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KANON 終わらない悪夢

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83舞の悪夢


 大浴場での佐祐理の桃源郷状態も、残念ながら体力切れ、時間切れによって、お眠になってしまった。
 コスプレ写真撮影などは後日に回し、舞と二人だけの夜の二日目を迎えた。
「ま、舞、おやすみなさい…」
 もうベッドに来た時点でヤリすぎヤられ過ぎのテクノブレイク寸前。
 舞も昼間から後輩とかデブい娘とかも沢山頂いて、今年のクラスメイトで眼鏡で少し太ってる娘にも、もっかい『私の子供を産んで欲しいの』までやらかし、弟や栞も食って受精托卵もしていたので、流石に「もう勘弁してください」と言うまで、女の子ケーキバイキングで鱈腹食った。
「お、おやすみ…」
 もう二人共術を使う体力も泣く、マッチ棒に火をつける霊力も1ミリも残っていなかったので、お手て繋いでバタンキュー。
 本日が結婚式だったので新婚初夜であるが、ヤル事は昨日のうちにヤリまくっていて、佐祐理の中に居る一弥が定着すれば、多分『私の子供を産んで欲しいの』をやって、嫁の方も多分、笑顔で泣きながら頷いてザクシャインラブ?
 本来一弥の罠にかかるはずだった二人は幸せな結婚をした。

 まいちゃんのゆめのなか
 妖狐の一族が暗躍しておらず、まだ舞と祐一が結ばれていない世界線。妖狐が与える災厄も罰も、さほど大きくはない世界。
 美汐は失った友達を取り戻して、お婆さんの家で再会、風呂場で結ばれてケッコンカッコカリが本決まりになっている選択肢を選んだルート。
 香里の部屋で舞とは別れ、家では秋子の話を先に聞いてしまい、舞と結ばれるより前に実の姉だと知らされ、決意した祐一は写真を持って舞の席へ向かった。
「よう、舞」
「…何? 昨日の続きならだめ」
 先日の栞の言葉で、舞も何かを察していた。両手から感じる充実感と、自分が求めて止まなかった思い出の少年。
 もし祐一がその子だったら、自分が今後戦えなくなる事も分かっていた。
「いや、この写真の人に見覚え無いか?」
 もし舞の母親が、父親と二人で撮った写真を持っていて、「この人が貴方の父親」と教えていれば、すぐに気付くはずだった。
「!……」
 案の定、写真を見て驚き、顔色を変えた舞。それを見た祐一も「その男は舞の母と別れた後、記憶を失って、隣に写っている女と結婚して自分が生まれた」と名乗り出る時だと思っていた。
「ちょっとその事で話があるんだ、外に出ないか?」
 しかし、声を掛けても舞には聞こえず、驚きの表情を変えようともしなかった。
(ちょっと、ショックが大きすぎたかな?)
「…こ、この子は祐一なの?」
「え?」
 舞の驚きの対象は、父親ではなく、真ん中に写っている子供の祐一だった。
「…似てる」
 舞の頬を涙が伝って落ちる。 香里の芝居を見ても泣かず、「冷血女」とまで呼ばれた舞に涙が戻った。
 栞の右手に取り憑いていた魔物が、喜怒哀楽の「哀」の感情を持っていた。
「どうしたんだ? 何で泣いてるんだよっ」
 もしかすると、舞も祐一が弟だと薄々知っていて、この写真を見て確信を持ったのかも知れない。その時の祐一は、そう思っていた。
「この子、祐一なんでしょっ!」
「そうだけど」
 泣きながら顔を上げた舞を見て、また周りの雰囲気が怪しくなった感触に、嫌な汗を流す。
「ゆう… いち……」
「は?」
 全身を震わせながら席を立って、写真を大切そうにポケットに入れ、再び視線を祐一に戻すと、その目からは滝のような涙が流れ出していた。
「だから、どうしたんだよっ?」
「ゆ~~いち~~~~っ!!」
 思いっっ切り抱き付かれ、後ろに転びそうになったが、美汐の時と同じように、何とか持ちこたえる。
「待ってたのっ! ずっと一人で待ってたんだからっ! ずっと一人で守ってたんだから~~!!」
 涙で声が裏返り、声がかすれながらも、何とかそこまで言い切った舞は、祐一に縋り付くようにして胸で泣き始めた。
「うわあああ~~~~~~~!!」
(ベストショットですわ~~)
 その「舞ちゃんクラスメートの前で、祐一さんに絶叫告白の巻」は、佐祐理によって最初から最後まで、しっかりビデオに収められたと言われている。 
「一人で… 寂しかったっ、ヒック、ずっと、ずっと………… うわああああ~~~~!」

 ある程度、こんな状況に慣れてしまった祐一は、また自分の分身が良からぬ事をしていたり、結婚していたり、4週間程で消えて酷な思いをさせて来たのでは? と想像するのだった。 
(そう言やあ、天野と舞って雰囲気似てるな… やっぱり7年前の俺が何か…)
 したのは間違いない。それからの休み時間、祐一の胸の中で約5分間泣き続け、周囲に大量のギャラリーを作った舞は、眠るように気を失った。
「また、犠牲者よ…」
「5人目ね、それも普通の男子が相手にしない子ばっかり、凄いマニアね」
 また、周囲の無責任な噂が先行し、おとしめられて行く祐一だったが、今回は美汐のお陰で犯罪者扱いは受けなかった。
「まあ~、祐一さんって、舞の昔のお知り合いだったんですね~」
「そうなのかな? 覚えてないんだけど…」
 涙を流しながら、穏やかな表情で眠っている舞を抱き起こし、保健室に連れて行こうとする祐一。
「奇跡よ、今度もきっと奇跡なのよっ」
「川澄さんも昔、相沢君に助けられたのよっ」
 美汐の尽力のお陰で、周囲の声(洗脳済み)も、かなり好意的になっていたので、前のように男子数人に連行され、体育館裏でボコられる心配も少なくなっていた。
「と、とりあえず、保健室に行こうか…」
 また新しい奇跡でも見たように、喜んでいるクラスメートや、美汐の術が効いている香里は、二人を暖かく見守っていたが。
「ひどいよっ」
 術が通じない名雪ちゃんだけは、また一人増えた祐一の恋人を見て、違う意味の涙を流していた。

 保健室
「ゆういちくんっ」
「はぁっ? くん?」
 保健室で目覚めた舞は、ニコニコ笑いながら、祐一に抱き付いて来た。 
「やくそく、おぼえててくれたんだねっ」
「おいっ、人が見てるっ、佐祐理さんもいるぞっ」
 そんな二人を微笑ましく見ながら、ビデオカメラに収めて行く佐祐理。
 その時の舞の声は、同じ田村ゆかりの声でも、普段通りの、おねがいティーチャーの苺さんと違い、エンジェル隊のランファさんぐらいの差があった。
「ほら、このへんがちょうど、ふたりであそんだところだよっ、むぎばたけにねころんで、そらをみあげたところっ」
 そう言って祐一を抱いたまま、ベッドに倒れ込む舞。
「何してるんだ、離せっ」
「や~だよ~~」
 もちろん、こんな所を美汐に見付かれば、何を仕出かすか分からない。さらに香里、栞に掛けた術まで解除されれば、地獄へ直行である。
「ねえねえっ、きょうはうちにきてっ、おかあさんもいるからっ」
 何やら幼児退行してしまった舞は、香里や栞から取り戻した人格に切り替わって、「ななか6/17」ならぬ、「まい8/18」になっていた。 きっと、刃渡り90センチほどの「ドミカルバトン」で変身するらしい。
「舞のお母さん…」
「うんっ、とってもやさしいんだよっ」
 先日、秋子に聞かされた昔話のヒロイン。祐一の父が愛し、命を捧げて病を癒そうとした相手。
 美汐とお婆さんの言葉を借りれば「身も心も、魂まで呼び合う運命の人」
 祐一も一度は会ってみたかった。 そして自分が舞の弟で、舞の母の運命の人は今も生きていると伝えたいと思った。

「名雪… 今日は遅くなるかも知れないから、秋子さんに言っといてくれよ」
「どうしてっ? いやだよっ」
 また天野と言う後輩の時のように、翌朝帰って来た頃には恋人同士になっていたり、香里や栞でさえ操られたように大人しくなった、あの奇妙な状況を思い出す。
「ちょっと耳貸せよ」
「え?(ポッ)」
 最近の名雪は、佐祐理や美汐並に祐一の心の声が聞こえるようになったので、仕方なく本当の事を教えようとする。
「舞は俺の親父の血縁、親戚なんだ」
「じゃあ従姉?」
 名雪の目は、「従姉って結婚できるんでしょ」と言いたげに、自分と同レベル?のライバルの出現に警戒していた。
「この間、 秋子さんに教えてもらったんだけど、舞のお袋は俺の親父の昔の恋人、だから俺の姉さんなんだよ」
「ええっ!」
「秋子さんにも口止めされてるからな、内緒だぞ」
「う… うん」

 祐一も、ここまで言ってしまえば名雪でも満足するだろうと思ったが、そこでいつも通り。
「そうだったんですか~、舞って祐一さんのお姉さんだったんですね~、佐祐理びっくりしました~」
「「え?」」
 本人同士は小声で会話しているつもりだったが、心の声は出しっぱなしだったので、佐祐理には全部聞こえていた。

 放課後の教室
「ゆうくんっ! 教室で川澄さんに絶叫告白されて、OKしたら大泣きされた上、抱き付かれたまま気絶されて、保健室までゆうくんが「お姫様抱っこ」で連れて行っったって本当っ?」
 栞の時のように、思いっきり勘違いされた噂が先行し、見事に曲解されたまま「みーちゃん」に話が伝わっていた。
 さらに今回は「妖狐関連の何か」では無く、すっかり明るくなった美汐にできた友達から、「女の噂話」がダイレクトに宅配され、冷静さも失っていた美汐が怒鳴り込んで来た。
「全然違うだろ… どうやったらアレがそんな噂になるんだ? 伝言ゲームの方がまだましだぞ」
「だって、みんなそう言ってるもんっ!」
 可能な限りスキャンダラスな方向に話が変えられ、現在の恋人?に、彼氏の不適切な関係が伝わるように手配されたらしい。
「本人に聞かせる前に言うのも何だが、俺とお前の仲だから教えておこう。 実は舞の母親は、丘に行って俺の親父を呼んだ張本人だ、ここまで言えば分かるな?」
「分かんないよっ!」
 みーちゃんは冷静さを失って、いつものようなオバンくさ… もとい、明晰な頭脳が働かなかった。
「だから舞は俺の姉さんなんだよっ」
「そんなの嘘っ!」
 もう涙でヌレヌレになって、「だだっ子モード」に入っているみーちゃん。もう「路チュー」か「お注射」する以外、機嫌を直す方法は無かった。
「前にも言っただろ、俺のおふくろは丘にいた頃から親父に憧れててな…」

 そこで説明している祐一を遮り、舞が一歩前に出て言葉を発した。
『…貴方、誰? 祐一から離れて』
「うっ……」
 いきなり心の声全開で命令されるが、何とか抵抗を試みる美汐。
「わ… 私は2年の天野美汐… ゆうくんの恋人で婚約者…」
 名前や身分は明かしてしまったが、何とか腕は離さないで済んだ。
『…違う、10年前、祐一と最初に約束したのは私… だから離れてっ、これから祐一は私と一緒に帰ってお母さんと会うの』
 瞬時に美汐と祐一の縁が7年程度と見抜き、因縁は自分の方が深いと主張する。
「くっ… いやっ!」
 同じ命令を2度繰り返され、心とは裏腹に腕を離して、祐一から遠ざかってしまう美汐。 やはりハーフで、天賦の才能もある舞には適わないらしい。
「悪いな、今日は叔母さんと会って、親父の事情も説明して来るよ」
「だめっ!」
 舞の目の色が尋常では無いのに気付き、ゆうくんを行かせまいと頑張る美汐。 しかし祐一はマヌケにも、自分から罠に入って行こうとしていた。
『ゆうくんっ! 行っちゃだめっ!』
『…黙って』
「…………」
 祐一には効かないのを知っていながら、命令しようとした美汐。 それすら舞の言葉で沈黙させられる。
「すみませんね~、祐一さんはお借りして行きます。 ちゃんとお返ししますからね~」
『…嫌、返さない… どこかに行って』
「……うわあ~~~っ!」
 何とか丸く収めようとした佐祐理の言葉も否定し、美汐を睨み付けて追い払ってしまった舞。
 これがまた新たな伝説(笑)になって校内を駆け巡るのに時間は必要なかった。
『さあ… 一緒に帰りましょう』
 今日、何度目かの命令で、もう「断る」と言う選択肢すら思い浮かばない祐一は、泣きながら走り去る美汐を見送る事しか出来なかった。
「大変ですね~、天野さん泣いてましたよ」
「…いい、祐一に悪い虫が着くよりずっといい」
 佐祐理も祐一も、今は舞が「お姉さん」で「幼馴染」として、他の女を排除したのだと思っていた。 二人がそれは間違いだと気付くには、後30分ほど必要だった。

「舞のお母さんと会うのも久しぶりですね~、何かお茶菓子でも買って行きましょうか」
『…お願い、今日は佐祐理も帰って… お母さんも驚くと思うから、泣いちゃうかも知れない』
「え…? そうですね~、家族の問題ですから… でも、佐祐理にできることがあったら何でも言って」
「…わかった」
 祐一からすれば、佐祐理がいてくれたら、どんな修羅場でも、ほのぼのさせてくれそうな気がして期待していたが、舞は追い返してしまった。
「じゃあ、明日学校で」
「ああ、ありがとう、佐祐理さん」
 小走りに走って行く佐祐理を見送ったが、その目に光る物が見えたような気がした祐一。
「なあ、佐祐理さん泣いてなかったか?」
「…大丈夫、佐祐理はこれぐらいで挫けない」
「そうかなあ…?」
 心配する祐一だが、もちろん佐祐理は挫けていなかった。 倉田家が借りている舞の家の隣に裏口から駆け込み、ビデオデッキとカメラの準備を始めていたから…
 ちなみに、その目は涙に濡れていたのではなく、「妖しく光っていた」が正解である。
 
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