ!」
教室にいる時に校外から12.5ミリをぶっ放され、舞は無事でも佐祐理の頭がふっ飛ばされ、床に脳症ブチ撒けるような悪夢も見た舞も、盛大に泣いて親友で嫁の心臓の鼓動を確かめた。
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