KANON 終わらない悪夢
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
92真琴襲来
1時間目が終り、教師が出て行こうとすると…
「失礼します」
下級生が一人、挨拶をして教室の中を眺め、続いて頭の上に猫を乗せた遊び人風の女が覗き込んだ。
(肉まんの匂いがする…)
「あっ! 祐一見~~けっ!」
祐一は他人のふりをしていたが、肉まんを持った女に簡単に見つけられてしまった。
真琴は名雪の制服でも盗んだのか、サイズの合わない服でダブダブだったが、前回と違って「制服を着てから学校に進入する」という知識を付けてから忍び込んだらしい。
「ほう、今度は栞ちゃん以外の下級生か、もう一人は誰だ?」
後ろの北川から、軽く首を締められながら、強引に質問される。
「うぐぅ」
ぐうの音も出ない祐一だったが、うぐぅの音は出たらしい。
「あいつは人型汎用決*兵器の、二番目の適格者だ、名前はアスカ・ラン…、ゲフッ」
「死ね、相沢」
北川の手に力が入り、ギリギリと締め上げる。
(シ*ジ君、僕にとって生と死は等価値なんだよ……)
すでに意識が混濁しているのか、意味不明の事を考えながら、目の前が暗くなって行く祐一、その時、美汐の目が怪しく光った。
「ぐはっ」
そこで絶命?したのは祐一ではなく、北川の方だった、きっと美汐が目からビームでも出したに違いない。
(北川…)
ビーム攻撃?以外にも、顔の右側に大きなダメージを受けていた北川。 多分隣に座っている香里の左ストレートが入ったらしい。
(安らかに眠ってくれ)
やがて自分に降りかかる災厄を思い、丘から降りてきた妖狐を見る。
「ほらっ、祐一っ、肉まん買ってきたよっ」
クラスメイトの視線が一気に祐一に向かい、右後方(香里)からのドス黒い視線にも耐えられなくなり、出入り口近くでわめいている災厄の中心に行く。
(どうして猫付きなのに、すれ違った先生に見つからなかったんだ)
当然の疑問を抱きながらも、真琴の隣にいる存在を見ると、何故か納得できた。
(チャイムが鳴って10秒と経ってないぞ、二年の授業だけ早めに終わったとでも言うのか?)
以前も、校門で待っている真琴を見ただけで妖狐と見抜いて、待ち合わせの相手である祐一の所に来て、あれこれ質問できるような相手である。
(きっと何か「術」を使ったんだな…)
多分、妖狐の気配を感じると、授業を終らせたか、周りに気付かれる事なく教室を抜け出し、真琴を誰の目にも触れさせず連れて来たに違いない。
(だとしたら恐ろしい奴だ…)
「祐一、朝食べてないからお腹すいたでしょ、はいっ、肉まん」
お尻パンパン? で懲りるどころか、群集の中でもご機嫌な真琴。
「天野」
肉まん女とは目を合わさずに、美汐にだけ声をかける。
「もうっ、無視しないでようっ」
「みゃ~~」
頭の上のトレードマ-クも、一緒に苦情を言っていた。
「どうやって連れてきたんだ?」
「あう~~~」
完全に無視されて、また捨てられたような感じがして、泣きが入る真琴。
「意地悪しないで下さい、一人では寂しくて学校まで来たようでしたので、ここまで連れて来てしまいました」
「それはいいんだが、先生に見付からないで連れて来れるなら、どうしてこうなるんだ?」
窓の向こうには、ダンボのような耳が並び、出入り口では、香里が鬼のような顔をして、こちらを睨んでいた。
「それは…、真琴が自分でおとなしくしている間は良かったんですが、相沢さんを見たとたん押さえられなくなったんです」
やっぱり術を使ったらしい。
「ちょっとあんた達、あたしの祐一に何の用?」
遊びに来た二人を睨みながら、香里がドスの効いた声を掛けた。
(誰がお前の物になったんだ?)
そう思いはしたが、怖くて声には出せない祐一。
『すいません、相沢さんの家の真琴が遊びに来たので、連れて来てしまいました、許して下さい』
「えっ? …ええ」
今の美汐の言葉は、祐一にも変に思えた、そしてそれを聞いた香里も変になっていた。
(嘘だ、あの香里が一言で引き下がるなんて)
「ねこさ~~ん」
名雪には効かないらしい。
ポカッ! ぐいっ
「あう~~!」
ブンブンブン!
ちなみに上の音は、無視された真琴が 「肉球パンチ」で殴りかかり、邪魔なので頭を押さえて腕を伸ばすと、手が届かないので暴れている、いつもの光景だった。
「あの、せっかく帰って来たんですから、もう少し優しくしてあげてはどうでしょうか」
「ああ、こいつとは毎日こうだったから、挨拶みたいなもんだと思ってくれ」
手を伸ばしたまま、くしゃくしゃと頭を撫でてやると、真琴はまた大人しくなった。
「あう~~」
「ほら肉まん出せよ」
確かに腹は減っていたが、やがて来る栞の弁当を思い、胸が悪くなる祐一。
「うん」
ついでに真琴の自前の肉まんでも掴んでやろうかと思ったが、後で香里や男共に袋叩きにされるので、それだけは自粛した。
「おいしい?」
「ああ」
きっと真琴は、「また祐一と巡り合い、一緒に肉まんを食べる願い」でもして来たに違いない。
「コンビニの安物でも、お前が買って来たやつだからな」
「そう…」
口では素っ気無い受け答えをしているが、とても嬉しそうにしている真琴。 尻尾があれば、フサフサと振っているのが見えるようだった。
チリンッ
「それはどうしたの? 真琴」
「うんっ、祐一に買って貰ったのっ」
「そう、良かったわね」
祐一からのプレゼントを見せびらかされ、少し微笑みながらも、寂しそうな複雑な表情になる美汐。
「今度は鈴だけじゃなくて、忘れて迷子になった時にも分かるように、「鑑札」が付いたチョーカー(首輪)でも買ってやろう」
「ほんとっ」
普通は「犬じゃないでござる」とか「狐なんだけど」と怒りそうなものだが、冗談も分からず嬉しそうにしている真琴。
「ああ、それに紐を付けて、駅前や商店街を散歩させてやる」
「なによっ、それ?」
「あの、相沢さん、そんな高度なプレイをしていると、外国なら逮捕されますよ(ポッ)」
耳年増なのか、プレイの内容がわかって顔を赤くする美汐。
「じゃあネコミミと尻尾もサービスしてやろう」
「あうっ?」
「不潔ですっ」
さらにマニアックなプレイを聞き、耳を塞ぐ美汐。
そこで肉まんを食べている間、祐一はある実験をする事にした。
(天野、聞こえてるか)
へんじがない、たたのしかばねのようだ。
(俺はお前の事が好きになった)
すると急に顔色を変え、横を向く美汐。
(始めて会った時から、俺達はどこか似ていると思ってた、同族だなんて知らなかった、これは運命かも知れない、もっと早くお前と出会っていれば良かった)
今度は俯いて赤くなり、少し震え出す。
「じゃあ……、真琴はどうするんですか?」
ついに祐一の罠にかかり、心の声に答えてしまった美汐。
(ニヤリ)
今までの「何か言いましたか?」の正体を掴み、会心の笑みを浮かべる祐一。
「?… 騙しましたね、相沢さん」
「うっ」
怒る美汐の周りには、狐火が浮かんでいるような気がした… そこでまた心の嘘を重ねる祐一。
(好きだと言ったのは嘘じゃない、でも他の女にも同じ事を言う男は信用できないだろうな、すまん、忘れてくれ)
「もうやめて下さいっ」
(心の声で嘘はつけないんじゃないか? 確かに俺はお前を試した、だけどそれは口に出すのは恥ずかしくても、一番お前に伝えたかった事だ)
そう聞くと、頭に上った血が、また頬や耳に戻って来て、顔が真っ赤になる美汐。
「そ、そんな…」
多分、男に告白されるなど初めての経験に違いない、それもこれだけのギャラリーの前で。
「ちょ、ちょっとこっちに来て下さいっ」
袖を掴まれ、階段の方に引っ張って行かれる祐一、ここでも手を握らないのが美汐らしい所だった。
『相沢さんは、心の声が大きすぎるんです、周りに同族がいたらどうするんですか? 全部聞こえてしまうんですよっ』
校舎の外で、真っ赤になった美汐のテレパシー攻撃を受ける祐一。
つい「ぼ、ボクはジョミーマーキス・シンとか言いながら頭を抱えようとしたが、美汐にぶっ殺されるので断念した。
「そう言う物なのか?」
『そうです、私の他にも、相沢さんの声が聞こえる人がいませんでしたか?』
少し考えると、一人だけ祐一の考えを全部当ててしまう少女がいた。曰く「あはは~、祐一さん、全部声に出して喋ってましたよ~」と。
「ああ、いるな」
『ではその人も、きっと同族です』
「そうなのか?」
どうやら倉田家も妖狐の一族らしい。
「何ようっ、さっきから一人でぶつぶつ言って、暖かくなったから変になったんじゃないの?」
すっかり話題から外されていた真琴が、不機嫌そうに言った。
「何だ? お前聞こえてなかったのか?」
「えっ?」
祐一にそんな言い方をされ、その上、美汐まで驚いた表情をしたので、とっさに取り繕う真琴。
「ふんっ、聞こえてたわよっ、当たり前でしょ」
「じゃあ、何を話してたか言って見ろ」
「何よっ、それぐらい」
だが聞こえなかった真琴には、いつまで経っても説明できなかった。
「お前、真琴のバッタ物だろう、どこかで偽者と入れ替わったな、本物の真琴を返せっ」
「あう~~~」
「苛めないで下さい、目覚めたばかりなので、力まで無くても仕方ありません」
また真琴を庇い、優しく抱き寄せる美汐。
「ふんっ、美汐はこんなに優しいのに、祐一ってやっぱり子供ね」
(子供はお前だっ)
心の声で叫んだ祐一だが、やはり聞こえなかった真琴はキョトンとしている。
「……プッ」
祐一の仕草と、真琴の表情が絶妙だったので、あの美汐が吹き出し、声を殺して肩を震わせていた、よほど面白かったらしい。
「ははっ、楽しい時は笑えよ、体に悪いぞ」
「はい、うふっ、あははははっ」
今日、美汐は数年ぶりに心から笑えたような気がした、そして胸の奥に、暖かい物が芽生えているのにも気付いてしまった。
(相沢さん、私も貴方が……、ごめんなさい、真琴)
少女は小さな心の声で想いを伝えた、しかし、鈍感な男にその声は届かなかった。
「何ようっ、急に笑い出して」
「ふふっ、ごめんなさい、相沢さんがあんまり面白いからつい」
「そうか?」
「はい…、こんなに笑ったの久しぶりです」
「ふんっ、いじわるばっか言って、祐一なんか大っ嫌いっ」
聞こえなくても、自分が馬鹿にされたのは、何となく分かったらしい。
「そうか、じゃあ帰ったらたっぷり「お仕置き」してやる、首を洗って待っていろ」
「えっ……うん」
お仕置きと聞いたとたん、赤くなって大人しくなる真琴、朝のお薬?が効いたらしい。
「じゃあ、待ってるから…」
そこで「早く帰って来てね」とは、恥ずかしくて言えなかった真琴。
「美汐、今日はその、サンキューね。 また来るからっ、バイバイッ」
そのまま、ピュ~~っと音がしそうなぐらい、慌てて帰る真琴、多分、首ならぬア*コを丹念に洗いに帰ったらしい。
「もう二度と来るなっ」
「どうしたんですか、真琴は?」
ウブでネンネ(死語)な美汐には、真琴の急変が理解出来なかった。
「アメとムチ、動物を飼う時の基本だ」
「そんな、動物だなんて…」
「あのバカに限っては動物で十分だ」
オマケ
「よう、ぴろ」
「ニャ~~」
祐一を見ると、何故か恥ずかしそうに隠れようとするピロ。 その時、祐一はある事を思い付き、実験してみた。
「天野だな」
そう呼ばれると、ピロはビクッとして祐一を見上げた。
「にゃ、ニャア~(汗)」
「馬鹿だな、そんな反応したら「自分が天野です」って言ってるようなもんじゃないか」
そこでダッシュで逃げようとする美汐?を押さえ、先回りしてドアを閉めておく。
「ふっふっふっ、まだ「うちのぴろ」は、ドアノブにぶら下がってドアを開けたり、ましてや足で鍵を開けるなんて芸当はできなかったはずだな」
「ニ、ニャァ~~~」
腕で抱えたピロを連れて行き、ベッドに座る祐一。
「よしよし、今日はたっぷり可愛がってやるからな」
じたばたと暴れて、何とか逃げようとするピロ、しかし体を撫で回されていると、次第に猫らしい反応を示し始めた。
「ニャウ~~~、ゴロゴロゴロ」
痒い背中、喉の下を掻かれていると、気持ちよくなったのか、ゴロゴロと喉を鳴らす。
「じゃあ、ここはどうだ?」
そう言って、尻尾の付け根のポイントを責め始める祐一。
「ミャッ!ニャゥ~~~、ミャ~~~~~~」
始めは暴れていたが、そのスポットを攻められると、腰が抜けたように抵抗できなくなるピロ?
「ナァウゥ~~、ミャウ~~、ウュ~~~~~~」
やがてピロ?は、大きく伸びをすると、荒い息をしながらぐったりとしてしまった。
「気持ち良かったか?」
するとピロ?も、うっとりした表情で、祐一の手をペロペロと舐めだした。
「そうか、またしてやるからな」
「ウニャオゥ~~~~ン」
その頃、別の場所でも、荒い息をしてぐったりしている少女がいた、らしい。
翌日
「よう、天野」
後ろから声を掛けると、ビクッとして、そのまま後ろも向かず、スタスタと早足で逃げて行く美汐。
「馬鹿だな、そんな反応したら「自分が昨日の猫です」って言ってるようなもんじゃないか」
そう言われると、また歩調を緩め後ろを向く。
「あ、相沢さんじゃないですか、気が付きませんでした」
しかし、視線も合わせられず、どんどん顔色が赤くなって行く美汐。
「どうした?熱でもあるのか」
額に手を伸ばすと、驚いて2、3歩後ずさる。
「いっ、いいえっ」
壁に張り付いて、尻尾の付け根とかカキカキされたり、ゴロゴロウニャ~ンされないように壁沿いに歩く美汐さんだった。
ページ上へ戻る