IS【インフィニット・ストラトス】《運命が変わった日》
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【第617話】
「……やっぱ着いてきてくれねぇよな、普通」
ビルの上空二〇〇メートル、寂しげに笑うレイン・ミューゼルだが頭を振り、高らかに叫ぶ。
「さて、お出ましだな。 行くぜ、ヘル・ハウンド! 引き裂いてやろうぜ!」
呼応するように両肩の犬頭から炎が吹き出す、そして双刃剣《黒への導き(エスコート・ブラック)》を展開させて握り締める。
赤熱化した刃――呼応する炎、今なら誰にも負けないという自負があった。
「来いよやぁ!」
叫ぶレインの周囲に立ち込める陽炎――レインは違和感を感じていた。
戦闘が始まる少し前、ヒルトも天・伊邪那岐を展開して身に纏う。
コア・ネットワークを介して狙撃地点に居る狙撃手を割り出そうとしていた――だが、狙撃地点にあった反応に目を見開く。
コア反応が二つ――ダリル・ケイシーの物とフォルテ・サファイアの物だった。
その反応の一つが飛翔――ハイパーセンサーの望遠機能で確認するとダリル・ケイシーだった。
「先に行ってるさネ」
言葉を待たずに飛翔したアリーシャ――ヒルトは真実を知るためにアリーシャの後を追った。
残された一夏はただただ状況が理解できず、困惑している――そこに近付く一人の女に気付いたのはその時だった。
違和感を拭えないレイン・ミューゼル――だが既に『テンペスタ』が迫ってきていた。
互いの刃が交錯する瞬間――陽炎から不意に現れたヒルトが二人の攻撃を防ぐ。
鈍い金属音とエネルギーシールドに阻まれる義手――アリーシャは驚きに目を見開き、レインは現れたヒルトを見て呟く。
「よぉ有坂、今度はその女をたぶらかしたのか?」
「……悪いが冗談を言ってる場合じゃないんですよ、先輩。 俺は、真実を知るために来たんですよ」
赤熱化する刃を北落師門で受け、アリーシャの一撃はイザナミを媒体にしたエネルギーシールドによって阻む。
「アリーシャさん、少しだけ時間をください。 ……真実が、知りたい」
「……わかったさネ。 少しだけ休戦してあげるサ。 ……でも、事実は変わらんサ」
一旦距離を離すアリーシャ――刃は交差したままヒルトはダリルを見た。
「其処のビルから狙撃されました。 ……俺が聞きたいのは狙撃手が誰か――」
「オレさ、有坂」
悪びれもなくヘラヘラと笑うダリル・ケイシー、ヒルトが知った事実は重くのし掛かる。
「何でオレが裏切ったって顔をしてるが――オレは元から亡国機業側の人間だ、んで……亡国機業からの暗殺指令を遂行したって訳。 まあ失敗におわったし、目の前に暗殺対象が居るんだがな」
「…………」
ヒルトは何も言えなかった――裏切られた訳じゃなく最初から向こう側の人間――だがそれでも、ダリルの選ぶ選択によっては引き返す事も出来る筈。
「……戻ってきてください、先輩」
「……あん? ……悪いがそれは無理な相談だな、オレの家系は呪われた家系、呪われた運命――炎の家系の宿命、ミューゼル家を裏切れねぇ」
「……ミューゼル?」
「オレのコードネーム、レイン・ミューゼル。 ……もう良いだろ、説得は無駄だ。 オレとお前は敵同士――だ!!」
両肩の犬頭から業火が吹き出す――咄嗟にエネルギーシールドで防ぐヒルト、それが合図となり休戦は解かれ、アリーシャの義手がレインに襲い掛かる。
「説得は無駄だったサね。 そしてヤル気満々の眩しい若さは羨ましいのサ」
「ほざいてろババア!」
赤熱化したブレードと義手が交差し、激しく火花を散らせる一方でヒルトへの攻撃も手を抜かないレイン。
放たれる火球がエネルギーシールドに阻まれるが徐々に押し始める。
ヒルトは避けられなかった――避ければ火球が繁華街を襲い、もし人が居て巻き込まれれば怪我人が出るかもしれなかった。
「華の二十代に向かって何ていう言い草だい。 教育してあげるのサ!」
義手に風が纏われる――螺旋に渦巻く風の槍が容赦なくダリルの機体を削る。
「チィッ!」
両肩の犬頭をアリーシャに向け、火球を放つとそれは風の槍に散らされて地面に落ちて弾け飛ぶ。
駐車場に落ち、爆発が車を巻き込み大きく爆発、黒煙を生む。
「……!? 怪我人は――」
「大丈夫サね、怪我人どころか人っ子一人いないサね、あの駐車場」
ヒルトは生体センサーを起動させると確かに駐車場には誰もいないが、ちらほらとビルの合間やオフィスの中、物陰等には反応を示していた。
敵――テロリスト、一般人への危害、それら全てを考慮した結果、ヒルトはダリル・ケイシーを敵と判断、北落師門を構えて斬りに掛かる。
「来たな、有坂!」
双刃剣で防ぐレイン――だが二対一という優位性にたったアリーシャは隙を狙い、死角から――。
「左、もらったのサ!」
螺旋渦巻く風の槍が左肩を狙う。
下から狙い打つ風の槍、街に被害が及ばないようにアリーシャは相手の下を選んだ。
全身をしならせ、風の槍が強襲――僅かに射線軸をずらした一撃、それに気づいたヒルトは容赦なくレインに強烈な回し蹴りの一撃で吹き飛ばす。
「チィィッ!?」
風の槍の射線軸に飛ばされたレイン――直撃コース、それもアリーシャの宣言通りの左を狙った一撃。
歯軋りし、直撃に目を閉じたその時だった。
「…………」
「……フォルテ先輩……?」
さっきまでビルの屋上に居たフォルテが風の槍の一撃を氷の結晶の意匠をあしらった盾で、風の槍を受け止めていた。
その光景にヒルトは憤りを感じ、レインは目を細める。
「フォルテ……」
「……らんないっス……」
「何?」
「見てらんないっスよ! 何で二人にいいように攻められてるんスか! うちら無敵の防壁、《イージス》がっスよ? 大体、大体っ、誰がっ、私の髪の毛を編んでくれるんスか! 貴女が居なくなったらっ! 誰がっ!」
叫ぶフォルテ――ヒルトはその慟哭を聞き、また心に重くのし掛かる。
フォルテ・サファイアの裏切り――その事実、無意識にヒルトの心に深い影を落とした。
「うぇっ……ふぐっ……」
「おかしなヤツだな。 何泣いてるんだよ、フォルテ」
「貴女が、泣かせたんじゃ……ぐすっ……ないっスか……」
見つめ合う二人、現実に戻したのはアリーシャの風の槍だった。
「ときめき禁止なのサ!」
一気に三本の風の槍を形成させ、放つアリーシャ――二人は回避せず真っ向からその風の槍を受け止めた。
「ほお?」
「……防御結界《イージス》……」
冷気と熱気による分子の相転移によるエネルギーを変換、分散させて防ぐ事がイージスの正体だった。
「さて、これで二対二って訳だな。 織斑一夏なら来ないぜ、足止め役が居るからな」
「何……? いや――それよりも……フォルテ先輩! 裏切るのか!?」
「……そうっス。 もう決めたんスよ、有坂くん。 ……先輩に、着いて行くんス、愛する人と共に、世界を敵に回すんスよ!」
「フォルテ……」
嬉しそうに目を細め、頭を撫でるレイン、フォルテも心地好さそうにしていた。
だが、ヒルトは目尻を吊り上げ、二人の裏切り行為に――言い訳しかしない、そして流されるように裏切った二人にぶちまける。
「……世界を敵に回すだと? ふざけるなよ、たかが一つ二つ年が上ってだけでてめぇの運命が呪われてるだの、宿命だのって言い訳して……。 結局、そうやって楽な道しか選んで無いんだろ! 抗う事すらせず、世界が悪いだのなんだのって決めつけてるんだろ! ダリル・ケイシー!!」
「チッ……!」
ヒルトの言葉に舌打ちするレイン――だけど、ヒルトの言葉が耳に痛かった。
「フォルテ・サファイア! お前もだ!! 愛する人に着いていく――愛してるのなら、その人が間違った道を進むのを正すのが恋人の役目だろうがァァァッ!!!!」
ヒルトの言葉が突き刺さるフォルテ――重く、想いのある言葉。
だがレインは吹っ切り、それを嘲笑した。
「ハッ! お前に何が分かる? オレはお前みたいな一般家庭の生まれじゃない! 世界を恨む事の何が悪い!? てめぇの運命呪う事の何処が悪い!? お前に関係ないだろ、有坂ヒルト!!」
「関係無いさ! だけど――仲間が間違った道を進むのなら、それを正すのが仲間の役目だ! 恋人の役目だ!! そうだろ!! フォルテ・サファイア!! 確りしろォォォッ!!」
「……ッ!!」
揺らぐ心――レインに着いていこうと決めたのに、ヒルトの言葉がフォルテには眩しかった。
今のヒルトみたいに言えたなら――もしかしたらレイン・ミューゼルをダリル・ケイシーに戻せたのかもしれない。
……だが、もう決めたこと、改めてレインを見、フォルテは――。
「……有坂くんにはわかんないんスよ。 ……もう決めたことっス。 キミは――敵っス!!」
無数の氷の礫が散弾となって降り注ぐ――刹那、ヒルトの怒声が京都の街を震撼させた。
「……分かるわけないだろォォォッ!!」
街への被害を及ぼしかねない全ての氷の礫が天・伊邪那岐の迎撃機能に阻まれた。
だがそれが合図となり、戦いは再開される。
先に動いたのはアリーシャだった、黙って静観していた彼女は叫ぶ。
「話は終わりなのサ! 二対二? 生憎と、ブリュンヒルデは伊達じゃないって事なのサ!!」
両腕を左右に広げたアリーシャ――風が其処に集まり、やがてそれが像を作り上げていく。
アリーシャと瓜二つの実像が二体――実体のある分身、これがアリーシャの単一仕様《疾駆する嵐(アーリィ・テンペスト)》の力であった。
「さて、これで四対二なのサ♪」
「……運命だの何だの、そんなものでてめぇの運命決めつけ、テロリストに堕ちる奴は俺が取っ捕まえて教育してやるよ!!」
ヒルトが吼え、呼応するかのように天・伊邪那岐、パッケージのイザナミが光を放つ――それを見た上でもレインとフォルテは気持ち負けする様子はなかった。
「……やれる」
「……っスね」
互いに頷く、そして――アリーシャが行動を開始した。
「ところがどっこい! 現実は無情なのサ!」
分身二体がアリーシャの動きに合わせるトレース・ムーヴィング、分身であろうとブリュンヒルデの実力に変わりはなく、脅威に違いない。
その上有坂ヒルトまでいる、勿論一年ごときに敗れる程耄碌した覚えはない二人だが、数の暴力には敵わなかった。
ヒルト達は街への被害を考えたら武装の制限がされているのにも関わらず、即興で組んだ二人の動きはまるで怒濤の嵐――だが繊細さも忘れてなく、レインやフォルテの流れ弾を迎撃するケアすら忘れていなかった。
いつしか戦いはアリーシャ対レイン、ヒルト対フォルテの戦いに――。
「ちぃっ! ババアもやるが、フォルテを抑え込まれちゃ――」
「ババアじゃないのサ! まだ二十八なのサ!!」
「十個上じゃねえか! クソババア!!」
「クソガキに言われたくないのサ!!」
子供の口喧嘩の様な論戦、そして激しい攻防は続いている一方で――。
「一年何かに簡単にはやられないっス!」
「いや、悪いがテロリストに陥る人間何かに負けるわけがない! 戦闘不能にして説教してやるよ!! てめぇらの浅はかな考えが生温い考えだって事をな!!」
「上から目線で何なんスか、あんたは!!」
「有坂ヒルトだよ! IS学園一組クラス代表にして生徒会副会長のなッ!!」
散弾の様に放つ礫は迎撃に阻まれ届かず、逆にヒルトの体躯を駆使した格闘術に翻弄されるフォルテ――吹き飛ばされればビルに衝突する寸前にワイヤーブレードが足に絡まり、引き寄せられれば格闘戦――既にヒルトの間合いに捕まったフォルテになすすべはなかった。
じり貧になる二人、三対一の状況で相手が二代目ブリュンヒルデのレインはまだしも、一年の有坂ヒルトに完封されてるフォルテの状況が悪い、何とか足に絡まったワイヤーブレードを外したフォルテにレインは叫ぶ。
「フォルテ! 流石に分が悪い! 《アレ》をやるぞ!」
「あ、《アレ》っスか!? し、仕方ないっスね……!」
恥ずかしい気持ちはあれど、現状圧倒的不利なのは目に見えていた――巨大な氷柱を作り上げ、ヒルトに対して投げ付ける間に離脱、レインに追い付いたフォルテは更にアリーシャに散弾の礫を浴びせた。
「形振り構わずかよ! ……クソッ!!」
氷柱をギガンティック・マグナムで細かく破砕、破片は全てレーザー迎撃で落としていく一方アリーシャは風をコントロールさせ、氷の礫を自身に纏うようにした。
「うら若き乙女が《アレ》とかはしたないのサ!」
更に風の槍を義手に纏わせ、氷の礫もその風に乗って螺旋を描く。
レインはフォルテを抱き寄せて熱く口づけを交わし、離すと叫ぶ。
「いくぞ……! 《凍てつく炎(アイス・イン・ザ・ファイア)》!!」
その瞬間、レインとフォルテの機体を包むように内には炎を、外壁のアーマーは氷で覆われていた。
「私の風はその程度の防壁、突破するのサ!」
アリーシャはヒルトを待たずに突撃――螺旋風を纏った拳が外壁の氷のアーマーに触れたその時だった。
「かかったな、色ボケババア!」
衝撃を吸収した氷のアーマーは爆ぜ、内部の炎が噴出して威力を相殺しつつダメージを与えた。
反発力で更に距離を離した二人、アリーシャからは約二〇〇、ヒルトからは約三五〇離れた二人が取る行動は一つしかなかった。
「逃げる!!」
「っスよ!!」
全スラスターオーバーブーストで戦線離脱した二機、ヒルトに氷柱を投げ付けてからの一連のやり取りは二分も掛からなかった。
「やれやれ、たまのお肌が日焼けするのサ」
火の粉を払うアリーシャ――氷柱の破砕、破片を全て壊したヒルトは二人が逃げた方向を見つめていた。
「……バカ野郎……!」
拳を握りしめるヒルト――悔しそうに唇を噛み締めていた。
消防車、救急車のサイレンが鳴り響く中、アリーシャがヒルトに近づく。
「さて、そろそろどうなったかを見物に行こうかネ?」
「え? ……見物?」
「そ。 さっき言ってたサね、織斑一夏の足止めの話……サ」
「……ッ、そうだ!」
怒濤に移り行く事態に忘れていたが一夏は足止め――つまり亡国機業の誰かに襲われているという事だった。
裏切り者が出た上に一夏が仮に捕らわれたりすれば不味い――居てもたってもいられず、ISを解除して地上に着地したヒルトは放置された車の上を八艘跳びの様に跳んでいくのだった。
「あらら、慌てん棒さんサね。 私は慌てずにゆっくり行くのサ、シャイニィ」
「にゃあ」
降りた地点に待っていた白猫を肩に乗せ、アリーシャはのらりくらりと歩き出した。
後書き
次回は一夏追われる編
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