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IS【インフィニット・ストラトス】《運命が変わった日》

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【第641話】

 風呂上がり、消灯時間まではまだ時間はあった。

 各部屋思い思いにトランプに高じたり、枕投げ、恋ばな、最近の音楽事情の話、或いはIS関連の話をしていた。

 そんな中で有坂美冬は窓から外を眺めてため息を吐く。

 少女は双子の兄に淡い恋心を抱いている――勿論その想いは禁忌、だがキスをし、ラウラに対抗して肉体関係一歩手前までいってからはそれっきり。

 妹として兄がモテるのはいい――だけど、付け入る隙が無くなるまでモテるのは想定外だった。

 浴場でもみくちゃにされ、鼻の下を伸ばしていたヒルトを見た美冬はヤキモチを妬き、一旦は終息させたもののまた直ぐにヒルトはもみくちゃにされる結果に。


「うぅ……お兄ちゃんのバカ……」


 小さく漏らした美冬の不満の言葉は喧騒に消えていく――そして、美冬は一人小さく頷き、ある決意を秘めた。

 一方で京都の古い町並みを歩く千冬、既に今回の協力者である『アンネイムド隊長』のカレンに電話をした後だった。

 京都の被害状況を目の当たりにするために歩く千冬――と。


「わんっ」

「む?」


 暗闇から現れた一匹の野良犬――小さなビーグル犬だった。

 千冬は屈むと犬は警戒せずに近付く、舌を出し期待に満ちた眼差しを向けた犬に千冬は優しく頭を撫でた。


「ふふっ、可愛いなお前」

「わんっわんっ」

「……野良犬か? 首輪は無いが……」

「わふっ。 はっはっはっ」


 尻尾を振って興味深そうに千冬を見上げ犬――悲しそうに瞳を細めて千冬は謝る。


「すまないな、私に出来るのはこれぐらいしかないのだ」

「わわんっ」


 からかうような鳴き声に千冬も苦笑する。

 もう一撫でし、下手になつかれる前に立ち去る千冬。

 犬も悲しそうに鳴くと、夜の闇へと消えていった――。

 場所は戻り、旅館の一室。

 膝の上で眠るにゃん次郎の背中を撫でながらテレビを見ていたヒルトの元にラウラが訪ねてきた。


「ヒルト、居るか?」

「ん、ラウラか? ちょっと待ってくれ」


 にゃん次郎を抱き抱え、布団の上に寝かせるとヒルトは襖を開ける。

 ほんのり桜色に染まった頬、艶を帯びた銀髪――一目で風呂上がりだとヒルトは分かった。


「どうしたんだ、今の時間自由時間だけど……」

「あ、いや。 その、だな……」


 後ろ手に何かを持ってるらしいラウラ、言いにくそうにしていて軽く首を傾げるヒルト。


「こ、これを寝る前に飲むといい」


 そう言って差し出してきたのは黒ウサギ印の薬だった、デフォルメされたウサギはラウラ同様眼帯を着けている。


「さ、最近色々思い悩んでいるようだからな。 これを飲めば少しはぐっすり眠れるだろう」

「ふーん? 睡眠薬?」

「う、うむ」


 何が目的で睡眠薬を渡したのかヒルトには懐疑的だったが、ラウラなりに気にして用意してくれたのだろう。


「ありがとう、ラウラ」


 にこっとまぶしい笑顔を見せたヒルトに、ラウラは何だか申し訳ない気分になる。

 ヒルトがぐっすり眠った隙に二度目の営み――本来なら起きてる時にと思ったのだがラウラ自身気恥ずかしさ故にヒルトが眠った間にという考えに至った。


「そ、それではな」

「ああ、おやすみラウラ」


 襖を閉じ、ヒルトは貰った睡眠薬を机の上に置いた。

 ラウラ自身の気遣いは本当に嬉しかった、だが眠れないという訳ではなかった。


「……にゃふ、ふにゃあ……」

「起きたか、にゃん次郎?」

「……うにゃ」


 とことこと歩き、窓から外に出ていくにゃん次郎――一夏の部屋に戻るのだろう、そう思っていると不意に一人になったヒルトは一抹の寂しさを感じた。

 時間は九時前――一ラウラ同様風呂上がりの鈴音は鼻歌交じりに通路を歩いていた。

 いつもの特徴的なツインテールではなく、ストレートに下ろした艶やかな髪は美しささえ感じる。

 活発な彼女も魅力的だが、このまま黙っていれば確実に声を掛けられるだろう。

 通路を歩き、擦れ違うクラスメイトと軽く談笑しつつ足取りは一夏の部屋ではなくヒルトの部屋へと向かう。

 彼女の中ではもう一夏は過去の想い人、小学校の頃にいじめられ助けられたのも過去の思い出。

 だから彼女にとっての一夏は五反田弾と同様の悪友ポジション位にしか思わなかった。

 目的のヒルトの居る部屋へと辿り着く。

 風呂上がり故か、新たな恋心故かほんのり頬が染まるのを感じ、少し手で扇ぐと思い切って襖を開けた。


「ヤッホー、遊びに来てあげたわよ!」


 突然襖を開けられ、ビクッと身震いしたヒルトだったが声の主が鈴音だったこともあり安堵する。


「ああ、入っていいぞ」

「ふふん、勝手知ったるヒルトの部屋ってね。 入るわよ」


 そう言って室内に入った鈴音は思わずドキッと心臓が跳ね上がった。

 室内に敷かれた敷き布団――嫌でも意識する男女の営み、夢の中とはいえヒルトに抱かれた鈴音にとってはドキドキせざるを得なかった。


「どうしたんだ、鈴音?」

「え? べ、別に何でもないわよ!」


 ツンとそっぽを向く鈴音、ヒルトと少し話がしたかっただけなのだが――。


「……ち、ちょっと座るわよ!」

「あ、あぁ」


 鈴音の剣幕に圧されたヒルト、ちょこんと敷き布団に座る鈴音はヒルトから見たらいつもより小さく見えた。


「風呂上がりか?」

「え?」

「髪、下ろしてるから」

「そ、そうよ。 何か文句あんの!?」

「文句はないさ、これがな。 時折下ろした髪を見てるが……似合ってるよな」

「……ほ、誉めても何も出ないわよばか……」


 またそっぽを向く鈴音、だが面白いように顔が赤くなる彼女がヒルトには可愛く見えた。

 一方の鈴音――似合ってると改めて言われて――。


(うわ、うわわっ。 ヒルトに似合ってるって言われちゃった……! か、顔がにやけちゃう……!!)


 キュッと瞼を閉じ、ぺちぺちと叩いてにやけ顔を抑える鈴音の仕草にヒルトは首を傾げた。

 そして鈴音は決意する――今夜、ヒルトの部屋に忍び込もうと――。

 一方で旅館の風呂場、身体を洗っているのは有坂美春だった。

 ごしごしと全身泡立てる彼女が元ISコアだと信じるものはどれだけいるだろうか?

 全身についた泡を洗い流し、湯船に浸かる――ヒルトと一緒じゃないのが残念だけど彼女自身今夜ヒルトと一緒に寝るつもりだからあまり気にしてはいなかった。


「美春ちゃん、何か良いことあった?」

「ん? 何もないよ! あるとしたらヒルトと一緒に寝るだけかな~」

「そうなんだ――って、えぇっ!?」

「さて、上がろ上がろ~」

「ちょ、ちょっと美春ちゃん!?」


 何処吹く風、我が道を行く美春――えっちな事を考えてるわけではなくただただ純粋にヒルトと寝たいだけだった。

 様々な思惑が埋めく中、秋の夜風を浴びていたのは篠ノ之箒だった。

 食事もそこそこ、風呂もそこそこに月明かりが射し込む庭園で火照った身体を冷ましている。


「……ヒルト」


 不意に口に出したヒルトの名前に、箒はボシュッと湯気が出るぐらい赤くなり、ブンブンと頭を振った。

 一夏の事が好きなのに、気付けば少しずつ、少しずつヒルトに支配されようとしている心が怖かった。

 一夏には色々アプローチをした――ISの訓練、臨海学校でのキス未遂、夏の花火大会での告白未遂、一夏の自宅でのデート――とは名ばかりの昔話等々。

 だけどその都度一夏とはただの幼なじみにしか思われてないのではと――不意にそう思ってしまう。

 最大の障壁だった凰鈴音が一夏を諦めた時はチャンスだと思った――有坂ヒルトに惹かれた彼女が滑稽にも思えた。

 其れ丈じゃなく、他の子、代表候補生達があんな落ちこぼれで私や一夏を非難するヒルトの何処に惹かれる要素があるのか理解できなかった。

 ……だけど、あれだけ無下にし、嫌な顔をしてたにも関わらずヒルトは気にせず話し掛けてきた――もちろん内心はわからない、嫌っていた可能性が高い。

 だけど――小さな綻びから入るように徐々に徐々にヒルトに惹かれる自分があった。


「……今更……遅すぎる。 ……それに、一夏……」


 一夏の名前を呟く――団体行動中の離反行為、前の箒なら庇っただろうけど今回はそんな気が起きなかった。

 今現在反省してる一夏の様子すら見に行かないぐらい――気持ちが離れてるのだろうか?


「……悩んでいても仕方ない。 皆が寝静まった後に相談するとしよう、ヒルトに」


 無意識下で既に頼り始めていた箒の心は確実に傾いていた。

 遠く離れたIS学園二年寮、自室でシャワーを浴びた楯無は着の身着のまま下着姿でベッドにダイブし、枕元にある携帯の画面をタップする。


「……件数〇……。 ヒルトくんからメールが無い……」


 むすっと頬を膨らませる楯無、修学旅行中は仕方ないとはいえ時間的に見れば今は自由時間。

 少しはメールぐらいくれてもと思わずにはいられなかった。


「むぅ……少しは連絡くれなきゃ、泣いちゃうわよ?」


 プンスカと憤りを見せ、ちょっと涙目になる楯無だが自分から連絡すれば何だか負けた気持ちになる。

 ベッドをごろんごろんと往復していたその時だった、ドアが蹴破られ、侵入者が楯無に襲い掛かってきたのは。

 相手は学園生徒――柔道着を着た二年生だった。

 不意をつき、寝技で仕留めようとするが楯無に通用しない。

 恋はすれども隙は見せない、好きという想いは見せるのだが――あっという間に制圧した楯無。


「はぁ……。 襲ってくるのがヒルトくんだったら……。 やん、ヒルトくんのえっち!!」

「ぐにゃあああああっ!?」


 関節を決められた生徒の断末魔が響き渡った。

 場所は更に飛ぶ、アラスカにあるIS委員会本部。

 SNSに取り上げられた『織斑一夏映画出演なう』の呟きやネットニュースの書類を見ていたレイアート・シェフィールド。


「……許可なくIS無断使用及び撮影……」

「そ、その様ですね。 会長……」

「流石にこれは見逃せないわ。 映画会社には撮影フィルムの差し押さえとチームの解散、応じなければ委員会の権限の元に裁判も有り得ると書面での通達を。 必要であれば声明も発表するわ」

「わ、わかりました。 失礼します」


 パタンと閉じられたドア――鏡を覗き込むと少し疲れた表情が見え隠れしていた。


「はぁ……。 会長職も楽じゃないわね」


 レイアートは小さなため息を溢し、改めて書類を見るのだった。

 場所は戻って旅館、シャイニィことにゃん次郎は眠気に負けじと一夏の部屋へと戻っていた。

 ご主人であるアリーシャが一夏に預けたのだ、一応一夏の部屋に戻って寝よう――と、部屋から声が聞こえてきた。


「何か最近、千冬姉俺に厳しいよなぁ……」


 部屋で反省してる筈の一夏は足を崩して身体を伸ばしていた。


「あー、腹減ったなぁ……。 風呂入りてぇ……。 てか、何で俺が罰を受けなきゃなんねぇのかわかんねぇよ……」


 にゃん次郎はそんな一夏の部屋から聞こえてくる独り言に首を傾げる。


「もういいや、明日は京都観光すればいいし。 寝るとするかな」


 ごろんと横になった一夏――にゃん次郎はくるりと反転し、ヒルトの部屋で寝ることに決めた。

 時間は九時半――ヒルトの部屋には既ににゃん次郎が居て専用のタオルケットで簡易睡眠スペースが作られ、そこで眠っていた。

 時間は早いがヒルトももう寝ようと明かりを消す。

 修学旅行初日の夜、ヒルトが眠る中で激闘が繰り広げられたのは言うまでもなかった。 
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