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IS【インフィニット・ストラトス】《運命が変わった日》

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【第626話】

 次の日の朝、繁華街、市街地の火災は夜通しの放水活動によって鎮火はしたものの、今なお焦げ臭い匂いが街を包んでいた。

 京都上空で行われたISバトル――多数の人に目撃された白騎士の姿だが今朝のニュースで流れたのはテロリスト『亡国機業』が用意した物だという内容だった。

 白騎士は既に失われているのが見解で、それを模倣したものを京都上空に解き放ったと――。

 爪痕の残る京都――昨日まで訪れていたあの光景は戻らない、人々の傷が癒えたとしても、戻らないだろう。

 旅館のロビーでヒルトは座っていた。

 既に従業員は戻っているもののここも大広間が襲撃されたのだ、被害を被っている。

 後片付けをする従業員を掻い潜り、アリーシャはヒルトに近付いた、だが彼女の肩には白猫の姿はなかった。


「一夏くん、目が覚めたってサ」

「……そうですか」


 そう返事をすると、アリーシャはヒルトの腕を掴んで立たせた。


「ヒルトくん。 少し私と歩くのサ」

「え? えぇ、構わないですよ」

「それじゃあ行くのサ♪」


 左腕でヒルトの手を取るとそのまま旅館を飛び出す二人、この辺りは比較的被害は少ないがそれでも惨状はちらほらと見られた。


「すまなかったネ。 可能な限りは被害を出さないようにはしたけど、ご覧の有り様なのサ」

「いえ――悪いのは亡国機業ですから。 ……俺達もですが」

「そう、サね……」


 番傘を差して歩くアリーシャ、その隣を歩くヒルト――近くの川沿いを歩く、瓦礫は端に寄せられていて比較的歩きやすかった。


「さっき、一夏くんにお別れの挨拶をしてきたのサ。 だから君にもお別れの挨拶、するのサ」

「え? そうですか……イタリアに帰るのですか?」


 そんなヒルトの問いに首を振って否定したアリーシャ、そして――。


「違うのサ。 ……イタリア代表アリーシャ・ジョセスターフは、亡国機業に降るのサ」


 その言葉と共に吹き抜ける風は紅葉を散らせる――ヒルトは耳を疑った、だって理由がない――わざわざテロリストになる理由なんて。

 俺の表情を見たアリーシャは複雑な表情を浮かべて告げる。


「悩んだサね。 テロリストに降るなんてのは。 だけど……私が織斑千冬と戦う場を用意できるのは亡国機業しかなかったのサ」

「織斑先生と……? それなら何故正式に言わないんです? 貴女が降る理由にはならないはずだ」

「随分前に言ったサ。 ちゃんと決着を着けたいとネ。 だけど電撃引退、ドイツ教官、そして教員……。 その頃にはもう無理だったのサ。 私は、ちゃんと決着を着けた上で二代目ブリュンヒルデを名乗りたいのサ」


 気持ちはわからない訳じゃなかった、ライバルの唐突な引退で不戦敗でのブリュンヒルデ――彼女からすれば納得は出来ないのは当たり前だ、だけど――だからといってやはりテロリストに降るなんて。


「一夏くんにも言ったけどサ。 また会える日まで、君も今より強くなっておくのサ。 またネ、ヒルトくん。 後、シャイニィは一夏くんに預けてるからたまには遊んであげるのサ」


 そのまま背中を向けて去ろうとするアリーシャに、俺は声を掛ける。


「……アーリィさん、貴女が織斑先生と戦いたいのはわかりました。 だけど……それは亡国機業に降れば二度と叶わない願いです」

「……どうしてなのサ?」


 背を向けたアリーシャは振り向く――舞い散る紅葉と彼女の赤い髪、赤い着物姿が映えて見える。


「……俺が、先に貴女の相手をするからだ」

「……成る程、立ち塞がるのサね」


 クスッと笑みを溢すアリーシャ――。


「それまでに君が今よりも強くなってる事サ。 だけど――嵐は簡単には治まらないのサ♪」


 ピンヒールを鳴らし、今度こそ振り向く事なく去っていくアリーシャ。

 そうまでして亡国機業に降る気持ち――わからなくはない、せめてテロ行為に手を貸さない事だけをヒルトは願い、元来た道を戻っていくのだった。

 昼過ぎ、白騎士暴走事件と同時に流れるニュースは三人目の男子IS操縦者が見つかった事だ、これは成樹の事だ。

 昨日、ISで救助活動してる姿を動画投稿サイト等で多数アップされ、テレビ局にも売り込みを掛けたのか何処もニュースはそれで持ちきりだった。

 勿論政府関係者に捕まる前に織斑先生と山田先生が確保、今は旅館の一室で織斑先生に事情聴取されていた。


「――つまり君は無我夢中でISに触れて起動させたという事だね」

「は、はい……」

「IS、展開して見せろ。 展開するイメージはわかるか?」

「えぇ……やってみます」


 立ち上がった成樹は黒と蒼のチェーンネックレスに触れ、願う――ISを纏うイメージを描く。

 刹那、成樹の体が光の粒子が集まり、次の瞬間には黒のラファール・リヴァイヴを身に纏っていた。


「……ふむ。 ……笹川成樹、だったな」

「は、はい」

「君の身柄は学園の方で預からせてもらう。 わかっていると思うが有坂ヒルト同様、このまま君を放置すれば研究機関は実験体としてモルモット同然の扱いをするだろう。 それは例え、他の国に亡命しても同じだ。 非人道的と謳いながらも彼等は君の身体で様々な実験、薬品を飲ませて、仮に死んだとしてもその死体を解剖し尽くすだろう」


 脅しではないのがわかる――実際ヒルトも保護がなければ人体実験されていたと言っていたぐらいだ。


「君の転入に関しての許可は既に学園の責任者から許可は得ている。 君の親御さんの方にも話はした。 これまでの様に喫茶店で接客業は出来ないだろう。 だが少なくとも君の身柄は卒業するまでは安全だ、卒業した後でも危害が及ばないようにも出来る。 だが……君の意思を確認したい。 幾らなんでも私も無理矢理連れて行きたくないのでな」


 とはいえ成樹には他に選択肢はなかった――無くても、成樹はこれしか選ぶ気はなかった。

 成樹の願いはヒルトの力になること――。


「……ええ。 よろしくお願いします、織斑さん」

「わかった。 教科書、制服などその他必要な書類等は此方で手続きを済ませておく。 君の身辺警護は有坂ヒルトの父親にお願いしてある。 今日はこのままホテルまで送ってもらうが、帰りは我々と共に帰ってもらうが大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」

「そうか。 では明日の八時、ホテルまで私が君を迎えに行くので今日はこのままホテルで帰り支度の準備後は部屋で待機するように、何かあれば有坂の父親に言うように、わかったな?」

「は、はい……」


 言い様のしれないプレッシャーを感じた成樹、だがこれも千冬なりの気遣いだったのかもしれない。

 程なくして成樹は陽人にホテルへ送ってもらった。

 夕方、荒れた大広間の大半の片付けも終わった。

 街中は京都在中の自衛隊が中心となり片付けを行い、舗装工事等各地で行われている。

 先にインフラ整備なのだろう……それはそうと旅館のある一室、包帯が巻かれた一夏は――。


「どうもすみませんでした!」


 等と土下座で謝っている、事情は簡単だ、白騎士暴走事件の張本人だからだ。

 だが聞くところによれば何時もの様にその時の記憶が無いらしい、一同全員冷めた目で一瞥、土下座する一夏の頭をシャイニィもといにゃん次郎がバシバシ猫パンチされているのが情けなかった。


「……てかさ、俺らに土下座するぐらいなら街に被害を出したんだから全世界に土下座すればいいじゃん」

「はい……」

「お兄ちゃん無駄だよ。 どうせ記憶無いんだもん、織斑くん」

「はい……」

「ニャアッ! にゃあにゃあっ!!」

「はい……」


 既にはいしか言わないこの一夏に深い溜め息を吐く一同。


「どうせ織斑くん、記憶無いから俺には関係無いって思ってるんでしょ?」

「はい……。 って今のは違う!! 俺のせいで一般人に迷惑掛けたんだ……俺が一般人を――皆を守らなきゃいけなかったのに……!」

「「…………」」


 この期に及んでまだ守る守るという一夏、怒る気力も根こそぎ奪われた一同は諦めたように告げる。


「バカだとは思ってたけど、本当にバカよねアンタ」


 とは鈴音の言葉、本当に呆れた様な声色だった。

 そしてセシリアは――。


「もう守らなくても結構ですわ。 そもそもわたくしたちは貴方に守っていただけなくても問題ありませんもの」


 セシリアも同様に呆れた声色で言葉を吐く、だが一夏は――。


「なんだって?」


 ――と変わらない難聴、セシリアも「何でもありませんわ」と冷たく言った。


「一夏は言葉に責任持てなさそうだよね? まあ僕は君に頼ることないからいいけど」

「貴様に頼るぐらいなら我が嫁に頼る。 貴様では頼りにならん、どうせ都合よく耳も聞こえんようになるのだろ?」


 ある意味メタ発言なラウラ、案の定一夏は首を傾げるだけだった。

 シャルはシャルで目が笑ってなかった。


「一夏、もう土下座いらない」

「おぅ、なら足を崩すよ。 サンキューな簪!」


 自分に都合のいい言葉は聞こえた一夏に簪も諦めたように目を伏せた、そして箒は――。


「……一夏、覚えていないのなら私はもう言うことはない」

「そ、そうか」

「ああ、もう……何も言うことはない」


 それだけを言い、目を伏せた箒。


「ヒルト、私も言っても無駄な気がするから言わないよ!」

「だな……どうせまたやるし、それか記憶が無くなるだろうしな」


 美春がそう言い、ヒルトが頷くとエレンは――。


「ではこれ以上は時間の無駄だろう。 明日には学園に戻るのだ、後は各々部屋で待機、それか温泉に入るのも良かろう。 ここの露天風呂は混浴と聞く、今は客も他の被害を受けていない旅館やホテルに移動してるから貸し切りだしな」

「おぉ!? って……混浴か……それは困ったな」


 既に反省の色が見えない一夏、というか記憶が無くなったと見るべきだろう。

 楯無は告げる。


「じゃあ先に君が入りなさい。 私達は後で入るから」

「おぉ!? 楯無さん、ありがとうございます! じゃあ早速、ヒルト行こうぜ!」

「いや、行かないし。 てかこの後俺自衛隊の原田さんに会わなきゃいけないから」

「ふーん。 まあいっか、じゃあ先にお風呂もらうぜ」


 そう言って部屋を後にした一夏、残された一同は深い溜め息を吐く。


「……溜め息を吐く度に幸せは逃げるって言うけど……。 ……もういいや。 それよりも……今回は犠牲者出ちゃったから……」


 沈む声で告げる美冬、今回の事件で八人が亡くなっている。

 煙を吸いすぎて一酸化中毒死が五人、パニックの際の交通事故二人、一人は年寄りでショック死と報道があった。

 煙を吸っての軽症者は約三〇〇〇人、避難の際転んだとかでは四〇〇〇人ぐらい、後はその他に分類されていた。


「此方からうって出たのが裏目に出ちゃったわね……。 ごめんなさい、完全に私の責任です……」


 楯無が頭を下げる――ヒルト自身、誰かのせいだとか責任を追求しても仕方ないと思っている。

 それを言い出せば全員責任があるのだから――被害を出さずに作戦の実行の難しさを身に染みて感じたことが一番の経験だろう。

 だが――だからといって死んだ人間は帰ってこない、出来ることは皆が死者に対して黙祷する事だけだった。

 夕方六時、一旦解散した専用機持ちは各々疲れをとるために部屋で寛いでいた。

 一方でヒルト、旅館の外で原田晶一尉と会っていた。


「この様な姿で申し訳ない、有坂くん」

「いえ……他の隊員さんの怪我はどうですか?」

「私を含め、IS隊員は肩の脱臼以外は擦り傷程度ですがEOS部隊の隊員は複雑骨折等の重傷です。 暫く安静後に復隊となります」

「そうですか……」


 それだけしか言えなかった、良かったですねとも言えないヒルト――自衛隊員は怪我を負い、俺達は一夏を除いて無傷なのだ――その一夏の怪我ももう癒えてるのだが。


「君は気にしなくてもいい。 本来であれば学生の君達が戦う必要はないのだ。 我々大人が亡国機業、そして現れた白騎士と戦わなければいけなかったのだ。 すまないな、有坂くん」

「……いえ」


 例えそう言われても、代表候補生になった以上責任を感じずにはいられなかったヒルト。

 不意に原田晶の手が伸び、ヒルトの頭を優しく撫でる。

 驚いて原田晶を見たヒルト。


「フフッ、君は何処か私の弟に似ている。 すまないな、子供扱いして」

「あ、いえ……驚いただけですから」

「フフッ」


 柔らかな笑みを浮かべた彼女、撫でる手を引っ込めると――。


「そろそろ私も基地に戻るとしよう。 破壊されたEOSの回収もそうだが、自衛隊として今回の騒動で忙しくてね」

「あっ、それなら俺なんか気にせずに行ってください」

「すまないね。 また君達に会う機会もあるやもしれないな。 また会いましょう、有坂くん」


 敬礼をしてからジープに乗り込み、そのまま走り去る彼女を見送ったヒルト――そのまま旅館へと戻ろうとした時だった。


「にゃっ」

「ん? ……おぉ、にゃん次郎か、どうした?」

「にゃうにゃうっ。 にゃっ」

「ふむ……なら取り敢えず肩に乗りな」

「ニャッ」


 差し出した手から軽やかに肩まで伝って乗っかるにゃん次郎。


「てかお前、一夏が預かることになってるんだろ? あのバカはどうしたんだ?」

「ニャッ! にゃうにゃうっ……ニャニャッ、ニャッ」

「ん? まだ風呂に入ってて暇だから俺の所に来たのか?」

「ニャッ!」


 肯定する様に前足を挙げたにゃん次郎、クスッと笑みを溢し――。


「じゃあ暫くは俺が遊んでやるよ、先ずはエノコロ草だな――あったあった、ほれほれ」


 目の前で猫じゃらしを振ると必至に戯れるにゃん次郎。

 そのままヒルトとにゃん次郎は旅館の中へと入っていくのだった。 
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