メスデカ
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フィギュアスケートの堕天使
「みんな3年前の浅井マキの自殺を覚えているわね」
ホワイトボードに書きながら木村が語り始める。
「自殺で片付いてますよね」
結子だ。
「それが今日、姉の浅井瞳も首吊り自殺したのよ」
「えっ?姉も……自殺……」
驚いた表情で結子が木村を見る。
浅井マキは元オリンピックのフィギュアスケート選手で銀メダリストだ、引退後AV女優へ転身している、姉の浅井瞳もフィギュアスケートのオリンピック出場選手だったが引退後AVデビューしていた。
「姉妹ともに首吊り自殺……」
結子は指を軽く曲げて鼻に近づけながら考えている。
「姉の浅井瞳は自殺と事件の両方で捜査が進められる、私たちは3年前の浅井マキの自殺を洗い直すわ」
木村の命令に皆が「はい」と返事をする。
「しかし自殺で片付いているのを掘り返されると一課が嫌な顔をするでしょうね」
「宮迫、そんなの気にしない、今日は3年前の資料のチェックよ、明日からあなたは親と近所を、テッペイは自殺までの足取りを、西島は私と」
結子がそれぞれ指示を出す。
「デカいわね」
姉妹が所属していたAV会社だ、入り口に警備員が立っている。
「警視庁捜査0課の姫川です」
警察手帳を見せながら警備員に告げて中に入れてもらう。
ロビーでしばらく待たされる。
「お待たせしました、私、営業のクーです」
名刺を渡される。
結子が事情を説明する。
「私が浅井マキさんにAVに出ないかとお誘いしました、最初は断られましたよ、よくあることです、でも契約が決まるまでが私の仕事で、それ以降は会っていません」
「契約の内容はどういう……」
結子がたずねる。
「内容は詳しくは言えません、でも破格の提示をさせてもらいましたよ、何しろ国民的スターですからね」
言って何故かクックと笑う。
「一番新しい作品はどんな作品ですか?タイトルは?」
西島だ、結子も続く。
「そう、その作品の監督とかスタッフとかいるでしょ?」
「まあ、監督名は作品に載せてます、スタッフは詳しくは分からないかも知れません、バイトのような者が多いですし……」
「ああ、内容とタイトルですね、今言っても良いんですか?」
クーが結子を見ながら言う。
「ええ、もちろん」
キョトンと結子が答える、しかし西島がチラッと結子を見て
「いや、いいです、それはこちらで調べますので」
「えっ?西島?」
最後の作品の監督というか全作品が1人の監督だった、監督の名前は“シネ“、韓国人だった、すでに日本にはいない。
「証拠がなければどうにもできないですね」
西島があきらめたように言う。
「韓国に行くわけにも行かないし」
結子は上唇と下唇を口に丸め込む、鼻の穴が縦に伸ばされる。
「スタッフの居場所が分からないって言ってたけど、バイトでも住所の確認はするよね、なのにあのクーって人知らないって」
すねたように結子が喋る。
本署に戻るとすでに宮迫と丸山が戻っていた。
「これといって新たな情報はありませんでした」
悔しそうな宮迫。
「AV撮影が終わったその日に自殺してます、かなりどぎつい撮影内容やったみたいです」
丸山の情報は自殺の可能性を高めるものだ。
「撮影内容を苦にした自殺、それだと3年前の一課と同じ判断になるわね」
軽くアゴに手をやる結子。
「みんな聞いてくれ」
上の階の室長室から片岡が階段を降りてくる。
「この捜査はここで打ち切りだ、上からの命令だ」
一同が驚きの声を上げる。
皆口々に不平不満を述べている、中でも結子の不満が強い。
「どうしてですか?私は他殺の可能性があると睨んでいます」
「姫川、君の言いたい事は分かる、しかし命令は命令だ」
「納得できません!」
「姫川!これは命令なのよ!悔しいのは貴女だけじゃないわ」
木村も悔しそうだ。
結局、理由が話される事はなかったが皆の話を聞いていると、どうやらソフトオンデマンコリアの圧力ではないかという話だ。
「警察が一企業の圧力に屈する?」
結子は納得がいかない。
「あくまでも噂ですが……」
宮迫の話によればこのソフトオンデマンコリアという会社は日本の政界や経済界、そして警察にも影響力があるという。
「韓国の会社よね、なんで日本の警察が……」
結子は非番の日に1人で浅井姉妹の捜査を続行していた。
「ピンポーン」
チャイムを鳴らす、そこは「AV被害者を救う会」の代表が住むアパートだった。
「カチャ」
ドアが開く
「警視庁捜査0課の姫川です」
「お待ちしておりました」
中年の女性だ、女優の波瑠に似ている。
あらかじめ連絡をしておいたのですんなりと中に入れてもらえた。
「AV女優の自殺者は多いです」
「そうですか、浅井姉妹について何か聞いている事はありますか?」
「私は特に知りません、しかしこの業界に詳しい人がいます」
「教えていただけますか?」
「はい、鈴木誠という人です」
休む間もなくその足で鈴木宅へと向かう、それほど遠くはない。
「豪邸ね」
鈴木宅に着く、都内で豪邸だ、先ほどの話ではアダルトショップの店を営んでいると聞いた、そんなに儲かるのだろうか?
チャイムを鳴らす
「はい、どちら様でしょう」
女の声だ
「警視庁捜査0課の姫川と申します、少しお伺いしたいことがありまして、時間は取らせませんので」
応接間に案内される、そこには50前後と思われる小太りの男がソファーで待っていた。
「どうぞお掛け下さい」
結子がソファーに座り少しすると先ほどの女性がお茶とお菓子を持ってきた。
「……ということでお邪魔させてもらったのですが」
「浅井姉妹はお気の毒です、何も自殺しなくても」
鈴木誠が鎮痛な面持ちで喋る。
(何かわざとらしいのよね)
結子はこの男が何か知っていると直感した。
「まだ自殺と決まった訳じゃありません」
「しかし先ほどテレビのニュースで警察が浅井瞳を自殺と断定したって報道していましたよ」
「えっ?」
(知らなかった……しかしこの男は何か怪しい)
結子は自分の直感に自信を持っていた、もちろん当てずっぽうではない、経験に裏付けされた直感だ。
「ともかく浅井姉妹について知っていることを聞かせてください」
頭をさげる。
鈴木誠は舌舐めずりをしながらその様子を見ている、妻の陽子も同じようにやらしい目つきで眺めていた。
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